最深部へ
「…この先に下へと続く階段がある。取り敢えず、一安心かな」
「…ええ、アタシの〈感知〉でも下の魔素が一気に濃くなってるのが分かる。上層はここまでのようね」
レッツェはそう言って、マントを下敷きにして座り込む。腰の巾着袋から杯を取り出して魔法で作った水を流し込んで、前に垂れた栗色の髪を邪魔そうに退けながらグッと飲み干す。
頭痛がすると言っていたルベンも徐々に体調を回復していって、すっかり平気そうな表情を浮かべている。半透明な椅子を魔法で生成すると、上品そうに腰掛ける。
「よし、今日はここいらで休憩――」
「いえまだです。先に下の様子だけ見てからにしませんか?」
予定通りルーシアはテントを張ろうとするが、未だ不機嫌な状態を引きずったオリヴィエが更なる探索を提案する。
「それは……分かった。その提案に乗ろう、みんなもいいな?」
ルーシアはこれ以上雰囲気を悪くしないためにも渋々承諾し、他のメンバーに同意を求める。ユージンらにとってもその思いは同じで、頷き返して肯定の意を示した。
※※※※※※
「うっわ、降りて来た途端物凄い魔素が…」
「魔法が苦手なアタイでも分かる…。この迷宮普通じゃない」
ルベンとレッツェが顔を顰める。
「そうだな、どう考えても俺はこの依頼ランクがC相当とは思えない。一旦町に戻って報告すべきじゃないか?売り物だが未使用の魔素蓄積具があるから、これに魔素を貯めれば証明になる」
「…良いの?その魔法具ってだいぶ高価よね…?」
「…私のを使いますか?」
ルーシアの提案にルベンは異を唱えるが、それに口を挟むようにしてオリヴィエが手持ちの袋から時計のような物を取り出す。
「コイツは…最近使った形跡はあるが、随分と年代物のようで…しかもとんでもないほどの高性能な品だな…一体どこで?」
「露店で買った掘り出しものですよ」
「こんなのが露店に…?多分今俺の全財産はたいても買えるような品じゃねぇんだが…」
ルーシアはオリヴィエの時計上の魔法具に飛びつくようにして値踏みをする。どうやらとんでもないほどの値打ち物らしい。
だがユージンにとって、一連の魔素の密度を巡る状況は全く理解できないものだった。
「僕には何も感じないが、そんなにやばいのか?」
再突入直後から皆が無詠唱で使っているという〈感知〉を行使しようと試みているが、感覚が変化した様子はない。いつも通りの五感で、このままでは到底魔素を感じ取れそうになかった。
「アンタ〈感知〉の詠唱はしたの?適性なくても十分効果はあるはずよ」
「てっきり無詠唱が基本かと…」
「魔法使いたてのアンタじゃ難しいからやめときなさい」
「分かった…〈感知〉」
――何かが変わった。自分の体内をオーラのような、エネルギーのような、何か正体不明の力が巡り巡っている、そういった感覚を今まさに把握している。続けてこの〈感知〉の範囲を広げるようにイメージすると、他のメンバーも同様の力を宿しているのが分かり、周囲の大気にもそれが存在することを認知する。
さらに細かく内実を掴もうと精神を集中させる。メンバーの中だと取り分け自分の力が弱いこと、確かに今し方降りてきた階段の上の魔素が薄いということ。そして前方に途轍もなく強い力がある――
「ウッ…」
酷い頭痛がする。イメージが雑だったのか、効果が強力だったのかは分からないが、昨日に続いてまたやらかしてしまった。
「また魔素切れ?張り切りすぎじゃない?」
「…ルベン、何か前方の魔素が不自然じゃないか?」
「えっと?…あぁ、多分魔法陣ね。多分そこそこ出来る魔物が仕掛けたんでしょう。というか、あんな遠くまで見たらそりゃ足りなくなるわよ」
――そこそこの魔物!?違う、どう考えても膨大な魔素だった。〈感知〉は初めて使ったが、それでも異常なものだとはっきりと分かるものだった。ユージンはそれを伝えようとして――
「あの…いや、勝手が分からずやり過ぎた。次からは気をつけるよ」
魔法のことなんて殆ど何も分かっていない素人が口を出すべきではないと判断して言い淀む。餅は餅屋、魔法は魔法使いに任せるべきだ。
――だがユージンは気づくべきだった。素人目でも明らかな異常を何故ルベンが気づかなかったのかを。〈感知〉の程度に大きく差があったということを
「確かに何かありますね…ユージン、共に見にいきましょう」
「待て!オリヴィエ、お前は俺とレッツェと共に待機。ルベンは魔法陣の解除、ユージンは不測の事態に備えてルベンの側で警戒だ」
「オリヴィエ、アンタは前衛、それも騎士でしょう?魔法のことは私に任せなさい」
「ですが…!」
オリヴィエは何か言いたそうにしているが、ルベンは構わず魔法陣へと向かい、ユージンは続く。
――突然前方から4本の鉄鎖が飛び出して来る。反応する間もなく、鎖は一瞬でルベンの四肢に巻き付くと、そのまま魔法陣まで引っ張ろうとする。
「何よこれ!?〈火球〉!〈焼却〉!…なんで焼けないのよ!?」
「待ってろ!今すぐに切る!」
ルベンは慌てて魔法を鎖に向かって放つが、少しの焼き目もつかず全く効果は見られない。直ぐにユージンは魔法陣の側に駆け寄って剣で何度も叩きつけるが、びくともしない。
こんな状況は想定していなかったのか、ルーシアは慌てた表情でオリヴィエとレッツェの顔を見るだけで、何も指示を出来ずにいた。レッツェは今すぐにでも駆け出したかったが、無策で向かうと自分まで被害に遭うことを恐れて動けなかった。
――突然魔法陣が光出す。ルベンとユージンは光に包まれていく
「くっ…」
「…あぁもう!アタイも我慢できへん!」
オリヴィエとレッツェは結局我慢できないまま救出を試みる。オリヴィエは、〈転移〉を使用しながら駆けるレッツェとは距離を大きく引き離すと、瞬く間にユージンとルーシアとの中間まで走り抜けた。
「ルベン、これから何が起こる!?どうすればいい!?」
ユージンはルベンの顔を覗き込む。ルベンの表情は呆然としていて目からは光が消えている、既に何もかもを諦めたような顔つきをしていた。
――周囲が激しく発光する
――あまりの眩しさに誰もが目を瞑る
――発光が終わり、ルーシアが目を開けると視界にいた四人のうち三人が消失していた。
「…そこにいるのは誰だ?」
「ルーシアか?」
目の前に居たのはレッツェただ一人であった。
「…確認だレッツェ、付近に三人はいるか?俺の〈感知〉に反応は無かった。」
「臭いも足音も無い。付近には居ない」
「レッツェ、多分〈転送〉だと思うが魔法陣の確認をする。周囲の警戒を」
「了解」
〈転送〉は付近へと瞬時に物体を移動させる。そこまでの距離を移動することは基本的に出来ないから迷宮内の何処かだろう。これからの迷宮探索の予定が大幅に狂って、しかもメンバーを失う危機にまたしても直面している。もし仮に即座に指示して動いたらこうなってはなかったのだろうかと後悔しているが、今はレッツェと共に生還を最優先事項として状況把握に務めることにした。
しかしルーシアの一番の疑念は〈転送〉ではなく、同時に〈捕縛〉も仕掛けてあったことだ。通常あそこまで用意周到な罠が仕掛けてあることはまず無い。並の魔法ならルベンの魔法で燃やし尽くしただろうし、そもそも〈障壁〉で防いでいるだろう。それが結果として全く歯が立たずに嵌ってしまったのだが…
――ここまで高度な罠とは、まさかAランク以上の魔物、いや、魔族がいるのか?
そう考えざるを得なかった。
※※※※※※
――――起きなさい、起きなさいってば!
耳元で声が響くのを確認すると、ユージンは意識を起こす。隣ではルベンが不安げな顔をしている。
周りを見渡せば先ほどの場所と景色は違うが、何処か違う場所であるということが分かる。後方にあった階段はなく、〈感知〉を唱えると、魔素の量もより濃くなっていた。
「…ルベン、何があった?ここは何処だ?」
「アタシたちは〈転送〉で迷宮内の何処かに飛ばされた。恐らくさっきいたとこよりも下。付近に他の奴らはいなかった――」
――――後ろから何者かが迫っている、感覚的だが間違いなく危険なものだ
ユージンは不意に背筋が凍りつくような感覚を覚える。〈感知〉を広げるが、目立った魔素の反応はない。だがホブゴブリンの時と同じ感覚で、理論や言葉では説明できないが危機が迫っていると頭が警鐘を鳴らす。
「ルベン、その脇に隠れろ!今すぐにだ!」
「え何よ急に…」
「いいから早くしろ!何か来る、静かにしろ!」
ユージンは戸惑ってその場から動かないルベンの裾を引っ張り、無理やり側の大岩に身を隠して、そっと様子を伺う。
――身を隠して数分、何やら音が聞こえる。迷宮内にも関わらず大声での掛け合い、足音、それに混じったノイズ――機械の駆動音
「なぁツヴァイ、どうだそっちは?」
「異常はないよー。…アインス、右から音がするよー?」
「分かってるって。ったく、こんなとこで弾は使いたくねぇんだが」
アインスと呼ばれた、身の丈2メートルはあるかに思われるカウボーイハットを被った大男は此方の方へと銃を向ける――かに思われたが、僅かに外し、激鉄を倒して引き金を引く。すると真横から飛び出そうとしてきたゴブリンの眉間に穴が開くとそのまま倒せ伏せた。
「まーた外れかよ…こんなクッソだだっ広いとこを全力で、目視で探し出せだなんて無茶言うぜ、ウチのボスはよ」
「アインスー、そんなに文句言ってると報告するよー?あと最深部には入り込まない、分かってるー?」
「おぉ怖い怖い、ちゃんと仕事はするって。頼むから今のをチクるのだけは勘弁…な?」
液状の体を地面を滑るようにして移動するツヴァイは、適当に返事し返して先へと進んでいく。一方アインスはリボルバーを器用に手元で回転させながら腰のホルダーに仕舞い、機械仕掛けの足を動かして、再びノイズ混じりに歩み始める。
ルベンは彼らの姿が消えると隣のユージンに声をかける。
「何なのよあいつら…見たこともない武器に奇妙な足音、しかも一体は魔物だし、魔素も全く感じない…ねえ、ユージンあいつらは一体――ってどうしたのよ!顔真っ青よ!?」
彼らのことを〈心眼〉で確認していたユージンは顔を青ざめながら、息を絶え絶えに吐く。必死で呼吸しようとしているが外から上手く取り入れられない。歯軋りは止まらず、足は震えっぱなしだった。生物的本能に基づく警鐘は未だ鳴り止まない。
名前:アインス
種族:???
レベル:???
クラス:???
魔法適性:
状態:???
スキル:
体力:???、腕力:???、敏捷:???、技
量:???、魔力:F
名前:ツヴァイ
種族:???
レベル:104
クラス:???
魔法適性:
状態:???
スキル:
体力:???、腕力:???、敏捷:???、技
量:???、魔力:F
最深部
「…まずは冷静になりなさい。迷宮のど真ん中だけど、こっからどうするか考えるわよ」
正体不明の二人組が去ったのを確認した後、ルベンは隣であたふたとしているユージンを引っ叩いて正気に戻す。
今さっきまでは同様に思考が混乱していたが、ユージンの焦った様子を見ていると、逆に自分が落ち着かなければならないという感覚が湧いてきたのだ。
状況を整理する。
メンバーはルベンとユージンのみ。
携行している食料は殆ど全てをルーシアの〈空間拡張〉に依存し切っていたために、持って一日分といったところか。
現在地は不明だが、改めて〈感知〉を研ぎ澄ませると――
「成程ね、多分魔法陣の仕掛け人は私たちを招きたいらしいわよ」
「仕掛け人…というと?」
「最深部の主さまよ。ここからとっても近いわ」
今この場所から脇にある細道のすぐ先に膨大な魔素を感じ取る。先ほどの魔法陣よりも強力な、迷宮進入から今までの中で最も強力なものだ。
幾つか別の迷宮を訪れたことのあるルベンにはそこからが最深部であると確信できた。だが――
「だけどユージン、アタシは態々招待を受けることはないと思う。今は合流しての生存が最優先、そもそも最深部への立ち入りは依頼内容に含まれていない。あの二体…二人組?は気になるけど取り敢えず無視。道を記録する事なく突破を目的として上層に…って聞いてるの?」
パーティーの分断、心許ない物資、あまりに強力な魔法陣と不明な二人組。ルベンとしては至極当然の判断、誰もが納得する方針を提案したものだと思っていた。
しかしユージンは俯いたまま何か考え込む仕草をしている。
「…ルベン、僕はこのまま最深部へと行ったほうがいいと、思う」
「あそこまで高度な魔法陣を扱う奴がいるのに…気は確かかしら?」
ユージンが躊躇いながらも発した無謀な提案に、ルベンは断固として受け入れない態度を取った。
ユージンはそれを当然の判断だと受け入れた上で――
「僕の意見を聞いてほしい。さっきの二人組についてだ」
〈心眼〉で知り得た情報と彼らの会話から察せられた情報、これらを組み合わせた上で、「無謀」な提案は「勇気ある」ものであるとルベンを説得しにかかった――――
※※※※※※
彼らのステータスに表示された「レベル」は100越えであり、殆どの情報も「魔法:F」を除いて不明であり、どう考えても勝ち目は薄いこと。
彼らには「主」がいるが、最深部に入ってはいけないことから、迷宮の「主」とは別の存在であるということ。
それらを踏まえた上で、レベル100越えの二人組に遭遇するよりかは、最深部の「主」を打ち倒す方が勝算があるとユージンは判断した――
「…確かに一理あるわ。けどね、それはあいつらの会話が嘘偽りない内容で、且つ〈心眼〉に対して無警戒であったという前提が欠けているの」
元々〈心眼〉とは受け手の自己認識に依存したスキルである。
そのために自身は何者か?、といった認識を持たない魔物の能力値は確認できず、受け手が誤解して自身を認知している時はその誤った認識が表示に反映される。
例えばルーシアは冒険者として「クラス」を名乗る時にはパーティー内で後衛職を担える「解呪師」としている。
だが彼の根本となる意識は「商人」であり、実際冒険者として活動していない時は商いの方を中心として活動している。
「クラス」とは職業のことでもある一方で、場合によっては彼彼女の本質的な自意識を示すために用いられているのだ。
加えて〈心眼〉の厄介な点は受け手が軽く意識さえすれば表示を詐称できることにある。
これは野盗や兵士、村々に自立して点在する自警団のような、人との戦いが想定される者たちにとっては当たり前のもので、例え〈心眼〉の位階が高いためにその偽装を看破し得るとしても、表示をそのまま信用してはならないというのはこの世界における共通認識となっている。
ルベンとしては彼らの「魔法適性」が最近発見されたFであること、〈感知〉に全く反応しなかったことも気になったが、一先ず置いておく。
「スキルに対して結構詳しいんだな…」
「色んな人が持ってるし、そもそもアタシは最近調べる機会があったから…ってそんなことはいいの。どう?アタシの言ってることに間違いはないと思うけど?」
確かにルベンの言うことに間違いはない。
恐らく迷宮における生存術は彼女の選択の方が正しいとはユージンも思う。
――だが…
「ルベン、あいつらの言動は出まかせであると言い切れるか?」
「…嘘とは言い切れない。だけど真実とも言い切れない」
「ならばこそ、僕の案を受け入れてほしい。彼らの言っていることを信じて最深部に突き進む。ここに強敵との偶然の遭遇、不意打ちは迷宮の主の態度からして恐らくない。僕らも迷宮の主も最深部で、万全の状況で、対峙することが出来る。両者対等な状況を作り出せる」
「それは絶対に戦うってことよ?分かってるの、ユージン?」
「勿論だ」
再度確認するようにユージンを問い詰めるが、その決意は固いものだった。それを聞いたルベンは少し頭を抱えるように逡巡すると――
「…分かったわ、最深部に行きましょっか」
「え?いいのか僕の案で?」
「二度も言わせないで、アンタの選択を採用よ。アタシだって聞いた時から一理あるとは思ってたわよ。…正直なところ、両方生存する確率は低いだろうとは思ってたからどっちでも良かった」
意外だった。ユージンとしては自身の案を最大限良く見せようとはしていたが、それでもより経験値のあるルベンは受け入れないとばかり思っていた。
「…でもね、一緒に活動してから着いてくるだけ、指示を待つだけ。そんな主体性の無いユージンが、ここまで自分の案を押し通すことに興味が湧いたのが一番の理由よ。男女一対一、こんなにも危ないところで甲斐性見せようとでも思ったのかしら?」
――特に理由は無かった。強いて言うならば、二人で生き残るにはこれが最善だと感覚が告げてきたからだろう。
この場を茶化したようなルベンの言い草を軽く流してユージンはそれっぽく言った。
「今は自分の生き方をしっかり自分で決めよう…とかそんな風に思ったからかな」
「何よそれ、大袈裟ね」




