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【完結】終末の花と猫と百合  作者: くもくも
7章 怠惰な1日
27/47

7-2

 翌朝。


 未だに股関が痛いと奏をからかう僕と凛に、奏はせっせとお茶や朝ごはんを準備してくれていた。


 実際、凛は生理が近くて調子が出ないとのことで、だらしなく布団の中からお茶に口をつけている。



 僕の方はさすがにそろそろお手伝いでもしようかと立ち上がったが、何か背筋がぞわぞわするような感覚に襲われて、あたりを見回した。


 シロがにゃあにゃあ鳴きながら、こちらに駆けよってくる。


『ハチ様! 小さいですが地震が来ますよ! 早く庭に出て下さい!』


 うそ。このぞわぞわするような感覚が、地震の予兆ってこと?



「凛! 奏! 地震がくる! すぐに庭に出て!」


 僕の叫ぶ声を聞いた凛の反応は素早かった。

 言葉が終わるより前には布団から飛び起きて、ちょうどちゃぶ台を拭くために近くにきていた奏の腰をがっちり掴む。


 小さなシロを抱えてあわあわと僕が庭に出たときには、すでに奏を抱えた凛が庭の真ん中に到着していた。

 さすがは僕らのヒーロー、頼りになります。



「うへへ……お姫さま抱っこうれしぃ……!」


 凛の腕の中で奏がニタニタしだしたとたん、庭の外にいくらか残っていたフラウアの花が変色しだす。

 そしてゆっくりと地面が揺れた。


 あたりの電線が揺れていて、確かに地震が起きていることがわかる。

 僕の家もわずかに軋む音を立てていた。


 でも、そのくらいで揺れはおさまってしまった。

 どうやら大した揺れにはならなかったみたいだ。



『……よし、全員無事か点呼とるぞ。1!』


『シロ無事です! 2!』

『ふああ……眠い……さーん!』

『よーん!』『よー……ご!』

『あれ、シマちゃんいないよー?』

『ここにいるって! 6! あれ、7?』

『はちー! あ、8はハチちゃんのぶん? じゃあ9!』


 リーダーのクロの号令で、猫たちがゆるゆるな点呼をはじめた。

 見た感じ全員いるので特に心配もなさそうだ。

 何も言わず背伸びをしているような猫も混じっているところが、なんとも猫らしい。


 しかしこれはなんという可愛らしさ。僕も半分猫だし、ぜひ参加したいものだ。



「久しぶりの余震だな。ユウが病院で寝ていたときには何度かあったんだが」


 凛は優しく奏を下ろそうとしているが、奏にがっしりと首を捕まれてしまい、外すのに四苦八苦している。


「凛が素早く動いてくれて助かったよ。大きな地震なら、また家の天井が崩れてもおかしくないし」


 僕が言うと凛は、奏に引っ付かれたまま、ニヤリと笑う。


「ふふ、いい動きだっただろう? 余震があったときに備えて、何回も脳内でシミュレーションしていたからな。まず一番ノロい奏を引っ張り出す。我ながら完璧な動きだったな」


 凛は鼻高々といった感じだが、さりげなく馬鹿にされた奏は、ちょっとしょんぼりして凛の腕からようやく降りた。



『ハチ様、どうして人間は地震がこんなに好きなんですか? わざわざこんなに気持ち悪い地震を起こそうなんて、このシロには理解できません』


 点呼を終えた猫たちがゆるゆると解散していく中、僕たちに危険を知らせてくれた功労者のシロがおかしなことを言う。


『おいシロ。そいつらに聞いても仕方ないことだろう。人間は他にも大勢いる。暇な奴らには、いいアトラクションなのかもしれない』


 クロはその大きな体をピンと伸ばしながら、眠そうな顔で言う。



 なんで二匹とも揃って、そんな妙な考えに?


 猫たちは、どうして地震を僕ら人間のせいで起きたと思っているんだろう。


「ねえシロ。人間は別に地震なんて誰も好きじゃないと思うんだけど。なんでそう思ったの?」


 僕の言葉に、シロは自分の後ろ足で耳の付け根を掻きつつ、こちらに目を向けてきた。


『え、ハチ様の目は節穴ですか? 前の大地震のときからそうですが、揺れる前に赤い花がやたら反応しているじゃないですか。地球を揺らせるほど、意志が強くて数も多い生き物なんて、人間以外ありえないでしょう?』


 またちょっとこちらを小馬鹿にしたようなシロ。



 確かにフラウアの花は、今の地震の前にもいくらか変色していた。


 特に例の大地震の直前には、テレビで緊急放送されるくらい、全国的にフラウアの異常な繁殖、変色が確認されていたと記憶している。


 だけどいくらなんでも、人間が地震の発生なんて望むとは思えない。



「でも猫とか犬とか鳥だって、まだ世界にはたくさんいるはずだよね? 人間はそんな変なこと考えないってば」


 僕が慌てたように猫たちと話をしているのに気付き、凛と奏も不思議そうにこちらに近づいてきた。


 シロとの間に割って入るようにして、クロがその大きな額を僕の足にこすりつけてくる。


『いや。世界の破滅を望むなんて愚かな生き物が、お前たち人間以外にいるわけがない。……そんなことより、腹が減った。あのカリカリする飯を出してくれ。今日は天気も良くなさそうだし、狩りにいくのは面倒でな』




 猫たちにおいしいご飯をプレゼントし、ついでに奏がおやつまであげているのを縁側から眺めながら、僕はさっきまでのクロたちの言葉を反芻していた。


 そういえば、あのネットラジオのアイドル、ウサギハラさんこと遥も、立ち去り際に似たようなことを言っていた。


 この世界に絶望してはだめだ、と。



 世界がこうしてめちゃくちゃになってしまったのは、全てフラウアが原因だと思っていた。


 だけどこれまで、フラウアが直接的に僕たちに害を与えてきたケースは少ない。

 せいぜい、匂いで一部の人間が体調を崩したりしていた程度だ。


 この終末の赤い花、フラウアは、ただ生き物の願いを叶えているだけ。

 世界の破滅を人間が願ったから、フラウアが地震を起こした。いや、起こしてくれた。



 そう考えると、この世界の現状をなおさら悲しく思う。


 平和が続いてくれ、なんて心の底から願う瞬間なんてなかなかないことだ。


 だけど人間は、自分ではどうにもできない悲しいことやつらいことがあれば、簡単に自分をとりまく環境全て、すなわち世界そのものを憎んでしまう。

 世界が変わることを望むのは、毎日を充実して幸せに暮らしている人以外、誰だってぼんやりと考えてもおかしくないような、どこにでもある願いだった。


 かつて平和だったころにも、毎日たくさんの人が自分で命を断っていた。

 たくさんの人が、仕事や、人間関係や、日々の生活に疲れていた。


 僕は、自分の女の子みたいな顔と、それが受け入れてもらえない現実にうんざりしていた。

 奏はきっと、自分の恋が実らない生活に悲しみを感じていた。

 凛はきっと、代わり映えのしない毎日に飽き飽きしていた。


 誰しもが、世界に少しずつ絶望していた。


 そして今も、厳しい避難所生活や、家族を失った人達が、きっとたくさんの絶望を抱えている。



 悲しみや怒りのような、行き場のない強い感情がたくさんたくさん集まって、それをきっとフラウアが具現化してしまう。

 人の悲しみが、絶望が、世界を破滅に導いていく。


 それがあまりにもすんなりと理解できてしまうことが、悲しい。



「ユウ、さっきから元気ないね。どうしたの? 地震怖かった? ちゅーしてあげようか?」


 僕の様子に気付き、優しい奏は心配したような匂いをさせてこちらに近づいてくる。

 僕のとなりに腰を下ろした彼女に猫耳を撫でられていると、少なくとも自分だけはもうこの世界に絶望なんてしないと、誓うことができる気がした。



「なあユウ見てくれ。曲がった金属バットの代わりに昨日これを持って帰ってきたんだが。どうだろう、なんかちょっとワイルドすぎないか?」


 凛はその手にいかつい鉄パイプを握りしめたまま、庭でそれをスイングしだす。

 こんな世界でも楽しそうに生きる彼女の姿を見ていると、今日からもまた、楽しい1日が続いていきそうな、希望を感じることができた。



「ねえ凛。奏。改めて、僕と一緒にいてくれてありがとう。……その、二人と居られて、僕は結構幸せだよ」


 僕の急な言葉に、二人はちょっと驚いていたが、すぐに嬉しそうに笑って、かわるがわる僕の唇を奪ってきた。

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