5-2
「……ん、いい感じじゃないか? ちょっと私、ビールも取ってくる」
「あーいい匂い。ヨダレ出てきたよ」
「へへ、そうでしょそうでしょ?」
避難所を出て初日の夕飯だからなるべく贅沢にいこう、ということで、地震の日に食べる予定だったお好み焼きを、奏が頑張って焼いてくれている。
買ったまま置き去りだったキャベツは半ば腐っていたけど、まだ無事な部分を切り取って使い、足りない野菜は玉ねぎで補った。
電気が通っていない冷蔵庫の中のお肉は当然、悲惨なレベルで腐りきっていたが、元々僕の好物だった魚肉ソーセージがあったので、それを肉の代わりに乗せている。
久しぶりのまともなご飯の匂いは、圧倒的な破壊力だ。シロたちもこの匂いが気になるのか、さっきからかわるがわるこちらを覗いてきていた。
カセットコンロが使えるから、当面はこうして不自由なく暖かいものが食べられるだろう。
僕も100円ショップで物資の調達を頑張った甲斐があったというものだ。
「カセットコンロというと、去年の冬を思い出すな。ほとんど毎晩お前たちと鍋料理を食べて。私は元々家族仲もひどく悪かったし、ああいうのが本当に嬉しかったんだよ。……んああ! ぬるくてもやっぱりビールはうまいな!」
凛が我慢しきれずに缶ビールをがぶ飲みすると、それを見て奏もニコニコと二本目を用意してくれている。
まるで仲の良い夫婦みたいだ。
そしてやっぱり僕はペット枠かな。
「「「いただきまーす!」」」
熱々のお好み焼きにソースをたっぷりかけて、思い切りかぶりつく。
鰹節はほとんどシロたちに奪われたが、本当にいい匂い。
奏と凛も、幸せそうな表情だ。
だけど僕には、ちょっと異常があった。
「あっく! あふっ! あちゅ!」
猫舌。
こんなところまで猫化の影響があるなんて。
美味しいからいいけどさ。
優しい奏がフーフーしようとしてくれるのは実は嬉しいんだけど、さすがに恥ずかしいから遠慮しておく。
「でも玉ねぎメインでもけっこう美味しく作れたねえ。まだ玉ねぎとか根菜は腐ってないのもあるだろうし、早いうちに近くのスーパーから探してこようよ」
奏が無邪気に言うが、僕らは近所のスーパーに人間が住み着いていたのを知っているので、とりあえずノーコメントだ。
僕の人殺しの件もわざわざ言いたくないし、助け舟を求めて凛の方を見ると、凛も慌てたようにビールで口の中のお好み焼きを流し込んでいた。
「ま、まあそれはおいといてだ。私、そろそろ生理が来そうなんだが、生理用品のことをすっかり忘れていた。奏は確かもう生理来てるころじゃなかったか? 生理用品はどうしてるんだ?」
「んんっ!? わ、わたしの生理は、ほら、もう終わったんだよ! いやあタイミングよかったなー!」
元男の僕にはなんとも居心地の悪い話を、しかも食事中になんのためらいも無く言い放つ凛。
そして股間が男性化したことにより、そもそも生理という問題から解放されたくせに、それを凛にはまだ言い出せない奏。
さらに、猫化した体に生理が来るのかどうか、不安を感じだした僕。
考えることは三者三様だし、奏の股関や僕の体みたいに、色々変わってしまった部分もあるけれど、三人でいると流れるこのまったりとした雰囲気はやっぱり大好きだ。
世界が元通りになったとしても、このまま終末が続くとしても、変わらずにいつまでも、この二人と一緒にいたい。
僕のとなりからハチが居なくなってしまったことだけは残念でならないけど、きっと僕の体の中で、この幸せを一緒に味わってくれているだろう。
食後、沸かしたぬるま湯でそれぞれ体を拭き、奏と凛は冷たい水道水で髪まで洗っていた。
僕はおそらくこれも猫化の影響で、体毛やらが全然臭くならないみたいなので、水でシャンプーはさすがに遠慮しておく。
変化してしまった体が、無臭な猫の姿でよかった。
これが犬なんかだったら、今頃すごい獣臭がしていたに違いない。
歯磨きをして、元々パジャマにしていた使い古しのTシャツに着替えて居間に戻ると、すでに奏と凛もラフな格好になって、布団を三枚並べてくれていた。
二人ともこちらが男だというのをもう忘れたのか、薄着の格好がちょっと挑発的すぎる。
特にこちらを向いておいでおいでしている凛は、明らかにノーブラだ。
比較的小ぶりな胸とはいえ、僕にはちょっと刺激的すぎる。
奏はスマホをモバイルバッテリーで充電しつつ、今日も例の元Vtuberさんのネットラジオを聞く準備を始めていた。
凛は僕を真ん中の布団に誘導してくるが、どうしても胸元に目が行ってしまうので、ちょっとそちらを直視できない。
「お? もしかしてこの格好に今さら恥ずかしがってるのか? ユウの方がよっぽどすごい格好のくせに。なんだそのTシャツは。胸元がぱっつんぱっつんじゃないか。けしからんな、ちょっと触らせろ」
そう言いながら凛はいたずらっぽく、僕のその豊満な膨らみをつついてくる。
それに気づいた奏がすぐに騒ぎだした。
「あー! だめだよ凛! ユウのおっぱいはわたしが予約済みなんだから! 今日もわたしがおっぱい枕で寝るつもりなんだよ!」
こちらに覚えがないおっぱい予約までされていたようだが、こんな体になって気持ち悪がられるよりはだいぶマシか。
病院で他の避難者から向けられた、バケモノを見るような視線と比べれば、むしろ心が暖まるくらいだ。
端から見れば百合百合しい状況に、ゆったりと庭からこちらへ歩いてきたクロが、なんとも微妙な表情で、小さく唸り声をあげる。
『なあ人間。夜の安全はもちろん夜行性の俺たちに任せて貰ってかまわないんだが、バケモノにあまり注目されても面倒だ。仲がいいのは分かるが、あんまり煩くしすぎるなよ。常識的な範囲で頼む』
まさか猫に常識を説かれるとは。
群れた人間の若者のおバカさ加減は、猫にも劣るというわけか。
クロはさすがにあきれたように、こちらをチラチラ見ながら、縁側あたりの定位置に戻っていった。
なんか、ごめんなクロ……。
『……みんな! 今日もこんばんはだぴょん! 兎原ピョンだぴょん! 今日もこれから二時間放送していくから、暇なら聞いていってね!』
クロの言葉を通訳してあげたことにより、奏も反省したようで、かなり控えめな音量でウサギハラさんのラジオが始まった。
「しかし個人でネットラジオか。しかもこのあたりに住んでいて、避難所にはいないと。……そうなると、電力をどうやって確保しているのか気になるな」
凛はまじめなことを言いながら、並べた布団の中で、さりげなく僕に足をからめてきている。
すべすべで張りのある生足の感触で、いきなり僕の理性はとろけかけているが、あまりぎゃあぎゃあと拒否もできない。
奏に気づかれたら、対抗してさらにエスカレートしてくるのが目に見えている。
あと正直、拒否したくないくらいには気持ちいいし嬉しいし幸せだ。
しかし二人のいい匂いに挟まれてしまって、それだけでも男としては、もう辛抱たまらないレベルだというのに、この生殺しはなかなかひどい。
「そっかあ、もしかしたらピョンちゃんって、ソーラー発電がある家に住んでるんじゃない? この辺でも何件か見たことある気がするなあ」
奏ものんきに返事をしているように見えて、実はさっきから片手を僕と繋いでいる状態だ。
柔らかい女の子の手の感触は、それだけで充分な破壊力がある。
にぎにぎされるたびに、その感触を強く意識させられて、心拍数が上がってしまう。
二人とも、僕を気に入ってくれてるのは嬉しいんだけど、ちょっと積極的すぎるよ。
なんだか、体が熱いな。
『……で、あたしネットで知ったんだけどさ、最近避難所とかで、怪しい宗教の勧誘とか流行ってんだってさ。こんなこと言うと怒られるかもだけど、勧誘なんてロクなもんじゃないからね。アンタたちも気を付けて欲しいぴょん! お祈りする時間なんてあるんなら、あたしのラジオでも聞いとくといいぴょん!』
「あー、わたしたちも見たよね、ユウ。あの怪しい宗教のおやじ! よくわかんないけど絶対悪いやつだったよ」
ラジオの声に返事をするみたいに、奏がプンプンしながら、でも繋いだ手はこっそりとニギニギを続けてくる。
「……ん、んん。こんな世界じゃ、みんな何かにすがりたくなるのは分からなくもないよ。……んっ、僕も二人がいるからこうして元気にしてるけど、はっ、もし自分ひとりぼっちだったら、あ、変な宗教に騙されても不思議じゃなかったかも、んん」
だめだ。何か変な声がでてしまってる。
奏だけじゃなく、凛もさっきから、足の絡めかたがかなりいやらしい感じで堪らない。
体が熱い。
また、頭がぼーっとしてきた。
『……じゃ、今日はネットでリクエスト貰った曲から歌っていくぴょん! アンタたちいっぱいリクエストありがとね! 元気そうな奴らも多いみたいで、あたしも嬉しくなったぴょん!』
ウサギハラさんの調子外れな歌声が始まったけど、歌詞は全然頭に入ってこない。
まずいな。明らかにまた、発情してきてしまっている。
自分の息が荒くなっているのが自分ではっきりわかるけど、二人は全然気づいていないみたいに、延々と僕へのお触りを止めない。