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【完結】終末の花と猫と百合  作者: くもくも
3章 ひとりぼっちの冒険
13/47

3-4

 100円ショップの周りも、生き物の気配はない。

 それでも念入りに匂いをかぎ、少しずつ慎重に近づいた。


 入口の脇では、水道管から水が少し漏れているようで、地面に水溜まりが広がっていた。



 現在日本のライフラインのうち、僕らがメッセージのやりとりにも使っているネット回線の他、かなりの地域で水道が復旧してきている。

 とはいえこうして、地震の影響による漏れなどでロスが多く、ネット上でも節水が呼び掛けられているようだ。


 電力の広範囲な復旧はかなり絶望的らしいが、避難所の病院のように、蓄電池やソーラー発電などで、今のところ最低限の電力を確保できている場所は案外少なくないらしい。

 一部の耐震設計がばっちりだった風力発電なんかは、すでに稼働を再開しているところもあるとか。


 こうしている今も、日本のライフライン確保のために働いている人がたくさんいるのだと思うと、感動すら覚えるくらいだ。



 とはいえ今日僕が100円ショップに来た狙いは、この当面の電力確保の観点で、乾電池や懐中電灯などを集めること。


 そしてもう1つのライフライン、おそらくこちらも復旧は絶望的だが、家庭用のガスが止まってしまっているので、ライターなんかの火に関するグッズを集めるつもりなのだ。



 慎重に入口に近づき、ドアを手で押し開ける。

 寂れた古い100円ショップで、手動ドアだったことが幸いし、簡単に扉は開いた。


 中からは、昨日までにも嗅いだことのある腐臭がした。

 食料が腐った臭いではなく、あの作業着の専門店で嗅いだのと同じ、死んだ人間の匂いだ。


 地震の影響で、棚がいくつも倒れ、商品だったものが地面にばらまかれている。



 でもそのおかげで確信がもてた。


 この店の中に生きている人間はいない。

 なぜなら、床の商品をよけたような、踏み荒らされて道になっている部分がなさすぎるからだ。


 もちろんそれでも、必死に匂いをかぎ、音を聞いて警戒を続ける。

 大丈夫のはず。何もいないはずだ。おそらくどこかにある、人間の死体以外は。



 最初の目的の乾電池とライターは、いとも簡単に見つかった。入口付近にレジがあり、その近くの棚に並んでいたのだ。


 床に散らばったものを含め、背負ってきたバックパックに、ちょっと過剰なくらいに放り込んでおく。

 ライターやマッチは全部いただこうか、とも思ったが、いつか次に来た人ががっかりしないように、ある程度は残しておく。



 人間の死体は、すぐに見つかった。

 というか、一人分ではない。


 レジのところや、そこかしこに、少なくとも5人分くらいは死体が見え隠れして、嫌な匂いを発している。

 古い店だから、どうも地震対策的なものがいまいちだったみたいで、大型の棚が倒れて下敷きになっていたり、天井が崩れていたりと、まあそういうことだろう。


 放置された遺体を哀れには思うが、僕に何ができるわけでもない。

 ただ、心の中で手を合わせておく。



 なるべく死体を視界に入れないようにしていたが、ふと気づいた。

 こういう死体と、フラウアに寄生された人間の違いは何だろう。


 さっき襲われて理解したが、フラウアに寄生それた人間は、すでに心臓も止まっているようで、死体みたいなものだ。何で動けるのかは不思議だけど。


 一方で、100円ショップや凛と行った作業着の店、大型書店なんかでは、死体は死体のまま転がっていた。


 建物の中で死んだ人は、もしかしたらフラウアに寄生されないのかも。

 そういえば逆に、外では普通の死体を見かけていない。外に死体があると、花がその死体に寄生して、フラウア人間になっているのかも。


 そうだとすると、大きなショッピングモールだとか、ビルだとか、地震の際に人が多く集まっていたような建物の中は、かなりひどい環境になっているのかもしれない。

 こんな寂れた100円ショップですら、鼻が曲がりそうな腐臭で包まれているというのに。



 食器類が並んでいたはずのコーナーは、割れたガラスなどが散らばっていて、万が一転倒すれば大怪我をしそうなので、近づかないことにする。

 そもそも食器は家に戻れば十分あるだろうから、特に必要だと思っていないし。


 だけど近くの別のコーナーで、目当てのものを見つけた。

 カセットガスコンロ用のガス缶と、旅館のごはんで出てくるような固形燃料だ。


 ライフラインのガスが止まっている以上、火を使うには、何か薪になるものを燃やす以外では、こういうものが必要になる。


 僕の家にはカセットガスコンロはあったから、ガス缶さえ集めておけば、しばらくは暖かいものが食べられるだろう。

 お腹を壊したりしないためにも、火はとても大事になるだろう、と、昨日凛が言っていた。


 しかしガス缶は軽いけれどかなり嵩張る。

 バックパックが満杯になってしまうので、どうしたものかと辺りを見回すと、ちょうど大きなエコバッグのようなものが並んでいたので、それいっぱいにガス缶を突っ込んでおいた。



 一旦荷物を入口付近にまとめ、改めて店内を物色する。

 次に目指すは、スマホ用品コーナー。


 こういうのはだいたい、レジからそう遠くない場所にあるはず。


 と思って捜索したが、なかなか見つからない。

 100円ショップはものが多すぎるので、こうも散らかっているとなかなか目当てのものにたどり着けないようだ。


 体感で20分くらいして、ようやく見つかった。

 やっぱりレジのすぐ近くで、半分倒れた大きな棚に隠れて、スマホ関係のグッズが並んでいた。

 店の奥の方までチェックしてみたのが馬鹿みたいだ。



 探していたのは、スマホの充電器。

 今僕たちのスマホが充電できていたのは、たまたま凛が元々持っていたバックに、モバイルバッテリーと充電ケーブルが入っていたためだ。

 それを使って病院の電気をこっそり拝借している。


 僕らのスマホはみんな同じ規格のケーブルが使えるが、予備も必要なので多めに確保。



 ついでに、いいものを手に入れた。

 まずはモバイルバッテリー。

 まさか100円ショップにあると思っていなかったが、意外にもたくさん並んでいた。

 いわゆる高額商品。100円ショップなのに100円じゃないアレだ。

 重いが、かなり貴重なアイテムなのでたくさん確保。


 そしてもう1つが、ソーラー式充電器とやら。

 なんだかちゃちな見た目で、あまり性能には期待できなそうな気はするが、いずれ発電機能のようなものは絶対に欲しくなる。

 無いよりはマシなはずだ。



 すでに集めた物資は相当な重量になってきたが、たまたま近くに、気になるコーナーを見つけてしまった。

 最近流行りのキャンプ用品のコーナーだ。


 ほとんど床に散らばっていてめちゃくちゃになっているが、かき分けて物色してみる。

 何となくアウトドア用品は、こういうサバイバル的な状況下では役立ちそうな気はしたが、僕の家で暮らすイメージで考えると、それほど欲しくなるものはない。

 忘れかけていた、電池式の懐中電灯と小さなランタンはもちろん回収。



 あんまり他にいいものは無いかな、と思って諦めかけたとき、気になるものを見つけた。


 携帯用トイレ。

 小さな袋に入っていて、なんだこれ、という感じだったが、説明を見たところ、頑丈なビニール袋に用を足し、そしてそれを固める薬剤のセットが入っているらしい。


 病院のトイレは今のところ使えているが、よく考えてみれば、今後の生活で必ずしも下水道の機能が使えるとは限らない。

 一応持っておこう。少しだけ。念のため。



 その他、一応自衛隊の人たちに提供するために、嵩張らなくて軽い食品をいくらか回収。缶詰めは非常食の定番だが、重すぎるので諦めた。


 その他、ちょこちょこ目についた物資を集め、あらかじめ持ってきたバックパックと、拾った袋に詰めていき、どうにも持ちきれないものは減らしていった。



『物資の回収完了! これから病院に戻るよ!』


 メッセージを打った直後に、その元々は誰かのものだった、先日トラックの運転席から回収したスマホを触ったことで気がついた。


 今この店内で、最も価値があるものは何か。

 それは集めた物資でも、もちろんレジの中の現金でもない。


 最も価値があるものとは、そこらの死体が持っているであろう、スマホではないのか。

 僕たちのスマホも壊れてしまったら、もう携帯のショップなんてやっていない。予備が必要だ。



 今どき大抵の人は、買い物中もポケットやバックにスマホを入れていたはず。


 死体は正直、フラウアに寄生された人間も含め、これから先もかなり見つかるだろう。

 だけど死体を漁るようなマネは、特に奏の前ではできそうにない。


 死体の腐敗がさらに進むだとか、外のフラウア人間の場合は雨に濡れたりだとか、スマホの状態はどんどん悪くなってくるかもしれない。



 気づいてしまった以上、覚悟を決めるしかないだろう。


 凛ならためらわずやってくれそうだが、男として、いや元男として、女の子にこんな嫌な作業を押し付けることはできない。

 いや男とか女とかはどうでもいい。大切な友達に、こんな汚れ仕事を押し付けてたまるか。



 最終的に、スマホは4つ回収できた。

 破損していたものや、人間の腐った体液的なものでひどく汚れていたものは諦めている。


 充電がどれも切れているので今はわからないが、このうちパスワードが設定されているものがあれば使えない。

 一つでいいから、使えるものがあることを祈り、バックパックのすみに押しこんだ。



 死体からは他に、太陽電池式の腕時計を回収したので、かつてはこの店の商品だったウエットティッシュを勝手に開封して、念入りに拭いたあと身につけた。

 左手に巻いていたハチの形見の赤い首輪は、右手首に巻き直しておく。


 首輪に触れると、ハチのいたあの頃の幸せで安全な暮らしを思い出して、この現状がまるで悪い夢のように思えてくる。



 自分の甘えた感情をぬぐい去るように、自分の手に付いた死体の体液や、さっきフラウア人間を退治した際の血の跡もきれいに拭きとっておいた。


 また、喫煙者と思われる死体から、オイルライターとタバコ一箱を回収。

 自分たちはタバコは吸わないが、自衛隊の人にプレゼントしたら、印象が良くなるかもしれない。


 良いものを見つけた、なんて嬉しさはちっとも感じない。

 ため息しかでない現実が目の前にある。


 ほんの先日まで、縁側でのんびり猫と遊んでいた僕が、今は猫耳をつけて死体漁り。

 人生とは本当にままならないものだ。

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