10.女剣士と魔剣士
「弱いと思ってたゴブリンが、数集まると意外と厄介だった! そんなご経験ありますよね!」
現状に則した冒険者あるあるを叫び、冒険者たちに武器を借り、武器がへたるとベルンさんの剣で敵を殲滅し、プレゼンする。
最初の実演販売でコツを掴んだので、次からはスムーズだった。
まず『営業咆哮』で自分をブーストし、冒険者たちの仕事場に乱入しつつ、敵を斬りまくって剣の良さをアピール。
最初の実演販売を含め、計三カ所で同じように繰り返した。
⋯⋯しかし、地道な作業だな、コレ。
まあ、今は種を植える期間。
焦って結果を求めてもね。
⋯⋯まあ、この種蒔きに二週間経っちゃったから、もうクビまで一週間しかないのだが。
確か最後の依頼も盗賊退治だったはず。
後回しにしちゃったから、殺されたりしてないよなあ⋯⋯と思いつつ現場に向かった。
「おっ、間に合ったか」
盗賊団のアジトらしき廃屋の前で、八人の男とひとりの女冒険者が対峙している。
っていうか、あれは⋯⋯。
女冒険者は見知った顔だった。
盗賊のひとりが、下卑た表情で言った。
「へっへっ、お嬢ちゃん。俺たちが天国を見せてやるからおとなしくしろよ。女に剣なんて似合わねぇぜ?」
「そうそう、抵抗しねぇなら優しくしてやるからよお?」
うーん。
俺の中の『これぞクズ!』という盗賊像を、忠実に守るかのような発言。
それに対して彼女が言った。
「下郎が。矯正できぬほど腐りきった心根、薄汚いおまえ等の×××ごと切り刻んでやる」
想像しただけで『ひゅん』ってなる言葉だ。
彼女の言葉に、盗賊たちは笑い声を上げた。
「へっへっへ、俺は威勢がいい女が『ごめんなさい、ごめんなさい』って謝るのを見るのが好きだからなぁ、楽しみだぜぇ!」
「まーったく、この変態が。ま、俺も好きだけどよお。だから殺すなよぉ!?」
盗賊の集団から、三人程が彼女を押さえ込もうと飛びかかった。
──刹那。
彼女の剣が煌めき、飛びかかった盗賊たちの首が三つ飛んだ。
そして、俺は見逃さなかった。
──それぞれの股間あたりも、ついでに切り刻まれていたことを。
そんなこと、有言実行しなくても⋯⋯相変わらず融通が利かないな、彼女は。
彼女なら、こんな盗賊なんかに遅れを取ることはないだろう。
ここは出番がなさそうだ。
あと、会いたくないし。
一息で三人の仲間を失い、先ほどまでの表情を一変させる盗賊たち。
「な、なんだとぉ!」
「コイツむちゃくちゃ強えぇ!」
一目でわかる彼女の太刀筋の凄さに、盗賊たちの腰が引ける。
彼女は凄惨かつ嗜虐的な笑みを浮かべながら⋯⋯。
「さあ、次に×××を失いたいのは、誰? ついでに首も斬ってあげるわ」
物騒そのもののセリフを吐きながら歩を進めた。
彼女の表情と腕前に、盗賊たちが恐慌にみまわれそうになった時⋯⋯。
「うるせぃ、静かにしろぉ!」
一番後ろにいた、彼らのボスらしき人物が大声で集団を制した。
「こんな時の為に、あの人がいるんだからよぉ、慌てんなって」
「あっ⋯⋯」
「そ、そうっすよね」
「へへ、高い金払ってきた甲斐があるってもんよ。先生、先生ー!」
盗賊のボスがアジトへと大声で呼び掛けると、浅黒い肌をした男が出てきた。
片手に剣、片手に酒瓶を持ち、酒をあおりながら現れた男が、盗賊のボスに話しかける。
「俺を呼ぶほどの相手なのか?」
「へへ、なかなかの腕前みたいで、アッシらにゃあ、ちと荷が勝ちまして⋯⋯先生なら余裕ですよ」
「ふん⋯⋯」
盗賊の追従に、特に興味なさげに答えると、男は虚ろな目を女冒険者へと向けた。
なんで、奴がこんなところに?
俺はその男にも見覚えがあった。
魔族剣士ファルガン。
長命の魔族種であり、二百年無敗を誇った──生きる伝説。
────────────────
ファルガンは再度酒瓶に口をつけると、顔をしかめた後に投げ捨てた。
「ちっ⋯⋯もう無くなったか」
そのままフラフラと彼女へと歩み寄る。
ファルガンの接近に、彼女は剣を構えて応じる姿勢を見せた。
その姿に、ファルガンの眉がぴくりと跳ねる。
「その構え⋯⋯カムイの娘か。大きくなったな、確かカエデといったか」
「お久しぶりですね、ファルガンおじさま」
構えながらも、彼女は額に汗を滲ませていた。
彼女にもわかったのだろう。
自分では、ファルガンには到底及ばない事を。
「あなたの噂を聞いて、この依頼を受けたんですが⋯⋯随分と落ちぶれたご様子ですね」
「それでもお前では及ばんよ」
「そうでしょうか? 英雄が凡人に討たれるなんてよくある話では? そっちの盗賊さん、どうやらおじさまを雇ったはいいものの、持て余してるご様子ですよ?」
カエデは言いながら、盗賊のボスを指差した。
ファルガンが振り向いて確認すると、男は
「えっ?」
と驚いた表情を浮かべた。
そう、これは彼女のブラフ。
隙を見せたファルガンを討つべく、彼女は切りかかった。
二の太刀を考えない、捨て身の一撃。
──戦神流皆伝技『一心』。
「くだらんな」
彼女から繰り出された渾身の一撃を、ファルガンは手の甲で剣の側面を捉え、素手で払った。
それを見て俺は飛び出した。
そう、彼女は誘い込まれたのだ。
この攻防は、ファルガンの方が一枚上手だった。
「あっ⋯⋯」
大きく体勢を崩し、彼女は転ぶ。
そこにファルガンの剣が振り落とされる。
ガキィィイン。
俺は寸手のところで、ファルガンの攻撃を剣で受け止めた。
そう、ここまでが恐らく──ファルガンの思惑。
「やっと出てきたか」
「⋯⋯流石に気付いてたか」
「竜の側で居眠りする兎はいないだろ?」
「あんたが兎? 謙遜が過ぎないか?」
「臆病さが取り柄でな。久しいなファントム⋯⋯いや、アッシュ=バランタイン」
ちっ、コイツ⋯⋯。
俺は今助けた女冒険者に指示をした。
「カエデ! 盗賊達を全員殺せ! 逃がすな、すぐだ!」
「⋯⋯兄さん?」
「惚けてる場合か! いいからやれ!」
女冒険者の名はカエデ。
十座楓は、俺の師である十座神威の娘だ。
弟⋯⋯いや、妹弟子にあたる人物。
カエデに指示を飛ばしたのち、俺はファルガンを睨み付ける。
「雇い主に忠誠心が無さ過ぎじゃないか?」
「酒も切れた。頃合いさ」
ファルガンはそれだけ言って肩を竦めた。
「テメェ、いきなり現れてなんだぁ!?」
状況を把握していない盗賊のボスが叫ぶ。
俺はファルガンへの警戒を維持しながら、説明した。
「正体を知った悪党は──基本殺す。俺は今までそうしてきた。コイツはワザと俺の本名を言って、お前たちを殺さざるを得ない状況を作った。コイツはお前たちを見捨てるぞ」
「邪魔だからな、お前とやるのに」
悪びれずに言うファルガンへと、盗賊が抗議する。
「そ、そんな! 旦那ひでぇや! 勘弁してくださいよ!」
ファルガンは再度肩を竦めながら言った。
「すまないな、お前たちを守りながら戦える相手じゃないんだ、コイツは」
「良いのかしら? 盗賊達を殺したら──二対一ですよ? おじさま」
カエデが立ち上がりながら言う。
「カエデ、恥知らずな事を言うのはよせ」
俺が注意すると、彼女は非難がましい目を向けて言った。
「なぜですか! 私のどこが──」
「ファルガンはお前を殺せていた」
「⋯⋯は?」
「カムイの娘を、殺すわけにもいかんだろう」
ファルガンが俺の推測を肯定する。
「お前は手加減されたんだ、二度も!」
まだ状況がわかっていないカエデに説明する。
「ファルガンはわざわざ剣を弾かずとも、初手でお前を斬れた。次の攻撃も、ワザと俺が間に合うタイミングで打ち込んだ。言い換えれば、お前は二度ファルガンに命を救われた。なのに、二対一? 黙ってさっさと盗賊達を殺して、俺の戦い方から学べ! 未熟者!」
「⋯⋯わかり、ました」
俺の叱責に、カエデは唇を噛みながら、不承不承頷く。
カエデは叱られた八つ当たりをするかのごとく、盗賊たちを、容赦なく斬り捨てていく。
「ひっ! やめ⋯⋯」
「この、ぐあっ!」
「詐欺師が! 何が二百年⋯⋯うっ!」
──カエデによって斬られる盗賊達の断末魔が響く中、俺はファルガンを睨み続けた。
過去は捨てたつもりだったが、まさか二人とこんな所で出会うとは。
奇縁という奴だろう。
この格好のせいなのか?
冒険者時代に、ファルガンから受けた依頼。
『二百年無敗の伝説を終わらせてくれ』
終わらせたつもりだったが──どうやら契約不履行らしい。