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夢境のアルカディア  作者: 挟むギョウタン
第一章「王国編」
13/29

「おめでとう、そして改めてようこそ」

「アタシでも防げるか分からない!ユージンは発動を妨害して!」



 ルベンは顔面蒼白になりつつも、慌てた様子でユージンに早口で捲し立てると、魔法錬成に集中する。

 先程の〈光彩瑛年(こうさいえいねん)〉とは段違いの膨大な魔力、そこから繰り出される威力もさることながら、その魔法攻撃の速度も桁外れのものであるとはユージンでも想像できた。だからこそ、ルベンも「躱す」という選択肢を早々に切り捨てて防御に集中したのだろう。

 ユージンは一先ずルベンの言う通りに妨害を目的に斬り込もうとするが、魔族は宙で飛びながら詠唱している。目測3メートルと言ったところか、ジャンプしてギリギリ届く距離ではあるものの、そうした不自由な体勢から無理やり繰り出した剣技では到底傷つけることは出来ない。


 そう判断して、ユージンも魔法での妨害に取りかかる。現状使える攻撃用の魔法は〈魔球〉のみだが、それしか手はない。ユージンは二度にわたって詠唱抜きで魔法を放つが、魔族は魔法を錬成しながら余裕綽々といった拍子で最小限の飛行を持って躱す。そうして妨害している間にも魔族の手元の炎は更に激しさを増し、益々輝きを強めていった。




「フフッ…覚悟はできたかね?」



 いよいよ輝きは部屋全体を眩く照らす。魔族は準備完了とばかりに右手を前に突き出すと、人差し指を軽く曲げて魔法は放たれた。




 ――それは一射しの日光のようであった。宵闇に佇んで夜明けを待っていると、昇る太陽を直視する刹那、いつの間にか体が照らされて影が出来ているような感覚に似ていた。



 先程まで小規模な魔法を連発することでの妨害に徹していたユージンは当然反応できるわけもなかった。然し、魔法放出の機を伺うことに全ての意識を集中させていたルベンは違う。



 〈曠日讃華(こうじつさんか)〉の発動と同時に、無詠唱で魔法を発動させる。それはコンマ一秒の世界に対抗するための魔法技術。ルベンはひたすらに〈障壁〉の完成度を極限まで高めるために目を瞑って錬成した。スキル〈魔法効果倍加〉と〈魔法分身〉も並行して唱える。自ら閉じた視界は〈感知〉を強めることで魔素の動きに集中する。これによって魔法の発射に寸分違わず合わせて、魔法を発動させることを可能とした。

 勿論こうした精密な魔法操作は困難を極めるものであったが、ルベンは持ち前の知識や技術を総動員することでやってのけた。



 そうして錬成された〈障壁〉は薄く小さい手のひらサイズのアクリル板のようであったが、確かな強度を密に集中させていた。加えて恐らく〈魔法分身〉の賜物と思われる、同じ形状の〈障壁〉が何枚も何十枚もユージンの目の前に出現し、激しく燃え上がる「光線」と衝突する。


 ――光線は衝突で火花を散らしながらも殆ど動きを鈍くすることなく、直進していく。対する半透明の板は一瞬で全体にヒビ入ると、1枚2枚3枚…と次々に粒子状に細かく四散していく。



 ユージンは目前で繰り広げられる魔法同士の衝突をじっと見守る。光が四散した粒子を一瞬眩しく照らし、寸刻違わず粒光の反射と消失を繰り返していく様は、ユージンに魔法で魅せる視覚的芸術であると錯覚させ、思わず魅入ってしまっていた側面もある。


 そうはいうものの現実問題、あくまでも光線の到達地点はユージンらである。ここで躱すという選択肢はない。横に躱せば、後方で膝をついて体を激しく上下させるルベンが光線の餌食となる。だがユージンの付け焼き刃の〈障壁〉がルベンの渾身の魔法に割って入れば、緻密な操作を用いて生成した魔法の働きを阻害してしまうことにもなりかねない。

 よって、ここで出来る最適解は全ての〈障壁〉が破られたタイミングに備えて、自前の〈障壁〉を錬成することだけであった――




 ――遂に、光輝は消失する。光線は数十枚の〈障壁〉を突破する頃には徐々に輝きを弱め、速度も落ち着いていく。そしてユージンの眼と一寸離れた場所で残り数枚の〈障壁〉を破ること能わず、漸く消失していった。この間僅か5秒の魔法衝突であった。



 思わずユージンはホッと胸を下ろしたが、後方のルベンを見れば、疲労し切っていて既に両の足を折って蹲っていた。一先ずの危急を脱しただけで、状況が好転したわけではない。

 一方魔族は飛翔を止めて、地に足をつけると大きく音を鳴らして拍手することでルベンの奮戦を讃えていた。




「素晴らしい…誠に天晴れである!まさか吾輩の渾身の魔法を防ぐとは!見事だ!…フフッ、ではもう一度やってみようか…?」




 魔族は讃えながらも、再び同じ〈・・〉魔素の操作を行う。指元に集まる光はたった今、ルベンが全力で防いだ魔法と同じものだった。

 ルベンは仕切りに体全体で呼吸を整えていたが、突然告げられた「死刑宣告」に思わず顔を地に伏せる。

 ユージンも一瞬顔を背けようとするが、此処であの魔法を止めることが出来るのは自分しかいない。止められなければ二人とも死ぬ。そう考え、足の震えを止めて、魔族の動きを真っ向から直視して、魔法の発動に全身全霊を持って備える。



「〈曠日讃華(こうじつさんか)〉…どう切り抜けるかね?」



 現状使える魔法は〈魔球〉と〈黒霧〉、〈感知〉だけだが、此等では止めるとこが出来ないのは分かっていた。何か策は無いか、今有るのは〈闇〉属性の魔法と両手で握りしめた鉄剣…



 ――1つだけ、打開できるかもしれない、奇跡を起こすかもしれない、魔法があった。それはこの世界にやってきて初めて目の当たりにした魔法。其れは使用者の姿も相俟って、その時その場が「御伽噺」のようであると錯覚させる感覚を抱かせた魔法。



 突破口を見出したユージンは急いでイメージを強く願い、詠唱も行う。先の「実演」と〈感知〉で魔族の魔法発動のタイミングは掴めている。それに合わせて振るうだけでいい――



〈魔法とは御伽噺の奇跡、其れは伽藍の舞

 台装置〉

 

〈然し此処は御伽噺、其れは現の希望〉

 

〈遍く脅威を切り払え〉

 

〈|顕現せし闇は剣と共に、悉くを鯨呑す《ヴォイド・ケイオスベルジュ》!〉




 握りしめていたショートソードの刀身に、何処からともなく生成された漆黒(・・)昏々(こんこん)と纏われる。その闇は見た者をも思わず呑み込まれるかと思わせるほど得体の知れぬ闇であった。何処から見ても闇の中身を窺い知ることは出来ず、ただ何も無い、一点の濁りもない底の知れない闇であった。




 ――魔族の手先から魔法が放出される。ユージンを横にすり抜けた後、ルベンの心臓へと直撃させる軌道だ。直感が彼女を守らねばならないと告げる。ユージンは剣を構えながら、急いでその魔法の軌道上に駆け込む。そして放たれた光線に向けて剣を大きく振るった。



 光線の輝きが刀身に佇む闇へと文字通り吸い込まれていく。それは天体がブラックホールに飲み込まれる様を想起させる。だがユージンは魔素の密度から、光線に向かってただ打ちつけているだけでは剣が先にダメになると判断する。元より鉄剣はこれといった銘のついていない、ありふれた量産の品。幾ら魔法の強度が高くとも、先に剣が折れてしまっては関係ない。




 迫り合いに負けぬよう注意しながら、手首と肘を少し動かし、光線を弾くために力を入れる向きを修正していく。




 ――迫り合いが終わるのは僅か数秒、だが当事者たるユージンにとっては永遠のようであった。刃に当てられた光線は光を失っていく最中、終に軌道を僅かにずらして、ユージンに鈍い痛み(・・)を残して頭のすぐ横を通過すると、部屋の彼方へと飛んでいった。威力は既に弱められていたために、洞窟全体を揺らして崩落する可能性は皆無であった。

 そして同時に握りしめた鉄剣の刃も役目を終えたかのように折れて堕ちていった。



 


「よし、……何とか…止めてやったぞ…?――――っ!」




 たった今成し遂げた自身の成果を戦闘中で有るにも関わらず、誇るようにしてルベンに告げるが、左側頭部に痛みを感じて思わず空いた手で抑える。手には何か液体が纏わりつき、側頭部にあるべき部位が存在しないことに気づく。



「アンタ…耳が無いじゃない!出血もひどい…!」



 一瞬放心していたが、ルベンに言われて自分の状況を認識する。光線を退けた際の痛みは耳に直撃した時のものだと今更ながらに気づく。そして左頬には手についた赤く生臭い液体と同じものが流れていることにも気づく。

 今起こした「奇跡」は、寸分違わぬ完璧ではなく不完全の代物であった。

 認識し出したことで、自身の痛みも徐々に知覚していく。ユージンは痛みで思わず歯軋りする。だが不思議と意識は明快でクリアであった。頬に垂れる血の量から丁寧に止血を早くせねば不味いという判断力は残っていた。

 後方で消沈していたルベンは、目の前の惨状に思わず涙混じりの泣き顔で叫ぶように、諭すように、声を張り上げる。




 「どうしてそこまでしてアタシを…!あの魔法はユージン、アンタを狙ったものじゃないのよ!?魔法の相殺できる見込みの薄いアンタはアタシを見捨てて、詠唱の隙を狙って斬りかかるのが最善だったはず!?どうして!?なんでよ!?」




 これはユージンにも分からなかった感覚だった。知った顔の人が目の前で死ぬのは目覚めが悪い…?違うだろう。非常に情けない話ではあるが、ユージンは命を張ってまで彼女を守ろうという意識はない。



 ――何かもっと別の感覚…。例えるなら言葉より先に手を出すような…条件反射のような…そういった上手く説明できない何かであった。




「…ただ体が動いただけだ。あまり気にしないでほしい」

「そんな!?そんなわけのわからない――」



「フフッ…フッフッフッ!ああ、そうだったのか!そういうことだったのか!小娘、貴様が「対価」だったのか!フッフッフッ!」




 ルベンがユージンの言い分に反論しようとした矢先、魔族はまたしても勝手に笑い出す。だが今回の笑いは前のどんな笑いよりも大きく、晴れやかな心を持って笑い飛ばす満面の笑みであった。




「痛むけど我慢しなさい…。ったく、あんな無茶するなんて聞いてないわよ…」


 

 笑い続ける魔族を横目に、ルベンは目元に溜まった涙を袖でサッと雑に拭き取ると、体を左右に揺らしながらも立ち上がって復帰する。

 そして腰の巾着袋からビー玉状の宝石――魔石を大量に取り出して咀嚼せず手早く飲み込んだ後、〈焼却〉でユージンの耳元の切断跡を軽く焼く。

 熱さから生じる痛みは感じるが、千切れたことを認識した時ほど痛まなかったために大きな衝撃はなかった。

 ユージンがルベンを〈感知〉で見ると、殆ど空っぽになっていた体内の魔素が多少回復していた。原型を留めていないとはいえ、魔物の一部を体内に入れるというのは心配になるが、今はそうも言ってられない。



 ユージンはすぐさま腰に下げていた採取用のナイフを取り出すと魔族に向かって駆け出す。幸い足のダメージは殆どないために、未だ動きは俊敏さを損なっていなかった。



「…その話は後だ!それよりルベン、あと魔法はどのぐらい打てる?」

「中規模の魔法を1、2発といったところかしら?もう限界よ…」

「タイミングは合わせる!今撃てる一番強い魔法を1発頼む!躱されても構わない!」

「どういう…いや分かったわ、やってやろうじゃない!」





 ルベンは無謀とも思える頼みを一考しようとするが、ユージンの振り返ることなく、大きく自信に満ち溢れた声色での要求は、思考を隅に追いやった。ユージンに何か考えがあり、尚且つそれが確信めいたものを感じさせると考えて、ルベンは他の良案も思いつかないために素直に従うことに決めて、魔法の錬成を開始する、

 それは事実、ユージンも考えあってのことであった。今までの行動から〈未来予測〉の制約を既に看破し得たと判断した上での発言であった――勿論「希望的観測」を大いに含むものではあるが。



 走り駆け抜けながら、ユージンは〈|顕現せし闇は剣と共に、悉くを鯨呑す《ヴォイド・カオスベルジュ》〉で手元のナイフに闇を纏わせて強化する。これで体内の魔素は殆ど出し尽くした。頭が痛む。「欠乏症」の症状が垣間見えてきた。この場において魔法はもう撃てないだろうとユージンは判断するが、これが無ければ策は成功しないためにやらざるを得なかった。



 「フフッ、良い…。まだまだ吾輩も楽しめそうだな…どれ、これはどうだ?」



〈冥冥たる宵闇は昇くる曙光(しょこう)

 終りを告げる〉


〈迎来する若人は脈々たる彼方が運命を告げ

 る〉


滅槍開闢(めっそうかいびゃく)



 魔族が詠唱を終えると、魔族を囲うようにして4本の炎を纏う槍が僅かに浮いて出現する。見れば、それは戦いの初めに何処からともなく取り出した、たった今魔族の握る槍と同様のものであった。

 槍を覆う炎は魔素で構成されたもので、ユージンのナイフとやり方は似ているとわかる。だが炎と槍、どちらも同質の魔素で構成された、魔法による効果であるというのは大きく異なる点であった。


 加えて〈感知〉で魔族の体内に残る魔素を覗くと、殆ど空っぽであることもわかる。少なくとも魔法を普通に発動する分にはこれが最後であると分かったのは幸いだ――但し本体の動きは衰えていないが。



「――!――――っ!」




 魔族は空いた手で宙の槍を掴んで放る動作を繰り返す。ユージンはそれを手元のナイフで次々と迎撃していく。

 槍の切先で燃え盛る青白い炎は、闇に燃え移って焼き尽くそうとする。

 対して、ナイフの小さな刃で静かに佇むドス黒い闇は、炎を覆うようにして内部に呑み込もうとする。


 ――そして炎の輝きは消え失せる。



 炎を失った四筋の槍は、勢い衰えないナイフで簡単にいなされる。そのまま地に叩きつけられると、粒子状に細かく四散していく。

 もう邪魔するものは何もない。ユージンは魔族の元まで一気に距離を詰める。魔族は地に着けていた最後の槍を構えて突撃に備える――が、



「…ここで合わせてくるか。タイミングは良いが…フフッ、それだけだな」



魔族は予知能力を持って、魔素の大きな動きを捉える。その魔素が燃え盛るであろうことから恐らく少女が放つ魔法とあたりをつける。放たれる魔法の着弾点は今突撃に備えて仁王立ちした場所。直撃すれば深傷を負うであろうが、事前に発動さえ分かっていれば躱すのは容易だった――




 ――ユージンが突撃を敢行する最中、ルベンは必死に体内の残り少ない魔素と待機中のそれをかき集めて詠唱を行った。

 それは先日ゴブリンを焼き尽くしたものと同様の「小型太陽」を出現させるものだが、ひどく小さい、手のひらサイズのものを杖先に出現させた。

 既にスキル〈魔法分身〉を同時詠唱する余裕はない。故に威力を重視しがてら、足りない魔素を補うためにイメージをより研ぎ澄ませる。


 

 魔法〈焔焔業火(えんえんごうか)〉のイメージ――魔法ごとに記憶した「魔法式」に手を加えて、効果範囲を最小限に、但し発生する現象の威力は最大限拡大させる。次に〈感知〉で魔素の配置を仔細に把握した、今いる空間を脳内で格子状に区画分けしていく。杖先の一区画に魔法式を配置する。そして区画分けされた空間上で行使される魔法の軌道を座標指定してセットする。



 極限まで魔素を節約するならば、発動時間や終了時間も仔細に設定するべきだが、思考は既に限界を迎えていた。仕上げとなる魔法の効果時間を「何となく」設定して、ルベンは全ての準備を完了させて放つ――



「ユージン…あとは、頼んだわよ…〈焔焔業火(えんえんごうか)〉…!」



 


 魔法詠唱は完璧ではないが、ユージンの要求に沿えているだろうか…?そんな一抹の不安を抱えながらも息も絶え絶えに希望をユージンへと繋げる。そして言い切ると、役目を果たしたとばかりに意識をそれ以上保つ事なく仰向けに倒れ込んでそれ以上動くことはなかった。




 ユージンは〈感知〉をもって、魔族と同じく着弾点と威力を推定する。威力は充分、魔族が躱さざるを得ない(・・・・・・・・)程の規模だった。


 


 助かった、ありがとう、と心の中で礼を述べる。此度の戦いは間違いなく自分が足を引っ張った。

 もし魔法が上手く扱えれば、魔法防御の際にルベンへ多大な負担をかけることはなかった。

 もし剣術がもっと研鑽されたものならば、魔族を接近戦において圧倒して、詠唱させる暇を与えることはなかった。

 もし迷宮の最深部に踏み込むことなくルベンの言う通りに戻る選択肢を取っていたのならば、こうして戦いにもつれ込むことはなかった。

 もしこの場にルベンがいなければ、ここまでの状況を作るのとは出来なかった。たった今決行している策を実行に移すこともできなかった。



 だが彼女はいる。この場所、この時にいたからこそ、今まさに彼女の魔法は発動し、魔族は後方へと飛び退いた。



 


 本来魔族を狙っていたはずの魔法は、地面を大きく抉る。そして抉られた地面は巻き上げられ、土煙(・・)となって大きく舞う。土煙は一歩退いた魔族とユージンのちょうど中間地点で発生したために、両者の視界を遮る。


 



――何故剣筋を予測して接近戦で圧倒しなかったのか?

――何故目眩しの魔法に対して、〈感知〉を用いることで突撃を強行しなかったのか?そもそも何故目前で一瞬停止した?


 


 ここから考えられるのは物体自体の動きや魔法の効果自体を把握できるわけではないということ。また未来の視える時間もおよそ数秒先といった所だろうか。

 それを踏まえた上での突撃だった。ルベンの強力な魔法は|予定通り〈・・・・〉躱された。




「…これだけではないだろう?」



 


 魔族も一筋縄ではいかないとばかりに油断はしない。|魔素の操作を介さないで《・・・・・・・・・・・》視界を遮られたことで能力が把握されていると薄々勘付く。

 だが予知能力は顕在。ナイフに宿る魔素が右から左へと移るような…不自然な動きを感じ取る。

 態々持ち替える理由はない。狙いに薄々気づいた魔族は身を切る覚悟を一瞬で完了させる。




――煙の中から黒い人影が現れる。魔素を強く宿した左手を大きく振りかぶりながら突進してくる。まずは同じく魔素で構築された炎槍で打ち付ける。

 魔族の予想通り、左手には先ほどナイフに纏わせていた闇があった。先から何本も槍に打ち勝ってきた闇ではあるが、これで五合目。槍は同様に消滅するが、遂に闇もその力を使い果たして消え失せる。



――そして右手に目を向けると纏っていた闇の消失したナイフがあった。土煙のなかで分離させたのだろう。それは確かに視界妨害に成功して攻撃手段を一瞬不明瞭なものとしたが、同時に魔素を介さない攻撃であるナイフでの直接攻撃も容易に予測させるものとなった。

 魔族はこれを予期して、左掌を咄嗟に前に突き出す。ナイフは人と然程変わらない強度の皮膚を貫くと、中から黒い、だがその生臭さから血であると分かる液体が激しく噴出する。



「フフッ、こうした策を弄してきたのは能力が把握してのことだろうが――ッ!?」





 


 魔族はユージンが突き刺したナイフを離して鞘に手を伸ばす(・・・・・)のを目にする。出てきた剣は先程刀身が折れて役目を終えたはずのものだった。ユージンは柄から鍔に持ち替えて剣に最後の役目を与える。この動きを予想していなかったのだろうか、呆気に取られていた魔族の頭へと逆側の鍔を当てるようにして叩きつける。





「――――クッっ!!」

 



 



 思わず飛翔して逃れようとするがそれは叶わない。脳が激しく揺さぶられる。本来ならばこの程度のことで魔族の意識が揺らぐことはないが、強力な魔法を何度も放つことで「彼等」と同様に魔素が欠乏し、調子が優れない所でまともに貰った一撃だ。微かに感じていた眩暈や吐き気、頭痛はより一層激しさを増す。



 



――その殴打は一度で終わらない。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もなん度もなん度もなんどもなんどもなんどもナんどもナンどもナンどもナンどモナンどモナンドモナンドモナンドモナンドモ脳が揺らされる。





 





 遂に魔族が蹌踉めくと、ユージンは剣に役目を放棄させる。剣を適当に放ると、魔族に勢いよくのしかかって、地面に仰向けになるように組み伏せる形を取る。ユージンに体術の心得は無かったが、既に満身創痍の魔族を押さえるのに特別な技術は必要なかった。

 魔族の抵抗が弱々しくなるのを確認した後、掌に突き刺したナイフの柄を掴んで抜き取ると首元に切先を向ける。――だが直ぐには突き刺さなかった。何かを思案するかのような素振りをするユージンを見て、魔族は一先ず賞賛の言葉を送る。




「フフッ…おめでとう。少年、君の…勝ちだ」

「そうだな…これで終わりだ」

「…否、未だ終幕には至らぬ。吾輩が生きる限りはな。何故終わらせない?」




 魔族は口調を遭遇した直後の威厳ある形に戻しながら戦闘が未だ続いていることを告げる。事実、〈宣言〉の際に部屋を囲った炎は燃えている真っ定中である。




「そうだな…結局何が望みだったんだ?」

「……一つはこうして本気で戦いあいたかったのだ。フフッ、ああ楽しかった!こうして本気で激突し合ったのは最初で最後の経験だった!楽しかったさ!」



 魔族はたった今まで高揚させていた感情を、頭で戦いを振り返りながら、戻していく。

 既に戦意がないと判断しているユージンは静かにそれを聞いていたが、その告白は目の前の魔族――元とはいえ、魔王が戦いに「不慣れ」であると明かすのも同然だった。



「…お前は魔王じゃないのか?」

「吾輩はあくまでも魔族を統率し、魔法を駆使できたために「魔王」を名乗っただけ…純粋に戦闘・魔法技術の巧みな強者ならば、かの時代に幾らでもいた」

「そうか…他は?まだ有るだろう?」

「…全てを話すのも野暮というもの。予定調和の物語など何の面白みがあるだろうか」

「何を言っている?」

「いや此方の話だ。――南の亡国を目指せ、異世界の(・・・・)少年よ!其処を目指せば、何れ全てが分かる」




「!?何故それを知って――」



 途端、部屋全体が激しく震動する。天井からは大小様々な岩が崩落してくる。既に洞窟は限界を迎えていたのだ。



「くそっ、ここまでやったのに…」

「案ずるな。吾輩とて、折角の招待客が生き埋めで終わりというのは目覚めが悪い。原初(・・)魔法は苦手だが…任せよ」




 〈その旅路が実り有ることを願おう〉

 〈不周撈月(ふしゅうろうげつ)




 ユージンは〈感知〉で魔素が部屋中に広がっていくのを感じる。そして魔族の体が徐々に光の粒子となって霧散していくのも目にする。

 残り少ない体力で〈感知〉を強めると、魔法発動に際して体内から集められる魔素を、身体やその中心にある魔素の塊から無理やり捻出していると分かる。



「…何も、わけが分からな――」



 ユージンも既に限界だった。魔族に覆い被さるようにして意識を昏倒させる――






  ※※※※※※











「…これで完了か。フフッ、いや愉快であった…」



 魔族は不足した魔素を自身の肉体や魂を糧として魔法を発動させる。崩落した岩岩と同じ物質を生成すると、欠けた箇所に当てはめて洞窟を修復していく。糧とした肉体は粒子となって霧散していき、既に下半身は消失し、頭部も薄くなって消えかかっていた。魂も今に消えようとするのを感じる。



 自身に残された時間が少ない中で戦いを思い起こして願いを確認していく。






 彼等の成した遺産は未完成ながら継がれていた。


――願いを形にする魔法は既に誰もが所有するものとなっていた。





 数世紀を通した末の願いは未完成ながら叶っていた。


――予定外ではあったが、かの少女こそがその「対価」であろうことも確認できた。

――そして、彼彼女等の旅路は何れ交差し、激突しあうことも容易に想像できた。





 勿論戦い自体も目的の一つではあった。ただ魔法を放つだけの単調な戦いばかり興じていた吾輩は、全力での正面切った、手汗握る戦いを望んでいた。魔法も、不恰好な槍術も、命を奪う気でやったものだ。彼等が死ぬ未来もあっただろうが、此処で死ねば所詮その程度に過ぎなかっただけだ。


 

 予知能力――彼等が〈未来予測〉と呼ぶものは、およそ7秒先の生物・魔法といった、流動していて不安定な魔素の動きを敏感に感じ取るものだ。魔法詠唱一つで戦闘が終わった、かの時代では役立たず(・・・・)のものだったが、此度の正面切った戦闘では非常に有用だった。



 それ故に慢心もあった。ユージンの動きは、常人と異なり、肉体を構成する魔素は薄いために上手く先を読めなかった。――恐らく本来の勇者(・・・・・)ならば、こういったことにはならなかっただろう。



 予知能力もここまで早く看破されるとは思ってもみなかったが、何より突撃の際に壊れた剣で殴打される可能性に気づけなかったのが最大の敗因であると結論する。




 もしかの時代、戦闘する機会があればああいった手の内も読めたに違いない。まだまだ戦い合えただろう――そう考えると無性に自分に対して腹立たしくなってくるのだ。





「フフッ…今更ながら少々未練が残ったが――――汝等の旅に幸在らんことを…」







 魔族は少しだけ悔しそうな、然し倒せ伏した少年少女らに一瞬目線をやると、満足げに笑みを浮かべながら光となって消失していった――

 

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