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【完結】終末の花と猫と百合  作者: くもくも
9章 偽りの姿
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9-4

 赤黒く染まったフラウアが視界に入る。

 僕の身体が、願いに応じ、少しずつ形をかえていく。


 誰もここを通さない。

 今このとき、そのための力を。強い決意と願いを。



「どいて下さい……俺たちには、発砲の許可が出ています! 人間に対してもです!」


 僕の変異に気づき、自衛隊の青年がとうとう銃口をこちらに向けた。


 だけどかまわない。

 何発撃たれたって、倒れる気はしない。



「でしゃばるな!!」


 凛が大声をあげた。


 気づいたときには、自衛隊の青年が構えていた銃は凛の手の中にあった。

 分厚い金属の銃口をいともたやすくねじ曲げ、凛はそれをゆっくりと地面に下ろした。



「すまないな……だがこれは、私たちの問題だ」


 凛は言葉と同時に、こちらに向かってくる。


 全く反応ができないようなスピードで近づかれ、次の瞬間には腹に強い衝撃を感じ、僕は道路に叩きつけられていた。

 痛みを感じる暇もない、何が起きたのかすらわからないくらいの、強烈な蹴りだった。



「ユウ、もうわかってくれ! お前は私には勝てない! 私はお前を傷つけたくない!」


 凛はそのまま倒れた僕の腕をとり、背中側にねじり上げる。

 のしかかられ、動きを封じられる。

 腹の痛みで、まともに呼吸すらできない。



 だけど、こんな痛みや苦しさ程度で、僕の、ハチの、願いが屈するものか。



〈遥は縄張りの仲間だ。誰にも渡さない〉


 強いフラウアの匂いが、はっきり感じられた。



 猫の関節は柔らかい。

 腕を取られたくらいで、動きが止まるわけがない。


 自分の体が、どんどん猫に近づいていくのがわかる。

 腕を強引にねじり、肩を外すようにして、凛の拘束から僕の体が抜け出す。


 関節も、腕も、足も、猫に。

 猫の力を。



 鋭い爪を凛に向けてつきだす。


 いともたやすく打ち払われたが、低い四足歩行の姿勢で動きまわり、舞い上がる赤い花びらの中で、何度も、何度も繰り返し、届かない爪を振り続ける。


 自分の視線が、さっきまでよりずいぶん低くなっていた。

 いつの間にか僕は、四足歩行で動き回っていた。


 戦え。

 遥を、ハルかを、ハルカをまモれ!



「ユウ……お前! やめろ、何かおかしい! お前、身体が……!」


〈ハルカハワタサナイ〉


「……ハルかはワタサない」


 大好キナ凛の声が、聞こえタ気がスる。


 戦エ。仲間ヲ、ハルかヲ。



「ユウ! もうやめて! 何か変だよぉ!」


 大好キナ奏。声。

 


 意識は霞んで、ただ、戦う意思だけが。



「すまない……もうあきらめてくれ、頼む……」


 凛が、視界から消えるほど素早い動きで間合いをつめ、僕を投げ飛ばす。


 衝撃で、もう何も聞こえない。





〈やーやーみんな! よく集まってくれたねえ! 兎原ピョンだよ! 今日も明るく楽しく放送だあ!〉


「……ユウ、すまなかった。身体は、大丈夫か?」


 目を開けると、家のいつもの布団の上で、いつものビニールシートで補修した天井があった。



 奏が僕に泣きながら抱きついてきて、全身がズキズキと痛む。


 僕は結局、あれだけ中二病チックに頑張ったにもかかわらず、凛に手も足も出ず、ずたぼろにされて意識を失ったらしい。


 ですよね、知ってた。凛に勝てるわけがないよね。

 ザコにもほどがある。


 猫化が進みすぎた体も、僕が倒れるのと同時にシナシナと元に戻ったらしいから、その点はちょっと安心した。

 目覚めた瞬間、もう自分が完全に猫になってしまっているんじゃないかと心配してしまった。



 ただ、たぶんどこか骨は折れている。

 泣きそうなくらい痛い。

 全身が痛いから、どこが折れているのかもわからない。


 自分から喧嘩を売っておきながら、このざまである。

 こんな暴力的な、短絡的な行動に出てしまったのも、絶対発情期のせいだ。絶対そう。

 だからさ、なさけないけど、もうちょっと手加減して欲しかった。



〈さあみんな、昨日の放送は覚えてる? 掲示板でもめちゃくちゃ盛り上がってたね、嬉しいぴょん! もうすぐ18時ジャスト! あと5分くらいかな? 18時ジャストになったら、リスナーみんなで一斉に、フラウアいなくなれーって、お願いするぴょん!〉


 でもとにかく、今日の放送は邪魔をされずに始まった。

 だからといって何も変わらないかも知れないけれど、今日遥がやりたいことを、このまま試させてあげることはできるはず。


 自分がボロボロになることで、凛を心配させ、行動を封じたというわけだ。

 ここまで頑張った姿を見せれば、遥もきっとわかってくれるだろう。


 やったね、大勝利だ。うれしいな、全身が痛いな。



「ふふ、今日のところは、お前の勝ちだな。……この放送が終わったら、まずは私たち三人で、遥に会いに行こう。……くふふ、はじめから、そうするべきだっんだな。私は、すぐ頭に血がのぼってしまうから」


 凛は笑うが、僕は全く笑えない。息をするのも痛みが走る。

 確かにそうだよね。最初からちゃんと遥と話し合うべきだった。

 僕も凛も、本当にお馬鹿だ。



 クロがどこからかのしのしとやってきて、僕の足をペロペロと舐めている。


 心配かけてごめんよ。

 でも、こうなる前に助けて欲しかったな。ただの夫婦喧嘩みたいなもんだと思って出てこなかったんだろうけど。


 自分が悪いとは言え、僕が普通の人間だったら死んでたよ?


 今となっては、心底さっきまでの自分が憎い。


 凛に喧嘩でかなうわけがないんだから、せめて色仕掛けとか、別の方法で戦うべきだった。

 じゃんけんとか。あみだくじとか。



「ま、もう放送も始まっちゃいましたし、今さらっすね。とりあえずはおねーさんたちに任せますよ。……あの、俺の銃がへし折れたの、バケモノと戦ったせいってことにしますから、絶対他の自衛隊員には秘密にして下さいね。……あー……絶対怒られる……」


 こうなっては、自衛隊の彼も哀れすぎる被害者だ。

 巨大なクロの姿にびくつきながらも、それについては何も触れないでいてくれているし、凛に銃を壊されたことも怒らないでくれている。


 本当にいい人。イライラした対応をしてしまって、本当にごめんなさい。


 もう一人の自衛隊員さんも、車両のそばでいまだに待機してくれているらしい。

 本当に申し訳ない。


 彼らともきちんと話し合って、遥のために一番いい形で、話が進んでいくようにしてあげたいと思う。



「ユウ、身体痛いよね? ごめんね、無理させて、ごめんねえ……」


 奏はずっと泣いたままだ。


 奏は何も悪くないよ、心配をかけてごめんよ、と言いたいけれど、それすら厳しいくらい体が痛い。


 頼むから、あんまり今は僕の体に触らないで。

 もう、めちゃくちゃ痛いんだから。


 そうだ、まずはこんなときこそ、フラウアに願おう。

 治れ治れ。怪我治れ。



〈みんなはフラウア好き? まあ、あんまりそんなやついないと思うぴょん。……もちろん、あたしは、大嫌い〉


 体が痛すぎて、遥のラジオの声があまりうまく聞こえない。


 でも、僕もフラウアは嫌いだな。

 凛とは喧嘩になっちゃうし。奏は泣くし。

 全然体の痛みは引かないし。



〈フラウアは、たくさん人の命を奪った。私の仲間のことも。家族のことも。……大好きだったピョンちゃんのことも。……もううんざり。フラウアなんて、この世界から、私の前から、消えて無くなればいい〉



 フラウアの赤い花びらが、風に舞って縁側から入ってくる。

 鳥肌が立つような、ぞくぞくする感覚が身体中に走った。


 まだ予定の時間まで、2分くらいは残っていたはずなのに、何かが起きはじめている。


 大勢のリスナーが集まって、少しずつ、その意識が、一人一人は弱い、でもたくさんの願いが、一つになろうとしていた。




 だけど、終末の世界は続く。


 この日フラウアは、まだ僕たちの前から消え去ることはなかった。



 音を立て、家が揺れる。


 フラウアが舞い、悲しみが広がる。


 予定の時間を待たずに始まったのは、またしても大きな地震だった。

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