3-2
「じゃあ奏、細かく連絡は入れるから、体に無理のない範囲で情報収集は任せたぞ。……ユウは、何かトラブルがあったら奏を連れてうまく逃げてくれ。頼んだぞ」
翌朝。
わざわざ床に布団を敷きなおし、川の字で仲良く眠っていた僕たちは、日の出と共に活動を開始した。
なんだか以前までよりさらに二人との仲は深まっている感じがするけど、僕の心はまだしっかり男であり、二人に対してムラムラしていないと思われては困る。
1日のんびりと過ごした僕たちは、相談の上、今後の情報収集のために別れて行動することに決めた。
と言っても、怪我の影響に不安がある奏は今回もお留守番。
そして今回は、僕も万が一に備えて留守番がメイン。
つまり我らがスーパーウーマン、凛に単独行動で、周辺の他の避難所などの調査を行ってもらおうという、実に荒々しい作戦を立てたのである。
こんな危険そうな判断ができるのも、クロが守っている家がセーフハウスとして使えるという前提がある。
凛は日が暮れる前にあの家に逃げ込み、ついでに集めた物資を保管する手筈になっている。うまく見つけられたら、猫たちの食料も。
そしてもちろん、凛ならばむしろ、足手纏いになりがちな僕らがいないほうが、スムーズに活動できるという揺るぎない事実もあった。
「でも凛、絶対無理しちゃだめだよ。僕もいざとなったら助けに行くから、あんまり行動範囲を広げすぎないでね」
「ふふ、まあ心配だろうが任せておけ。一応、油断はしないつもりだ。まあ最近なんだか体の調子はいいし、銃で撃たれでもしない限り、なんとかなりそうな気はしてるんだ。……ユウ、近所とはいえ、お前も一人で外に出るのだから、気をつけてな。バケモノとの交戦は必ず避けろよ」
凛はそう言って、空にしたバックパックを背負うと、僕の猫耳をくにゃくにゃと触り、ふざけたように僕のおでこにキスをして、颯爽と外に飛び出して行った。
王子様かよ。
凛の唇が触れたおでこがなんだか熱い。
ていうか凛のやつ、この前からキスがなんか、距離感が変っていうか、僕のことを女の子扱いしすぎでは?
僕はこんなプルプルの胸をつけていたって、一応まだ男のつもりだし、チューはちょっとやりすぎだろう。女の子同士なら案外よくあること……なのかも知れないけどさ。
そういうのは僕は不慣れだし、なんか体がむずむずするというか、落ち着かない。
正直、こんなの意識しないようにするのは無理がある。
というか女の子同士でもキスなんてそうそう簡単にするか? それなら百合っ子の奏はいっつも大喜びしていそうだが。
「……うーん。やっぱりユウ、二人で外に出てたとき、凛となんかあったんじゃない? ほら、例えばだけど、エッチなこととかさ。ちょっと、なんか怪しいんだけど……」
その凛を溺愛している奏にジト目で見られ、思わず冷や汗が出るが……まあ、あったといえばあったし、不埒なことはなかったといえばなかった。
確かに、ちょっと自分でも、距離感がおかしくなってきている気はしなくもないけど。
「昨日も寝るとき、真ん中で寝てた凛と普通に手を繋いでたしさあ……なんかおかしいなあ……」
「いやいや、奏だって凛と手つないでたじゃん。嬉しそうにしてたくせに、何を今さら……」
さて、昨日みんなで確認したことを整理していこう。
まず僕たちの外出についてだが、凛が自衛隊の方に直接確認したところ、外出は一応黙認されているとのこと。
ここはそもそもただの病院であり、正式な避難所でもないので、僕たちを軟禁するような拘束力もないらしく、あまりこそこそしなくても、自己責任で外に出るのはかまわないらしい。
実際、僕たちの他にも外に出た若者が数名いるとか。
とはいえ、ちょっとその自己責任が重すぎる現状なので、凛もさすがに厳しく色々とご指導は受けたらしいが。
避難所の物資は一応改善の見込みはあるらしく、外のスーパーみたいなところから、自衛隊による食材の調達も始まったらしい。
昨日の夜も、非常食ではなく、炊き出しの豚汁が避難者に振る舞われていた。
ただどうしてもその分、避難所の守りが手薄になるので、僕たちのような若者や男性を中心に、物資の調達班を民間人から確保する、という、いかにも追い詰められたような作戦も検討されているとか。
「ねえユウ。やっぱりわたしたちも、物資の調達チームに立候補してみない? 小さい子供がお腹を空かせてたりするのを見たら、やっぱり何かしてあげたいよ……」
奏は顔を濡らしたタオルで拭きながら、昨日は凛に拒否された提案を、僕にまた上目遣いで根回ししようとしてくる。
「気持ちはわかるけど。でもやっぱり凛も含めて、三人で話し合ってから判断しようよ。こんなときにせっかく、三人ともこうして無事でいるんだから。当面は僕たちがケンカしないで、揃って生活していくことが、まず最優先じゃないかな」
昨晩の夕食の時間は、いつもは仲良しの二人が、珍しくちょっと口論になってしまっていた。
優しくて、悪くいえばお人好しすぎる奏は、避難所のみんなのために何かできることをやるべきだ、と主張する。
力はあるけれど現実にシビアすぎる凛は、自分たち以外のために危険なことをするのは愚かだ、と主張する。
どちらの考えも理解できるけど、でも僕からすれば、どちらが正しいとか以前に、二人がケンカをするほうがとにかく嫌で、昨日は話を途中で辞めさせたのだった。
「じゃあさ、凛が言うように、この避難所を出てユウの家を拠点にするっていうの、ユウは賛成なの?」
自然に僕の後ろに回り、寝癖のついた僕の髪をといてくれながら、奏はちょっと不満そうに続ける。
奏はどうも、とにかく僕たちだけが伸び伸びと暮らして、避難所の子供たちを見捨てるようなマネが、どうしても受け入れがたいようだ。
「……この病院を出るのは、悪いけど僕も凛に賛成かな。あのね奏、昨日も言ったけど、僕たちがこの個室にいられたのは、昨日まで奏が大怪我してると思われてたからだと思うよ? もう治っちゃった以上、ロビーとか廊下に追い出されるかも、っていうかそのうち確実に追い出されると思うんだ」
「そんなの……別に三人一緒なら、私はどんな場所だっていいと思う」
奏は後ろから、座ったままの僕にもたれかかりつつ、猫耳をぐにゃぐにゃともてあそんでくる。
声も匂いも、やっぱり不満そうだが。
「でもさ、そうしたらきっと、僕のこの猫の姿のことも、いずれ他の避難者にバレちゃうだろうし。……多分みんな、怖がるよ。僕がバケモノの仲間じゃないかと思っちゃう人だって、当然いると思うし。周りにとっても、僕にとっても、あんまり良いことじゃないと思うんだ」
僕の言葉に、奏は少し悲しそうな匂いをさせて、後ろから僕を抱き締めてくれる。
ちょっとずるいかもしれないけど、僕のためだと言えば、優しい奏は何も言えなくなってしまうのだ。
「それに、凛は昨日あえて言わなかったんだと思うけどさ。個室がなくなって、廊下とかで過ごすことを考えると、やっぱり特に奏が心配なんだ。……ほら、避難者には、男の人も多いから」
奏は男性全般のことがあまり得意ではない。僕とは元々この女顔のせいか、例外的に仲良くしてくれていたけれど。
奏が小さいころ、その両親が信仰していた怪しい宗教では、かなり際どい、というか真っ黒な、エロ的な要素が強い儀式のようなものも行われていたらしく、その頃の記憶のせいで奏は、男性に対して強く苦手意識があるのだという。
女性に対してはエロエロなので、そのあたりは奏の頭の構造がよく理解できない部分ではあるのだけれど。
まあそういう男性嫌いがなかったとしても、これからの避難所生活は、若くてかわいらしく、どうやっても目立つであろう奏や凛にとって、ちょっと危険な場所なのではないだろうか。
僕があえてそれを口にしたことで、奏はすっかり落ち込んだ匂いをさせはじめたので、僕はくるりと奏の方に向き直ってベッドから立ち上がり、両腕を広げ、自分のいまだに違和感がなくならない大きな胸をどんと張った。
「ほら、おいで奏! 特別だよ! 僕のこの大きなおっぱいで、特別にぎゅーってしてやろう!」
僕がふざけるように言うと、奏はほとんど目の色を変えるようにして、僕の胸に勢いよく自分の顔面を突っ込んできた。
「ふあああ! おっぱいしゅきい! おっきいよお! やわらかああい!」
思う存分、といった感じで、顔中でむぎゅむぎゅと僕の胸の感触を堪能しているようだが……そこまでしていいと言ったつもりはない。
胸をもてあそばれる、何かむずがゆいような感覚。
まあ、こんなんで元気になってくれるなら、いいんだけどさ。
でもやっぱり奏からは、こうして近づくと、何か男性っぽいような匂いがする気が。
よくわからないが、どういうことだろう。まあ、今は考えないようにしておくけど。
というわけで、今回は凛が単独で、自分たちでも過ごしやすい避難所が他にはないのか、そしてクロが待つ家の近所に、先日のスーパーマーケットで会ったイカれたやつのような、危険な人間が集まっていそうなところはないか、みたいな、今後の拠点に関する調査を行っていく。
調査結果次第ではもちろん、この病院に残るのがベスト、という判断になる可能性も、十分あると考えておいたほうがいいだろう。
ちなみに僕が残ったのは、先ほど話していたように、奏が変な男に絡まれたりだとか、個室を今日にでも追い出された場合に、力ずくでも奏を守るためである。
なにせ今の僕には、あまり思い出したくはないけれど、人間を簡単に殺してしまえるくらいの力はあるのだから。
とはいえ昼間の避難所内はさすがに安全だろうから、その間は単独行動で、病院の近くの100円ショップまで物資を探しに行くことにしている。
食料も多少はあるだろうから、避難所へ提供すれば、いくらか自衛隊からの印象も良くなるはずだ。
ひとりぼっちはちょっと不安だけど、僕のこのハチ譲りの猫耳の聴力と嗅覚があれば、バケモノや他の人間を避けての行動はできる、という目算があってのこと。
凛の目の前でもわりとうまくバケモノを仕留めてみせていたので、単独行動もなんとか許してもらえた。
都市サバイバル的な映画なんかでは定番の、ショッピングモールやホームセンターなんかは、他の人間との鉢合わせのリスクが高すぎる。
だけど、無料で物資を奪い放題な現状、あえて安さが取り柄の、寂れた100円ショップなんかを拠点にしている人間はいないだろう、と予想しているのである。
今はのんびりと僕の胸の感触を堪能している奏は、足の怪我のリハビリを兼ね、避難所内で他の避難者や自衛隊に聞き込みをして回る役割だ。
男性嫌いとはいえ、僕たち三人の中では唯一、他人とのコミュニケーションがうまい奏にしかできないお仕事である。
また、時間に余裕があれば、復旧したネットを使用して情報収集もしてもらう。
友人が他にほとんどいない僕と凛とは違い、奏には生存していた大学の同級生などから色々メッセージが届いており、そのおかげでこの病院以外にどこが避難所になっているか、などの情報が昨日から集まってきているのだ。
こうしてみると、僕が一番暇そうでどうでも良さそうな役回りだが、まあ、気にしてはいけない。
自分にできることを、リスクの少ない範囲でこなす。
これがサバイバルの鉄則だ。たぶん。