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【完結】終末の花と猫と百合  作者: くもくも
6章 ウサ耳のアイドル
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6-2

 先に帰ってきてくれたのはクロの方だった。


 新鮮な血がしたたる、鳥のバケモノの亡骸をお土産に咥えて戻ってきたが、カリカリな餌のおいしさに慣れはじめた他の猫たちには、もはや大して喜ばれていないみたいだ。

 もちろん僕も、結構ショッキングな見た目にげんなりしてしまう。



 凛と奏からは、結構前にドラッグストアへ到着した旨の連絡が来ているが、どうせ帰ってくるにはまだまだ時間がかかる。

 以前に二人が化粧品を買いに行くのに付き合ったときも、何に使うのかよくわからない、いい匂いのする瓶を何個も比べながら延々と仲良くしゃべり続けていたので、まだあと二時間はかかるだろう。


 気になるものは全部持って帰ってくればいいじゃん……とメッセージを送りかけてやめた。

 だんだんとこの物資を好き放題に回収していく、道徳的にどうなの?という行為に慣れてきてしまっている自分に嫌気がさす。



『そういえばお前、ミケを覚えているか? たまにここに遊びに来ていたあの飼い猫だ』


 もちろん覚えている。自分でも不思議なくらい、これまで意識していなかったが、元々けっこう僕のお気に入りだった猫だ。

 ハチやクロとはあまり仲良くしていた印象はないが、たまにその小太りな体を揺らして、どこかから遊びに来ていた三毛猫。


『あまりうまがあわない奴ではあったし、ここの仲間という認識もなかったのだが……あいつらしき猫が、バケモノになってそこらを徘徊しているという噂があった。一応、気をつけておけ』


 なんとなく、ミケのことはハチも良く思っていなかったのかもしれないと思った。

 この話を聞いても、なんとかしてあげたいというような衝動があまり起きない。



『ミケさんですか……このシロも、あまり好ましい印象はなかったですが。うちの縄張りを荒らしに来なければいいですね』


 近づいてきたシロも、やはりミケには冷たい意見。猫にも嫌われ者というのがいるものなんだなあ。

 僕の人間的な考え方からすると、ちょっとかわいそうな気持ちになってしまう。



「まあ、クロみたいに話が通じる可能性もあるしさ。ここの場所が知られてるのはちょっと怖い気もするけど、そもそも本当にミケなのかもわからないだろうしね」


 僕のお茶を濁すような発言に、いかにもつまらなそうに、クロとシロはそれぞれ毛繕いをはじめた。



 しばらくしても奏と凛が帰ってきそうな気配はない。

 夜行性の猫たちは、昼は寝ている時間がとても多くて、あまりこちらを構ってくれない。


 お昼ごはんのおにぎりも食べ終わってしまい、とにかく暇だ。

 よって、僕はもう一人でも、近所の畑まで野菜泥棒に向かう覚悟を決めた。



『ハチ様、お出かけですか? 近くならこのシロもぜひ連れて行ってください』


 お供に立候補してくれた活発な子猫ちゃんには大感謝。

 やっぱり一人は怖い。それは先日の単独行動で痛いほど身に染みている。


 野菜を入れる大きめな袋なんかを探していると、ちょっぴりワクワクしている自分もいることに気づく。

 だけど今日こそは油断大敵。バケモノとやり合うのは避けて、とにかくサッと行ってサッと帰ってこよう。




『……ハチ様、さすがに警戒しすぎでは? 匂いと音で、特になにもいないのは分かっていますよね?』


 こそこそと電柱なんかの影に隠れながら、畑までの細い道をびびりつつ進む僕を横目に、堂々と足を進めるシロに先を越される。


「ち、ちょっと待ってシロ。もうちょっとゆっくり行こう? 怖いよ、怖いんだってばもう……」


 過剰にビクつく図体だけはでかい猫人間に、シロは呆れたようにしっぽを振り、しれっと赤いフラウアの花をかき分けて歩き続けた。


 なお、猫がしっぽを振るのはイライラのサインと言われている。

 会話ができるようになって分かったが、このプリティな子猫ちゃん、なかなかはっきりした性格をしていらっしゃるようだ。



 近所の畑は、まるで別世界みたいだった。


 どういうわけか、畑だけ避けるようにフラウアの赤黒い花が咲いている。

 それに囲まれて、耕された土の茶色と、葉物野菜の美しい緑色が、鮮やかに生き残っていた。


『わっ! ちょうちょがいます! ひゃあ、我慢できません!』


 畑の周りをヒラヒラ舞う虫の姿に、無邪気なシロが早速飛びかかっていった。



 畑にあった野菜は、なんだか見たことがあるような葉をしているが、正体がわからない。

 大きな葉をかき分けて初めて、それが春キャベツであると気づいた。

 外の葉に隠されるようにして真ん中に、丸いキャベツができている。


 お店に並んでいる姿しか見たことがなかったので、ちょっと驚きだ。



 早速収穫を、と思ったが鎌のような道具がない。

 さてどうしたものか、とたっぷり悩んだところでやっと、自分の爪のことを思い出した。


 玉になったキャベツの付け根をスッと撫でると、見事にその塊が収穫完了。外側の硬い葉を外せば、よく見慣れたキャベツの姿だ。

 せっかくなので2つ収穫して、持参しておいた袋に詰めた。


 これだけ立派なキャベツが2つなら、三人で食べても数日分にはなりそうだ。

 放置されていたわけだし、虫に食べられたりしているかもしれないが、しっかり洗えば問題ないはず。



 まだ楽しそうに虫を追いかけて遊んでいるシロを見ていると、自分の体まで妙にウズウズしてきてしまう。


 追いかけたい。捕まえたい。


 だけど畑で土にまみれて遊ぶ自分の姿を客観的に想像して、なんとかこらえた。



「そういえばシロ、こういう虫って、バケモノになってるところを見たことあるかな?」


 ふと思ったのだが、僕がこれまでに見たバケモノは、一番小さなやつで、ネズミか何かのバケモノだった。

 蟻や蜂、ゴキブリなんかがバケモノになったら、相当やばそうな気はするのだが。


『ハチ様は不思議なことをおっしゃいますねえ。虫がバケモノになるわけがないでしょう。はっきりとした心が無い小さな生物では、赤い花は反応しないに決まってるじゃないですか』


 シロはちょっとバカにしたような言い方でこちらを見て、そしてやっぱりすぐにまた蝶に飛びかかっていった。



 心の有無か。

 確かにフラウアは、僕たちの意思に応じて、それぞれ何かを引き起こしている。


 ではこの畑や、僕らの家の庭が今、フラウアに侵食されていないのはなぜか。

 地面の土に意思なんてあるわけがないのに。


 それは単純に、誰かがそこに、フラウアが生えて欲しくないと願っているからでは。

 僕らの家の庭は、たくさんの猫たちが縄張りにしているのだから、みんな邪魔なフラウアには消えて欲しいと思っているはず。


 ではこの畑は。



 そう考えながら無意識に近くのキャベツに目を移したとき、背筋が凍った。 


 僕が収穫したキャベツの2つとなりのキャベツの葉に、中身の玉がない。

 明らかに、少し前に収穫された形跡がある。


 よく見れば畑の土にも、足跡がある。僕のブーツでは無い、もう少し小さな靴の跡。


 この畑、まだ誰かが管理しているのか。


 だからフラウアが生えないんだ。

 やばい。これじゃあ本当に僕は野菜泥棒じゃないか。



 持ち主に見られていないか、と辺りに目を向けたとき、ちょうどシロが、ピタリと動きを止めた。


『……ハチ様、風下です! 何かが風下にいます! どうやって、音も立てずにいつの間にこんな近くに!?』


 シロが見つめるその方向。

 電柱の影に、人間くらいの大きさの何かがいる。

 白い何かが、電柱から少しはみ出して、ゆらゆらと動いていた。


 風向きのせいか、匂いがうまく嗅ぎ取れない。

 だけどあれは、明らかに何かの生き物だ。集中してみると、わずかだが何かの気配がある。


 シロを庇うように前に出て、僕は両手の爪に力を込めた。

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[良い点] ワクワクブルブル…
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