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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

森で出会った幼女は魔女でした 〜ちびっこ魔女と平穏な暮らしを〜

 辺境の森の中。

 昼間のはずだが木立が密生していて、どこからも日は差し込んでこない。

 別名死の森と呼ばれるこの場所でなら、俺を知る者に出会うことはないだろう。

 悲鳴と猛獣のような鳴き声が耳をつんざく。

 草木を掻き分け声の発生源に駆ける。


 辿り着いた先で視界に飛び込んで来たのは、黒髪の幼女がウルフの群れに襲われる寸前の光景だった。

 脊髄反射で間に入る。

 突然現れた俺にウルフは警戒しているのな低く唸るだけ。

 襲いかかってこないことを不思議に思いウルフに視線を向ける。

 よく見れば、目の前のウルフはグランウルフと呼ばれる知能の高い魔物だった。

 ウルフはCランクだが、グランウルフはSランクの魔物だ。

 それ故に、リーダーさえ倒せば群れが散り散りになる。


 ──平穏を求めたのに、また剣を抜かなければならないのか……?


 剣に手をかけた瞬間。

 今まで警戒していただけのグランウルフが飛びかかってきた。

 反射的にグランウルフを蹴りつけ、俺の後ろにいた幼女を抱き上げた。

 きゃいんと犬らしい鳴き声を上げたグランウルフから距離を取る。


「お嬢ちゃん。怪我はないか?」

「あぁ。大丈夫じゃ。ほれ、来るぞ。どうにかしてたもれ」


 この危機的状況で泣かず、助けを求める幼女に面を食らった。


 ──随分古風な物言いをする娘だな……?


「残念だが、俺は戦いたくないんだ」


 目を細めた幼女の口が開く前に、俺は戦線離脱した。

 剣を抜きたくなくて幼女を抱えたまま逃げだしたのだ。

 重苦しい鎧を着ていなくてよかった。

 簡素な服ではグランウルフの牙は防ぐことが出来ない。しかし逃げるだけであれば十分だ。

 一つ誤算があるとすれば、人の手が一切入っていない森の中でグランウルフの群れを巻くのは至難の業ということだろう。

 十分ほど逃げ回っただろうか。一向に諦める気配のないグランウルフに悪態をついた。


「くそっ! しつこいな!」


 奥へ奥へと逃げれば、巨大な苔むした木々が姿を現す。

 鬱蒼(うっそう)とした森が方向感覚を狂わせていく。すでに森の出口がどこか分からなくなっていた。

 逃げてばかりでは埒が明かない。


 ──グランウルフ一匹ぐらい、十秒あれば余裕だが……。


 唾を飲み込み、覚悟を決める。

 柄に手を伸ばした。その時。


「はぁ……。なんじゃ。わんころ。鬱陶しいのぉ。(ラアド)


 抱えた幼女から聞こえた呪文。

 幼女には似つかない冷たい言葉だ。

 驚きに目を見開く。

 瞬間。

 俺達を喰らわんとしたグランウルフのリーダーに雷が落ちる。

 たった一撃で一際大きいグランウルフは断末魔を上げることなく息絶えた。

 リーダーを失ったグランウルフ達は尻尾を巻いて逃げていく。


「魔法……?」


 静けさの中、小声で呟いた言葉は簡単に拾われてしまった。


「魔法を見るのは初めてかえ? おや、その空色の髪。白色の瞳……」

「そ、それがどうした」

「なんじゃ。冒険者はこの程度で臆するのかえ?」


 臆してはいない。

 しかし、二十七年生きてきた中で、最も衝撃だったのは事実だ。


「魔女は滅んだはずじゃ……」

「はっ! そう思うとるのは人間だけじゃな」


 流暢に喋る幼女を地面に降ろし、改めて彼女を観察する。

 齢は五、六歳頃だろうか。

 小さな手で服の乱れを直している。

 彼女は濃い紫色のローブを着ていた。

 地面に引きずるぐらい長いダボダボなローブを持ち上げ、埃を払うように叩いている。

 ローブの裾から見えたのは小さく細い手足。少し力を入れれば折れてしまいそうなほど細い。

 靴は履いていなかった。どうやら裸足で歩いていたようで、少し土がついている。

 大きくなれば美人に成長すると確信出来る顔立ち。

 漆黒の髪は、地面に着きそうなぐらいまで伸びていた。キチンと手入れをされているのだろう。艷やかで、枝毛一つなさそうだ。

 そして、グランウルフから逃げている時には気が付かなかったが、幼女はアメジストのような瞳を持っていた。

 全ての魔女が持つと呼ばれる紫紺の瞳に、体が強張る。

 その瞳から目が離せない。


「なんじゃあ? (わらわ)に惚れたか?」


 幼女は魔女の証である紫紺の瞳を楽しげに細めた。

 彼女は間違いなく魔女なのだ。


 ──本当に魔女、なのか? こんなちびっこが? 嘘だろ?

どう見ても子供(ガキ)じゃないか。これが、あの魔女だって?


 考え込む俺に、唇を突き出す幼女。拗ねて唇を突き出すその様子は、間違いなく子供だ。


「反応なしか。面白くないのぉ。してお主はなしてこんな辺境の森へ?」

「俺は……」


 言いかけて口を閉じる。

 思い出すのは金に困ることのない自分に群がる香水臭い女達の姿だ。

 しがない冒険者だった頃はゴミ溜めでも見るような目つきでこちらを見ていたのにも関わらず、大金を手にした途端手のひらを返してきた。

 俺は金しか見ていないような女達に嫌気がさして逃げ出してきたのだ。

 だがこんな話は幼子に聞かせるような事ではない。

 そんな気遣いから、俺は強引に話を変えた。


「お母さんに教わっただろ? 人と話す時は名乗ってからだって」

「ふっ。妾は夜明けの魔女アウローラ」

「よく出来ました」


 よしよしと頭を撫でれば、キッと睨まれる。睨まれたところで怖さは全く感じないが。


「妾を子供扱いするんじゃない!」


 ぷんすかと怒る姿は、どこにでもいるただの子供にしか見えない。


「悪い悪い。ついな」

「男前だとはいえ、その目つきじゃ子供には泣かれるじゃろうな」

「あぁ。だから君みたいな娘は珍しい」


 両親を魔物に殺された俺は、冒険者になった。

 二度と自分のような子供を生んではならないと思ったからだ。

 といっても、目つきが悪いせいで、俺と目が合った子供は泣き出してしまうのだが……。

 こうして子供と会話が出来ている事自体、奇跡に近い。

 アウローラに視線を合わせるため地面に膝をつく。

 束ねた空色の髪が地に散らばった。

 この国では珍しい白色の瞳を見ても驚かない彼女に、肩の力が抜けた。


「ふん。ほれ次はお主の番じゃ。名は?」


 俺が誰か知らないアウローラに、少しむず痒い気持ちになった。


「カエルムだ」

「カエルム……?」


 俺の名を呟きをじっと見つめるアウローラに、バレたか? と冷や汗が背を伝う。

 しかし、俺の焦りは杞憂だったようで、彼女は優しげに微笑んだ。


「空という意味の名か。良い名じゃ」


 内心ほっと息をついて彼女の目的を問う。


「君は本当に滅んだはずの魔女なんだよな? 親は?」

「いかにも。妾は魔女じゃ。親はいない」


 腰に手を当て威張るアウローラに悲壮感は感じられなかった。

 ただの強がりなのか、本当に悲しみはないのか、俺には分からない。


「こんな小さい子を置いて……」

「そんな事はもうよい。してカエルム。お主、妾の望みを叶える気はないか?」


 魔女アウローラの言葉に思考が停止した。

 唐突に訪れた寂然(じゃくねん)が暗い森をさらに陰鬱(いんうつ)な雰囲気にさせる。

 再び動き出した思考が絞り出したのは、


「は……?」


 という素っ頓狂な言葉だった。




 小さな魔女に招かれたのは、森の奥にこじんまりと佇む小さく可愛らしい家だった。

 足を踏み入れた室内は外観から想像される通り、可愛らしい内装だ。

 キョロキョロと見渡しながら進められた椅子に座る。

 一般的な感覚では魔女の家に訪れるなど命知らずもいいところだ。

 俺の腕であれば、魔女一人であれば詠唱する前に始末する事が出来るため、招待を受けた。


「望みとはなんだ?」


 目の前の椅子にちょこんと座るアウローラは、魔法でティーカップを取りだし、茶を淹れた。

 俺の目の前にある丸い机の上に、紅茶の入ったティーカップが置かれる。

 マグカップの似合う容姿だというのに、優雅に紅茶を飲む姿は立派な淑女のそれだ。

 質問に答えずくつろぐアウローラに少しばかり苛立ちが募る。

 そんな俺の心情を推し量るように彼女の目がこちらを覗き込んだ。

 ぎくりと、心が軋む。


 ──子供に苛立つなんて、大人げなかったな。


 苛立ちを飲み込み、アウローラを見る。


「ふぅむ。切り替えも早い。合格じゃ。流石は男前じゃな。女の扱いには慣れているんじゃな」

「全く。大人を茶化すんじゃない」

「だから妾は子供ではないと言っておろう」

「ははっ。どこからどう見ても子供に言われても説得力がないな」


 納得のいかないと拗ねるアウローラ。

 子供らしい可愛い仕草に頬が緩む。


「ほれ飲むといい。ハーブティーじゃからな落ち着くぞ」

「いただこう」

「素直でよろしい」


 ハーブティーに口をつけ、ほっと息を吐く。

 落ち着いた心で口を開いた。


「美味しいな」

「そうじゃろう」

「魔女は滅んだと思っていた」

「そう偽装したからな当然じゃ」


 魔女とは、魔法を使う悪虐非道生き物だと言われている。

 心を開いてはいけない。目を合わせてはいけない。魔女は心の隙間に入り込み、人間を食らうのだ。

 伝え聞く魔女と眼の前の魔女が結びつかず、俺は頬杖をついた。


 こんな小さな女の子が人を食うようには、見えないんだがなぁ。


 邪気すら感じない無垢な少女。

 椅子に座り、足をパタパタと動かす姿はどこにでもいる子供だ。

 確かに魔法は厄介だが、見境なしに使うような様子はない。


 邪悪さであれば、領主や俺に群がってきた女の方が上だったな。腹の中に何を抱えているか全く見えん。


 アウローラがティーカップを置いたのを確認し、姿勢を正す。


「アウローラは俺に何を望む?」

「妾の望みは一つじゃ」


 ごくりと唾を飲む。

 子供とは言え魔女なのであれば、無理難題を押し付けられてもおかしくはない。


「静かな暮らしをしたい。もう争いは懲り懲りじゃからな」


 魔女の口から出たとは到底考えられない言葉に、愕然とする。

 開いた口が塞がらないとはまさにこのことか。


 ──静かな暮らしを望む……?


 俺のありえないという表情に、眉を下げたアウローラは力なく笑った。


「あんな思いはもうしとうないんじゃ。血で血を洗うなぞ……死んだ同胞が浮かばれん」

「魔女狩りか」

「そうじゃな」


 俺はその場にはいなかったが、魔女狩りは非人道的なものだったと聞く。

 滅多なことでは人前に現れない魔女を一人捕らえた国は、公開処刑をすると御触れを出した。

 捕らえられた魔女を囮にし、非道なやり方で他の魔女を集めた。


「生きたまま燃やされる同胞の声を妾は一生忘れることはないじゃろう」

「……そうか」

「魔女が何をしたというのか。魔法を恐れただけじゃろ。魔女は魔法が使えるだけの、ただの人だというのに」


 小さな魔女が思い悩む姿は、まるで心当たりがないと言わんばかりだ。


「……魔女は無差別に人間を殺し回ったと聞いたが?」

「はぁ? なんの話じゃ?」


 心底意味がわからないといった顔のアウローラ。

 彼女の瞳には一切の偽りはない。


 ──俺は魔女に出会ったこともなければ、彼女達の悪行もこの目で見た事はないな。だとすれば、魔女を悪だと言い出した人間が嘘をついていることになる。


 顔に出ていたのか、アウローラは諦めたように笑った。


「じゃから、人に見つからないようこんな辺境の森に隠れ住んでいるんじゃ」

「人間は……愚かだな。こんな幼子にまで……」

「ふふっ。そんなお主だから妾の護衛を頼みたいんじゃ。お主も都会に疲れているようじゃし、渡りに船じゃあらんか?」


 じっと俺を見つめる紫紺の瞳。

 魔女に実害なしと判断された。喜んでいいものか、悲しんでいいものか分からない。

 だが、疲れているのも事実だ。


「報酬は?」

「妾じゃ」

「話にならんな」

「冗談の通じん奴じゃのお。そうじゃなぁ。衣食住の保証、まったりゆったりとした俗世と離れた生活の提供といったところかの」

「……わかった。引き受けよう」

「! そうか。……そうか! 引き受けてくれるか!」


 嬉しそうな顔のアウローラから視線を逸らしつつ、手を差し出す。

 首を傾げる彼女に羞恥心が高まる。

 まだ親に教えられた事がなかったらしい。


「あぁくそっ握手だよ!!」

「握、手……?」

「これからよろしくなって意味だよ!! いちいち言わせんなよ、そんなこと」


 意味が理解できたのだろう。

 アウローラの顔に満点の花が咲いた。


「友好の証か! ふふっ。やはりお主を選んだ妾の目に狂いはなかった!」

「そうかい」

「あぁ。夜明けの魔女アウローラの護衛として、尽くしてたもれ」


 差し出した手に小さな手が重なる。


「よろしく頼む」




 ◇◆◇




 アウローラと暮らし始め一ヶ月が過ぎた、ある日の夜。

 久しぶりに酒盛りをしようと、机の上を酒瓶を出した。

 月を肴に飲もうと窓際の椅子に腰を降ろす。


「アウローラ。バレてんぞ」


 寝室から音も立てずに出てきたアウローラが、びくりと肩を揺らした。


 ──気配を消してるつもりなんだろうが、バレバレなんだよなぁ。そこが子供らしくて可愛いんだが……。


 寝室から姿を現した彼女は開き直ったのか、堂々と俺の側へ寄ってくる。

 とてとてとローブを引きずって、彼女はちょこんと俺の足の上に座った。

 可愛さに緩みそうになる口元を抑え、それを悟られまいと厳しめの声を出す。


「おい。子供は寝る時間だ」

「酒を飲むんじゃろう? 妾をにも注いでくれ」

「出来るわけないだろ。酒は大人の特権なんだよ」

「いつになったら妾が子供ではないと理解するんじゃ」

「はぁ? いつまで経っても子供は子供だろ?」


 俺を見上げる少女は事あるごとに自分は子供ではないと言ってくる。

 小さな子供はすぐに死ぬと聞いていた。

 そのため、風呂に一緒に入ろうとすれば服を着ろ! 入ってくるな! と、烈火の如く怒られた。

 料理を変わろうとしたら、このぐらいお茶の子さいさいじゃ! と豪華な料理を出された。……とても美味しかった。

 ちょこまかと動き回る彼女に、俺の側から離れるなと怒った事もある。


「妾は一人前のレディじゃ」

「はいはい」


 グラスに酒を注ぐ。グラスより一回り小さい氷が、カラカラと音を立てる。

 俺を見上げるアウローラは、どこからどう見ても小さな子供だ。

 グラスの縁を上から掴み、グラスに口を付けた。

 アルコールが喉を潤す。


「いい酒だな。趣味が合いそうだ」

「そうじゃろう。そうじゃろう。カエルムよ。上等な酒を独り占めはどうかと思うんじゃが?」

「子供にはまだ早い」


 俺を見上げたまま、アウローラは大きなため息をついた。


「のう、カエルム」

「ん? どした?」

「心を開いてくれているのは分かっとるんじゃが、だらしないとは思わんのか?」

「何がだ?」


 彼女は俺の伸びた無精ひげを小さな手で触る。

 くすぐったさに目を細める。


「ほんと、だらしないのぉ」

「あ?」

「髭ぐらい剃らんか」

「触るのが好きそうだったから剃ってなかったんだが……」


 ソファに座っている時や、彼女を抱き上げている時にアウローラが楽しそうな顔で触ってくるものだから、その顔見たさに剃る機会が減っていたのだ。

 黙り込んだ彼女を見れば、真っ赤に顔を染めていた。


「なんだ? バレてないと思っていたのか?」

「見るんじゃない!」


 顎をグイグイ上へ押され顔が歪む。

 照れ隠しだと分かっているので気が済むまでやらせれば、アウローラは少し落ち着いたのか、手を放しそっぽを向いた。

 しかし、そっぽを向かれても、髪から覗く耳が赤く染まっているのが見て取れた。

 これ以上突っ込めば明日の朝ごはんが出てこなくなるだろう。

 無言で月を眺める。

 しばらく酒を呑んでいれば、俺の膝から可愛らしい寝息が聞こえてきた。


「ふっ。なんだかんだ言っても子供だな。拗ねて寝落ちか」


 グラスを机に起き、アウローラを抱き上げる。

 寝室へと連れていき寝台へそっと下ろした。

 もぞもぞと動いていたが、寒かったのか丸くなった状態でまた寝息を立て始めた。

 安心しきった寝顔を見れば、ほわほわと温かな気持ちが募る。


「さて、酒盛りの続きを……ん?」


 小さな手が俺の服を握っていた。

 手を払い退ける気にもなれず、俺はそのまま寝台に潜り込んだ。


 ──俺の部屋は別にあるが……。手を離さなかったのはアウローラだもんな。


 そんな言い訳を脳内でしながら、俺は眠りについた。



 朝起きた俺が、アウローラからなぜ一緒に寝ているのかと平手を食らい、さらには酒瓶とグラスの始末をしていなかったと怒られたのは言うまでもない。



 平手を食らった夕方。

 森の恵みである林檎を抱え家へ帰っている最中に、ずっと疑問だったことを聞いてみた。


「魔法を使えば護衛なんて必要なかったんじゃないか?」

「ふむ。そうじゃな。そろそろお主には話しておくべきか」

「なんだ?」


 林檎を落ちないよう抱え直し、続く言葉を待つ。

 真剣な眼差しの紫紺の瞳から目が離せない。


「魔法は、命を削る」

「は……?」


 語られた事実に、持っていた林檎が散らばった。


「ちょ、ちょっと待て。命を……?」

「そうじゃ。この姿をしているのにも理由があるんじゃよ。魔法を使うなら若い方がいい」

「どういう?」

「ふふっ。乙女の秘密じゃ」

「はぁ!? 教えろよ」

「やーじゃ。さて、浮遊(ノウン)


 落とした林檎を浮かせたアウローラに目を剥く。


「っおい! 今、命を削るって言ったところだろ!? 林檎ぐらい俺が……!」

「よいよい」

「よくねぇ!」

「今日はタルトタタンでも作ろうか? それともアップルクーヘンがいいかの?」


 けらけらと笑いながら先を行くアウローラを追いかける。

 林檎と共に先を行く彼女に大きなため息をついた。

 彼女は幼女のくせに歩くのが速い。大柄な男の俺ですら駆け足でないと追いつけないほどだ。


「いつも思うが、速すぎるんだよ」

「ほぉ? 遅くするか?」


 試すような目を向けられ、むっとする。


「いい。ついて行ける」

「ふふっ。()いやつめ」


 アウローラが目を細め笑った。

 彼女と暮らし始めて分かった事がある。

 彼女が目を細め笑うのは、森に侵入者が入ってきた時だけだ。

 最初は器用なやつだと思ったが、今では分かりやすい合図だと関心している。


「……行ってくる」

「頼んだぞ」

「あぁ」


 アウローラは案外優しい。

 迷い人であれば森の出口まで案内しろと言うし、盗賊であれば二度と悪事ができぬよう懲らしめるだけ。

 けして命までは奪おうとしない。


 ──愛いやつなのはどっちだよ。


 時を共にするうちに、俺はアウローラを手放したくなくなっていた。

 世間知らずの彼女を俺が守らねば。

 この感情までもが魔女の手のひらの上なのであれば、俺は道化でいい。




 森に迷い込んだ男を街まで案内し、家へと帰った。


「おかえり。アップルパイが出来ておるぞ」


 柔らかな笑顔を向けられ、温かな気持ちが胸を包んだ。


「ただいま」



 ◇◆◇



 俺は久しぶりに街へと出て来ていた。

 もちろんだらしがないと言われた髭を剃り、最低限の身なりを整えてから出て来た。


 ──パンは買ったし、肉も買った。野菜も少し調達したし、塩も砂糖も買った。買い忘れは……ないな。


 森の獣を狩るのにも限度がある。ストックが沢山あった調味料も底をついた。

 そのため街へと買い物へ来たのだ。

 しかし、なんだか街の様子がおかしい。


 ──……なんだ? やけに兵が多いな。なにかあったのか? これは早く帰った方がよさそうだ。


 辺境の街ゆえに兵が常駐しているのは理解が出来る。

 しかし、いささか数が多すぎる。

 まるで今から何かを討伐に行くかのようだ。

 道行く兵を横目に、彼らの横を早足で通り過ぎる。

 早足で歩いていれば、ヒソヒソと小声で話す主婦の声が聞こえてきた。


「あの森に魔女が隠れ住んでたみたいよ」

「聞いたわ。魔女だなんて……嫌ねぇ」


 アウローラの存在がバレた!? 一体どこから……!?


「領主様が討伐隊を送ったらしいわ」

「そりゃそうでしょうね。魔女なんて、汚らわし――」


 全てを聞く前に俺は走り出していた。

 抱えた紙袋全てを放り出す。

 パンや野菜が散らばるが知ったことか。

 全身全霊の力を込めて走る。走る。


 ──無事でいてくれ!!





「アウローラ!!」

 

 叫びにも似た声が森に響く。

 俺の声に反応したのは、家の周りを囲う数十の兵達。そして、アウローラ。

 彼女はいつもの余裕のある表情ではなく、心底ホッとしているような、そんな表情で俺を見つめてきた。

 よく見れば彼女の体のいたるところに戦闘の跡が見受けられた。

 小さな擦り傷から、打撲まで様々な跡。

 所々燃え盛る木々は、アウローラの抵抗の証だろうか。

 多勢に無勢。

 幼子一人に対して大人が数十人。明らかに戦力過多だ。


「大の大人が寄ってたかって恥ずかしくないのか!?」

「魔女に手加減など必要ないでしょう」


 反論を返したのは、いつぞやの迷い人。彼が首謀者なのだろう。

 アウローラの善意で殺されなかっただけの人間。

 そんな人間が彼女を殺そうと指揮しているらしい。

 アウローラに命を救われたというのに、彼女を殺そうというのか。


 ──やっぱり森に迷い込んだ人間は全て始末してしまえばよかったんだ。


 どす黒い感情が渦巻く。

 きっと俺の目は据わっていることだろう。

 拳を握り込む事で、なんとか兵に殴りかかりそうになるのを抑えこむ。

 怒りでどうにかなってしまいそうだ。


 ──どうしてアウローラが害されなければならない?何もしていない、アウローラが!!


 自分でも驚くほど冷たい声が出た。


「なら魔女に手を出したお前達は、殺される覚悟があるんだな?」

「ははっ! こんなちびっこに何が出来るというんだ?」

「俺は覚悟があるのかと聞いている」

「……当たり前だろう」

「そうか。安心した」


 アウローラを囲む兵達に向かって跳ぶ。

 飛び掛る瞬間、剣を抜いた。

 あれだけ戦いたくないと足踏みしていた事が嘘のように、あっさりと、剣は抜けた。

 得物を抜くこともままならず、驚きに満ちた顔をする兵達。

 勢いのまま剣を振れば、兵は簡単に倒れていく。


「口ほどにもない」

「なっ、なっ!?」


 傷だらけのアウローラを抱き締める。


「すまない」

「お主が謝ることじゃなかろ」

「俺が離れなければ、こんな事にはならなかった」

「律儀じゃの。……殺してはならんぞ」

「は? まだ言うのか? 相手は殺しに来てるんだぞ?」

「お主なら、そんな相手でも無力化出来ると思うが……妾の思い違いだったか」


 そこまで言われてしまえば、俺に選択肢など存在しない。

 立ち上がり、はぁーっと大きなため息をつく。


「しゃあねぇな」


 剣を鞘に納める。

 剥き身で戦えば、確実に殺してしまいそうだ。


「皆のもの!! 今だ! 奴を倒すんだ!!」


 剣を抜いた兵が斬りかかってくるが、遅すぎる。

 大ぶりで振りかぶった兵には横っ腹に蹴りを入れ、駆けてくる兵には背中に剣の柄をお見舞いした。


「それで本気なのか?」


 鞘のまま剣を振り、向かってきた兵を片付けていく。

 収まることのない怒りとともに、剣を振る。

 一撃入れただけで倒れてしまう兵達に呆れつつも、確実に意識を刈り取っていった。


「さて」


 残る兵は首謀者の男だけだ。

 震えながら俺を指差す男へ、足を向ける。


「その太刀筋」

「あ?」

「空色の髪。白色の瞳!!」


 首謀者へと駆けていけば、大声を上げられる。

 今はその声もただの雑音にすぎない。

 俺とアウローラの平穏を壊したこの男だけには、拳を入れなければ。

 何か言いたげだが、知ったことかと間合いを詰めた。


「お前、いや貴方様はっ」


 拳を大きく振りかぶる。

 振り上げた拳すら認識できないのか避けようともしない首謀者は目をこれでもかと見開いた。


「英雄カエルム゛ッ――!?」


 驚いた首謀者の顔を横から殴りつける。

 吹き飛んだ首謀者は何が起きたのか理解できていない様子で、地に倒れ込んだ。

 (いきどお)りのままに何発も殴りたかったが、理性がそれを止めた。

 首謀者の近くまで大股で近づく。

 ひっと情けない声が聞こえたが知ったことか。


 ──これぐらいなら許されるだろ。


 首謀者の顔の横に剣を突き刺す。

 地に伏す男を怒りを込めて見下ろした。


「俺がどこの誰だろうと関係ない。だが、俺を竜殺しの英雄と呼ぶのならば、俺はそれに答えよう。お前は逆鱗に触れた。彼女に免じて今回は命まで奪いはしないが、二度目はない。兵を退け」


 顔を青く染めた男は、信じられないと言わんばかりの口調で呟いた。


「なぜ貴方様のようなお方が魔女の味方をするのです!? あんな見た目でも、魔女です!! 人類の敵ですよ!?」

「……子供を守るのに理由がいるのか?」

「は……?」


 ぽかんと口を開ける首謀者だったが、彼が言葉を発する前にアウローラの声が響いた。


記憶忘却(ザケラ・ネスヤーン)睡眠(ナウム)浮遊(ノウン)


 彼女は一度に魔法をたくさん使い、伸びている兵達全てを浮かせ、どこかへ飛ばしてしまった。


「俺、いらなくね?」

「そんなことはない。この魔法は使うのに時間がかかるからのぉ。時間稼ぎご苦労」

「……はぁ」


 この魔女はどこまで計算しているのだろうか。

 きっと俺は、彼女の手のひらの上から降りることは出来ないだろう。


 ──それも一興だと思う俺はもう、アウローラから離れられないんだろうな。


 小さな雇い主を眺め、しみじみと思う。

 いつの間にか近くに来ていたアウローラが、艷やかに笑った。


「褒美じゃ」


 一瞬で二十歳ぐらいに姿を変えたアウローラに、目が落ちそうになる。

 身長は俺の肩ぐらいまで伸び、地面に着きそうなほど長かった黒髪は腰辺りまでになっている。

 ダボダボだったローブから覗くのは、枯れ枝のような子供の脚ではなく、長くほっそりとした脚だ。太ももは肉付きもいい。

 小さく可愛らしかった手は、細さを際立たせるように滑らかな線を描き女性らしい大きさになっている。

 ローブ越しでも分かる。アンバランスな痩せ細った子供の体は、悩ましい起伏をもって、女性らしい柔らかな体に変わっていた。くびれた腰が、艶っぽさを増幅させている。

 鼻筋の通った美しい顔立ち。薄い赤に染まる頬。少し切れ長な瞳。

 女を感じさせる色の唇が弧を描く。


「は……?」


 美しく成長した姿のアウローラに目が釘付けになる。

 世界から音が消え、この世に二人だけしかいないのではないかと錯覚してしまう。

 何も言えず固まった俺の腕に、豊満な胸が押し付けられる。

 動くことも出来ずにいれば、頬に口づけを落とされた。

 波打つ黒髪から目が離せない。甘い香りが鼻を掠めた。

 恥ずかしげに離れる彼女にゴクリと喉を鳴らす。

 砂漠でオアシスを見つけたようなそんな気分だ。


「何を惚けておる」


 アウローラの声で我に返った。

 彼女言葉を信じず、裸で風呂に突撃した事やだらしない生活を続けた事などの色々な失態が走馬灯のように駆け巡る。


「姿を変えれるなら最初から言えよ!!」


 心からの叫びは、無情にも虚空へと消えたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] カエルムが強くかっこよく、アウローラが可愛く美しい作品でした。 スローライフを営みつつ、魔女を狩らんとする勢力が来た時はハラハラしましたが、 鮮やかに返り討ちにしてくれました。 終わり方も…
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