8-1
「「昨日はセンシティブなものをお見せしてしまい、大変申し訳ございませんでした」」
翌朝現れた遥に、僕と凛は深くお詫びすることになった。
彼女も特に怒ってはいなかったようで、ニヤニヤしながらどっしりと縁側に腰を下ろす。
「ま、昨日は急に来たあたしも悪かったぴょん。……一応聞くけど、あの金髪のヤバいやつに、変なお薬使われてるわけじゃないんだよね? あたし、そういうのは絶対許さないからさ」
遥のウサ耳は、まだ姿を見せない奏を警戒し、くるくると辺りに向けられている。
「はじめまして、遥さん。ユウの彼女、いや妻の奏です。……画像では見たことあったけど、ウサ耳すごいかわいいね! ねえ、遥ちゃんって呼んでもいいかな?」
飲み物を運んできてくれた奏は、背の低い遥を見たとたん、小さい子どもが相手かのように優しい声になり、かがんでわざわざ遥に目の高さを合わせに行った。
「な、いきなり慣れ慣れしいぴょん! もしかして、あたしのことまで狙ってんの!? おいしくないよ、あたしおいしくないから、この猫女たちだけにしとくぴょん!」
遥は奏の金髪が目に入るなり、小動物的に僕の背中に隠れ、ウサ耳をしなしなと垂れ下がらせた。
よい反応です。うちの奏はかなりの危険人物ですよ。
ちゃぶ台を四人で囲み、奏が用意してくれた食事をとる。
最初はちょっと警戒していた遥も、しばらく食べ進むうちに、すっかりそのウサ耳をピンとはねあげていた。
「うまー! こんなまともなごはん、久しぶりだぴょん!」
白米にお味噌汁、缶詰めの鳥肉が入った野菜炒め。
そりゃあこんなもの、日本人ならおいしいとしか言いようがないだろう。
凛もそのキリッとした表情を崩して黙々と食べつつ、遥のウサ耳をチラチラ覗き見て、なんだか嬉しそうな匂いをさせている。
案外かわいらしいものが好きな凛らしい反応だ。
「で、ちょっと猫女……っていうか、アンタたちに協力して欲しいことがあるんだぴょん」
食後、お茶を飲んで落ち着きながら、遥が切り出した。
ソーラーパネルをもらった以上、こちらもできることならなるべく助けてあげたい、というのは奏と凛とも事前に相談済みだ。
だけどさっきから、僕のことを猫女って呼ぶのはちょっとひどくないですかね。
「アンタたち、最近変な宗教団体が勧誘やってるの、知ってるぴょん?」
病院を出るときに見た変なおじさんの宗教勧誘のことだろうか?
確か遥も、ネットラジオで勧誘に気をつけろとか、そんな感じのことを言っていたような記憶がぼんやりとある。
「あー! 見た見た! なんか、今生き延びている人とかは、神様に選ばれた人間だー、みたいなこと言ってたっけ? あいつユウのことバケモノ扱いしてきたし、ひっぱたいてやろうかと思ったよ!」
カルト宗教が大嫌いな奏は、未だに病院で起きたことを許していないようで。
自分は首から十字架のネックレスをいつも着けているくせに、よその怪しい宗教にはやたらと厳しい。
「ああ、このあたりだと、駅前の方にそいつらの集会所、というか避難所があるみたいだぞ。前にこの辺りを走り回って調べていたときに、自衛隊に聞いたんだったかな」
凛はすでに遥への警戒、というかよそ行きモードをやめて、すっかりだらしなく畳に寝転がって続けた。
「知ってるなら話は早いぴょん。それでアンタたちへのお願いなんだけどさ、ちょっとそいつらの避難所に、潜入調査してもらえないかと思って」
遥の話をまとめると、こうだ。
例の怪しい宗教は、今ネットでも色々噂になっているらしいが、世界がフラウアの影響で崩壊して以来、かなり勢力を増してきているようで。
僕らも先日見かけた通り、なかなか胡散臭い教義を垂れ流していたし、そういうのが気に入らない遥は、アイドルであるウサギハラとしての発言力を生かし、ネットラジオで何度もその宗教をこき下ろしてきた。
するとここしばらく、ネットラジオ関係の掲示板に、物騒にもウサギハラ宛ての殺害予告的なものが上げられ続けている。
神のご意志だとか、聖戦だとかのいかにも怪しい理由付きで。
スマホでその掲示板を見せてくれたが、なるほどこれは、なかなかサイコパスな連中のようだ。
遥がこのあたりに住んでいたことを、僕らや自衛隊が認知していた以上、その怪しい宗教のやつらにもバレている可能性は否定できない。
そこで内部に潜入し、そのあたりのことを調査してきて欲しい、というのが彼女からの依頼だった。
なお、さりげなく自分がネットラジオのウサギハラ本人であることも明かしてくれている。
もちろんみんなわかっていたけれど、ちょっとリアクションが難しい。
「場所さえ分かったら、その集会所ごと全員燃やしてやろうかとも考えたんだぴょん。でもあたしのファンにも、心が弱い子たちはいるし。宗教ってもの自体は、悪いもんでもないだろうから、なるべく穏便にと思ってね」
相手方の宗教団体以上に過激なことを口にしつつ、遥はこちらに近づいて、僕の猫耳をわしっと掴む。
「といっても、あたしが直接行くわけにはいかないし、いくら強くてもこの猫女じゃ目立ちすぎるぴょん。……ねえ金髪。アンタこの前、フラウアを操ってたでしょ? アンタなら危なくなっても、その力で軽く逃げ出せるんじゃないかと思ってさ」
急に予想外なことを言われ、金髪こと奏は明らかにうろたえていた。
お茶をこぼしてかわいらしくあわあわしている。
「えっわたし!? まあフラウアは好きに動かせるみたいだけど、そういう危ないの、あんまり得意じゃないよ!?」
まあ奏は病院でもがっつり宗教勧誘のおじさんに喧嘩を売っていたし、顔を覚えられてしまっている可能性も十分にある。
そうなるとやはり頼れるのはあのお方。
「まあまあ、そういうことなら私に任せておけ。危なくなったらこう、何人かぶん殴っておけばなんとかなるだろう」
自分のげんこつに対する圧倒的な自信。
やはりこういうときは凛しかいないね。
「え、あんたそんな綺麗な顔しといて、大丈夫ぴょん? カルトのやつらなんて、美女と見たらすぐスケベな儀式みたいなの始めるって、相場が決まってるんだぴょん」
久々に自分をか弱い美少女扱いされて、凛は声を出して笑った。
そして起き上がると、ちょうど横にあった、新しい武器の鉄パイプを手にとり、ぐっとそれを握りしめてみせる。
凛が手を緩めた時には、その持ち手はぺちゃんこに潰れており、そして鉄パイプはそこからポッキリとへし折れて畳に転がった。
まじかよ、ゴリラより握力強くなってるんじゃないか?
遥もその凄まじい光景に、動きを止めたままごくりと唾を飲み込む。
「ふふ、この鉄パイプより首の骨が頑丈なやつがいるなら、片手でポキッとへし折るのは厳しいかもしれないがな?」
この終末の世界においては、まさに力こそパワー。
ただ、せっかく回収してきたおニューの武器をまたダメにしてしまったのは、おばかさんとしか言いようがない。
「まあ最悪、何も情報を聞き出せなかったら、偉そうなやつを何人か拉致してしまえばいいだろう。拷問しても口を割らなければ、奏のマジカルチ○チ○でお仕置きしてやればいいさ」
過激すぎる凛の作戦だが、拉致は案外正解かも。
もちろん倫理的にはひどすぎる考えではあるけど。
「や、やだよわたし! 相手は絶対汚いおじさんだよ? そんなやつ相手に、わたしのアレがおっきくなるわけないじゃん! 冗談でもひどすぎるよぉ!」
奏も自分のアレのマジカルっぷりには自信があるようだが、さすがに全身で拒否感をアピールしてくる。
まあ僕だってそんな悲惨な拷問方法は見たくない。
というか、愛する奏のアレを、僕と凛以外に使わせてなるものか。
「でも今さらだけど、遥はなんでそこまでその宗教と対立するのさ。わざわざネットラジオで非難しなきゃ良かったんじゃ……」
日和見主義の僕としては、何事も穏便にことをおさめ、他人を下手に刺激しないのが理想的だと思うのだけど。
「調べたんだけどね。あいつらの考え方は、世界を滅ぼしかねないから」
遥は薄く笑顔を浮かべたまま、どこか遠くを見ているような、冷たい瞳で僕を見た。
「昨日も地震があったでしょ? 気付いてるかもしれないけど、最近の地震は全部、人間の願いが引き起こしてるんだ……ぴょん。あいつらは世界の破滅を、むしろ好ましいことみたいに考えてるから。もし世界のみんながそんな考えになったら、世界は今度こそ終わってしまう」
遥は縁側に近づいてきた猫にくんくん匂いを嗅がれつつ、少し目を伏せる。
「人口は減ったのに、それでも地震が続いてしまうくらい、今の世界に生き残った人たちの絶望が広がってきてる。……あたしがネットラジオで元気付けられる人数なんて、たかが知れてるしね」
こんな世界で、遥がネットラジオを行っていることの凄さを、改めて感じる。
彼女はラジオの放送を通じて、リスナーを元気づけ、世界の崩壊を食い止めようとしているというわけか。
この人こそ、本物のヒーローだ。
どうしてそこまで、誰かのため、世界のために頑張れるのだろう。
並大抵の覚悟でできることではないだろうに。
のんびり暮らしていくことにしか基本的には興味がない、考え方まで猫みたいな僕だけど、こんなことを聞いてしまっては、自分たちに手助けできるものなら、何かしてあげたいという気にもなる。
「確かに宗教団体の人たちなら、お祈りだとか儀式だとかで、大人数の思想を統一できちゃうから、それにフラウアが干渉しちゃったら危険かも? ちょっとわたしたちも他人事じゃないのかもね」
宗教にはちょっと詳しい奏もそう言いながら、先ほど凛が破壊した鉄パイプを片付けはじめる。
「よくわからんが、胡散臭い宗教なんかにハマる暇があるなら、ウサギハラのラジオを聞いているほうがよっぽど有意義なのは確かだな」
こういうちょっと危険なシチュエーションには、凛もどうやらノリノリのようだ。