ある日、竜の谷での出来事
音楽からお話を生み出す『仙道企画その3』参加のため、編集しました。
一場面を抜き出した形なので、物語は未完結です。予めご了承ください。
雪残る峻険な山々に囲まれた草原で。
まだ若く固い少年の声が、響き渡る。
「ルゼーッ? ルゼローネ、どこへ行ったー??」
その声に唱和するように、小さな声がいくつも追いかける。
「ルゼー、どこぉー?」
「みんな探してるよ――? 出てきてぇぇ――」
◇
小半刻ほど前、薬草集めも終わり、そろそろ帰ろうと集合をかけた。
帰還前の点呼。
8人の子どもたちがひとり足りないと気づいたのは、その時。
(一番騒がしいヤツがいない……)
まずいまずいまずい、子守り役にあるまじき失態だ。
ここは翡翠竜の谷。
滅多な魔物や獣はやって来ないはずだけど、自主的に迷子になる場合は別だ。
もし縄張りの外に彷徨い出でもしたら、まだ幼い竜は、簡単に捕食対象となりうる。
ましてや今は、人型に変じている。
人間の器用な手先があった方が、薬草は集めやすい。
変化の練習を兼ねてのことだったけど、とっさに翼を出して空に逃げるなんて、ルゼにはまだ無理なはず。
この見通しの良い草原で、影も形も見えないなんて、もしや外界に。
(早く見つけなきゃ)
空からなら……!
他の子どもたちに動かないよう言い置いて、上から探そうと決めた時だった。
「ラスウェル兄、あそこ!!」
指さす声に、視線を向けると。
(いた! ルゼ!!)
なぜか通せんぼするみたいに手を広げた小さなルゼ。
そして彼女に向かい合って、武装した獣人らが3人、威圧するように立っていた。
鎧に刻まれた紋章に、見覚えがある。
「――魔軍?」
知恵のある魔物が率いる、魔物たちの軍。
そんなやつらが、なんで谷に踏み入ってるんだ。
何にせよ、ルゼを守らなくてはいけない。
成竜たちが狩りに出ている今、谷の子竜たちを預かり守るのが僕の仕事。
翡翠竜でもないのに、谷に置いて貰ってるんだ。役に立たなきゃ。
◇
人間の冒険者に育てられた竜。
それが僕、ラスウェル・ハウズ。
卵時代に何があったのか、僕は知らない。
気がついたら人の街で、両親……育ての人間の親と一緒に暮らしていた。
彼らは何度目かの冒険から、戻ることはなかった。
両親が所属していたギルドの雑用をこなして糧を得る中、森で迷い竜がついてきてから、僕の境遇は変わった。
迷い竜の名は、ルゼローネ。まだ幼い彼女は人間の街で僕にしか懐かなかった。
翡翠竜は最高の薬。
万能薬の素材として王城に確保されたルゼとともに、僕も雇われ、でも、ルゼが薬として殺されそうになった時、たまらず一緒に逃げた。
僕はずっと自分を人間だと思っていた。信じ込んでいた。
竜だと知ったのは、ルゼを迎えに来た彼女の父竜に会ってから。
そしてルゼの父――翡翠竜の長とともに谷に至り、そのまま2年。居座らせてもらっている。
翡翠竜とは竜種が違うらしい。
だよね、僕の竜身は碧じゃないもん。青い。
しかも最近、少し黒っぽくなってきた気がする。なんで???
とにもかくにも、翡翠竜たちの狩りに同行させて貰えない。
みんなが行っている間は、留守番兼子守り。狩りに出てる群れの子どもたちの世話。
その預かり子が、危機。
ふざけんなよ?
◇
「そこの方!!」
「どのような用向きか知りませんが、ここは翡翠竜の谷。谷長の許可なしでは何人たりとも入ることはできません。即刻お立ち去りを!」
声を張る僕に、獣人共が視線を寄せた。僕と僕の周りの子どもたちを見て、言う。
「なんだ? 群れの若い雌か?」
「―――――!!」
(聞き違いかな? いま)
「子守り竜だな。お前たちに用はない。こいつを連れ帰るのが、俺らの役目だ」
こいつ? ルゼのこと? 何言ってんだ? 連れて行かれちゃ、困るんだけど?
なんで少し目を離しただけでこんなことになってんの?
「渡すことは出来ません。お帰り下さい」
子どもたちを場に留め、さっとルゼのもとに歩んで、彼女の前に出た。
(少し下がれ)
後ろ手で合図すると、背後の気配がそろりと離れる。
ほんの数歩分。
気持ちとしては、もっと距離とって欲しいところだけど。
相手を刺激してしまうか?
魔軍の獣人が、面倒そうな表情を作る。
「あのなぁ? 俺達も手ぶらで帰るわけにはいかないんだよ。痛い目をみたくなければ、大人しくどけ」
「どきません。こちらにも役目がある。……早々に立ち去らないなら、実力行使に出ますよ?」
「ハッ、人間にさえ狩られるような惰弱な翡翠竜が、何を言うかと思えば。見たところ丸腰だな? ブレス頼みか? 人身形態でのブレスなら、更にたかが知れている。雌一匹で何が出来るってんだ」
間違いない。こいつらやっぱり「雌」って言った!!
僕のどこが"雌"に、女の子に見えるって言うんだ!!
ちょっぴり細身で、顔が小さくて目が大きいだけだ!!
小さな頃からさんざん間違われてきた。
だけど16歳捕まえて、"雌"はないだろう、"雌"は!!
(やって良し)
僕の中で、謎な許可が下りる。
「最終通告です。谷から出てください。僕はブレスの調整が下手なんです。加減出来ませんよ?」
「ああ、ああ、好きにやってみろよ。きさまのブレスなんざ、俺達には通じないぜ」
嗤いながら、奴らが余裕で手を広げる。ノーガードってわけ。舐め切ってるな。
あいにく僕は、翡翠竜じゃない。
こう見えて、攻撃力だけなら谷イチだ。
チリリ……。
喉の奥に、熱をため込み……。その時だった。
「……ン……」
微かな声を、耳が拾った。
(後ろから?)
誰の声?
けれどその声を聴いた途端、僕の中で何かが弾けた。
(あっ!!)
ヤバイ、そう思ったのは一瞬。すでにブレスは放たれていた。
予定を超えた、出量で――。
「…………」
やってしまった。
すっかり更地になった。
草がなくなった……どころか、地面がえぐれて黒く焦げ、プスプスと煙が立ちのぼる。
魔軍は痕跡も残さず、消えていた。
し、侵入してきた方が悪い。
山を吹き飛ばさなかっただけ、良しとしよう。
初めて狩りに出た時、張り切り過ぎて地形を変えてしまった。
狩場をひとつ壊滅させて酷く叱られ、以来、居残り組だ。
それに凝りて、調節に努めるようにしてたんだけど。
頭ひとつ振って、黒歴史から意識を逸らす。
振り返って、ルゼの無事を確認した。
膝を折り、目線を合わせる。
「ルゼ、大丈夫か? 怪我とかしてないよな?」
こくりと頷くルゼにホッと安堵しつつ、疑問が首をもたげた。
(そういえば、さっきの声は?)
視線を回し、ぎよっとした。
今まで、全く気づいてなかったけど。
ルゼの後ろ、草に埋もれるように見知らぬ誰かが倒れていた。
(えっ、えっ、えっ??? さっきの奴らが"連れ帰る"って言ってたの、ルゼじゃなくて、まさか)
この人の、ことだったり?
僕と同い年くらいの、身なりの良い少年。
あの時ルゼが両手を広げていたのは、ひょっとして庇う動作だったとか?
さっと青褪めたのが、自分でもわかった。
(……あれぇ? もしかして僕、これ……)
盛大に、やらかしちゃったのでは?
◇
今回の事件が発端で、僕は谷を出ることになり、同族のもとに戻ったり、魔軍と事を構えることになったりしてしまうんだけど――……。
それはまた、別の機会に物語るとするよ。
この日、空はどこまでも遠く青く。谷渡る風は草の香を乗せて、とても爽やかだった――。
ごごごご、ごめんなさい!!
こちらは一応ウチの短編、『ドラゴン様の乳母?』https://ncode.syosetu.com/n3758gq/の、その後のお話となります。
音楽を聴いてお話を作る『仙道企画その3』。
音源はコチラ:https://www.youtube.com/watch?v=fiPCw1TML8Y
はじめて曲を聴いた時、見晴らしの良い広い草原と吹き抜ける風を感じました。
後から、石畳の街と、春祭りに沸く群衆を想起したので、物語はそちらで組み立てていたものの、上手くまとめることが出来ず、ついには企画最終日。
「混ざりたい!」
その一念で、最初浮かんだ草原のほうを使うことにし、予定していた竜話長編の"1話目"を、まとめ直して出しました。
伏線は全く回収しておらず、始終説明で、不完全&不十分で申し訳なさいっぱいです。
お読みいただき、ありがとうございました。゜(゜´Д`゜)゜。