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7.俺の名は

 よし、営業の基本である『イエス取り』もできたし、次に進もう。


「その剣返して貰って良いですか?」


「あ、はい」


 使い物にならなくなった剣を捨て、冒険者に預けていたベルンさんの剣を受け取る。

 俺は剣を指差しながら、説明を始めた。


「どうしても剣は斬れば斬るほど、劣化してしまいますよね?」


「テメェら何ゴチャゴチャやってやがる!」


「戦闘中に剣が使えない、そんな事態に陥らないためにも⋯⋯」


「舐めやがって! ぶっ殺してやる!」


「今回オススメしたいのが、この⋯⋯」


「野郎ども! やっちまえッ!」


 盗賊団から、五人程がこちらに突撃してきた。

 クソ、うるせーな、邪魔しやがって!

 しょうがない、先に実演だ!


 まだ、奴らが剣の間合いに入るには、少し距離がある。

 それはすなわち、相手にはまだ心構えがしっかりとできていない、ということだ。


 ──自分が、今すぐにも斬られるかも知れない、という心構えが!




 奴らの意図を外すため、戦神流の歩法『地渡り』で接近し、一瞬で間合いをゼロにする。


「なっ⋯⋯えっ!?」


 隙だらけだ。


 いきなり俺が眼前に現れ、驚きから動きを止めた盗賊に向け、俺は剣を振った。


 初手は左肩から右脇へと、心臓を断ち切りながら通す。

 次に腰の部分を横から両断し、上半身と下半身が分離。

 最後に剣を持ち上げ、先ほどと同様、頭蓋から股下へと一気に斬り下ろす。


 一息で繰り出した三連撃。

 盗賊の身体はバラバラになり、地面に積み上がった。

 剣を虚空でもう一振りし、血を払う。


 過剰演出だが、それを見て、後に続いていた盗賊たちは足を止めた。


「なっ⋯⋯一瞬で⋯⋯」


「なんかやべぇぞ、コイツ⋯⋯」


「お、お前先に行けよ」


 動きを止めた盗賊たちは取りあえず放置し、冒険者達へと向き直る。


 冒険者たちもまた、ポカンとした様子で切り分けられた盗賊を眺めていた。

 俺が「んっんー!」と咳払いすると、はっとしてこちらを向いた。

 その様子を見て、営業トークを再開する。


「見てください、この剣! 今、人体を三回、それぞれ骨ごと断ち切りましたが、刃こぼれ一つしてません!」


「あ⋯⋯あの、あなたは一体⋯⋯?」


「私の事はともかく⋯⋯この剣、凄くないですか!?」


「は、はい、あの、凄いです⋯⋯ね?」


「ですよねっ!」



 最後となるイエス取りが終わり、盗賊達へと向き直る。


「では──どれだけ斬っても刃こぼれしない事を、これから証明致しましょう」












─────────────────────




 盗賊の掃討が終わり、俺は冒険者たちへ最後の商談──いわゆる『クロージング』を始める事にした。


「見てください! これが王都にて不世出の鍛冶職人、ベルン氏が造った剣です。あれだけの──」


 死屍累々、野晒しになっている盗賊たちを指差しながら、俺は説明を続ける。


「十を超える数の人体、それぞれ三カ所以上を斬ったにもかかわらず、刃こぼれも、剣が曲がったりもしておりません!」


「はい、あの⋯⋯」


「何かご質問が?」


「あ、いえ、質問はありますが、その前に⋯⋯」



 冒険者パーティーの代表らしい、最初に助けた戦士然とした男が、俺に頭を下げた。


「ご助力、感謝致します。私はBランクパーティー『白竜の輝鱗』リーダー、ハイドンといいます」


「ハイドン様ですね! 私は──」


 そこまで言って、はたと気付く。



 ──なんて名乗るべきなんだ?


 そうだよ。

 すっかり考えから抜けちまってた!

 名前を考えておかないと、営業マンなのに自己紹介できない!


 マズいぞ!

 

 冒険者時代、俺は徹底的に自分の正体を隠した。


 依頼も冒険者ギルドには赴かず、伝手を活かして知り合いを代理に立て、吟味した。

 どれだけ報酬を積まれても、自分の正体に繋がる可能性がある物は受けなかった。


 やがて、冒険者たちの間で噂されるようになった。

 たった一人で、高難度クエストを請け負うヤツがいる、と。


 そんな俺につけられたあだ名は──ファントム

 存在すら朧気な、正体不明の冒険者。

 だから、この仮面と黒装束の姿すら、知っているのは極一部の人間。

 彼らは皆、非常に信用できる相手だ。


 ──俺を敵に回すと、えらい目に遭うとわかっているから、だ。




 まあ、人見知りだっただけなんだけどね。


 いや、しかし、困ったな。

 名前かー。


 まあ、いいか。

 ファントムで。

 ファントム=アッシュだとバレなければ、別にいいや。

 もう冒険者やることもないし。


「はい、私はファントム──」


 俺が名乗ると、冒険者たちはお互いに顔を見合わせ、ざわざわと驚いた。


「ええっ! まさか、あの⋯⋯?」


「の」


「の?」


「そっくりさんです」


 とは言っても、一応保険はかけとくか。

 まあ、ここ一年ファントムとして冒険者活動してないし。

 今さらファントムが人前で活動するなんて、みんな信じる要素もないだろうから、そっくりさんくらいのノリがちょうどいいだろう。


「⋯⋯そっくりさん?」


「はい、そっくりさん」


「⋯⋯そっくり⋯⋯さんが、なんでここに?」


 ハイドンからの質問に、俺は笑顔で──と言っても口元しか見えないが──答えた。


「よくぞ聞いてくれました。実を言えば、啓蒙活動の為です。その為に、高名なファントム氏の名前をお借りして活動している、という事です」


 なんかスラスラと口から出てきた。

 この一年、営業マンと過ごしたからだろうか?

 いやー。成長を実感するなぁ。


 あとはこの仮面のおかげで顔を見られてないってのと、さっきの『営業咆哮セールスシャウト』による高揚感の余韻で、口が回るってのもある。


 そして、啓蒙活動ってのも別に嘘ではない。

 冒険者たちが剣の見映えより、質にこだわるようになれば、ベルンさんの剣も売りやすくなるはずだ。


「啓蒙活動⋯⋯ですか?」


「はい。昨今、ちまたでは『冒険者も見映え重視』みたいな風潮がありますよね?」


「はい、ありますね。腕の無い人間ほど、そういう面に走る傾向が⋯⋯」


「ですよねっ! そんな風潮に物申すべく、真に冒険者に役に立つ物はなにか、それを啓蒙して回っているんです! それには高名な冒険者の名前をお借りするのが良いかと思いまして」


「なるほど⋯⋯」


 思うところでもあったのか、ハイドンは頷いた。


 おお、これは⋯⋯いわゆる『聞く態勢』って奴だ!

 基本的に『営業マン』と『客』の間には、一つの障害がある。


 それは──警戒心。


 客というのは、営業マンや店に対して常に


『不要な物を売りつけられるのではないか?』


 という疑心を持っている事が多い。 


 俺だって、服を買いに行ったりすると、店員に対して『話しかけないでくれオーラ』を出すようにしている。


 まあ、それでも来ちゃうけどね。

 相手もお仕事だから。


 だからこそ、まずは商品を勧めるとか、それ以前に


『普通に会話できる状態にする』


 つまり、客を


『聞く態勢にする』


 のが大事なのだ!


 ⋯⋯まあ、これは支部長の受け売りだが。

 話を聞いてくれるなら、商談を進めるべきだろう。


「で、そんな啓蒙活動の一環として、今回ご紹介するのは、この剣です!」


 俺はベルンさんの剣を再び鞘から抜いた。


「鍛冶職人ベルン氏作の剣! 先ほども説明しましたが、あれだけの盗賊を斬っても、刃こぼれ一つしておりません!」


「確かに⋯⋯ただ、一つ疑問が」


「何でしょう?」


「それは、あなたの技量が高いから、なのでは?」


 ふむ。


 確か支部長が言っていたな。


『客の質問には、同じ言葉でも二つの意味を持つ場合ケースがある。純粋に商品への疑問を解消するための質問と、なんとか断る理由を探そうとするためのあら探しだ』


 確か後者の場合、こちらが疑問に答えると、次のあら探しを始める、と言ってたな。

 それを見極めるためにも、取りあえず、疑問には答えなきゃいけないな。


「ごもっともな疑問です! ハッキリ申し上げまして、私は剣術に自信があります。しかし⋯⋯」 


 ここで俺はさっき投げ捨てていた、シャルネス製の剣を再度拾い上げ、見せた。


「そんな私でも、この剣であれだけの盗賊を相手にしろと言われれば、ちょっとキツいですね。鉄の棒を振り回すのと変わりません」


 剣で戦うのは、ね。

 あんな奴ら、素手でもカンタンに皆殺しにできるっちゃできるが。


 俺が説明すると、ハイドンは「ふむ⋯⋯」と呟き、考え込んだ。


 ──これはどっちのリアクションなんだ?


 わからないな、経験不足すぎて⋯⋯。

 

 『じゃあ、もう少し説明をしよう』と思ったとき、またまた支部長の言葉を思い出した。


 支部長はこうも言っていた。

 その時の会話は、確か──


『客が前向きに考えていそうな時は、黙れ』


『黙るんですか?』


『客ってのはな、選択肢を与えすぎれば迷うもんなんだ。そして営業はな、焦ると説明したくなるもんなんだ。結果、選択肢を与えすぎてしまう』


『そうかも⋯⋯しれません』


『そのうえ、客は営業の焦りを見抜く。何とか売りつけようとしてる、そう思うんだ。そうなった時の客の行動は、たいてい結論の先延ばしさ』


『なるほど⋯⋯』


『だから焦って説明したくなったときこそ、黙るんだ。説明したいという欲求をぐっと抑える。相手が自分で買う理由を探している時は、営業は黙ってればいい。営業の極意は、沈黙にこそあると私は思っている』


 なので、俺も黙ってみる。

 そう、剣術だってそうだ。

 

 焦りは無駄な攻撃を促し、隙に繋がる。

 懐深く構えることこそ、極意だ。


 そのまま俺が黙っていると⋯⋯。


「あ、あの!」


「はい、なんでしょう」


「私、レーナと言います、このパーティーでは魔法で後方支援をしています!」


 沈黙に耐えられなかったのか、それまで会話に参加していなかった、後衛の女性が話に入ってきた。


「その剣が凄いのはよくわかりました。でも⋯⋯」


「でも?」


「でも⋯⋯お高いんでしょう?」



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