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【完結】終末の花と猫と百合  作者: くもくも
1章 終末の始まり
3/47

1-3

◇◇◇◇◇


 私はこの人間のことを愛している。



 年老いた人間のメスに拾われたとき、私は人間というものを決して好きではなかった。


 人間は、たまに食べものをよこしてくれるやつもいるが、大抵はクズだ。

 道路ではいつもでかい鉄の塊をすごい速さで動かしていて、私の仲間も何人かそれで殺された。


 私たち猫をしつこく追い回してくる連中もいる。

 捕まった兄弟たちは、未だに行方も知れない。



 怪我をして弱った私は、そのまま死を覚悟していたが、年老いた人間のメスが私を拾いあげ、食べものや水を与えてくれ、暖かく安全な寝床を得たおかげで、なんとか生き長らえることができた。


 この人間は、そんな私のことを、ずっと近くで見ていた。



 最初、私はこの人間のことがあまり好きではなかった。


 メスのような見た目をしているくせに、匂いや声はオスのものだ。

 私の方をいつも少し笑いながら見ていて、何を考えているのかわからない。


 年老いた人間のメスは死ぬ直前、私になにかぼそぼそと話していたようだった。


 私に人間の言葉はわからない。

 だけど、不思議と意味は分かった。


 あの人間の、メスみたいな顔のオスと、仲良くすること。



 人間のことはよくわからない。

 よく私の縄張りまで遊びにくる仲間たちに聞いても、誰もピンとくることは教えてくれない。


 あの人間は、私にハチという名前をくれた。

 食べものや水を毎日きちんと与えてくれるから、信頼できることは確かだ。


 あの人間を見ていると、無性にそばにいたくなる。

 あの人間の匂いを嗅ぐと、無性に撫でて欲しくなる。

 みっともない赤い首輪を無理やり付けられても、その気持ちが変わることはなかった。



 近所の仲間たちのリーダーであるクロが、ある日私に言った。


『それは、愛というものかもしれない。俺たちが子作りの際に感じるような想いを、飼い猫は人間に対しても感じることがあるらしい。相手が大切で、大事にしたいという想いを、人間は愛と呼んでいるそうだ』


 その言葉は、すんなりと私の心に入ってきた。


 私は、この人間を、愛しているのだ。


 クロやシロ、仲間たちのことはすごく大事だ。

 だが今は、この人間のことが、私には一番大切で大事だ。



 この人間の周りには、よく二匹の人間のメスがやってくる。

 ハーレムを形成しているということはこの人間、人間の中ではなかなか優秀なのかもしれない。

 私の仲間たちも、こいつには懐くものが多いようだった。

 リーダーのクロも、まだ小さなシロも、こいつをいくらか愛しているのかもしれなかった。



 嫌な色の花が増えて以来、体調を崩す仲間が多い。

 そいつらは、花から妙な匂いがすると言っているが、私にはよくわからない。


 この人間も、どうやら同じように具合が悪そうだ。

 よくこの家に来る人間のメスのうち一匹も、少し具合が悪そうな匂いがしたが、それを隠して私の縄張りから花を片付けてくれた。


 そして今日はそいつが、クロと私におやつもくれている。

 この人間も、悪いやつではない。


 もう一匹の人間のメスは、私と同じで、全くこの花の匂いを感じていないようだったが。



 この花のことは、なんとなくわかる。


 体調を崩しているやつらは、自分の何かに満ち足りていない。

 自分自身を変えたいと、過ぎた願いをもつ奴らが、私たちの仲間も人間も、花の影響を強く受けて体調を崩している。


 クロは、縄張りを維持し、近くの仲間たちを守るため、もっと強くなりたい、と願っている。


 シロは、この人間や私ともっと仲良くなるため、もっと美しくなりたいと願っていた。


 クロはいつも通り気丈に振る舞っているが、体調が悪いのは明らかだった。シロは自分の住みかに隠れ、少しでも体力を温存していると聞いた。



 この人間も、とても具合が悪そうだ。

 だけど一体何を望んでいるのだろう。


 お前は、今のままのお前で良いのに。

 私のように満ち足りていれば、花の匂いに苦しむことはない。



 地震が起きることは、数分前には気づいていた。

 クロと一緒にこの人間たちに呼び掛けてみたが、通じるはずもない。


 クロには、先に逃げて、シロたちのようなまだ小さな仲間を助けるように伝えた。


 私には、たとえ地震でこの命を失うとしても、この人間を見捨てて逃げることはできない。



 この人間は、崩壊する家の瓦礫から私を守ろうとしていたようだった。

 だが結果的に、私は瓦礫の落下により、足と胸に強い衝撃を受けた。強い痛みはほんの短い時間で、すぐに痛みの感覚すら失った。


 人間程度には、できないことも多い。仕方がないことだ。


 私は、もう死ぬだろう。



 だけど、ただこの人間のことが気がかりだった。

 この人間からも、濃い血の匂いが、命が離れていく匂いがする。


 胸のあたりを痛めた私は、それを見てももう鳴き声を上げることすらできなかった。



 自分もひどい怪我をしているはずなのに、この人間は、他の人間のメスを抱えたまま、私のことも担ぎ上げ、どこかへ歩いていく。

 血の匂いは、濃くなっている。


 私に構う必要はない。自分の心配をするべきだ。

 そう考える一方で、自分の死に場所がこの人間の腕の中であることを、幸せに感じてもいた。


 私は、愛という言葉の意味を、より深く理解できたように思った。

 最近は少し気に入ってきていた赤い首輪が、この人間の血で汚れていくことも、どこか嬉しく感じてしまうほどだ。



 少し歩いてから、花びらが舞う中で、この人間は急に倒れ、動かなくなってしまった。

 弱々しい、死の匂いがする。


 私と共に死ぬことは、こいつにとって幸せなことだろうか。

 私は充分に幸せだ。

 だが私には、この人間がそれを望んでいるとは思えなかった。


 この人間は、倒れてもなお、私を守ろうとしている。

 私と後ろに背負った人間を、どうにか助けようとしている。


 自分の命に代えてでも。


 馬鹿な人間だ。生き物なら誰しも、自分が助かることを一番に考えるはずなのに。



 その瞬間、急に花の匂いが忌々しく感じだした。

 むせかえるような匂いで肺が犯される。

 なるほど、みんなが体調を崩しているのは、この匂いのせいか。



 私もきっと、一緒にいるうちに、この人間の馬鹿がうつってしまったのだろう。


 最期に、一つだけ願いができてしまった。

 だから急に、こんな花の悪臭を感じてしまったのだ。

 だけどもういい。どうせすぐに、私は呼吸もできなくなる。



〈花よ、この人間を生かしてくれ。私のこの体も、残り少ない命も、全て捧げるから。〉



 この人間は、倒れて動かなくなった今も、私の体を離そうとはしない。

 私は幸せだった。



 私は、この人間を、心の底から愛している。




◇◇◇◇◇



……今のは、何だろう。


 夢を見ていた。

 夢の中で僕は、ハチになっていた。


 願望が見せた夢だろうか。

 ハチがそれくらい、僕のことを愛してくれていたら、と。


 だけど、ハチが死ぬところは、ちょっと縁起が悪すぎる夢だな。



「32番の患者さん、意識が戻ったみたいです!」


 夢から覚めると、看護婦が僕を見て叫んでいた。


 駆け寄って来た人は医者のようだ。

 ペンライトを僕の目にかざしてきて、すごくまぶしい。



 瞬間、目覚める前の出来事が頭に戻ってくる。



 地震。 フラウア。 血の赤色。 赤黒い花びら。



「ハチは!? 奏は!? ハチワレの猫と、金髪の女の子です、無事ですか!?」


 怪我のせいか、自分の声がだいぶおかしいように聞こえた。

 高い、ハチが鳴くときのような綺麗すぎる声だった。



 起き上がると、自分が医者だけでなく、銃を持った男性二人にも囲まれているのが見えた。


 男性たちからはなにか、嫌な感じの匂いがする。


 ……一体、なんだこれは。



「落ち着いて下さい。あなたが言う方々に、心あたりはあります。ですがまず、あなたのお名前を教えてください」


 男性たちはなぜか僕に、映画でしか見たことが無いような大きな銃を向け続けていた。

 まるで犯罪者か、危険な獣でも見ているかのような、どこか怯えた目で。


「僕は、林田ユウです。ペットのハチワレ猫と、金髪の女の子を抱えて、市立病院を目指していたはずです」


 自分の声は、違和感のある高い声のままだった。


 医者は、僕の顔や体をしげしげと眺めたあと、手元のボードに何やら書き込んで、そして銃を持った二人の男性に言った。


「……やはり、この方は検査の通り人間です。急性フラウアアレルギーと診断します。……もう、警戒をといて頂いて結構。退室して下さい」


 銃を持った男性たちは、厳しい目をしたまま部屋を出ていく。

 一体、何だっていうんだ。



「……林田ユウさん。あなたが言う、奏さんという名前の女性は、となりの病室にいます。止血が適切で、早期にこの病院に来ることができたので命に別状はなく、二日前には意識が戻り、ご友人と一緒にあなたを探していました。……あなたが、ここまで彼女を運んで下さったおかげです」


 良かった。

 最後の方はもう何も覚えていないけど、僕は、なんとかやり遂げたらしい。


 友人とはおそらく凛のことだろう。あいつもやっぱり来てくれたんだ。



「猫にも、心あたりはあります。……いいですか、落ちついて、この鏡を見て下さい」


 鏡?


 そんな場合じゃない。

 医者のもったいぶった言い方に苛立ちが募る。


 ハチは無事なのか? ちゃんと、治療はしてもらえたのか?


「すいませんが、まずハチに会わせて下さい。鏡なんて……」



 心臓が、止まるかと思った。


 こちらに向けられた鏡には、猫耳の美少女が写っていた。

 黒髪に、色白な肌の美少女。

 まるで、ハチワレの猫を人間にした姿だった。


 その頭の上で、ファンタジーみたいな黒いふわふわの猫耳が、ピクピクと動いている。


 いつの間にやら着せられていた入院着の胸には、その体が明らかに女性のものであることを示す、たわわな膨らみが主張していた。

 

 鏡を見つめる瞳は、あのハチと同じように、ビー玉みたいに好き通っている。


 僕?

 この猫耳の女の子が、僕だっていうのか?


 いや、そもそもどうして、どうして僕はまだ生きている? あの脇腹の傷がなぜ無くなっている? 



「あなたがこの病院に来た際に、左手で抱えていらっしゃったのがこちらです。……どうか、お気を落とさずに」


 医者がベッドの下から取り出した段ボールには、ハチが着けていたはずの赤い首輪が入っていた。


 そして、不自然なほどに綺麗すぎる、猫の白骨が入っていたのだった。

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