4.天啓
ヘレナさんのおかげで、新しい取り組みへの意欲が湧いたが、じゃあ何をすべきかという問題があった。
新しい事をやるにしても、そんなに都合よく良いアイデアが思いつくわけもなく。
それに、普段の仕事も手を抜く訳にはいかない。
剣の修行もそうだったが、新しい事ってのは大概、普段の基本を積み上げた側にある。
俺は翌日以降も武器屋を回りながら、何か他に出来る事はないか、その事ばかりが頭の中を支配していた。
外回りしながら、何かヒントはないかと街中を観察する。
しかしそんなものが都合よく落ちているわけない。
「まあ、そう簡単には見つからないか⋯⋯」
そのまま一週間ほど経過したある日。
武器屋から次の武器屋へ移動中、道中に人集りができていた。
次の店に訪問する前に、どこかで昼食を摂ろうと考えていた。
ここで道草を食えば、飯は食えない。
だが、何かその集まりが気になり⋯⋯。
(最悪昼飯を抜けばいいか)
と考えて、輪の中に入った。
「さあさあ、このポーションの効果、見ていってくれ!」
胸鎧だけの、放浪騎士風の格好をした胡散臭い男が、路上でポーションを販売していた。
実演販売ってやつだ。
「さあさあ、見ていてくれよ!」
男は露出されている左手を突き出し、その表面をダガーで撫でた。
刃が通り過ぎたあとに、つっ⋯⋯と血が滴り、周りの人垣から小さな悲鳴、好奇のヒソヒソ話などが漏れ出る。
俺としては懐かしい気持ちだった。
この演出を過去にも見たことがあったからだ。
昔はダガーではなく剣だったらしい。
現在法律によって、特定職業の帯剣こそ許可されているが、街中での抜剣は厳しく制限されている。
それゆえのダガーだ。
俺が法律について考えている間も、男はパフォーマンスを続けた。
「さあ、こうやってできた傷だが、なんとこの特製ポーションを塗れば⋯⋯ほらこの通り!」
男がポーションを塗り、布で血を拭うと、傷一つない腕が再び姿を見せた。
周囲から「おおーっ!」と歓声が上がる。
その中のひとりが、店主に言った。
「すげえなぁ! 一つくれよ! 幾らだ?」
「あいよ! 三レーシアだ!」
「何だって! 安いな! じゃあ三つにしてくれ!」
「毎度あり!」
二人のやり取りを聞いた周囲の見物客から「俺も」「私も」と続き、ポーションは飛ぶように売れていた。
「そっちの兄さんはどうする! 今日にはこの街から離れちまうから、今しか買えないぜ?」
「ははは、俺はいいよ」
見世物のタネを知っている俺は、手を振りながら断った。
実は、あのダガーに秘密がある。
ダガーの刃に、血糊が噴き出す仕掛けがあり、まるで斬ったように見せているのだ。
実際は腕に傷がついたわけではない。
だから血を布で拭えば元通り、という訳だ。
あのポーションも大した品じゃない。
恐らく原価は1レーシアもしないだろう。
⋯⋯なぜ分かるかというと、俺が新人冒険者だった頃に同じ様に騙され、兄弟子にこっぴどく笑われながら種明かしされたからだ。
実は師匠の話だと、兄弟子も同じように騙されたらしいのだが。
しかも、最初に声を掛けた客は、恐らくサクラだ。
そしてこれを買えるのは今日だけ、そう煽る事で『客の購買意欲』を刺激しているのだろう。
「まあ、目の前で傷が消えるなんて効果を見せられたら、誰だって欲しくなるよなぁ⋯⋯」
過去の失態を正当化する言い訳を呟き、そのまま俺はそこを去ろうとした、その時──。
──稲妻に撃たれたかのように、頭に天啓が走った。
誰だって欲しく⋯⋯なる?
そうだ。
ここで、今ポーションを買った人たちは、さっきのパフォーマンスによって、あれが欲しくなったのだ。
じゃあその前は?
そう、ここにいるほとんどの人は、少し前まで、ポーションなど別に欲しくなかっただろう。
今、この場で生まれたのだ──需要が!
需要の元になる種が蒔かれ、育ち、即座に刈り取られたのだ!
俺は次に向かう予定だった武器屋ではなく、自宅へと駆け出した。
どうせ売れないなら、行くだけ無駄だ。
走りながら、さっきの気付きについて改めて考える。
俺は今まで武器屋相手に、一生懸命剣の良さを説明し、売ろうとしていた。
でも、俺の説明を聞きながら、皆同じ言葉を返してきた。
『うん、それで結局──その剣売れるの?』
武器屋にとっての良い剣。
それはもちろん、売れる剣だ。
性能じゃない。
売れる剣ってのは何だ?
冒険者たちが欲しがる剣だ。
俺がやっていたのはまさに、種が埋まっていない場所に、必死に水を撒く行為。
トップセールスマンであるゲーツは、どこに種が埋まっているのか理解していた。
だから彼は『冒険者たちや貴族が欲しがる剣』を職人と協力して開発し、売り上げを立てた。
奴はただ口が達者なだけの男じゃなかった。
きっと彼は、武器屋から聞き取りしたのだろう。
俺が『良い武器なんです、買って下さい、買って下さい』と、ただお願いしている間に。
『最近、どんな剣が売れてますか?』
と。
もしかしたら武器屋だけではないのかも知れない。
トップセールスマンであるゲーツには、幅広い人脈があるだろう。
貴族や冒険者、そういったエンドユーザーの声にも耳を傾け、どんなデザインの武器に需要があるのか、そういった調査をしているかも知れない。
それは、激しい人見知りから、人と深く関わるのを避けてきた俺には採れない戦略。
なら俺は──冒険者たちに直接『需要』という名の種を蒔く!
家についた俺は、ここ一年閉じたままだった棚を久々に開けた。
そこにあるのは──仮面と鎧。
頭巾とドミノマスクが一体化したような、黒一色の仮面と、同じ色をした身体にフィットする革鎧。
革鎧はパーツごとに分解すれば、容易に持ち運びが可能な優れものだ。
冒険者時代の相棒。
もう、これを装備する事はないと思っていた。
この装備自体にはほとんど防御性能はない。
これは、俺が人との関わりを極力避けるため、身に付けていたもの。
話し下手な俺が、周囲から孤立するための装備。
俺と他者とを隔てる為に身に付けていた、心の壁となる強固な鎧。
だが──今回は違う。
俺はこれから、営業マンとして、積極的に人と関わっていく!
これは、新人武器商人としての俺が、冒険者たちとの繋がりを得るための装備!
「また頼むぞ! 相棒!」