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【完結】終末の花と猫と百合  作者: くもくも
最終章 終末の花と猫と百合
44/47

11-1

 先に飛び出していった凛とクロを追いかけるため、奏と共に車に飛び乗ると、後部座席にパソコンやら何やら大量の機材を投げ入れつつ、遥が飛び込んできた。


「私も行くよっ! ユウ、あんたはこれ着けていきなさい!」


 ようやくふっきれた表情になった遥に渡されたのは、以前にも借りた通信用のインカム。


 受けとったままぼんやりしていた僕の首に、そのインカムを取り付けて、遥はすぐに作業を開始した。


「あれをただ倒したって、人の悪意が消えるわけじゃない。誰かが、世界中に希望を示さなきゃ、また同じことが繰り返されるだけ」



 遥が操作したパソコンの画面には、例の動画サイトが開かれている。


 画面に表示されたユーザー名は、猫田ニャン子。

 かつてVtuberだったころの、遥のユーザー名だ。


「だから私が、今度こそ私が、みんなに希望を示してみせる。兎原ピョンじゃなくたって、私は、この世界のアイドルなんだから!」



 遥がいくらか操作を進めると、モニターにはそのノートパソコンに取り付けられたカメラを介し、猫耳の遥の顔が映された。


 非現実的なその姿は、精巧すぎるCGみたいだ。


 遥はきっと、動画のライブ配信を通じて、あの宗教団体が束ねた悪意に対抗しようとしているのだろう。

 僕には細かいことはよく理解できないけれど、きっとこのPCの前が、遥にとっての戦場なのだ。



「ねえ遥ちゃん、インカムとかカメラとか、私の分もあるかな? フラウアでカメラを掴んで動かしてさ、ユウたちがカッコよく戦うとこ、うまく撮影してくるから」


 奏は運転しながら、自分の分として渡されたインカムをその金髪頭に取り付け、そして通信機能付きのライブカメラも手に取る。

 

 遥の操作で、配信用の画面に素早く枠が作られ、奏が持ったカメラからの映像が、直接その画面に表示されるようになった。


 なるほど。

 つまりこれは、僕たちが例のバケモノを叩きのめすところを配信して、人の弱さや悪意には負けないと、そんな感じのことを視聴者に示そうというわけか。


 これはなかなかのプレッシャーだ。

 あまり情けないところは見せられない。



 走る車の中から感じる振動が、少しずつ大きくなる。

 最初は僕の感覚を頼りに、だいたいの方角へ車を進めていたのだが、そのうちすぐに目的地は分かった。


 駅前の方で、建物の上まで土埃が舞っているのが目に入る。

 建物が崩れる、工事現場みたいな轟音に、重なる連続した銃声。


 思っていたよりバケモノは、だいぶ僕たちの方まで近づいてきてしまっていたみたいだ。

 半信半疑な部分もあったのだが、やっぱり本当に、遥を狙ってこちらへ動いてきているのだろう。


 

 後部座席で遥は一度、深く息を吐いた。


 そして僕に見せてくれながら、自分のスマホを操作しはじめる。

 彼女が開いたのは、兎原ピョンのネットラジオ関連の掲示板。



 兎原ピョン : これから動画サイトで、大復活したあたしのライブ配信始めるぴょん! 暇なやつはすぐに集合だあ!



 ネット上の掲示板では、すぐに多数のコメントが流れはじめる。

 一部には疑うようなコメントや、否定的なコメントも入るが、そのほとんどは、兎原ピョンの復活を待ち望んでいた、たくさんのリスナーたちからの歓喜のメッセージだった。


 遥は少しだけそれに目を通したあと、またすぐにPCの操作に戻る。

 カメラの向きが微調整され、そのどこかすっきりとしたような表情が改めて、画面の右端に表示された。




 車を停めた場所は、以前に宗教団体の施設を偵察、いや半ば襲撃したときにも停めた、ドラッグストアの駐車場だった。


 奏はあえて言わないが、この位置ならば、万一僕たちが負けた場合にも、遥は車を使って逃げ出せるはずだ。

 僕と奏は目配せをして、二人揃ってシートベルトを外した。



 激しい銃声が聞こえるなか、遥は手慣れた手つきで、画面のどこかをクリックする。

 配信が、始まった。


『さあ、ライブ配信スタートだよ!……ふふ、声が違ってびっくりしたかな? 残念でした。私は兎原ピョンじゃありません』


 言葉を続ける遥を車内に残し、僕たちは車を降りた。

 駅の方向、ちょうど宗教団体の施設がある方から、フラウアの花びらと、土煙が立ち上るのが見える。


 インカムからは、そのままずっと遥の配信音声が聞こえてくる。

 どれだけの数の人たちがそれを見てくれているのか、そしてどんなコメントが付いているのか、もう僕たちからは確認はできない。



『私の名前は吉岡遥と言います。かつて、兎原ピョンちゃんの仲間で、Vtuber猫田ニャン子として活動していた女です。……誰か、覚えてくれてる人が一人でもいたら、うれしいな』


 奏が空中で手を動かすと、僕たちの進路を遮るように乱れ咲いていたフラウアの花が蠢き、左右に分かれ、僕たちが進む道が作られた。


 真剣な表情の奏と一緒に、その赤黒く彩られた道を駆け出していく。



『みんなに、謝らなきゃいけないことがあります。……先日まで行われてきた、兎原ピョンのラジオ放送、あれは最初から私が配信していました。……兎原ピョンちゃんは、もうこの世にはいません。最初の地震で、命を落としています』


 辺りからは、いくつもフラウアに寄生された人間の気配と匂いがした。

 だけどそいつらは目につく限り、走る僕と奏には目もくれず、なぜか僕たちと同じ方向、巨大なバケモノの方へゆっくりと進んでいく。



『私は、偽物の兎原ピョンとして、この終末の世界を生きてきました。だけど先日の地震の影響で、もう姿も変わってしまい、今はこんなふうになっています』


 銃声の方へ近づくにつれ、徐々にその巨大なバケモノの姿が目に映りはじめた。

 建物の奥に、舞うフラウアの花びらに隠れるようにして、バケモノの頭がちらちらと覗く。


 フラウアの色、赤黒く太い筋に覆われたいびつな形状の頭は、生き物とは思えないくらい不気味に見えた。



『……ヤッホーみんな! 兎原ピョンだぴょん! 今日はこれから、動画でライブ生配信! 暇なやつは、最後まで見ていけよなあ! ……ね。こうして私は、みんなを騙していたんです』


 遥の声が、インカムから続く。


 建物の影に、数名の自衛隊員の姿が目に入る。


 そしてどんどんその全容が見えはじめたバケモノ。

 体中から吹き出す、赤黒い液体。

 そいつの方から感じる、腐ったような血液と、フラウアの匂い。


 奏が走りながら、受け取っていたライブカメラを、その巨大なバケモノの方へ向けてくれる。

 


『他で動画を見ていた人も多いですよね。今、私が争っていた宗教団体が、私のところにバケモノを差し向けています。今カメラに映った、すっごく大きくて、危険なバケモノ。……もしかしたら私は、今日ここで死ぬのかもしれません』


 付近ではまだいくらか、生存者がバケモノから逃げようとしているようだった。

 というか、例の宗教団体の施設から、今さらワラワラと人が逃げはじめており、ちょっとした大パニックのようだ。


 自衛隊が必死に、バケモノと逆の方向へ彼らを誘導しようとしている。

 今さら迷惑な話だが、自衛隊も生存者を無視はできないのだろう。



『……ねえ、私さ、みんなを騙してたんだから、ムカついた人も多いよね。もちろん分かってるの』


 駆け寄る僕たちがちょうど目にはいったのか、自衛隊がこちらにも手を振る。


 どうやら彼らは巨大なバケモノと戦っているというよりも、避難者を守るため、集まってきているフラウア人間へ銃を向けているようだった。



『でもさ、私この世界に、大切な仲間ができたの。あいつらを、死なせたくない。宗教のやつらに、この世界をこれ以上めちゃくちゃにされたくないよ』


 いつもの自衛隊の青年が、銃を撃ちながらこちらへ何か言っているようだが、辺りからの悲鳴や銃声で何も聞こえない。


 僕は両手の爪に力を込め、進路に群がってきていたフラウア人間を一人、二人と輪切りにしながら前進する。


 奏かフラウアを操り、進路を遮るフラウア人間の足を絡ませ、動きを封じる。



『この動画を見てくれてるみんな、お願い。力を貸して下さい。……私、今度は何も隠さない。これが私からの、最後のお願いです』


 フラウアの花をかき分け、近づいてくるフラウア人間をなぎ倒し、赤黒い道を進む僕たちの姿に、辺りの避難者たちの悲鳴の質が変わる。


 たぶんみんな、あの宗教団体の人間だろうし、言ってみれば敵みたいなものだし、関わるのは面倒なことこの上ないが、僕たちのこの姿は、彼らにこそ見ていて欲しい。


 彼らは、この現実を直視しなければならない。


 祈ることだけでは、救われないと。


 生きていくということは、そこに神様の意志があろうがなかろうが、一人一人がその命を振り絞るように、戦い続けていくということなのだと。



『みんな、私と一緒に、願って』


 人間の願いは、フラウアを通じて、世界を変える。


 僕の願いはもう言葉にしなくても、この猫の体に力を与えてくれる。


 舞うフラウアの花びらを一枚一枚数えられそうなくらい、研ぎ澄まされた感覚。

 ためないなく腕を振れば、ちぎれ飛んたフラウア人間の残骸がいくつも出来上がっていく。



 そして誰かの願いが、今のこの世界を作りだした。

 地震が起きて世界が一変してからも、一人一人の人間の弱さは変わらない。


 僕はいつもダメダメだし、遥は死にかけるし、狂った宗教団体もできてしまうし、大勢の人たちは世界に絶望したままだ。



『見ていて。きっとこれから、私の最高の仲間たちが、カッコよくあのバケモノをぶっ倒すから』


 自衛隊員たちの横で奏が立ち止まり、カメラをフラウアの茎に結びつけた。

 そしてすぐにフラウアの茎が激しく伸びて、カメラが空高くへ登っていく。


 そのあたりでようやく僕たちからも、バケモノの全身がしっかりと見えた。

 赤黒い、醜い、人の弱さの集まりが。



 奏と目配せして、僕は彼女を残したまま、そのバケモノの方へ駆け出していく。

 バケモノの足元には、見馴れたクロと凛の姿が小さく見えた。


 インカムからは、いつか聞いたような言葉で、遥の願いが聞こえてくる。


 誰かのために。世界のために。


 この世界に今たった一人の、本物のアイドルの声が響く。



『フラウアと神様の意思なんて、何の関係もない! フラウアはみんなの、人間の願いを叶えているだけ。だから、みんなはただ、幸せな明日を願って生きなさい! 絶望に負けないで、終末を望まないで、少しでも幸せな明日を生きていくの!』


 舞うフラウアの赤黒い花びらがPCの画面には映っているだろう。

 その画面の中では、遥にしかできない戦いが続いている。

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