6.ですよね
「死ねぇええええっ!」
俺が現着した瞬間、物騒な叫びを伴った盗賊による一撃が冒険者パーティー、その先頭にいた人物へと繰り出された所だった。
このままだと斬られる──俺の潜在顧客が!
ガキィィン!
間一髪であいだに割り込んだ。
盗賊の剣を俺が同じく剣で受け、防ぐ。
攻撃が当たる事を確信していたのだろう、男の瞳は驚愕を表すように見開かれていた。
「なっ⋯⋯てめぇ、どこから現れ⋯⋯」
相手の誰何を最後まで許さず、俺は盗賊たちの位置関係を確認し⋯⋯。
(⋯⋯ここだっ!)
盗賊へと蹴りを食らわせる。
蹴られた相手は、奴らの仲間たち数人を巻き込みながら吹き飛んだ。
うん、完璧な方向。
計算通りだ。
これにより、盗賊と冒険者パーティーの間には一定のスペースができた。
今、斬ることは可能だった。
だが──。
貴重な実演販売の為にある、せっかくの、試し斬り用の素材。
簡単に減らすのはもったいない。
「た、助かりました⋯⋯ありがとうございます」
盗賊に斬られる直前だった冒険者が俺に礼を言ってきた。
非常に礼儀正しい行為ではあるが⋯⋯困った。
助ける→お礼を言われる。
この一連のやり取り──ここに来るまでに考えていたマニュアルに無い!
ちょっと強引かも知れないが、無理やりマニュアル通りに話すことにしよう。
自分で考えた営業トーク、その初披露の舞台。
普段、どうしても人と話す時にボソボソと話してしまうが、『アレ』を使えば⋯⋯!
「フシュルルルルル⋯⋯」
俺が修めた流派に伝わる呼吸法で、息を深く吸い込む。
冒険者時代を含め、実戦では使う事が無かった技──。
吸気しながら、丹田で気を錬成する。
今から行うのは、流派に伝わる発声法。
戦神流闘法──『声圧』。
巷でも有名な技、戦闘咆哮に近い。
戦闘咆哮は戦士に高揚感をもたらすという効果がある。
反面、敵からの注目を集めるという難点もあるが、敵を引きつけるという意味では、後衛から見ればメリットとも言える。
うちの流派ではそこに、『気』を乗せて、一部の竜が使用する、麻痺咆哮効果も付ける。
竜の麻痺咆哮は、強力な個体になると長時間効果が持続するが、声帯の事なる人間が使用しても、その効果時間は短くなる。
だから基本的に単独行動だった俺には、これまで使用する機会はなかった。
なぜかというと、別に注目なんて集めたくなかったからね。
麻痺効果があるとはいえ、むしろ目立たず、サクッと斬る方が楽だし。
その『声圧』を、俺が考えた営業トークで発する。
名付けて──『営業咆哮!』
「盗賊退治のぉおおおっ! 依頼を受けたらぁあああ! 思ったより相手が多かったぁああああ!」
俺が叫ぶと、物理的な衝撃を伴った声が盗賊団、冒険者パーティー含め、全員の動きを止めつつ、注目を集めた。
これなら、叫ばなくても聞こえるだろう。
そして高揚感から恥ずかしさは消し飛び、人との会話が苦手な俺でも前向きに営業できる!
いいぞ! 営業咆哮!
思ったより効果は抜群だ!
さっき助けた冒険者に、先ほどより声を抑えて聞く。
「⋯⋯そんなご経験、ありますよね?」
「えっ?」
その返事は違う! 求めてないっ!
念を押すように、再度聞く。
「依頼書に書かれた数より盗賊が多かった、そんな経験ありますよねッ!」
「は、はい、あるっていうか、今まさにそうです⋯⋯けど」
お、良い返しだねぇ!
良い流れだ!
マニュアル通りに進むと、テンションが上がるな!
「ですよねっ!」
相手に同調を促す、いわゆる『イエス取り』を行い、次のマニュアルへと進む。
「だけど、そんな時に限って、持ってる武器が⋯⋯」
言いながら、チラッと冒険者たちを観察すると⋯⋯。
あっ!
ヤバい!
このままだと、マニュアル通りに行かない!
冒険者パーティーを観察しながら、俺は失態に気が付いた。
冒険者パーティーは四人。
そのうち、剣を持っているのは、前衛の二人。
二人とも──見映え重視ではなく、それなりに質の良さそうな武器を持っていた。
俺が考えていたのは
冒険者から質の悪い武器を借りる→簡単に壊れる→でもほら、ベルンさんの武器なら大丈夫!
という流れなのに!
どうするッ! 俺ッ!
⋯⋯まあ、計画通りに行かないなら、修正するしかない。
俺は周囲を観察し⋯⋯望みの物を発見した。
それは盗賊の手に握られている。
冴えてるぞ、俺。
ここは──アドリブで乗り切る!
「すみませーん、ちょっとコレ、持っててください」
「えっ、あっ、はい」
ベルンさんの剣を冒険者に渡し、盗賊団の方へと無手で歩く。
奴らは突然現れた俺に、『営業咆哮』の効果も相まって、呆気に取られていた様子だったが、その内のひとりが我を取り戻したのか⋯⋯。
「てめぇ! いきなり現れてバカデカい声出して⋯⋯なんなんだよぉおっ!」
と叫びながら突進してきた。
ラッキーだ。
なんとソイツは、さっき目星をつけた奴だった。
正確には──ソイツが持っている、シャルネス製の剣!
冒険者から奪った戦利品なのか、自分で買ったのかはしらないが、盗賊が見た目気にしてんじゃねーよ!
とは思うが、ここでは助かる。
「この仮面野郎! 死ね!」
上段から打ち下ろされる剣を、俺は半身になって躱すと、相手の手首を横から素早く掴む。
そのまま相手の肘に掌底を叩き込むと、骨が折れる音を伴いながら、相手は
「ギャアアアアッ」
と叫び声を上げ、剣を取り落とした。
俺は宙にある剣をそのまま掴むと、相手がやってきた事をそのまま返すように、上段から剣を振り下ろす。
ザクッ!
盗賊の頭蓋骨から胸骨までは、勢いで刃が食い込むが、質の悪さから剣がそこで止まりそうになる。
もちろん、この時点で盗賊は絶命しているが──。
(ここは──派手な絵が欲しい!)
ポーション売りもそうだった。
まず、出血で客の気を引いていた。
だからここは──中途半端な一撃では終わらせない!
「オオオオオッ!」
力を込め、相手の股下まで強引に振り下ろす。
盗賊の身体が縦に割れ、左右に倒れる中、俺は剣を確認した。
うん。
良い感じだ。
思った通り──派手な絵ができたぞ!
俺はその剣を持ったまま、冒険者達の元に戻る。
「す、凄い、人間って、あんな風に斬れるのか⋯⋯?」
冒険者の呟きが聞こえた。
ヤバい。
また、マニュアルから外れそうになってる!
見てほしいのそこじゃないから! 会話を修正しないと!
「見てくださいッ! 質の悪い剣だと、ひとり斬っただけで刃は欠け、剣も曲がってます!」
そう、これこそ俺が欲した派手な絵。
ぼろぼろに変化してしまった剣だ。
「いや、それは、脳天からあんな斬り方したら⋯⋯」
さらにアドリブ、会話修正!
「人体って、意外と固いですからね、骨とか!」
「⋯⋯えっ?」
「骨って、柔らかいか固いかで言えば、固くないですか!?」
「あ、まあ、確かに⋯⋯」
「ですよねっ!」
ふう。
かなりアドリブに頼ったが、イエス取りに成功。
今の所⋯⋯順調だ!