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12.トップセールスマンの実力

 本来なら、ベルンさんの剣が売れるか売れないかという期待と不安を抱えながら、この街に戻ってくるはずだった。


 だが今はそんな心境になれない。

 二週間の強行軍、慣れない営業活動、その最後に迎えた出来事。

 張り詰めていた気持ちが切れそうになるのを感じる。

 何とか自宅に戻ったが、装備を棚にしまう気力も残っていない。

 

 ダメだ⋯⋯。

 少しだけ休もう。


 仮眠を取ろうと、ベッドに身体を横たえた。







───────────────────────



 ドンドンドンドンッ!


 ドアから響く激しい音に目を覚ます。

 俺は自分が想像していた以上に疲れていたらしい。


 ドアの外とはいえ、人の気配に一切気付かないほど深く寝入ってしまうとは。

 しかも仮眠のつもりが相当時間が経っている。


 体感だが⋯⋯これは⋯⋯。


 ドアへと向かい、開けるとそこにいたのは支部長だった。

 険しい顔をしている。


 ああ⋯⋯そうか⋯⋯。

 クビ、か。

 当然だな。

 目覚めた時の感覚で、恐らく期限は過ぎているであろうことは察していた。


「すみません、支部長⋯⋯」


 わざわざここまで足を運ばせてしまった事に謝罪しようとすると、支部長は俺の話を遮って言った。


「話は後だ! すぐにベルン氏の工房に行け!」


 それだけ言うと、支部長は慌てたように立ち去っていく。

 その様子に只ならぬ事態だと察し、慌てて準備してベルンさんの工房へと向かった。










 ベルンさんの工房に着くと、思わぬ事態が待っていた。

 冒険者や、見覚えのある武器屋の店長などがベルンさんを囲んでいたのだ。


「売れないってどういう事ですか!」


「だから、先ほどから説明している通り⋯⋯」


「それが納得いかないから聞いてるんですよ! お金なら用意したんで!」


 どうやら武器を売れ、売らないの押し問答のようだ。


「ベルンさん! しばらく来れずすみません!」


「ああ、アッシュさん⋯⋯! やっと⋯⋯やっと来てくれたんですね⋯⋯」


 ベルンさんはやや憔悴したように答えた。


「お、アッシュ君! 君今までどうしてたんだ!」


 声を掛けてきたのは、群衆の中にいた武器屋さんのひとりだ。


「すみません、しばらく、その、出張みたいな感じでして⋯⋯今どうなってるんですか?」


「いや、しばらく前からこのベルンさんの剣が冒険者たちの間で話題でね! ただ担当の君が居ないから発注は受けられない、とギルドから言われて参ってたんだよ」


「えっ、あんたが担当さんか!」


 俺たちの話を聞いていたらしい冒険者が、話に割って入ってきた。

 

「頼むよ! 俺、どうしてもここの剣が欲しいんだ! 今すぐにでも売ってくれるように説得してくれよ!」


「ああ、そういう事ですか!」


 やった。

 やったぞ!


 俺の実演販売が功を奏したのか、剣の事が評判になってる!


 期限を過ぎてるから俺はクビかも知れないが、ベルンさんの引退は免れるかも知れない!

 嬉しくなった俺は、客の選択を褒める意味で、剣の魅力を説明する事にした。


「そうですよね! ここの剣は切れ味や耐久性に優れ⋯⋯」


「いや、そんな事はどうでもいいんだよ!」


「えっ?」


「だってよ、ここの剣、あの『ファントム』が使ってるらしいじゃん! そんな剣持ってたら格好良いじゃんか!」


 えっ⋯⋯。

 剣の魅力じゃない?


 ただ、他の奴らも同じような考えなのか、彼の言葉に頷いている。


「あのファントム愛用の剣! この宣伝文句さえあれば、仕入れた分だけ売れそうだ!」


「職人さん! 取りあえずコスト抑えて、見た目だけ同じ奴作ってよ!」


「あ、それ良いな! 職人さんよかったな! 大儲けするチャンスじゃん!」


 彼らの言葉を浴びながら、ベルンさんは手を震わせていた。

 その姿に、俺は一瞬で怒りが頂点に達した。






「お前たちに売る剣なんかあるかぁああああ!

 帰れぇえええ!」


 



 感情に任せ、『営業咆哮セールスシャウト』の効果を伴った怒声を放つ。


 その場にいた冒険者や武器屋達は、俺の声を浴びて全員が硬直した。


 ああやっちまったと思わなくもないが、どうせクビなんだからいいや!

 『営業咆哮セールスシャウト』のもたらす高揚感から、俺の口からは次々と言葉が溢れてくる。


「ベルンさんがどんな気持ちで剣を作ってると思ってんだ! てめえらみたいななぁ、相手の迷惑も考えずに押し掛け、好き勝手ほざく奴らの為じゃねぇぞ! そんな奴にベルンさんの剣を持つ資格はねーんだ! 帰りやがれッ!」


 俺が一気にまくし立てると、麻痺バインド効果に少し耐性があったのか、冒険者のひとりがたどたどしく反論してきた。


「お前に、何の権利があって、そんな事⋯⋯こっちは客だぞ? 客が金払うって、言ってるんだから、売れば良いだろ?」


「お前はアホか! お前らみたいな奴がいくら金積もうが客になる資格はねぇって話してんだ! 理解しろボケェえええっ!」


 俺が反論とも言えない暴言を返すと、まだ麻痺バインド効果中ではあったが、全員が怒りの表情を浮かべた。


「なっ⋯⋯」


「とんだ暴言だ!」


「この件は⋯⋯ギルドにクレーム入れさせて貰うぞ」


 彼らが俺に対しての不満を口にしていると⋯⋯。



「おー、皆さんどうしたんですか! こんなに集まって!」


 その場の雰囲気にそぐわない、明るい声が割って入った。

 

「ゲ、ゲーツ君! 聞いてくれ!」


 現れたのは、ギルドのトップセールスマン、ゲーツだった。

 

「どうしたんですか? ルッソさん」


 ルッソと呼ばれた商人が、全員の代表としてゲーツに食ってかかった。


「君の所、営業にどんな教育してんだ!」


「と言いますと?」


「君らがこのベルンさんの注文を受けてくれないから、こっちはわざわざ足を運んだんだ! なのにお前等に売る武器はない、帰れなんて言うんだよ!」


「なるほど、それはいけませんね!」


「だろう!?」


「ええ! つまりルッソさんはギルドとの仕入れに関する専属契約を無視して、直接取引しようとした、という事ですね?」


「あ、いや、それは⋯⋯」


 ゲーツの切り返しに、ルッソが言い訳を探す。

 他の商人たちも、ややバツが悪そうな表情を浮かべた。

 ゲーツはさらに言葉を続けた。


「わかります。お客様が望む物をすぐに販売したい、そのルッソさんの商人としてのこころざしはこのゲーツ、ひじょーによくわかります! ルッソさんだけでなく、ここにいらした商人の皆さんこそ、真の商人、顧客への奉仕者ですよ!」


「そ、そうだろう?」


「もちろんです! でもそんなルッソさんたちだからこそ、アッシュは止めたんですよ!」


「ど、どういうことだね?」


「『こんな立派な商人の皆さんに、契約違反のペナルティを負わせてはならない』って。だけどこいつは口がうまくないので⋯⋯ご存知ですよね?」


 ルッソや他の商人、特に俺とこれまでに商談した事がある人たちは思い当たる節があるのか、目を合わせながら軽く頷く。


「まあ、確かにそうだね。アッシュ君はお世辞にも話上手とは⋯⋯言えないね」


「ですよねっ! だからあんなやり方でしか、止める事ができなかったんです。そこだけ、ちょっとわかって貰えると嬉しいです!」


「な、なるほど⋯⋯そういう事なら、まあ」


「さすがルッソさん! 懐が深い! だから俺ルッソさん好きなんですよ!」


 ゲーツは軽く拍手までしていた。


「また、そんなふうに持ち上げて、ゲーツ君は⋯⋯」


 言いながらも、ルッソは明らかに気分を良くしている様子だ。

 そんなルッソに、ゲーツは人懐っこい笑顔を浮かべながら言った。


「ちょっと口が過ぎたところがあるのは謝罪します。だからルッソさん、ここは俺の顔を立てて、大事にしないでくださいよ、ね?」


「仕方ないなぁ、ゲーツ君がそこまで言うなら⋯⋯」


「ありがとうございます! みなさん! という事で注文は各武器屋で受け付けます! お待たせしてすみませんが、一度解散という事でお願いします! あまりここでの対応が長引いてしまうとむしろお買い求めいただくのに時間がかかってしまいますので! ご協力お願いします!」


 ゲーツが宣言すると、ちょうど麻痺バインド効果も切れたのか、集まっていた商人や冒険者たちは


「ここじゃどうやっても買えないってんなら、仕方ないなぁ」


「んじゃ、ちょっと待つか」


「来て損したな」


 などと口にしながら解散した。

 


 立ち去る群集を最後まで手を振って見送っていたゲーツは、視界に誰もいなくなったところで俺の方を向いた。


 俺はゲーツの言葉に納得していなかった。


 あんな奴らに、ベルンさんの武器を売りたくないという気持ちは今も変わらない。


 確かに俺と彼等があのまま言い合いを続けても、何の進展もなかったかも知れない。


 だから事態の収拾をつけてくれた事には感謝するが、いつものような説教をただ聞くつもりはない。


 ゲーツは俺の顔をしばらく眺めたあと、ふーっと息を吐くと⋯⋯。


 横に来て、バシンと音を立てながら俺の背中を叩き、言った。





「アッシュ! よく言ってくれた! マジでスカッとしたぜ!」





「えっ?」


「お前、あんな事も言えるんじゃねぇか! いつもウジウジ話すからよぉ、そんなお前が切った啖呵、最高だった! あん時の連中の顔ったらなかったぜ!」


「あ、え、ありがとう、ございます⋯⋯?」


 どうやら、ゲーツは最初から見ていたようだ。

 入ってくるタイミングを計っていたのだろう。

 ゲーツはうんうんと頷くと、さらに言葉を続けた。


「お前の言ったことは全て正しい! 俺だって全面同意だ。だから説教する気はねぇ、お前は間違った事言ってないんだからな」


「は、はい」


「だからこれは、説教ではなく、忠告として聞いてくれ」


「な、なんでしょう?」


「相手のメンツを潰して恥をかかせるのは、最後の最後にとっておけ」


「メンツ?」


「ああ。できねぇ奴ほど、自分のメンツに拘る。それを回復しようと、あの手この手で足を引っ張ってくるんだ。どこにそんな情熱があるんだってくらいしつこくな」


 ⋯⋯わからないでもない。


「だから相手のメンツを潰すのは、最終手段だ。でもその時は躊躇わずにやれ。それが俺の忠告だ」


「最終手段って⋯⋯どんな時ですか?」


「そりゃあもちろん、お前──」


 ゲーツはそこで一度言葉を溜め、ウィンクしながら言った。


「『この人には敵わない』そう徹底的に教育する時さ。あんな奴らに、そんな刺し違える覚悟で対応する必要ねーよ」


 その言葉に、俺の心は軽くなる。

 そうか、俺はクビを覚悟していたから、彼らと刺し違えるような心境に陥っていたんだ。


 ゲーツはそれを肌で感じ、俺に代わって事態を収めてくれたのだろう。

 誰と話せば場が落ち着くかを見極め、ルッソを選び、俺の事までケアする。


 それも、言葉や態度だけを駆使して。


 これが営業の達人⋯⋯か。

 俺はこの時、ゲーツがなぜトップセールスマンなのか、初めて腑に落ちた気がした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ゲーツパイセンまじ偉大
[良い点] さすがトップセールスマン かっこいい 好き
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