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【完結】終末の花と猫と百合  作者: くもくも
2章 終末の夜のサバイバル
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2-3

「……というわけで、今からすぐにシロを探しに出る。凛にはここに残ってもらって、クロと僕で行くよ。それなら夜でもライト無しで行動できるし」


 それを聞き、凛はペットボトルの水を一口飲み、ため息をついた。


「悔しいが仕方ないな。私とクロさんで行けば安全ではあるだろうが、そもそも会話ができない。夜に一人で活動するのは、クロさんでもさすがにリスキーだろうしな。……だが必ず朝までには戻れ。朝になれば私が出られるのだから」


 最終的にクロと相談した話を凛に伝えると、彼女は意外にもすぐに納得してくれた。

 正直、自分が行くと言って聞かないと予想していたのだが。



「もし近くに人間の生存者がいた場合、私がライトを使うと目立ちすぎるだろう。……ユウ、もし人間がいても絶対に関わるなよ。十中八九はフラウアに寄生されたバケモノだろうし、そうでなくとも、今避難所に集まっていないというだけで、まともな感性の人間とは思えない」


 彼女は畳にあぐらをかいたまま、頭を抱えるようにうつむいている。


 凛が危険だと気にしているのは、バケモノよりも人間、ということか。実際、そんな生存者がいるのだろうか?

 自衛隊が近くを通ったりもしていたのだから、僕ならすぐにとりあえず避難所へ行くことを考えたはず。


「ユウのスマホが無いのがつらいところだな。……日が出ても戻らなければ、クロさんには悪いが、ここは放棄して私が大通りのスーパーの辺りまで迎えにいく」


 周りの猫たちによると、シロが縄張りにしていたのは、家からそう離れていない、大通りのスーパーマーケットの裏だという。

 そこが今回の目的地だ。


「だから帰り道が危険だと判断したら、どこかに隠れていろ。スーパーより先には絶対に捜索には行くな。連絡が取れない以上、お互いの居場所がわからなくなるのはリスクがありすぎる」


 凛は下を向いたまま、少し小さな声で続けた。

 彼女からは、こちらを気遣うような優しい匂いと、もどかしさで少し気が立っているような、苛立ちの混じった匂いがする。


「わかってる。でも凛、僕にもしものことがあったら……」



 僕が続けようとした言葉は、その瞬間に顔を起こした彼女の唇で遮られた。


 唇。


 ふわりと優しい匂いがして、凛の黒髪が僕の頬をくすぐる。


 あまりの急なことに、反応もできなかった。

 凛と唇が触れあったときの、柔らかくて暖かい感触が、そのままずっと残っている。


 凛の動きで、畳に少し残っていたフラウアの花びらが一枚、ふわりと舞った。



「……無理はするなと言ったぞ。いいな、私がここまでしたんだ。自分が私や奏にどれだけ大切に想われているのか、ちゃんと理解しろ」


 呆けている僕を、凛はそのまま膝立ちになって抱きしめてくれる。

 普段は男勝りなところが目立つ彼女の体は、とても柔らかく、僕は頭が働かなくなる。




『……おい、まだ夜はこんなに寒い季節なのに、いつまで発情しているつもりだ。もう少し周りを警戒してくれ』


 凛を家に残し、夜道を駆け出した僕は、横に並んで走るクロに鼻で笑われていた。


「発情って……いや、ちょっとぼーっとしてたのは悪かったけどさ」


『匂いでわかる。こんな非常時にその匂いは勘弁してくれ。俺たちオス猫は、その発情したメスの匂いには弱いのだ』


 至って真面目に話すクロ。


 発情って……いや、これが発情?

 体が火照るような感覚はあるけれど、よく自分ではわからない。半分人間だし。



『あのメスの人間は優秀だ。メス同士なのは理解できんとはいえ、あれとつがいになれるなら幸運なことだろう。だが今は忘れろ。お前に何かあれば、俺があの人間に殺されかねん』


 物騒なことを言うクロに、いやいや、と反論しかけたが、その言葉は飲み込んでおく。


 凛が何を考えているのかは、今はまだちょっときちんと理解しきれていないけれど、そういう過激な行動を取ってもおかしくないくらいには、自分が大事にされていることはわかる。


 それに何より、周りの道からは、確実に何かのバケモノの危うい匂いが、いくつもいくつも感じられた。

 警戒を怠れば、いつ襲われてもおかしくはない。


 頭を切り替えて、ちゃんとクロの役に立たなければ。

 でも、あれキスだよね。

 キスだ。あの凛と、僕がキスを。なんで? なんでだ?



 どんな時間でも明々と目立っていたはずの、通り道のコンビニにも明かりがなく、街には終末を思わせる静けさと闇が広がっている。

 

 さすがに、だんだん自分の頭も冷静になってきた。今はシロを助け、無事に帰ることだけを考えなくては。


 クロは今の巨大化した自分ならバケモノにも負けないとは言っていたが、少なくとも怪我をするリスクはなるべく避けさせなければいけない。

 もうこの環境下で、営業を続けている動物病院なんてあるはずがないのだから。



 通り道では、凛が言っていたフラウアに寄生された人間も見かけた。

 花が多く繁殖したままの道路の端から、じっとこちらを見つめ動こうとしなかったが、ただ、こちらに顔を向け続けていた。

 不思議と、害意を感じるような危険な匂いは感じない。まさに植物のように、ただそこにある気配。

 目や、口や耳からはフラウアの茎が飛び出し、赤黒い花が人間を苗床にして咲いていた。


 クロが言うには、動きが非常に遅いらしく、さほど危険ではないというのだが、うかつに近づけば、自分もフラウア人間の仲間入りをさせられてしまうのかも知れない。


 しかし人間があんなふうになっているのは、かえってどこか現実味がなくて、死体がゴロゴロと転がっているよりもだいぶ精神的にはマシだった。




『見えてきたな。あの建物の裏がシロの縄張りだったはずだ。……だが、なぜあんなに明るい? 人間がいるのか?』


 闇の中で瞳孔を開ききった僕とクロには、不自然な明かりが遠くからでも目に付く。


 シロが縄張りにしていたという近所のスーパーマーケットは、本来のように明々と照明を付けているわけではもちろんないが、店内に二ヶ所、外に一ヶ所、LEDと思われる白い明かりが揺らめくのを捉えることができた。


 外の明かりは、徐々に位置が動いており、移動していることがわかる。

 照明器具を扱う動物なんて、当然一種類しかいない。



「間違いなく、人間だね。この建物にはたっぷり食料なんかがあったから、誰か生きている人間たちが縄張りにしてるのかも。……凛が言ってたように、できればバレないようにしたいね」


 それにしても、避難所へ行かずにスーパーマーケットへ籠城なんて、ちょっと普通の感性とは思えないけれど。


『なら、建物の中に入るのは避けるぞ。そもそもシロがいるとすれば、人通りの少ない、建物の裏しか考えられない』


 外の1つの照明は、店の外周を移動し、裏手に回っていくような動きを見せた。



 店の駐車場は、アスファルト部分には多くの車が乱れて乗り捨てられており、地震当日のパニックぶりが伺えた。

 駐車場に生やされていた木々の周りには、フラウアの赤黒い花がまとわりつくように這っており、不気味な見た目になっている。


『……進むぞ。音を立てるなよ。俺についてこい』


 クロは本当に一切音を出さずに先を進む。

 僕の作業着が擦れあう音だけが残って、より不安な気分になった。



 駐車場に入ると、複雑な匂いがした。


 何かが腐ったような臭気がほとんどだったが、血や、先ほど見たフラウア人間の匂い、そして何か死を連想させるような、気味の悪い匂いがする。


『このまま建物の裏手に回るぞ。……しかし、ひどい匂いだな。これではシロがいたとして、見つけられるかどうか』


 クロが僕に顔を寄せ、唸るように話す。


「見つからなかったら、鳴き声を上げて呼びかけよう。どうせ人間には、猫の鳴き声の意味はわからないんだから」


 クロは人間みたいに頷いて、そのまま先に進んだ。



 店に近づくごとに不快な、何かが腐ったような匂いがきつくなっていく。

 多分、店の中の食品が腐っているのだ。

 肉や魚、野菜なんかは、多分もうかなり腐敗しているはずだから。


 先ほど見かけたのと同じ、フラウアに寄生された人間の匂いはいくらかあるのに、それらが動く気配がない理由はわかった。

 駐車場の端に寄せられて、身体中が叩き潰されたり、切り刻まれたような、フラウア人間の亡骸が積まれていたから。


 重なった元人間たちの体の表面を隠すほど、フラウアの赤黒い花が咲き乱れている。


 吐き気がしたけれど、どこかにいるかも知れないシロを想い、ぐっとこらえた。

 非現実的すぎる光景だったからこそ、耐えられたのかも知れない。



 少なくとも、ここにいる人間はまともではない。

 普通、相手がフラウアに寄生されているからと言って、元人間にこんな残酷なことができるはずがない。

 この腐敗臭の中で生活しているというのも、明らかに異常だ。



 建物沿いに店の裏手に進むと、裏口を塞ぐように停められたトラックの影の方から、地面を強く叩くような衝撃音と、人間のものと思われる荒い呼吸の音が、繰り返し聞こえはじめた。


 体毛が逆立つ、嫌な感覚があった。何かを叩くような音は、ゆっくりと繰り返し聞こえ続けてくる。


『……何の音だ? さっきの人間だろうか』


 クロの耳が、音がする方へ向けられている。

 静かに、静かに近づいた。



 音の発生源はやはり人間だった。

 棒のようなもので地面を叩き続けている。


 静かに、静かに近づく。



 音には、地面を叩くそれに加え、何か湿ったものを叩くようなものが混じっている。


 静かに、静かに。



『……おい、まさか……』


 クロが気づいたのと、ほとんど同時だった。

 フラウアの赤と橙。血の赤色と、わずかな白い何か。


 地面に転がったLEDランタンの明かりの影で、人間が繰り返し叩いているのは、多分、ぼろ切れのようになった、白い猫だ。


 一瞬感じた、死と猫の血液の匂いはすぐに消えた。


 代わりに、強烈にフラウアの花びらの匂いが広がったように感じた。

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