8-6
「うわぁ、やばいやばい! フラウア人間まだ来てるよぉ!」
奏があわてながら、駐車していた車を勢いよくバックさせる。
車の動きにあわせて、道を作るようにフラウアを操っているらしく、滑らかに奏の車は発車できた。
サイドミラーを確認しながら、まだ真剣な表情の奏の姿に、ちょっとどきりとしてしまう。
運転する異性はかっこよく見える、みたいなやつだろうか。
引き締めた表情も相まって、改めて惚れなおしてしまった。
遠ざかっていくフラウア人間の姿を助手席の窓から確認し、ようやく一息つく。
さっきのお香の残り香か、冷めやらぬ興奮のせいか、少し頭がぼーっとするような感覚もあった。
「いやあ、楽しかったなあ! でもなんだ、私たちは、そもそも何をしに来てたんだったかな?」
後部座席に飛びこんでいた凛から、綺麗な声で脳筋丸出しの発言が。
「あたし宛ての殺害予告の調査だぴょん……。ん、あん! て、ていうかさ、んん、あんたちょっと、耳、触るのやめてくれぴょん……!」
凛と重なりあうような体勢で、お姫様だっこのまま車に押しこまれた遥が、何やらちょっとエッチな声をあげだした。
独特な声がその手のアニメみたいでぞくりとしてしまい、なんだなんだと後ろを見てみれば、その遥の顔は、やはり先ほどと同じく真っ赤だった。
いつものポーカーフェイスはどこにいったのか、凛の腕の中にまだ収まったままもじもじしている。
表情も初めて見る乙女感があって、なぜかその体を抱きしめたままの凛だけでなく、僕まで少しムラっとしてしまった。
「ち、ちょっとユウ!? おっぱいがわたしのひじに当たってるよぉ! わたし運転中なのに、あれがおっきくなっちゃうでしょ!?」
後部座席を盗み見ていた僕の体が奏にあたり、彼女もいやらしい表情になっている。
車内は誰もかれも、なんだかちょっと発情気味だ。
いつも匂いがわかりづらい遥すら、明らかにメスっぽい匂いをさせている。
あわせて僕の嗅覚に、凛の方から、さっきのお香の残り香が届く。
さっきのお香の……あ。
「か、換気換気ぃ! んうっ! 早く窓あけて! なんかみんなおかしいよ! はあっ、はあっ!」
運転中の奏になぜか片手で胸を触られながら、僕はあわてて窓をあける。
凛も続いて、後部座席の窓をあけてくれた。
「いやあ、なかなか効果がすごいみたいだな、こいつは」
ガタガタ揺れながら進む車の中、凛はその作業着のポケットから、ごそりと何かを取り出した。
そこにあったのは……火はもちろん消されているが、いまだにプンプンと匂いを放ち続けている、さっきの怪しいお香。
「な、なんでそんなもの持って帰ってきたのさ!? 捨てて! ほら、窓からポイって!」
僕があわててアピールするが、凛は笑ったまますっとそれをポケットに戻した。
「いやいや、大切な今回の戦利品だからなあ。これを捨てるなんてとんでもない」
凛は言いながら遥の頭を撫で続けているため、もう遥の瞳は色っぽくうるんできている。
たぶんお香の匂いも至近距離で嗅いでしまったことだろう。
「ね、ねえユウ? 後ろの二人のことはいいからさ、わたしの……ほら、これ、触って?」
運転中の奏まで、興奮したような息遣いで、僕の手をとり、自分のアレに当ててくる。
正気の沙汰ではない。
僕ももう、明らかに自分も体が熱くなっていて、いつもの発情モードになってしまっているのには自分で気が付いていた。
車が庭に着くなり、もつれあうようにして縁側から居間に入り、即座にお布団へ。
狂乱の宴は、そこから二、三時間は続いた。
「あたし、事務所の方針で、こういうの本当はNGだったんだぴょん……まあ、もう事務所自体が機能してないけどさ……」
シーツで今さら裸体を隠しながら、縁側に腰掛けた遥がため息をつく。
最近は遥にも懐いてきたシロがその足元にまとわりついて、遥は優しい表情でその頭を撫でた。
「嫌だったか……? 私は、嬉しかったんだがな」
本日、遥の一回戦のお相手を勤めた凛が、その引き締まった身体を隠しもせず遥に近づき、ほとんど強引に唇をうばう。
なんだこのイケメンムーヴは。
遥も全然抵抗していないどころか、腕を凛の首に絡めている様子を見て、僕もなんだか嬉しくなってしまった。
「凛お姉様……。嫌なわけ、ないですぴょん」
すっかり乙女な瞳の遥は、自分からも何度も求めるように、凛の唇に吸い付いていく。
「でもそろそろあたし、ラジオの準備があるから帰ります。……奏お姉様のことも、今度はちゃんと受け入れられるように、頑張りますぴょん」
こちらを振り返って媚を売る遥に、金髪呼びから大幅に格上げされた奏が、嬉しそうに立ち上がった。
「はぁ、遥ちゃんかわいすぎぃ……! またね、今日もラジオ必ず聞くから、頑張ってね!」
遥は体が小さく、奏の股関の帝王をあまりうまく受け入れられなかったのだが、それでもすでに奏も彼女にメロメロのようだ。
なんか僕のポジションが奪われていくような、一抹の不安も感じる……。
「まあそろそろ暗くなりそうだし、近所とはいえ私が送っていこう。ほら、口惜しいが服を着ようか」
凛に肩を抱かれ、遥がウサ耳をピクピクさせながら、畳に散らばった自分の服を拾い集めていく。
小さな体だけどさすがはアイドル。身体中何もかもが綺麗で、うっとりしてしまうくらいだ。
「今日はほんと久しぶりに、楽しい1日だったぴょん」
下着を身につけながら僕と目が合い、遥はどこか寂しそうな表情で笑った。
「あたしの家族、みんな地震で死んじゃったみたいでさ。飼ってた猫もいなくなっちゃったし。……寂しかったよ。毎日毎日、すごくさ」
遥のウサ耳は垂れ下がり、他のみんなのように僕の嗅覚で感情が読み取れなくたって、しんみりしていることはよくわかる。
「Vtuberの仲間とはもう連絡もつかないし、事務所もそんな感じで、最近は自分が一人ぼっちみたいに感じてたぴょん。……正直、けっこうつらくてさ。だから、今日は嬉しかったよ」
「またすぐ連絡するよ。ていうか、迎えにいくから、また明日もここに帰っておいで」
僕の言葉に彼女はニッコリ笑い、でもすぐに目を反らして服を綺麗に整えていった。
「帰っておいで、か。……ふふ、ありがとね。少しでも幸せな明日、だっけ? アンタがさっき叫んでたの、ほんとにかっこよかったよ」
ふわりと自分のキラキラした髪をなびかせて、彼女は凛の手をとり、そしてもう一度僕のほうに振り向いた。
「アンタたちとの今日が、私の心を救ってくれた。だからまたこれから、私がファンのみんなの心も、この世界も、きっと救ってみせるよ。……ありがとね、かわいい猫ちゃん」
その日のラジオ放送をみんなで待つ間、縄張りの猫たちに餌を提供していると、遥を送って帰ってきた凛が、居間にしずしずと正座させられているのが見えた。
「で、凛はさあ、何か言い訳はあるよねぇ?」
「な、何がだ? 今日は私、けっこう頑張ってたと思うんだが?」
ダン、と奏が畳を強く踏みしめる音がする。
僕は触らぬ神にたたりなし、とばかりに、庭から聞こえてくる、カリカリと餌をかじる音に集中しながら、横に寄り添ってきたシロの頭を撫でていた。
「おしり。こっちに向けて。ズボン脱いで。……早く」
人が変わったような奏の冷たい声に、凛も大人しく従っているのか、後ろからズボンが脱ぎすてられる音がした。
「お、おい奏、私、まだ生理が完全には終わってなく……う、あああ!」
僕はすっと耳の向きをかえ、スマホで遥のラジオのチャンネルに合わせた。
そろそろ始まるな。いやあ、楽しみだなあ。
「か な で さ ま! でしょ! 今日は危ないことばっかりして! 危ないお香も、後でちゃんと捨てるからね! 遥ちゃんのことも、いきなりさあ! 浮気じゃないのあれ!」
「いや、遥のことはお前だって……ひ、あああ!」
「か な で さ ま! もういい! 凛のお馬鹿が治るまで、いっぱいわからせてあげるから!」
絶望的な会話と悲鳴からなるべく耳を反らし、スマホから流れはじめた、遥のラジオの音声に集中する。
確かに今日の凛はちょっとやりすぎだったし、浮気感があったのも否定できない。
何よりここ数日は毎晩の営みから、生理を言い訳に僕を助けてくれなかった、という深い恨みがある。
猫のメスにはそもそも生理という体の仕組みがないので、僕には休憩日がないのだ。
許してくれ凛。
今日こそは僕、ラジオでも聞きながらのんびり寝たい。
といいつつ、ちょっとムラムラする自分もいるけれど、今日は眠気の方が勝りそうだ。
ちょうどのしのしと歩いてきたクロを近くにはべらせつつ、体を丸めて目を瞑る。
春の夜はもうだいぶ暖かくなってきていて、すぐに眠気もやってきた。
遥のラジオではいつも通り、独特な声で生歌が流され、フリートークでは彼女の明るい話が続く。
〈でさ、ここ最近あたし、いいことがあったんだあ! あのね、こんな世界でも、新しく大切な仲間ができたよ。女の子ね、女の子三人。ふふ、男じゃねえぴょん。それ事務所NGだからさ。うひゃひゃ!〉
8章は以上です。
次章からは結末に向け、物語が大きく動いていきます。
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