The Man Who Sold the World
方針を策定した後、ユージンらは奥へと歩き始める。
〈感知〉を使い魔物との遭遇を極力回避しようとした甲斐もあって、特に何者とも出会わずに扉の前に立つ。
身の丈より二回りかは大きいが、材質は平凡な木製で、あまり丈夫そうとはいえなかった。
しかし目の前の扉は、気を引き締めさせるにはその存在だけで十分だった。ユージンは剣を鞘から抜き、ルベンは小さな杖を取り出す。魔法具である杖は魔法の素となる魔素に干渉し、ある程度魔法の効果を操作するのを手助けする。
ルベンは魔法への自信から、何かあった時のために両の手を空けることを優先する目的で杖は使っていなかった。だがここから先は未知の強敵と遭遇するだろう。杖を使わない余裕などないと考えていた。
「ここが…最深部なのか?」
「ええそうよ…。見た感じ魔法の罠は無さそうだけど物理的な仕込みがあるかもしれない。壊すけどその前に…準備はいいかしら?」
「勿論、もとより僕が望んだことだ」
ユージンの返事を聞いた後、〈焼却〉を詠唱する。扉が着火すると、瞬く間に燃え広がって灰となった。それを確認した後、ルベンとユージンは一旦入らずに覗き込む。
中はダンスホールのように広々とした空間であった。壁沿いには等間隔に篝火が炊かれていて、部屋全体を明るく照らしいている。そして中央には小岩に腰掛ける、翼を生やした背丈2メートルほどの人影が――
「――待っていたぞ、人の仔らよ。早く此方に入れ、なに先程のような罠はない。誓っても良い」
その男は一見して人のようであるが、禍々しく黒光りする翼と肌、頭の先から生えた2本ツノが純粋な人間ではないと主張する。
そして迷宮内の魔物とは違って、ユージンらにも分かる言葉で呼びかけてきた。
「なんで魔族がこんなとこに…!?」
「どうするルベン?」
「…入りましょう。ここまで誘ってきたんだもの。ただ戦って終わりたいわけじゃないでしょう。寧ろ魔物でなく魔族だからこそ交渉できる機会に恵まれた…とでも思うわ」
そう言ってルベンとユージンが部屋の中央にまで歩んできたのを確認した後、魔族は話を続け始める。
「先程の魔法陣は大変失礼。一つ謝罪を…さて、紹介させていただこう。吾輩はグラニーラ、|魔王〈・・〉グラニーラである。此度は君等との決闘を望んだがために招いた次第である」
品定めをするかのような鋭い目つきを携えた魔族の語りを聞きながらユージンは〈心眼〉でそつなく情報を拾う。
名前:グラニーラ
種族:悪魔
レベル:41
クラス:宰相
魔法適性:滅却
状態:正常
スキル:心眼:S、未来予測:A
体力:B、腕力:D、敏捷:B
技量:C、魔法:S
ステータスが全て表示されていることに多少の疑念を抱きつつも、開示された情報は本来ならば戦うべきではないことがハッキリと分かった。
ユージンやルベンが10前後の中で、40を超えるレベル。高い適性値。〈未来予測〉という、名前から強力なスキル。〈滅却〉という正体不明の魔法適性。
だが一方で魔王であると名乗ったのにクラスは「宰相」であるのは、ある種ハッタリであるとも取れる情報であった。
魔王発言で顔を強張らせ、体を震わせるルベンを他所に、ユージンは握ったカードを先に切ることで魔族の反応を引き出しにかかった。
「早速で悪いが、なぜ嘘をついた?僕には〈心眼〉があるが、それには「宰相」と見えている」
「…?あぁ、これは失礼した。訂正しよう、元魔王であると。何、〈心眼〉の仕組みに未だ慣れていないが故。特段君等を騙す意図は無かった」
少し逡巡した後、魔族は少し申し訳無さそうに、だが上位者の如く振る舞って謝罪する。魔族の顔つきに変化はなく、目つきは変わらず鋭いままであった。
このカードで化けの皮を剥がす目論見を薄らと持っていただけに残念な結果に終わる。
「…過去に二度出現した魔王はどちらも滅ぼされたはずよ。えっと…グラニーラさん、はアタシたちの知らない魔王なのかしら?それとも今の魔王なのかしら?」
「吾輩は現代の魔王ではない、とだけ言っておこう。後は…フフッ、君等の想像に任せよう。あとグラニーラで結構だ。元より魔族と人種は敵対し合うのが常であるのに格好がつかないだろう?」
「ご親切にどうも。んでグラニーラ、アタシたちはアンタと敵対するつもりはないのよ。ここは一先ず帰らせてもらって後日再戦、決闘をするってわけにはいかないかしら?生憎仲間が集まってないし、探索で疲れ切って本調子じゃないのよ」
ルベンは震える足を無理やり手で膝を押さえる。
そして出来るだけ余裕を持たせた表情と口ぶりで交渉し始める。
ルベンとしては決闘という言葉から魔族が高潔な者であるという推測を立てた上での提案だった――
「いや、今ここで決闘を受けてもらおう。先程も言ったが吾輩は魔族、其方等は人間。相対するにはこれだけで十分だろう?」
「元より逃す気はないってことね…!」
魔族が直ぐにでも戦いたいという意思表示を確認すると、ルベンは左手を胴で隠すようにして指を動かす。直ぐ後ろのユージンに見えるようにして作った指の形は狐の形――撤退の合図であった。
ルベンは即座に右手の杖を動かして巨大な炎を詠唱無しで生成すると、魔族に向かって放つ。そして足を動かし始めたユージンを尻目に後方へと駆け出そうとする。
「さっさと逃げるわよ!あんなの無理して相手する必要はないわ!」
「それは困るな…吾輩の願いのためにも君等を逃すわけにはいかない」
〈吾輩はここに宣う、明日ある若人らとの決闘を望んでいると〉
〈弥久の刻を刻んだ吾輩の願いは取るに足らぬ我執の願い、幾千幾万大小の願いのただ一つ〉
〈蓋し、それは我執であるからこそ、何人たりとも邪魔立て叶わぬ〉
魔族は炎を容易く僅かな動きで躱しながら〈宣言〉を行う。
逃げ出そうとしたルベンの前に炎の壁が出現する。
「嘘でしょ!?なんで魔族が〈宣言〉を…!?」
「人間、亜人共が使えるのだ。意思ある魔族の吾輩が使えない道理はないだろう?」
――――交渉は決裂した
炎に阻まれてただ立ち尽くすことしか出来ない二人に向けて魔族が声を掛ける。
「なに簡単な話だ。君等が勝って吾輩を打ち倒せば生きて帰れる」
見ればいつの間にか魔族は何処から取り出したのか、切先の燃えた大きな槍を手にして構えている。逃げる選択肢は最早絶たれた。
ユージンは剣を抜いて、ルベンは後方に下がりながら杖を再び固く握り締め直す。
「ユージン?アンタは前であいつを出来る限り抑えてなさい。出来る限り魔法で支援するわ。間違っても手元は狂わないから、後ろは振り返らずただ防御に徹しなさい」
「勿論だ。魔法の腕は信用してる…攻撃は?」
「アタシに全部任せなさい」
「僕からは…二つ、魔法適性が〈滅却〉になっていたのとスキルが〈未来予測〉だった。そこだけは多分気をつけるべき…だと思う」
「…〈心眼〉は相手側から情報詐称できるの忘れてないでしょうね?まあ〈滅却〉は知らないけど、その凄そうなスキルは一応気をつけとくわ」
「作戦会議は終わりか?此方としてはまだ待っても良いが如何せん退屈でな?」
魔族は早く戦いたいという気持ちを抑えられないのか、しきりに翼をはためかせている。だがルベンとユージンの作戦会議を邪魔することはなかった。
「ええ、どうもありがとうございます。そういうとこだけは律儀なのね、さっきはとんっっでもなく失礼な招待を受けたのに。あそこまで無礼なのは見たことないわよ」
「吾輩はただ戦いたいだけ。…いや少し違うな。ただ願いを叶えたいだけなのだ、そのためなら待つのも億劫でない。では…行かせてもらおうか」
ルベンの皮肉を軽く流すと、魔族は槍を真っ直ぐに構えてそのままに突撃してくる。
大丈夫、そこまで素早くはない。先日のオリヴィエの突撃と比べたら、目で追って反応するのも簡単だった。
ユージンはルベンを守るようにして前に躍り出るとそのまま剣を打ちつける。その衝撃は然程重いものではなかった。
槍は軌道をずらされて、明後日の方向に突き出された。然し、魔族は身を一旦引くことで槍を同時に手元に戻して再度此方目掛けて突きを二度三度と繰り出す。
ユージンはそれも同様に剣を当てることで軌道をずらすことに成功した。
「中々やるではないか少年…」
「グラニーラ…ステータスを、見た限りだと、本職は魔法、だろう?接近戦でも、負けていたらと思うと、末恐ろしいな」
「成程〈心眼〉で把握されていたか、矢張り慣れないな…。では吾輩、魔王の魔法というものを見せてやろう。その目に焼き付けるが良い」
ユージンは途切れ途切れながらも得物をぶつけ合いながら会話を続けていたが、魔族は更にその上を行く。剣戟の中で詠唱を練り始めたのだ。
〈過ぎ去る月日は暗として、然して迎え待つ
来日は明のみ〉
〈光彩瑛年〉
詠唱を終えると、魔族の周囲に無数の青白い物体が出現する。目を凝らすとそれは蒼く燃える炎であった。その数は10を超えるだろうか、魔族は生成を終えるとユージンに向かって其れを放つ。
咄嗟にユージンは魔法で対抗するために詠唱を始めようとするが間に合う気はしなかった――
寸前、蒼い炎は半透明の壁に阻まれる。炎は壁に対して燃え移るとあっという間に消失させていった。ユージンにそのまま直撃していれば無事では済まなかっただろう。ユージンは振り返ることなく、恩人に感謝する。
「ルベン、助かった!」
「礼は後でいいから、集中しなさい!」
「ほう、詠唱も無しで魔法を高速展開するとは…なかなかの手練れと見たぞ小娘」
「アンタの魔法が鈍いだけよ!詠唱の割には威力も然程無いから〈感知〉で簡単に反応できるわよ!」
「これでも今の魔法は物量にかけては自慢の技だったのだかな…?では次の魔法…いや?…右後方と頭上から来るな」
「何か」を感じ取った魔族は槍を大きく振りかぶって、ユージンに強く受け止めさせる。そしてその隙を縫って数歩後ろへと慌ただしく飛び退いた。
すると数秒後に中規模の〈火球〉が先程まで魔族のいた「右後方」と「頭上」から出現すると、その位置へと直線に突き進む。だが目標は既に別の位置に居たために、明後日の方向へと飛び去っていく。
「ふーん…今の無詠唱は魔素が凝集する時と発動をずらしたから、〈感知〉で気づいてもギリギリのはずなんだけど…ホントに〈未来予測〉出来るみたいね」
「さてどうだろうか…いやはや、それにしても小娘…。無詠唱に加えて同時発動、見事である。魔法の行使ですら難しいはずなのに、ここまで卓越した緻密な魔法制御を成すとは…良いものを見せてもらった。今一度此方から礼を言わせていただこう」
「魔法が難しいですって?随分と感覚がズレてるんじゃない?あとアンタが礼言ったら「格好がつかない」んじゃないの?」
「その通りだな小娘、だが…。………ああそうか、そうか、フフッ、無駄ではなかったようだな…!しかも予定外の来客も中々面白い!これ程までに至極愉快なのも久しぶりだ!」
「「(今一瞬魔素が大きく集まった…?)」」
魔族は少し考える素振りを見せると、次の瞬間には何かに気づいたかのように不気味なほどに大笑いし出した。
ユージンもルベンも警戒を解かないながらも、気味悪そうに魔族の奇行を眺める。
「フッフッフッ…いや失礼した。さて…吾輩の予知能力が露見したわけだが君等はどうする?」
先程の詠唱込みの魔法は阻まれ、接近戦でもユージンに大きく出ることも出来なかったのにも関わらず、魔族は未だ冷静さを失っていなかった。
それどころか悠長に会話を交わしながら、その内容に大笑いするといった余裕も見せていた。
「さてどうしようかしらね…アタシはまだまだ行けるけど…ユージン、アンタは?」
そうは言うが、ルベンの表情には汗が滲み出ていた。恐らく無詠唱での魔法を連発したことによる弊害だろうとユージンは当たりをつける。現状を維持出来れば、攻撃を耐え凌ぐことは可能だが、魔法と槍での攻撃を同時に止めるのは無理だと先程分かった。
このまま消耗戦に縺れ込めば、ルベンが先にダウンし、残ったユージンはジワジワと追い詰められるという結果に終わることは明白だった。だが――
「僕はまだ行ける、大丈夫だ。それより…グラニーラ、お前の〈未来予測〉には制限があるんじゃ無いか?」
「さてどうだろうか…フフッ」
「どういうことよユージン…?」
「仮に全ての未来が見通せるならば僕の剣筋は全部読まれて容易く制圧出来ていたはずだ。ルベンの魔法だってもっと早く回避行動を取れたはず。…違うか?」
これはある種のメタ推理だ。現代の創作物における強大な能力というものは何かしらの制約の上で成り立っている。例えば時間操作系、肉体強化系なら時間制限があって然るべきだ。それに大抵は発動回数だって制限されている。
そういった強すぎる力における一種の「約束事」があって当然であるという認識を持っていたからこそ、ユージンはルベンよりも早くこの推測に行き着くことが可能であった。
「今までの行動は全て演技の上だった…とは考えなかったのかね?それにそれを吾輩に語ったところで君等の握ったカードを晒しているだけではないかね?」
「…お前はここまで騙し合いを楽しんでいたような節はない。恐らくだが…あくまでも決闘…いや僕らの戦いぶりや会話を楽しんでいるように思える」
「吾輩としてはあまりに大胆な推理…いや希望的観測とは思うがね?」
魔族の言う通り、さっきの能力の制約も合わせて今まで語ったことは全て「希望的観測」に過ぎない。だがユージンは例え魔族の振る舞いが全て虚構であったとしても、此方が有利に傾くような前提を元にしなければ勝ち目は、勝機は、皆無であると直感していた。
「…一つ教えよう。吾輩の時代、三世紀ほど前だろうか。あの頃は魔法使いという存在は希少であった。それ故にこうして今のように魔法使い同士が相見えることは殆どなかった。魔法というのは、専ら集団や強大な魔物といった、個々の力が及びにくい者に対抗するための武器であった」
「…生憎僕は殆ど魔法が分からない、何が言いたい…?」
魔族はコツコツと足をゆっくりと動かしながら、子どもに言い聞かせるような口調で語り始めるが、その内容は魔法の知識がないためにユージンには理解出来るものではなかった。ならルベンはどうかと視線をやる。
「…魔法使い同士の戦いなら手数を重視するわ。〈火球〉でさえ人の肉体を焼き尽くすには十分、だからみんな如何に魔法を直撃させるかを考える。その結果が魔法の同時発動よ。小規模の魔法を連発しながらも無属性魔法の〈障壁〉を何度も何度も貼って防ぐ。そして幾度にも渡る魔法攻撃の応酬を経る中で、疲れや焦りで隙を見せた奴はズドンッ…。でもそうした魔法攻撃が無いなら…大規模な人数や強固な肉体を持つ魔物に対しては――威力や範囲を重視するわね」
「そう、その通りだ小娘よ。そして吾輩がこれを今言ったということは即ち…」
「そのヤバいやつが来る…ってわけね」
「正解だ。次からはよく準備することだな」
そうして再び魔族は地を蹴って此方に駆け出してくる。しかし悠長に駄弁っている中でも戦闘への警戒を解いているわけではなく、寧ろ準備をしていた。ユージンは駆け出す魔族に対して予め練っていたイメージを放出する。
「〈黒霧〉!〈感知〉!」
「何故この魔法を…?ただの目眩しのようだが…」
自身の周囲に黒いモヤを放出して、身体を覆い隠す。そして間に合わせで発動していた〈感知〉を更に強くして、体を構成する魔素をも仔細に感じ取れるようにする。これならば視界不良の中でもユージンやルベン、魔族の一挙手一投足をも見逃すことは無い。
これだとルベンの視界をも遮ってしまうが、彼女の卓越した魔法技術、同様に〈感知〉を用いた状況把握を頼みにした行動であった。実際ルベンは多少驚いたように身を一瞬震わせたが、直ぐに何事もなかったかのように杖を構えて、目線は魔族に合わせていた。
しかし魔族はこれを読んでいたようで、速度を落として霧の前で止まって一瞬思考する。そして翼を大きく動かして飛翔すると、少し距離を取って上空に位置する。闇雲に突っ込んで来たところを、カウンターする作戦であったが当ては外れた。
「フフッ、それは少々面倒だな…では先ほども言ったが魔法で相手するとしようか…」
〈愚鈍たる栄華は遂に枯れ果て、ただ残るは荒涼たる大地のみ〉
〈曠日讚華〉
魔族の右手人差し指に赤い光が集中する。それはとても小さな光だが赫赫と燃えるように強く光り輝いていた。そして込められた魔素が見たこともないほどに膨大であることを〈感知〉で認識し、ユージンは焦りを浮かべ、ルベンは青ざめるのだった。




