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なんでもゴミ収集サービス

作者: ウォーカー

 朝。人々が一日の生活を始める時間。

大きなゴミ袋を両手に持った男が、住宅地を小走りに駆けていた。

「はぁはぁ、まいったな。

 ゴミ収集の日なのに、すっかり遅くなってしまった。

 急がないとゴミ収集が終わってしまう。

 どうしてうちはゴミ集積所からこんなに遠いんだろう。」

急いでゴミ集積所がある大通りに向かう。

そうして、やっと行く手にゴミ集積所が見えてきたところで、

しかし無情にも、ゴミ収集を終えたゴミ収集車が出発するところだった。

「待ってくれ!ここにまだゴミがあります!」

その男の必死の呼び声も虚しく、

大きなゴミ収集車はその胃袋に餌をたっぷりと蓄えて、

満足そうに走り去っていってしまった。

「とほほ。

 今日もゴミ収集に間に合わなかった。

 このままだと家の中がゴミだらけになってしまうよ。」

両手に大きなゴミ袋をぶら下げて、その男は途方に暮れていた。


 ゴミ収集にゴミを出し損ね、

その男は両手にゴミ袋を抱えて来た道を戻っていた。

すると、その横の車道を、大きな車が走り抜けていく。

特徴的な大きな荷台に僅かなニオイ、通ったのはゴミ収集車だった。

荷台の色などからして、先ほど走り去ったのとは違うゴミ収集車のようだ。

そのゴミ収集車は速度を落とし、行く先にある民家の前で停車した。

作業服に身を包んだ作業員たち数人が車から下りてきて、

どうやら民家の前に置いてあるゴミを収集するところらしい。

「あれ?あんなところにゴミ集積所があったっけな。」

その男は首をひねる。

民家の前であるその場所は、その男の記憶によれば、

ゴミ集積所ではなかった気がするから。

しかし、今はそんな細かいことを気にしている場合ではない。

ゴミ収集車がすぐ目の前にいて、ゴミ収集をしている。

それは今のその男にとってまさに渡りに船。

ゴミ袋を持った手を振りながら、ゴミ収集車へと駆け寄っていった。

「細かいことは今はどうでもいいか。

 すいませーん!このゴミもお願いします。」

その男の声に、作業員たちが振り返る。

目の前に差し出されたゴミ袋を四方八方からじろじろと見て、

それからゴミ袋を押し戻した。

「駄目駄目。

 このゴミ袋、ゴミ収集シールが貼られてないね。

 うちらが収集するのは、ゴミ収集シールが貼ってあるゴミだけだよ。」

「ゴミ収集シール?

 それって、業務用のゴミとかに貼るシールですか?

 このゴミは家庭ゴミなんですが。」

「うちらは市のゴミ収集とは別なんだよ。

 市から認可を受けた特別法人でね。

 うちらに収集して欲しかったら、ゴミ収集シールを貼って貰わないと。

 これに説明が書いてあるから、よく読んでね。」

作業員はチラシのような紙を渡すと、

ゴミ収集車に乗り込んで走り去っていった。

またしてもゴミを出し損ねたその男は、しかたがなく、

渡された紙に目を通した。


●なんでもゴミ収集サービス●

ゴミの扱いにお困りですか?

ゴミを出す日や時間に指定のある市のゴミ収集は面倒。

そんなときは、なんでもゴミ収集サービスをご利用ください。

いつでもどこでもなんでも、ゴミを収集します。

申し込み方法はとってもかんたん。

この申込用紙に必要事項を記入し、

お近くのコンビニエンスストアなどで料金をお支払いの上、

なんでもゴミ収集シールを受け取ってください。

あとは、ゴミ収集に出したいゴミに、なんでもゴミ収集シールを貼るだけ。

時間や場所などは問いません。一切の例外なし。

作業員がゴミを見つけ次第、順次収集していきます。

みなさんの生活をよりよく効率的に。

私たちが目指すのは、ゴミのない環境にやさしい社会です。


作業員から渡された紙には、そのように書かれていた。

「市のゴミ収集じゃないから別料金なのか。

 でも、シールを貼っておくだけで、

 いつでも何でもゴミを収集してくれるってのは便利だな。

 よし、試しに申し込んでみるか。」

そうしてその男は、コンビニエンスストアへ向かおうとして、

両手に抱えたままのゴミ袋に気が付いて、慌ててまずは家へ戻ったのだった。


 そうしてその男は、なんでもゴミ収集サービスを使うようになった。

なんでもゴミ収集サービス。

その男は実際にそのサービスを利用してみて、

その名前が決して大げさなものではないとすぐに実感させられた。

市のゴミ収集は、決められた日の決められた時間に、

決められたゴミ収集所にゴミを出さなければならない。

しかし、なんでもゴミ収集サービスはその名の通り、日も時間も自由。

料金を払ってゴミ収集シールを貼っておきさえすれば、

どんなゴミでもいつでも収集してくれる。

生ゴミでも、使い古しのフライパンでも、壊れたパソコンでも。

ゴミ収集シールを貼って、ゴミ集積所に置いておけばいい。

そうすれば、巡回しているなんでもゴミ収集サービスの作業員が、

ゴミを見つけ次第、ゴミ収集車で収集してくれる。

料金は安いものではないが、高いというほどでもない。

ゴミを収集に出し損ねて、ゴミと一緒に生活させられることもない。

利便性に見合った料金のサービス。

その男は、なんでもゴミ収集サービスを、概ねそのように受け取っていた。

「ゴミを出すのに制限が無い生活が、こんなにも快適だったなんて。

 まったく、なんでもゴミ収集サービス様々だ。

 もっと早くこのサービスを使っておけばよかった。」

そうして、なんでもゴミ収集サービスは、

その男の生活に必要不可欠なものになっていった。


 ゴミ収集に時間などの制限がなくなると、生活は格段に便利になる。

ゴミ収集にゴミを出すために朝早く起きる必要もなく、

決められた収集日までゴミを家の中に置いておく必要もない。

なんでもゴミ収集サービスにおいては、さらに、

ゴミの種類によって分別する必要すらない。

その男はなんでもゴミ収集サービスの恩恵を十分に享受していた。

しかし、便利になると欲が出てくるもので、

その男は不便さも感じるようになっていた。

「なんでもゴミ収集サービスは便利だけど、

 ゴミ収集の度に料金を払いにいくのは面倒だな。

 もっと便利にならないものかな。

 ・・・そうだ。

 ゴミ収集シールをたくさん買い溜めしておけばいいのか。」

そうしてその男は、

なんでもゴミ収集サービスの料金をたくさん先払いして、

ゴミ収集シールをたくさん家に溜めておくようになった。

そうすることで、ゴミを出す準備に必要なことを減らすことができた。

すると、またもや別の不満が湧き上がってくる。

「いちいちゴミにゴミ収集シールを貼るのは面倒だな。

 ・・・そうだ。

 物を買ったら、すぐにゴミ収集シールを貼っておけばいいんだ。

 そうすれば、不要になったらすぐにゴミ収集に出せるようになる。

 ゴミ収集シールは家にたくさんあるんだから、

 前もって家の物に貼っておこう。」

そうしてその男は、なんでもゴミ収集シールを家の物に貼っていった。

テレビ、タンス、自転車、使う前のゴミ袋、などなど。

こうしておけば、後は不要になった物を、

そのままゴミ集積所へ持っていくだけでいい。

そうしてその男は、ゴミに悩まされることのない、

清潔で便利な生活を謳歌していった。


 そうして、その男がなんでもゴミ収集サービスを使うようになって、

数ヶ月ほどが経った、ある日のこと。

その男が出かけようと玄関から外に出ると、

家の前に停めてあったはずの自転車が、いつの間にか姿を消していた。

「・・・あれ?自転車が見当たらない。

 どこにいったんだろう。

 もしかして、盗まれたかな。

 ついてないなぁ。

 どうせ盗まれた自転車なんて返ってこないし、

 また新しい自転車を買わなきゃいけないのか。」

仕方がなくその男は自転車を使わずに出かけていった。

さらに数日後。

「・・・あれ?

 玄関先に置いてあった植木鉢が失くなってる。

 自転車に続いて、植木鉢も盗まれたのか?

 でも、植木鉢なんて盗む奴がいるかな。」

その男が家の前で首を傾げていると、

ふと、家の前に車が止まっていることに気が付いた。

止まっているのはゴミ収集車で、今まさにドアが開けられて、

作業員たち数人が下りてきたところだった。

姿を現した作業員たちは、その男の家の前に来ると、

買ったばかりの真新しい自転車に手を伸ばしたのだった。

慌ててその男が作業員を止めようとする。

「ちょ、ちょっと!何してるんですか。」

「何って、ゴミ収集だよ。

 この自転車、ゴミ収集シールが貼ってあるからゴミなんだろう?」

その自転車はその男が数日前、自転車を盗まれてから代わりに買った物で、

まだ数回しか乗っていない新品同様の物。

しかし、その男がいつものようにゴミ収集シールを貼っていたものだから、

作業員にゴミと間違えられてしまったようだ。

買ったばかりの自転車をゴミとして収集されてはたまらないと、

その男は必死に止めようとする。

しかし、作業員たちの手を止めることができない。

「待ってくださいって!

 それはゴミじゃないですから。」

「でも、ゴミ収集シール貼ってあるでしょ?」

「シールは前もって貼っておいただけです。

 面倒だから、家の物は先にシールを貼ってあるんです。」

「それは困るなぁ。

 あなた、なんでもゴミ収集サービスの規約は読んだでしょ。

 なんでもゴミ収集サービスは、一切の例外なし。

 ゴミ収集シールが貼ってあるものは必ず収集することになってるの。」

「そんな!

 ここは僕の家ですよ。ゴミ集積所じゃないんだ。」

「だから、規約を思い出してみて。

 ゴミを置いてあるのがゴミ集積所だろうが、家の中だろうが、一切の例外なし。

 どこに置いてあろうが、誰のものだろうが、

 ゴミ収集シールが貼ってあるものは収集することになってるの。

 そもそも、うちは市から認可を受けた特別法人だから、

 市のゴミ収集とは無関係なんだよ。

 ゴミ集積所も無関係。

 規約には、ゴミをゴミ集積所に出せなんて書いてなかったでしょ?

 ゴミを置いておくのは家の外でも内でもどこでもいいの。」

そんなことを作業員に言われて、その男は記憶を辿る。

そういえば、なんでもゴミ収集サービスを最初に見た時のこと。

あれは市のゴミ集積所ではなく、近所の民家の前だった。

記憶は薄いが、規約にはゴミを出す場所は特に指定が無かった気もする。

間違っているのは自分の方なのだろうか。

その男がまごまごしている間に、

買ったばかりの自転車はゴミ収集車に乗せられてしまった。

それだけでは済まず、作業員がその男の家の窓から中を覗き込んで言った。

「あそこ。

 窓から見える部屋のテレビにもゴミ収集シールが貼ってある。

 あれも収集していこう。

 そういえばさっき、家の中にもゴミ収集シールが貼ってあるものがあるって、

 あなたはそう言ったよね?

 それだったら、ついでに他の部屋も調べさせてもらうね。」

作業員たちは会釈すると、その男の家の玄関から上がり込もうとする。

その男はほとんど悲鳴のような声で言った。

「人の家に勝手に上がらないでください!

 さっきも言ったでしょう。

 それはゴミではなくて、前もってシールを貼っておいただけなんだ。

 勝手に持っていかないでください。

 これ以上のことをするなら、警察を呼びますよ。」

激昂するその男に、しかし作業員たちはせせら笑った。

「市から認可を受けているって言っただろう?

 ゴミ収集のためだったら、私有地に立ち入ってもいいことになってるんだよ。

 それ以上のことも許可されてる。

 一切の例外なし。

 むしろ、うちらの業務を妨害したら、あなたの方が処罰されるよ。

 環境保護のための活動を妨害したってね。

 文句があるなら市に直接問い合わせてくれないかな。

 ゴミ収集シールが貼ってあるものを見過ごしたら、

 うちらが処罰されてしまうんだから。」

作業員は吐き捨てるように言うと、家の中にズカズカと入っていった。

あれよあれよという間に、

テレビだのタンスだのゴミ収集シールを貼っておいた物が運び出されていく。

その男は前もって家の中の物にゴミ収集シールを貼ってしまっている。

このままでは家の中が空っぽにされてしまう。

他人に家の中を荒らされるのに我慢ならなくなって、

その男は作業員にしがみついた。

「これ以上、僕の家の中を荒らすな!

 僕の家から持ち出した物を返して、早く出て行け!」

目をつぶって叫ぶと、作業員の足がピタリと止まった。

心からの嘆願を聞き入れてくれたのだろうか。

その男が恐る恐る目を開けると、

周囲を冷たい眼差しの作業員たちに取り囲まれていた。

作業員たちの顔から表情が消え、刺さるような鋭い視線がこちらを向いていた。

「あ、あの・・・」

只ならぬ気配にその男が言い淀んでいると、

作業員たちが鬼の形相になって声を荒らげた。

「これはゴミ収集の妨害行為だ!」

「ゴミ収集の妨害行為は重罪だぞ。お前、分かっているのか。」

「強制執行!」

作業員の一人に、その男は腕を強く叩かれた。

何事かと腕を見ると、

そこにはあのゴミ収集シールが貼られていたのだった。

「何だこりゃ。ゴミ収集シール?

 こんなものを人の体に貼るなんて、何の冗談だ。」

苦々しい表情のその男に、作業員の声が鞭のように飛ぶ。

「ゴミ収集は環境保護のための活動だ。

 その活動を妨げようとする者は、この社会には不要だ。

 なんでもゴミ収集サービスの名の下に、これを収集する。」

「止めてくれ!僕は物じゃない、人間だ。」

「一切の例外なし。連れて行け!」

必死に抵抗するが多勢に無勢。

その男は作業員たちに羽交い締めにされ、

ゴミ収集シールを貼っていた物と一緒に、ゴミ収集車に収集されてしまった。

後には、空っぽの空き家となった家だけが残されたのだった。



なんでもゴミ収集サービス。

いつでもどこでもなんでも、ゴミを収集します。

一切の例外なし。

いつでもどこでもなんでも、私たちは区別しません。

なぜなら私たちにとって、

自分以外のものは等しくすべてがゴミなのですから。



終わり。


 必要不可欠だけど悩ましい、ゴミ収集をテーマに話を作りました。


何がゴミなのか、何が無駄なのか、他人に決められるのは恐ろしい。

それを許すと、人間がゴミや無駄なものとして収集されてしまうかも。

そんな可能性の一つを空想して物語にしました。


お読み頂きありがとうございました。


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