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【完結】終末の花と猫と百合  作者: くもくも
8章 人の心を救うもの
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8-5

 全力の猫ジャンプで、思ったより高かった窓から一気に突入する。

 作業着のズボンが割れたガラスにちょっと引っ掛かるような感触があって、一瞬どきりとしたが、部屋の中の大惨事が見えた瞬間、そんなことは頭から吹き飛んだ。


 半裸のおじさんの胸ぐらを掴み、拳を振り上げている凛。

 部屋の隅に逃げ込み、悲鳴をあげている全裸の男女が複数。

 部屋中にバラバラになった机やら椅子やらの破片が散らばり、混沌とした状況だ。


 部屋は割れた窓以外、薄暗く隠されていて、中からはお香か何かの、鼻につく気持ちの悪い匂いと、男女の性的なあれこれの匂いがした。



「凛! ストーップ!!」


 部屋に飛びこんできた僕に気づくなり、凛はパアッと表情を明るくし、掴んでいたおじさんを思い切り投げ飛ばした。


 なんということでしょう。全然ストップしていない。


「ユウ、来てくれたか! ははは、見ろこいつら、典型的カルトだぞ! 危ない薬か何か使ってるようでな、最低の連中だ! いくらでもぶんなぐっていいぞ!」


 いや、その理屈はおかしい。


 向こうはウサギハラのラジオ放送にも暴力的な対応はしないと言っているのに、こちらは思いっきり暴力で対応とは。


 もしかしたら凛は、このお香の匂いで、ちょっとハイになってしまっているんじゃないか?


 僕もこの匂い、何か頭がぼーっとしていくような嫌な感覚がある。

 一応作業着の袖で自分の鼻と口を覆い、匂いをなるべく嗅がないようにした。



 次の瞬間、後ろのドアが勢いよく開き、音を聞き付けて飛び込んできたのであろう別のおじさんたちが、中の惨状に悲鳴をあげた。


「なんの音で……ひぃっ! な、裸? なんだこれは、キミ……うわあぁっ!? 猫? 猫耳!? バケモノの仲間か!?」


 僕を見てさらに悲鳴をあげたおじさんにちょっと、いやかなりムッとして、ドンと突き飛ばしたところ、思ったより力の入ったその猫パワーで、おじさんは部屋の外へすっ転んでいった。



「ふふ、やるなユウ。よし、全員ここに来て並べ! 順番にげんこつをくれてやろう!」


 ハイテンションすぎる凛の言葉に、さらに怯えた人たちの悲鳴が続く。


 ドタドタと足音が続き、扉からは悲鳴に気付いた人たちが大勢部屋に入ってきだした。


 ああもう、めちゃくちゃだ。



「凛! もういいから! 早く撤収しよ……」


 言いかけたとたん、割れた窓から、フラウアの花びらがたくさん舞い込んでくるのが見えた。


 赤黒い花と、フラウアの茎が尋常ではない速度で伸びて、窓から部屋の中に入りこんでくる。



『凛、ユウ! そのフラウアに掴まって! わたしが引き上げるよ!』


 インカムから聞こえる奏の声。


 ナイスタイミングだ。

 僕は何の役にも立たなかったが、奏のこれは本当に助かる。



 凛の方に目をやると、辺りの男性に蹴りを入れつつ、何やら近くのものを自分の作業着のポケットに回収していた。


 まるでジャイ◯ンだ。


『アンタたち、早くしな! 外はなんかフラウア人間が寄ってきてるんだって! 早く戻ってあたしを守れぴょん!』


 ほら、声が大きいからそうなるんだよ!

 遥の言葉に、凛はようやく理性を取り戻したのか、しぶしぶといった表情で僕とフラウアの元に駆けよってくる。


 大勢のカルト信者たちのざわめきの中、僕と凛の体にフラウアの茎が絡みついた。



「うわ、なんだあいつ、猫耳!? おっぱいでかいな、エロ……」


 わりと近くにいた男性の、ちょっとイラっとする言葉が耳に入ってしまい、こいつも突き飛ばしてやろうかと、そちらに注意を向ける。


 でも、それがいけなかった。



 遥と奏が外から、不思議パワーでフラウアをぐっと引き上げてくれたようなのだが、僕は思い切り体勢を崩してしまい、ズボンのところに絡まってきたフラウアに引っ張られ、お尻が丸出しになった。


 たぶん、この部屋に突入してきたとき、ズボンにガラスが引っ掛かっていたから、少し元から破れてしまっていたのだろう。



 やばい! と両手でお尻を隠す姿勢で、もがいたまま引き上げられた結果、ガツンと体が窓枠にぶつかり、完全につっかえてしまう。


 ちょっとニュアンスの変わったざわめきに、僕が赤面していると、さらにそこへ引き上げられた凛の体がドンと空中で重なり、さらにざわめきが広がった。


「お、おいユウ! なに挟まってる!? 早く出てくれ、これフラウアの茎が食い込んで、けっこう痛いんだが!?」


 凛の言葉に、僕もあわてふためき体勢を変えようともがくが、さらにフラウアが絡まってしまい、もうお尻どころかおへそまで丸出しだ。

 体が、顔が、熱い。大恥だ。



 なんでこんなことに……と泣きそうになっていると、あたりの信者たちが、急に静まりかえっていることに気がついた。


 すいません、僕みたいな元男の汚ならしい裸をお見せしてしまって、本当にすみません……。

 と涙がこぼれたが、次の言葉でようやく状況に気付いた。


「十字架……奇跡だ。……救世主様、救世主様だ!」



 横向きに窓につっかえた僕と、そこに直立した体勢のままぶつかった凛。

 僕たちの体は見事にクロスしたまま、フラウアによって彩られ、あまりにもいかがわしい、淫靡な十字架みたいな様相になっていたのである。



 救世主様! 奇跡! フラウアがまた神の奇跡を!



 危ない連中が目を輝かせてこちらを見ている。危ないお香の効果もあるのだろうが、ちょっと本当に勘弁して欲しい。


 凛はそんな状態に、抑えきれないように大声で笑った。


「ははは! そうだ、私こそが救世主! お前たち大馬鹿者どもに、私がいいことを教えてやろう!」


 凛の豪快な笑いに、あたりの信者たちがしんと静まりかえる。



 しかし、凛からは何も続く言葉がない。

 何か焦っているような雰囲気の匂いすらする。


 ……まさか。ノリで言ってみただけで、何の考えもないのか……?

 もう、いい加減にしてよ!



「……あの、皆さん! 急に部屋をめちゃくちゃにしたり、暴力とか、本当にごめんなさい! でもあの、これだけは聞いて下さい!」


 凛のお馬鹿さ加減に気付いた僕は、せめて何か言わねばと、焦って言葉を続けた。

 お尻丸出しで叫ぶ自分が情けなくて、本当につらい。


 凛は後で絶対、お説教だからな。



 今言うべきこと。

 この宗教に考えを捕らわれた人たちに、せめて何か言うことがあるとすれば。


 遥がいつかくれた言葉が、ふいに頭に浮かんだ。


「……この世界に、絶望しないで下さい! 悲しいことも、苦しいことも、きっといっぱいあるけど、でも、皆さんはこれだけたくさんの仲間がいるじゃないですか!」


『いいぞ猫女! もっと言えぴょん!』


 フラウアが絡まり、耳からずれかけたインカムから、遥の嬉しそうな声が聞こえる。



 辺りの信者たちが、僕の言葉に耳を向けてくれていることも、ざわめきでわかった。

 何か続けて言わなければ。


「危ないお薬も、エッチな儀式も、本当は良くないと思います! でも、無理やりは絶対ダメだけど、本人たちが満足してるなら、別にどんなことだっていいですから! それよりも、周りの人を大切にして、毎日少しずつでも、幸せなこととか、楽しいことを見つけて下さい!」


『ユウ、いいこと言ってるじゃん! かっこいいよ、猫の救世主様!』


 奏もなんだかノリノリな声だ。

 僕もちょっと嬉しくなりそうで……いや、やっぱり恥ずかしいから、もう勘弁して欲しい。


 しかもよく考えてみれば、僕は猫ジャンプで窓から簡単に出られたはずなのに。

 せめてこの絡まったフラウアを外して欲しいよ。



「フラウアと神様の意思なんて、何の関係もないんです! フラウアはみんなの、人間の願いを叶えているだけだから。だから、幸せな明日を祈って下さい! 絶望に負けないで、終末を望まないで、少しでも幸せな明日を!」


「ふはは! そうだ、そういうことだ! そして私こそが救世主……うおっ!」


 凛が急に割り込んで、またろくでもないことを言いかけたとたん、ぐいっと引っ張られたフラウアの動きで、僕の体はようやく窓枠から抜けた。

 


 周りの信者たちのざわめきを背に、窓枠に残る割れたガラスでさらに作業着を破きながら、体が外にすぽっと飛びだす。


 続けて凛がするりと窓から抜けだし、いかにも楽しそうな笑顔のまま、ばんざいした姿で宙に浮いていた。


「おかえりなさい二人とも! ひゃあ! ユウ、ほとんど裸じゃん!」


 フラウアを操りながら、奏が僕の姿を見てちょっと顔を赤くする。

 僕の作業着のズボンはほぼ完全に脱げ、上着もビリビリに破け、なかなかセンシティブな姿になってしまっていた。


 何も役に立たなかった上にこのざまである。



「やばいやばい! フラウア人間が増えてきてるぴょん! さすがに騒ぎすぎたぁ!」


 あわてる遥のすぐ近くには、フラウアで縛られたような状態の、目や口から赤黒い花が飛びだしフラウアに寄生された人間が、三体も集まってしまっている。


 遥がフラウアを操って動きを封じているようだが、すでに周りからは他にも何体か、同じフラウア人間の匂いが近づいてきていた。



 地上に下ろされ、体中に絡まっていたフラウアの茎がするりと外れた瞬間、僕は爪に力を込めて飛びだし、全力で遥のそばのフラウア人間の首をちぎり飛ばした。


 ほぼ同時に横から凛が飛びだし、回し蹴りで残り二体のフラウア人間を順番に吹き飛ばす。

 五メートル以上は激しく飛んでいったそのフラウア人間の姿に、さっきまでの生きた人間相手には、凛がちゃんと手加減していたことだけはよくわかった。



「ふふ、エージェント凛、ただいま帰還だ。なかなか楽しい催しだったな。……さ、急いで撤収するか!」


 凛が爽やかに笑いつつ、何を思ってか、遥の体をぐいっと持ち上げ、お姫様だっこの状態にする。


 遥は抱え上げられたまま、驚いた表情で凛をキッと睨み付けたが、目の前にあるその無邪気で、しかもめちゃくちゃにイキイキした表情を見てしまったのだろう。

 彼女は急に顔を赤くして、ウサ耳をしなしなと垂れ下がらせた。

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