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【完結】終末の花と猫と百合  作者: くもくも
3章 ひとりぼっちの冒険
12/47

3-3

 病院から近所の寂れた100円ショップまでは、わずか100mちょっとしか離れていない。

 最悪の場合大声を出せば、自衛隊の人が助けてくれるかもしれない、わりと安全な位置関係だ。


 一人で病院を抜け出す際、さすがに自衛隊の人も、僕が自殺でもするつもりなのかと心配して止めてきたが、あえてフードを外し猫耳を見せると、ぎょっとしたように、触らぬ神に祟りなし、といった感じで道をあけてくれた。


 自分からやっておきながらも、そのバケモノ扱いに正直泣きそうになっていると、先日スーパーの裏で回収しておいたスマホに、凛からのメッセージが届いた。

 前の持ち主には悪いが、凛と奏の連絡先を入れ、僕用のスマホとして活用することになったのだ。


『見ろ! 自転車ゲットだ! 』


 一緒に添付されていた画像は、似合わないママチャリに跨がった凛の自撮りで、こんな危険な世界のなかでその楽しそうな表情を見ると、少し気分が楽になった。



 日中に改めて見ると、地面に咲いたフラウアは、地震があったあの日よりも、だいぶ控えめな量になっている気がした。

 地震の日には、道を通れないくらいひどい印象だったけど、元々舗装されていた道路部分は、一応歩けるくらいにはスペースがある。


 場所によって咲き方に差があったのだろうか。いや、そういえば僕の家の庭も、なぜかほとんどフラウアは無くなりかけていた。

 成長したり枯れたり、何か条件があるのかもしれない。



 そんなことを呑気に考えていると、交差点のあたりから、何度か嗅いだ気味の悪い匂いがした。


 フラウアに寄生された人間か。


 慎重に、嗅覚と聴覚に頼り、周辺を探る。


 ちょうど花に覆われたあたりに、一人。だけど周りに他のバケモノの気配はない。


 避けて進みたいところだが、100円ショップに向かうには、どうにもそいつの近くを通らざるをえない感じだ。



 フラウア人間については、昨日ネットで集まった情報を見ている。


 口やら目やら耳なんかから、あのフラウアが飛び出したグロい姿はだいたい共通。

 動きは遅く、せいぜい人間が歩くようなスピード。


 噛んだり殴ったりはしてこないが、近づくと人間を押し倒し、特に大勢に囲まれると身動きができず、そのままゆっくりゆっくり時間をかけて殺され、同じように花に寄生されるとか何とか。


 元々人口が多かった地域では、こいつらも数が多く、かなりその被害者が出ているらしい。

 しかしここはかなりの田舎。今のところフラウア人間が群れているところはお目にかかっていない。



 元々、覚悟は決めていた。


 今日は、一対一なら、バケモノと戦ってでも物資を回収する。

 それができないなら、いつまでも僕は凛のお荷物だ。


 こちらを向いてまだじっとしているフラウア人間を確認し、一度深呼吸した。



 病院の近くで物資を回収するなら、今日はチャンスのはずだ。

 配給される食料などがさらに厳しくなれば、他の避難者も外に出始め、こういう近場は特に争いになりやすいリスクもあった。



 だから、今日は戦うんだ。自分一人でも。やれる。きっと大丈夫だ。


 フラウアに寄生された人間は、だんだんと近づいてきた僕に、ゆらり、ゆらりと不自然に体を揺すりはじめた。


 自分の心臓の音が、静まりかえった世界に響く。


 思えば、世界がこんなふうになってから、一人で戦うなんてことは初めてだ。

 まだ自衛隊には声も聞こえそうな距離だけど、助けを期待できるなんていうのは少し楽観的すぎる考えだ。


 凛もいない。クロもいない。


 しくじれば、きっと僕もあいつらの仲間入りだ。


 しくじるな。相手をよく見ろ。落ち着け、落ち着け。



 かなり距離が縮まると、フラウア人間は急に、早歩きくらいの速度でこちらへ歩きだした。

 うわ、来る! そっちから来るのかよ!


 あわてて右手に力を入れ、爪を伸ばす。

 よし、いくぞ、と身構えたとき、足元がずるりと滑った。



 そのまま、情けなくよろよろと横倒しに転倒する。

 道路に散ったフラウアの花びらが湿っていたのかもしれない。


 自分が転んだ衝撃で、赤い花びらが舞い上がった。


 花びらの向こうで、フラウア人間が、花の飛び出した醜悪な目でこちらを見ている。



 これはまずい、まずいよ。



 必死に立ち上がろうと体を起こそうとしたときには、すでにフラウア人間が僕に覆い被さろうとしていた。

 不思議と、敵意を感じる匂いはない。だけどハチの本能が、頭のなかで警報をならしていた。


 不安定な姿勢から、なんとか右手の爪を突き出す。

 相手の腹に、深々と爪が突き刺さる感触があった。

 だけど、ちっとも怯まない。鳥肌が立つような気分だった。


 まじかよこいつ。ほとんどゾンビじゃん。



 フラウア人間の、植物の根のようなものが絡んだ汚い手が、僕の肩を強く掴んだ。

 はっとしたときには、すでにそのまま、また地面に押し倒されていた。


 まずい、まずい!


 人間の体って、こんなに重いのか!?

 奏を運んだあのときは、フラウアの影響で力が強くなっていて気づかなかったけど、こんなの、僕に振りほどけるのか?



 僕の頬に、フラウア人間の口から飛び出した花が触れる。未だかつてない、最悪のほっぺチューだ。


 だけどそのとき気づいた。


 こいつ、息をしてない。


 うめき声すらあげないし、生き物の息遣いだけじゃなく、心臓が動く音も、とにかく生きている音が、何も聞こえない。


 汚い体にのしかかられ、重さで胸のあたりに痛みが走った。

 だけどなんだか、頭は急に冷静になっている。



 猫譲りの柔らかい体をよじり、膝をお腹のあたりに引き上げた。

 僕が猫なら、相手にのしかかられたときの反撃は、こうだ。


 膝を曲げた体勢から、一気にフラウア人間の体を蹴りあげる。

 相手の体が少し浮き、そのスペースを生かしてさらに何度も蹴りあげる。


 これが必殺の、猫キックだ!


 フラウア人間の体から何度も鈍い音が響き、ごろりと僕の上からずれて、道路に音を立てて転がった。



 ハチ譲りの自慢の爪で思い切り首をはねると、フラウア人間はそれですぐに動かなくなった。


 花に寄生された生首はなんだか作り物みたいで、グロいにはグロいが、なんとか吐かずに耐えられた。


 そこでまた気づいた。

 こいつ、前に殺した人間と違って、血があんまり吹き出てこない。


 生きていない。

 残念だけどやはりフラウアに寄生された人間は、もうこれからも治療の余地はないのだろう。


 自分や奏、凛が同じような姿になったところをふと想像してしまい、この人にもたぶん、こうなる前には誰か大切な人もいたんだろうと、切ないような悲しいような気持ちで胸が痛んだ。



 僕は背中や髪に付いてしまった、フラウアの花びらや土汚れを軽く手で払い、一度深呼吸する。


 危なかった、本当に。

 

 まさか自分でずっこけて、自分でピンチになるなんて。

 もし相手がフラウア人間じゃなく、他の凶暴化したバケモノだったとしたら、間違いなく怪我を、いや、今生きていられたかもわからない。


 そう考えると血の気が引く。



 ハチの力を手に入れて、自分が強くなったと、いつのまにか調子に乗ってしまっていた。

 だけど本来の僕は、誰かと取っ組み合いのケンカなんてしたこともない、運動も大の苦手なもやしっ子だ。


 油断するな。慢心するな。


 一対一なら戦う? なんて愚かな考えだったことだろう。

 生きていたければ、リスクは最小化しなきゃだめだ。フラウア人間のこともバケモノのことも、全力で避けて進め。

 

 僕はいつのまにか荒くなっていた息を抑え、気持ちを切り替えるために自分の頬を強くはたいた。

 しびれるような痛みで、再び頭が回りはじめる。



 まずは周辺を警戒。

 幸い、他のバケモノの気配はまだ全く感じない。


 急いで道端の自動販売機の影に身を隠した。

 冷静に。冷静に。


 そのまま息を整えていると、ポケットに入れていたスマホが振動する。



『ユウ、凛、無事だよね? 絶対に無茶しないで! 油断大敵!』


 シンプルな奏からのメッセージ。

 だけど、ちょっとだけ遅いんだよなあ。


 ため息をつき、でもそのメッセージで、すでに疲れ果てていた心に少し元気が戻る。

 目的の100円ショップは、もう目と鼻の先だ。

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