8.命の値段
後衛の女性、レーナの質問を聞いた時に思ったのは──
──今、自分はとても冴えている。
という感覚を、強く自覚したことだ。
先ほどまでの戦闘の余韻が。
興奮が。
戦闘の場という、自分が得意な場所に身を置いた事が、感覚を研ぎ澄ましているのだろう。
いや、もしかしたらそれは、これまでの営業活動において、俺に足りなかったものなのかも知れない。
──俺は戦いの場に立っている。
という自覚が。
ここに来て現れた、第三者からの『断り文句』。
値段を理由に、商品を買わない。
『良い剣だと思うけど、ちょっと高いよ』
これまで俺は何度も、この言葉に翻弄されてきた。
値段のことを聞いてきた、それは即ちこの女性が、このパーティーにおける『出納係』。
つまり財布の紐を握っている、ないしは支出に対して発言権を持つ可能性が高い。
レーナという女性の本音がどこにあるのか?
恐らくここで彼女に、購入可能な金額を提示したところで、じゃあ買おうとはならない。
また、彼女は後衛の支援職。
剣を自分で使うわけじゃない。
そのため、ベルンさんの武器の必要性を感じにくいだろう。
なら、それを切り崩すことが肝要。
これを買うことは、貴女にもメリットがありますよ、そう伝える必要がある。
「確かに高いかもしれませんね。いえ、きっと⋯⋯高いなんてもんじゃありません」
「高い⋯⋯なんてもんじゃない?」
「はい。例えばその剣」
俺は再度、シャルネスの剣を指差す。
「さっきは嘆かわしい風潮と言いましたが、私は見栄えを良くする事自体は否定しません」
「えっ?」
さっきと言っている事が違う、そう言いたげな冒険者たちの反応を受けながら、俺は続けた。
「例えば貴族なら、見映えを飾る事もまた仕事でしょう?」
「ま、まあ、確かに、だけど──」
「そう、我々は貴族ではありません、冒険者です」
相手の反論を待たず、俺は先回りして回答した。
普段からゲーツと話をしてるからか、俺も元冒険者として、彼らが何に疑問を持つかわかる。
今ならわかる。
ゲーツは普段から、俺を鍛えてくれている。
話し方や、考え方を訓練してくれていたのだ。
⋯⋯まあ、ただイヤミを言ったり、相手を論破するのが好きなだけかも知れないが。
それはともかくとして。
少し前までの俺の反応が、すなわち──彼らの反応。
だから彼らが何に疑問を持ち、何を聞きたくなるかもわかる。
思考の先手。
そのアドバンテージで機先を制しつつ、さらに先を続ける。
「冒険者にとって装備の値段とは、自分や仲間にとって『命の値段』です」
「命の、値段」
「はい。冒険者にとって武器や防具は、自分の身や仲間を守るためにあるもの。私は個人的に、装備には出せる範囲で、最高の金額を用意すべきだと思います。なぜなら──」
ここで言葉を区切る。
これは実演販売なのだ。
演出は多少過剰でも良いだろう。
彼ら四人、ひとりひとりの目を、それぞれしっかりと見つめたあと、俺は静かに告げた。
「命に⋯⋯値段はつけられないでしょう?」
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『命に値段は付けられない』
これ自体は、論理のすり替えだ。
レーナが聞いたのは、あくまでも剣の値段。
命の値段ではない。
これもゲーツとのやり取りで学んだ方法。
直近だと、例えば──
俺が『冒険者に無駄死して欲しくない』と言ったとき、彼は『剣を持つのは何も冒険者だけではない』と、話をすり替えた。
確かに貴族も剣を持つ。
だがそれは、冒険者が無駄死して良い理由にはならない。
『貴族の皆さんは見栄えの良い武器が必要なので、冒険者は死んでください』
なんて、そこだけ切り取れば暴論もよいところだ。
だが、これが正論になるのは、あくまでもゲーツがその前に言った
『武器の選択は、各々の自由』
という前提があるから。
俺がそこに同意する姿勢を見せたから、ゲーツは次に進んだのだ。
つまり──論理にはストーリーがある。
論理をストーリーとして進めながら、受け手の考え方や、バックグラウンドを察する事が大事なのだ。
それによって、言葉から与えられる印象は左右される。
彼らはついさっき、想定外の人数だった盗賊たちに襲われ、死にかけた。
だから、例えすり替えられた論理でも、彼らには響く。
死が日常に存在する冒険者だからこそ、『装備=命』という論理が強く印象に残る。
そこを強く印象づける事により、このあと、少なくとも金額が高いから買わない、とは言いづらくなる。
それが今回、俺が設定したストーリーの前提。
──仲間の命より、金を優先する。
他のパーティーメンバーに、そう思われるのは不本意なはずだ。
これで舞台は整った。
「この剣自体は、250レーシアです」
「えっ⋯⋯」
唐突に値段を告げると、全員驚いた表情になった。
「あれ、意外と⋯⋯」
「うん、まあ、頑張れば、ねぇ?」
250自体は、安くない。
俺の営業職における年収は、240レーシア。
つまりこの金額は結構な値段。
そして、現在売れているロングソードの価格帯は、60レーシアあたりだ。
だから、いきなりこの金額を聞かされていれば、そのあとの話は響かなかったかもしれない。
しかし、現状の『装備=命』の状況だと、意味は変わる。
それなりに稼げる冒険者にとっては、250は検討可能な値段だからだ。
実際、彼らが今回受けた盗賊退治の依頼は300レーシア。
そして、人数が過小に報告されていた事を報告し、ギルドの調査が入れば、恐らく200前後の追加報酬が見込まれるだろう。
彼らが今回手にするのは、おそらく500レーシア前後。
もちろん生活費もかかるし、一人頭で考えればさらに取り分は減るが、冒険者パーティーでは『パーティーの資金』をプールする事が常識。
プール金と、個々の支給額から多少負担すれば、彼らなら250は捻出可能なはず。
なんせ、今の彼らにとっては繰り返しになるが
『剣の値段=命の値段』
なのだから。
そして──ここでだめ押しだ!
「はい、剣を使うのはお二人なので、10レーシアくらいは負けて貰えると思います。だから250ですね」
俺が言うと、彼らは少し考えていたが、レーナが何かに気が付いたように言った。
「えっ、二本の値段?」
「はい。でも一本だと武器屋も値引きは難しいでしょうから⋯⋯正規の値段になっちゃうでしょうね」
「えっと、それって、つまり⋯⋯」
レーナの呟きに、俺は頷いてから返事をした。
「一本だと、130レーシアです」
彼らの目の色が変わった。
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「本当に、我々で貰ってしまって良いんですか?」
「はい、構いません」
彼らから、盗賊退治の依頼料を分配したいと申し出があったが、断った。
まず、今回はイレギュラーなケースなので、間違いなく冒険者ギルドの調査が入る。
分配金を受け取るなら、その調査に立ち合う必要が生まれる。
そんな時間はない。
「勝手に来ただけですから。それに、お金欲しさにやってる事ではありませんので⋯⋯次の予定もありますし、これで失礼します」
彼らはそれでも引き止めそうな雰囲気だったが、早々に立ち去る事にする。
彼らから離れ、見えなくなってから⋯⋯。
「あ、あぶなかった⋯⋯!」
俺は思わず独りごちた。
『営業咆哮』の効果が切れそうだったのだ。
敵もいない中、また叫ぶのもおかしいし。
「実戦で初めて使ったが、だいたい二十分ってところか」
今回の件でわかったのは、俺が実演販売に使える時間は約二十分。
また叫び直せるケースなら時間は延長できるが、これは頭に入れておいた方が良さそうだ。
さて。
「戻ったら、注文してくれるとよいんだけどな⋯⋯」
俺は次の現場に向かう事にした。