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【完結】終末の花と猫と百合  作者: くもくも
9章 偽りの姿
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9-1

 一つのドタバタが過ぎれば、またゆったりとした日常が流れるもの。

 これは世の真理である。


 遥も2日に一回は顔を出してくれて、もはや半同棲と言ってもいいような関係性になってきた。

 我が家のあまり使っていなかった部屋には、なにやら遥の着替えやお気に入りのクッションやらが、だんだんと積まれてきている。


 ラジオ放送に使う機材の電源確保の都合や、放送の準備は集中して行いたい、という遥本人の考えもあり、本拠地はまだ遥の家のままだが、僕らの家のほうがくつろげるらしく、徐々に自分のスペースを作っていってくれているようだ。 


 まるでウサギの巣作りか。

 


 カレンダーはもうだいぶ見ていないが、そろそろ5月くらいにはなったのだろう。

 お昼間は春の陽気が心地よく、今日も僕は縁側で、ソーラーパネルを広げながら、のんびり縄張りの猫たちと過ごしていた。


 ちょっと最近は猫の体にしては運動不足気味なのか、体がむずむずするような、イライラみたいなものを感じているくらい、のんびりしすぎた日常だ。



 気がかりは唯一、猫たちの間の情報で、このあたりでやはりクロ以外の大型化した猫の目撃情報が挙げられていることくらい。

 だいぶ前にクロが言っていたとおり、やはり三毛猫っぽい柄だったらしい。


 世界がこうなる前によく遊びにきていた、三毛猫のミケではないか、ともっぱらの噂だが、真偽を確かめるにも危険は伴うし、ボス猫のクロもとりあえず傍観の方針だ。

 


 今日は遥のラジオ放送のネタに、ということで、凛と奏は車を使い、ついにお風呂作りの材料探しに出かけていった。

 僕はお留守番だが、なんだかちょっと寂しい、というよりイライラしている。


 昨日は遥と共同で利用している畑に、小松菜の種を植えにいった。

 そういう近場での作業は僕も参加なのに、遠出の車デートみたいなのは、なぜかお留守番パターンが多い気がする。


 車を使うときは運転手の奏が必須として、そのお供はやっぱり凛か。

 あの腕力には勝てないし、仕方ないのはわかるけど、なんかもやもやする。



『ねーハチ様、聞いて下さいよお! クロ様ったら、私がまだ小さいからって言い訳して、交尾のお相手に選んで下さらないんです! あんなに大きな体なんですから、誰が相手でも同じだと思いませんか!?』


 縁側に不機嫌そうに飛びのってきたシロが、子猫らしからぬ、なかなかセンシティブな発言をはじめた。


「うーん、シロがもうちょっと大きくなってからじゃないと、クロも心配なんじゃないかな? 大切にしてくれてる証拠だよきっと」



 シロはうねうねと体を縁側にこすりつけながら、こちらにお腹を見せてくる。

 僕がそのたまらなくかわいらしい姿に辛抱たまらず、お腹を撫でまわしはじめると、すぐ嫌そうに猫キックで返された。


『私、フラウアの影響でかなり毛並みも良くなってたんですよ? こんなに綺麗な私がアピールしてるのに、クロ様はいじわるです。暖かくなってきて、せっかくの発情期なのに……。ハチ様はいっつもあの人間たちとイチャイチャしてて、うらやましいですよう』


 ああそうか、もうすっかり暖かくなって、猫たちにとっては大切な発情期だもんね。

 今のこの縄張りは、猫にとっても大変暮らしやすい、いい環境だろうし、きっと近々、小さな新しい仲間も生まれてくるのだろう。



『ハチ様は毎晩あの人間たちとお楽しみですけど、でもなんだかご不満みたいですね? まだ妊娠できていないのですか?』


 妊娠。いや、避妊はしているからそれはないけど。

 僕もこんな体である以上、将来は妊娠もありえるのか。


 奏に求められれば、まあ悪くは……いやでも僕は男だし。出産は相当痛いらしいし……。

 ていうか僕の子供も、もしかしたら猫耳が遺伝したり? それはちょっとかわいそうだな。



「あー……子供は、とりあえず今はできないようにしてるんだ。人間の赤ちゃんを育てるのは大変だからね。いつか世界の状況が落ち着いたら考えるよ」


 僕が終末の世を言い訳にお茶を濁していると、近くで毛繕いをしていた別のメス猫が、馬鹿にしたように欠伸をした。


『ハチちゃんは変なこと考えてるんだねぇ。うちら猫は、こんなときこそ、とりあえず孕んどけばいいと思うよぉ? 今は人間も少し減って、ちょうど暮らしやすい感じだしぃ? うちら猫のパラダイスじゃん?』


 猫としてはそうかもね?

 でもね、僕は半分人間なんだよね。


 若干ムッとしながらも、かわいらしい猫たちの姿に、少し心が休まるのを感じる。


 図らずも続く猫の生々しいガールズトークに、クロたちオス猫たちは、ちょっと距離を置いてくつろいでいた。




「ただいまー。ユウ、ちょっと凛を手伝ってあげて? わたしの車の後ろに、ドラム缶とか積んであるんだよ」


 帰ってくるなり奏は、早速僕にお仕事を与えてくれた。

 だけどちょっと不満だ。


 まずはただいまのキスとかさ。


 寂しかった僕になんかしてくれてもいいんじゃないかな。

 もやもやするなあ。


 自分は凛や遥とイチャイチャしてたんじゃないの?

 なんか、悔しいっていうか、イライラするなあ……。


 とりあえずざっと立ち上がり、車の方へ駆け寄る。

 僕がちょっと急な感じで動いたので、驚いてしまったのか、近くの猫たちがぴょんと跳ねて離れていった。



「お、ユウ。反対側を持ってくれるか。重さは問題ないが、この体勢だと前が見えん」


 一人でいかにも重そうなドラム缶を抱えている凛の反対側に回り、二人でドラム缶を庭の奥へ運んでいく。


 あーほら、やっぱり重いじゃん。

 そこはちゃんと僕基準で言ってもらえないと困るんだよなあ。



「……ん? どうしたユウ、変な顔して。奏となんかあったか? ……お、おい奏! 泣いて……ユウ、お前奏に何した!?」


 凛がドラム缶を急に手離し、あわや僕の足が潰されるところだった。

 なんだよ、とムッとして凛たちのほうを見ると……奏が泣いている。


 なんで?

 僕、何かした?




「猫女、アンタさあ、ここ数日ちょっとおかしいぴょん。こんな世界だからさあ、ストレス溜まってるんだと思うけど、それでも元は男なんでしょ? なさけない。まずはきちんと奏お姉様に謝りな?」


 少し遅れて車から降りてきた遥に、真剣なトーンで言われ、僕は居間で正座させられていた。


 頭のもやもやはもうすっかり冷めて、自分は何をしでかしてしまったんだろう……と冷や汗が止まらない。



「わ、わたしは大丈夫だから……ユウを怒らないであげて?」


 優しい奏はそう言うけれど、まだ目に涙が溢れている。

 僕は何がなんだかよくわかっていないまま、でもとにかく申し訳なくて、奏に必死に頭を下げる。



「なあユウ。あまり自覚がなかったのかも知れないが、最近お前は少しピリピリしすぎだ。とりあえず何日か、ゆっくり休んだほうがいい。ちょうどお風呂も……」


「そんなの、言われなくても僕ばっかり暇だしさ! ゆっくり休んでるよ! 別にすることもない……し……うう、ごめん、また嫌な言い方を……」


 気を使って心配そうな匂いをさせてきた凛に、僕の口からはとっさに暴言が出てしまった。


 もしかしてここ最近、僕はずっとこうだったのか?

 なんかしばらくずっと、もやもやイライラしていたような気がしなくもない。



「……自覚できてきたぴょん? 」


 遥がため息をつきながら、僕の頭を撫でてくれる。

 みんなの気遣いが、本当に身に染みる。

 申し訳ない。本当に申し訳ない。


「思えば、宗教団体のところに乗り込んだときも、ガラスが割れた窓から不用意に飛び込んできたり、普通のおっさんを突き飛ばしたり、普段の気弱なユウからすると、ちょっとおかしかったかもな? まあ、私も例のお香のせいで、たいがいおかしかったが」


 凛も続けて心配そうに言ってくるが、それは凛が暴れていたせいで……いや、僕も悪いな。

 だめだだめだ。

 本当にどうかしてるぞ僕。冷静に冷静に。



「……ごめんねユウ。わたしも、夜のアレではユウもけっこう積極的だし、元気だったから、わたしの気のせいなのかなって思っちゃってた。もっと早く、気にかけてあげるべきだったね」


 奏がしょんぼりした表情で言うから、どんどんと罪悪感がつのっていく。


 ああ、僕はなんてことを。


 きっとみんなにいっぱい冷たくしてしまっていたに違いない。

 嫌われちゃったかな……。

 いやだよ、みんなに捨てられるのはいやだ……。



『なんだなんだ、つがいの連中に囲まれて。浮気でもしたのか?』


 半泣きになっている僕を守るように、クロが居間に上がり込み、僕とみんなの間にぐいっと入りこんで、僕の目のあたりをペロペロと舐めてくれる。


「う、クロ……。いや、なんか僕、最近ちょっとイライラしてたみたいで……。みんなに嫌な態度とか、悪い言葉がでちゃったりとか……」


『ははは、それは当たり前だろう、ちょうど発情期だしな。さっさと妊娠すればいいさ。それで元のお前に戻る。それがメス猫の仕組みだろう』



 え?


 クロの言葉にどきりとして、僕はあわててスマホを取り出し、猫、発情期、のワードで検索を始めた。




「に、妊娠すれば、かあ……。いや、わたしも嬉しいよぉ? 避妊も、しないでいいならそりゃ、興味はあるしぃ……。でもさ、まだ心の準備が……ほら、まだわたしたち若いし?」


 優しい奏もさすがに苦笑い。


 どうやら僕は、発情期が来ていたらしい。春だから。



 検索結果をみんなに見せると、ああ、こんな感じこんな感じ、と笑われてしまった。


 以前からちょくちょく発情はしていたので、あれが全てかと思っていたが、どうやらこのイライラみたいなものを含めて、真の発情期というもののようである。



 自分では全く意識していなかったが、僕は最近よく暇な時間に、縁側でくねくねしていたりとか、料理の準備をしながら少し腰を振っていたりとか、怪しい行動を無意識にやっていたらしい。

 顔から火が出そうな話だ。


 解決法は、春を越えきるか、孕むか、の二択しかない。

 しかもまた翌年春が来れば、きっと同じ発情期がやってくる。

 絶望的。


「まあでも、案外子作りも悪くないかもな? 耐えられなくて妊娠しても、私が家族の長として、きちんと育ててやるさ」


 凛は明るく言うが、いつお前が家族の長に……いや、いかんいかん。冷静に冷静に。




「猫ってけっこう大変なんだね。あたしウサギで良かったぴょん。ウサギも生理はないし、そこはほんと最高だよね」


 凛と奏がドラム缶風呂作りをしている間、動物フレンドの遥が気を使って、僕にお茶を出してくれた。

 そういえばウサギって、年中発情期とか言うし、基本的には動物だから春には発情しそうだけど、何かそういう症状はないのだろうか?


「ん、あたし? いや特には……。夜はほら、お姉さまたちのおかげで満たされてるぴょん。こっちに来てない日は、思い出してちょっとムラムラ……ってばか、言わせるなぴょん」


 自分から言ってきたくせに、その小さい手でぺしゃりと頭を叩かれる。



 一応二人でスマホを開き、今度は、ウサギ、発情期、で検索してみた。


「へー、調べてなかったけど、ウサギも発情期は色々あるんだね。……うひゃひゃ! おしっこ撒き散らすとか、さすがにアイドルのあたしはやらないぴょん! ……え、偽妊娠? 巣作り……? え、あれ、んん?」


 遥はハッとしたように、自分のお腹に手を当て、そしてとなりの部屋にばらまかれた自分のクッションやら、まるで巣のようなスペースを見て固まった。




「なるほど……。真剣に考えてみたほうがいいのかもな。さすがに二人とも去勢するわけにはいかないだろうし」


 凛の口から出た、去勢、の言葉に、僕と遥はびくりとして顔を見合わせた。


 凛のお風呂作りは無事成功したらしく、焚き火の熱を利用して、水道の水を流しながら、繋がれた金属のホースで温め、それがドラム缶に注がれていくシステムが庭に完成している。


 遥はラジオのネタに、と写真をとったり、色々凛に質問していて、凛の方も鼻高々といった感じだった。


 焚き火は今回初めてだったが、なぜか遥が妙にやり方に詳しくて、うまく着火に成功した。

 木を削って火が付きやすくするなど、なかなかワイルドでかっこいいウサギさんだ。

 冬に向けて、僕たちもきちんと練習しておきたい。



 今は発情期の具体的な話を改めてみんなに説明しつつ庭に集まり、一番お風呂を楽しみにしていた奏が、トップバッターで入浴中である。


「あ、あのさ? 我慢出来なくなったら、わたしはいつでもオッケーだよ? 朝でもお昼でも、まだまだ元気いっぱいだし。……ねえごめん凛、ちょっとお湯が熱いかも。……いや、熱い! ねえダメダメ! 一回お湯止めてぇ! あちち!」


 エッチなことさえすれば僕らが満足する、と未だに勘違いしている奏が、湯気のたちのぼるドラム缶の中から悲鳴をあげた。

 三人の女をはべらしておいて、そこまで元気なのはお見事だが、世のモテない男性からの呪いがかかったのかもしれない。



 僕があわててホースをドラム缶から外し、凛は水道の水の量を調整に向かう。

 遥は焚き火の薪、というか崩れた我が家の天井の廃材をいじりながら、あわてふためく僕たちをみて、可笑しそうにしている。


 このお風呂は、焚き火の火力を調整するのは難易度が高いので、水道からの水の量を増やしたり減らしたりして温度を調整する仕組みらしいのだけど、今のままでは誰か助けてくれないと、ドラム缶の中でやけどしそうだ。


 これでも、ドラム缶を下から直接あぶる、昔ながらの方式よりは、だいぶ安全らしいのだが。


 入浴している人が自分で調整できるように、ちょっと改造したほうが良さそうかも。




「Vtuberでも、アイドルに妊娠なんて、絶対ご法度だぴょん。あたしは意地でも我慢するよ。この世界からフラウアを消し去るまでは、兎原ピョンとして頑張っていくつもりだし、子供の面倒はみれない。……だから巣作りくらいは大目に見て。……おしっこ撒き散らし始めたら、あたしのことは殺してくれていいから」


 遥は笑いながらちょっと恥ずかしそうに服を脱ぎ、奏が飛び出してきたあとのドラム缶に入っていく。

 僕も一緒に入れ、と手招きしてきてくれて、大変魅力的な提案だけど、僕は絶対に入らない。


 これまでの生活で、自分が水に弱いことにはとっくに気付いている。

 猫だもん。お風呂は苦手。当たり前。

 本当に汚れたときだけにさせてほしい。



「まああれだな、不満とかイライラは、すぐ私に相談すればいい。嫉妬してるユウはかわいいから、いつ見ても最高だしな。それにユウは、いつでも妊娠してかまわないだろうし」


「産めよ増やせよ地に満ちよ。わたしとユウの子供で、サッカーチームでも作ろうね」


 凛と奏は楽観的に笑って言うけれど、僕としてはなかなか勇気が必要な話だ。


 とりあえず、欲求不満だけはきちんと解消して、イチャイチャも不満も我慢しないで、みんなを傷つけることだけは避けていこう。


 発情期がなんだ。

 大好きなみんなにこれ以上嫌な思いをさせてたまるか。

 僕も元男として、今こそプライドを見せないとね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 発情期…いいですよね〜♪
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