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【完結】終末の花と猫と百合  作者: くもくも
6章 ウサ耳のアイドル
22/47

6-1

『む、外出するのか人間』


 朝から活動を開始した僕たちを見つけ、超大型黒猫のクロが、背伸びをしながらやってきた。

 今日もシュッとしたお顔がりりしい猫チームのボスは、近づくなり僕の腰回りをくんくんと嗅ぎまわしてくる。


『うーむ。やはり人間の匂いが混じっているせいか、その気になれんな。……ではなく。人間、すまないが今日は俺もちょっと外に出たい用がある。お前かあの強い方のメスの人間、どちらか居残りしてもらえるとありがたいのだが』


 なんか絶対、性的な意味で嗅がれたな……。

 それはともかく、クロが外出か。もちろん構わないけど。



 すぐに二人に伝えたところ、凛は僕の頭をいかにも自然な感じで撫でてきた。

 猫耳に触れる指の感触は、堪らなく気持ちがいい。


「ああ、それならすまないが、今日はユウが居残りでどうだ。奏の車でドラッグストアから物資を回収したいんだが、化粧品とかはユウはよくわからないだろう? ……まあ風邪薬やら避妊具も私たちに任せておけ。きちんと集めてくるから」


 そりゃあ、二人に任せておいたほうが良さそうだ。

 しかし早いうちに畑やスーパーから、まだ食べられる野菜も回収しておきたいんだけどな。



「まあとりあえず、私がこれから自転車でルートの確認をしてくる。道が厳しければ、ドラッグストアは諦めてスーパーやコンビニでもある程度は揃うだろうし、別に明日にしてもいいだろうからな。……じゃあ、善は急げだ。さっそく行ってくるよ」


 凛はいかにもワクワクした感じで、僕にまた王子様風のキスをすると、颯爽と庭へ飛びだしていった。

 それを見て奏は、実にうらめしそうな目で僕をにらんでくる。


「うー……またユウだけチューしてもらってる……。凛はわたしのこと、やっぱりユウほどは好きじゃないのかな……」


 昨晩は凛にも自分のアレをアレさせてハッスルしていたくせに、奏は本気でちょっと寂しそうな匂いをさせてきた。


「た、たまたまでしょ? 凛はちゃんと奏のことも大好きだと思うよ?」


 じゃなきゃ奏のアレをあんなふうにはアレしないでしょ。



「ユウは気づいてなかったと思うけどさ、凛ってだいぶ前から、ユウのこと好きだったんだと思うんだ。ほんとはめちゃくちゃ三角関係だったんだよわたしたち」


 そうなの? びっくりするけど、今となってはまあ納得できなくもない。

 僕が猫人間になってちょっと可愛くなったとはいえ、この姿で会ったその日の夜にはもうキスされていたんだし、前から多少なり気に入ってもらえていたと考えるほうが自然か。



「うーん。前から奏に好き好きされてて、凛もまんざらじゃなさそうだと思ってたんだけどなあ」


「凛はわたしみたいなのより、守ってあげたくなるタイプの子が好きみたいだったから。男とか女とかは抜きにして考えてもね」


 守ってあげたくなるタイプか。

 って、それが僕? 奏の方が守ってあげたくならないか普通。なんだか僕がすごく情けないやつみたいじゃん……。

 


 で、その話題の凛が、朝から早速やろうとしてくれているのは、奏の車で行きたい場所に、あらかじめ一度自転車で移動し、車が通れるスペース、旋回できるスペースなどがあるかを確認する、というなかなかまどろっこしい作業だ。


 地震の影響で道路はひび割れているところもあるし、何よりフラウアの除去が行き届いておらず立ち往生となれば、バケモノに襲われるリスクや貴重な車を放棄する羽目になるリスクがある。


 またしても凛の単独行動に任せる形だが、今回ばかりはやむを得ない。

 なぜならばお恥ずかしいことに、僕は運動神経がダメダメなので、元々自転車にうまく乗れないのだ。




『ふむ……お前たちもなかなか忙しいのだな。ならば、時間を分けて行動すればいいだろう。あのメスの人間たちは好きにさせておくとして、俺もこれから外出してくる。なに、昼までには戻るつもりだ。お前はその後で野菜探しにでも行けばいい』


 伝言ゲームのすえ、クロがいい結論を出してくれた。

 確かにほんのすぐ近くの畑まで野菜を探しにいくくらい、昼からでも全く問題ないしね。



「そういえばクロは、どこに行くつもりなの?」


『ん? NNNに一応顔を出しておきたくてな』


 僕が尋ねると、クロは後ろ足で耳をかきながら雑な感じに答えた。

 NNN? なんだっけそれ。


『ネコネコネットワークだ。まさか知らんのか? ……いや、そりゃあ人間は知らんか。俺たち猫の情報連絡のシステムだな。迷子の飼い猫が急に見つかったりするのは、だいたいこのNNNのおかげだ。駅前の方にこのあたりの支部がある』


 なんだか怪しい集団みたいに聞こえるが、要は近隣の猫たちと情報交換ということかな。

 駅前……といえば、確かに猫の溜まり場みたいになっていた場所があったような気もする。



「そ、そっか……でも気をつけてね。怪我しないように帰ってこなきゃダメだよ」


『ああ。お前が言っていた、犬のバケモノが群れていた件も気になる。わざわざ縄張りの外で無理をするつもりはないさ。……じゃあ、善は急げか。行ってくる。しばらく仲間を頼んだぞ、人間』


 凛とほとんど同じことを言いながら、クロもゆったりと動きだし、そしてグンと加速して庭を出ていった。

 クロと凛、言葉さえ通じたら気があいそうだな。




 で、しばらく後。


 世界はこんなふうにめちゃくちゃになっているというのに、僕はのんびりと縁側に腰掛け、シロたちをかわるがわる撫でながら、ぼんやりと時間を過ごしていた。


 庭の周りではもうほとんど、フラウアの薄気味悪い赤色はなくなっていて、ここだけ昔から変わりのない、元通りみたいにのどかな風景が広がっている。


 そばには、百円ショップで見つけたソーラー充電器を繋いだスマホと、奏が各自に準備してくれたお昼ごはん用のおにぎりが置いてある。


 ああ、平和。



 あの後しばらくして戻ってきた凛とともに、奏も嬉しそうに車で出掛けていった。

 明らかにデート気分なのが少し心配だが、凛が一緒ならまあ怪我をするようなことにはならないだろう。


 奏もさっきはしょんぼりしていたくせに、帰ってきた凛に優しくされるなり、すぐに満面の笑みで機嫌を直していた。



 シロたちが言うには、そもそもこの家は、こうしてクロを含めた猫たちが縄張りにしていることに他の動物たちも気づいているようで、わざわざ攻めこんでくる頭の悪いバケモノもほとんどいないらしい。

 なので先日病院を襲ってきた犬のバケモノの集団みたいな、極端に好戦的なものだけが脅威となる。


 しかしその警戒も、他の猫たちが率先して行ってくれており、猫としては半端者の僕よりよほどみんなのほうが感覚が優れているみたいなので、僕には基本的にやることがない。

 万が一のとき、外出中のクロに代わってこの体を張るだけだ。ボス猫代理として。


 つまり今、僕は非常に暇である。



 空はまあまあいいお天気で、春の心地よい朗らかな日差しと風に、少し眠くなってくるほどだが、そんな天候のわりにソーラー充電器の充電はさっきからほぼ全く進んでいない。

 まあ元から大して期待はしていなかったけど。


 こうなるとやっぱり電力の確保は、本気で考えていかないとまずそうだ。

 連絡ツールとしても重要だし、ネットでの情報収集にしても、例のウサギハラさんのネットラジオを聞くためにも、最低限スマホのバッテリーだけは保っておかないと。



 電力確保の作戦で思いあたるのは三つ。


 一つ目は、持ち運びできるようなソーラーパネルや小型の発電機など、まともに使えるレベルの発電機能のある道具を見つけること。


 しかしこれは、今のところまだあまり期待できない。

 なぜなら、どこに売られているのかわからない、というのがその一番の理由。少なくともデパートなんかではお目にかかったことがない。

 物資回収の際に目にしたらぜひ回収したいところだが。発電機といえば工事現場なんかにはあったのかも。



 暇に任せて適当に背の高い雑草をむしり、縁側でフリフリしていると、近くにいた猫たちが嬉しそうにじゃれついてくる。



 二つ目の電力確保の作戦は、車だ。

 携帯の充電くらいはだいたいどんな車でも可能だし、奏の車には確か助手席にコンセントも付いていた。

 ただ、ガソリン確保の問題を先にクリアしておかないと、虎の子の車を失うはめになるし、エンジン音でバケモノを刺激しないかという心配もある。


 こうしてぼんやりしていると、実はさっきから二回ほど、乗用車かバイクか何かの走る音も聞こえていた。

 案外僕たち以外にも、車関係を使いはじめている人達がいるみたいだ。奏たちとばったり出くわしたりしなければいいけどな。

 道路は車2台がすれ違えるほどフラウアの除去が行き届いているわけでもないし。



 とりとめもなく考えを巡らしながら、クロの仲間の茶色い猫を念入りにブラッシングしていく。

 櫛が背中を通る感触、どうやら気に入っていただけたようだ。



 そして三つ目の作戦、一番現実的だと思うのは、ソーラーパネルが付いている近所の家をどれか、僕らで第二拠点として頂いてしまうことだ。


 例のウサギハラさんがネットラジオの配信なんてことを連日できているのもたぶん、こういった発電機能がある拠点で生活しているためだろう。


 僕らの場合は別に拠点を完璧に移さなくても、昼のうちにモバイルバッテリーに充電させてもらえば、それでしばらくは過ごすことができる。


 火事場泥棒みたいで道徳的に抵抗があるのと、どこかの避難所にその家の持ち主が生存しているかもしれない、というモラル的な問題はあるのだが。



 百円ショップで見つけたモバイルバッテリーは、数は十分だが充電する暇があまりなかったので、明日あたりには全て電池切れになるだろう。

 当面は奏の車のバッテリーがあるとはいえ、早いうちに覚悟を決めて近所の家を狙ってみるべきか。


 この家から歩いてすぐの範囲でも、三軒ほどはソーラーパネルが屋根に付いていた記憶がある。



 なんて真面目なことを考えていると、すっかり眠くなってきた。

 一度立ち上がり背伸びをする。


 庭では同じようにシロが背伸びをして、あらあなたも? という感じに目が合った。

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