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【完結】終末の花と猫と百合  作者: くもくも
3章 ひとりぼっちの冒険
10/47

3-1

 翌朝、日の出前に目覚めた僕たちは、すぐにクロと今後について相談し、まだ弱ったシロを任せて避難所の病院に戻ることになった。


 昨晩、自分でも驚くほど凛に対して甘えてしまい、ただの友人としてはありえない距離感で夜を越してしまったが、凛はそれについて何も言わず、むしろ昨日までよりさらに優しい匂いで僕に接してくれている。


 キスの件といい、これ以上優しくされたらもう友人関係の一線なんて、僕の方から軽く越えてしまいそうだ。



 備蓄していたハチ用の餌は全て一旦クロに任せてある。

 シロの様子も気になるし、なるべく早くに追加の餌を持ってこの家に戻るつもりだ。


 この家は、今後の僕たちにとってかなり貴重なセーフハウスになる。

 クロたちに夜を任せて安心して休めるというのは、本来きちんとした避難所以外では得られないはずのメリットだ。


 今の避難所が元々病院であり、備蓄の食料にも限界が来ている以上、奏の怪我が治れば、僕たちの居心地が悪くなってくるのは予想がつく。

 環境の悪い別の避難所などに追い出される前に、自分たちのまともな拠点が確保できたのは、とても幸運なことだろう。



 手に入れていた衣類は半分以上この家に残し、空にしたバックパックには、避難所への帰り道で立ち寄った大型書店の雑貨コーナーで、ジュースや食料をパンパンに詰め込んだ。


 今後、避難所でまともに食事ができる保証は全くない。最低限、いつでもクロたちの待つ家に逃げ込む体力くらいは残せるように、自分たち三人分の食料は多少なりとも隠し持っておく必要があった。

 家の備蓄した食料にも今はなるべく手をつけたくはない。


 軽く探索した書店の中にはかなりの数の人間の死体が転がっており、最悪の環境だったけど、凛とそばにいて手を繋いでいれば、不思議と我慢はできた。



 帰り道では、凛がカラスのようなバケモノを二匹、僕が一匹撃退した。


 まだ現実味はないし、凛には到底及ばないが、僕にもこの世界で生き延びるための力が少しはあるみたいだ。

 巨大化したクロと最初やりあったときのことを思えば、鳥と戦うくらい大したことではないようにすら感じだしている。


 生き物の肉をこの爪で切り裂く感触にはさすがに慣れないが、夜に話していたように、この先も凛だけに危ないことをさせ続けるわけにはいかない。

 自分に力があるのなら、それを凛と奏を守るために少しでも役に立てていきたいと思っている。



 出発したときと同じように、避難所になっている病院裏手の金網をよじ登り、敷地内へ戻ることに成功。

 凛の行き当たりばったりなアイデアで、逆に堂々と正面入口から病院の建物内に侵入してみると、案外自衛隊の人も普通に中に入れてくれた。


 この感じからすると、他にも普通に病院の外に出ている人がいるのかも知れない。いや、非日常が続きすぎて、自衛隊の人達もいちいち僕たちのことに関心を向けていられなくなっているのか。

 


 猫耳をフードで隠し、むずむずするけど一旦しっぽをズボンの中にしまった状態で、奏の待つ病室へ戻る。


 廊下や階段では多くの避難者とすれ違ったが、今のところ僕の猫人間っぷりは気づかれていないようだ。

 さすがにこんなやつが避難所の中をうろちょろしていたら、パニックを引き起こしそうな自覚はある。


 凛がパンパンに中身が詰まったバックを背負い直し、病室のドアを開けると、部屋の中には奏の他に二人、幼稚園児くらいの子供たちが奏のベッドに腰掛けていた。



「そのときキリストのおじさんは、パンを少しずつちぎって、みんなで食べたら美味しいよって言って、集まったたくさんの人に分けていきました。最初は小さなパンだったのに、不思議なパワーでみんなにちゃんとパンが配られて、みんなが幸せな気持ちになりました。……あ、ユウ、凛! おかえりなさい!」


 奏は二人の子供に何やら本でも読んであげていたみたいだ。

 内容からして……聖書かな? かなりアレンジがひどそうな感じだけど。



 本を抱えて微笑む奏からは、安心するような優しい匂いと、あと、なぜか男性っぽいような妙な匂いもした。

 自分も男だったわけで、何か嗅ぎ慣れたような匂いなんだけど。


 不審な感じはしたけれど、凛の前で妙なことは言われたくないだろうから、よけいな詮索まではしないでおく。



「ごめんね二人とも。お姉ちゃん、そのお友達とちょっとお話があるの。本の続きはまた今度ね」


 奏に頭を撫でられると、よく懐いた感じの二人の子供は、キャッキャと笑いながらベッドを下りた。

 それを見て微笑ましい気持ちになっていると、凛があわてて何か荷物をまさぐった。


「かわいいお客様が来てたんだな。私はキリストではないからパンはないが、キミ達にはこれを分けてあげよう」


 さっき回収してきた板チョコレートを凛が渡すと、二人は少しきょとんとして、それからその場でその包みを破きだした。

 そして不器用な手つきで三つの欠片を作ると、僕と凛にひとつずつ渡し、そして最後に、もったいつけて奏に渡してくれた。



「はいお姉ちゃん。またご本読んでね!」


「うん。お姉ちゃんたちにもお菓子分けてくれてありがとう。また遊ぼうね」


 二人にまた優しく微笑む奏の柔らかい表情は、聖書の中のヒーローなんかよりよっぽど尊いもののように見える。



 子供二人が部屋を楽しそうに出ていくところを見て、ほんわかした気持ちになっていると、奏は窓から遠くを見ながら少し暗い声で言った。


「世界がこんなことになっちゃって、小さい子供たちがかわいそうだよね。……本当だったらもうすぐ新学期が始まって、学校でお勉強したり、お友達と遊んだりしてたはずなのに」


 ギャルっぽい明るい髪の色からは想像もつかないくらい、寂しそうな匂いが奏からする。

 だけどそれを自分で覆いかくすみたいに、すぐにいつもの明るい表情になった。


「ふふ、ごめんごめん。そんなことより、二人ともお疲れ様。怪我が無かったみたいで本当に良かったよ」



 奏はベッドから立ち上がり、若奥様みたいに凛の荷物を受け取ってくれている。


「ああ。まあこのとおりいくらか収穫もあったよ。……ん? もう立てるのか奏。足の怪我は?」


 地震で負った怪我の影響で昨日までベッドから離れられていなかった奏が、今日はもう普通に立ち上がっている。


「うん。なんかもうほとんど治っちゃったみたい。跡は残ってるけど、もうあんまり痛まないんだ。看護婦さんも驚いてたよ」


 奏は本当になんでもなさそうに、受け取った重い荷物をベッドに下ろした。



 しかし、まだ怪我をして数日でこれは、明らかにおかしい。間違いなく、フラウアの影響が出ている。


「そうか……まあ良かったが、なるべくまだ大人しくしておけ。キズが開いたらどうするんだ」


 凛もこれはさすがにおかしいと思ったのか、微妙な表情だ。



「奏、他になんか体におかしなところはないかな? いくらなんでも治るのが早すぎるよ。僕ほどじゃないにせよ、間違いなくフラウアの影響が出てる。あと、フラウアの匂いはつらくない?」


 フードを外して猫耳を解放しながら僕が言うと、奏からは少し、ためらうような、何かを隠すような匂いがした。

 僕たちの出発前に少し感じたのと同じ。


「……大丈夫。わたしも二人と一緒に行きたかったなーって思ってたら、いつの間にか治ってたんだ。フラウアの匂いは……前とだいたい同じ? 今は全然わかんないけど。前からたまに嫌な匂いだなーとは思ってたんだけど、ユウみたいに具合悪かったりはしないよ」


 やっぱり奏も、怪我のこと以外にも何か、フラウアの影響を体に受けているのだ。

 僕みたいに、取り返しのつかないようなとんでもない体の変化が出なければいいのだが。



 集めてきた作業着に着替える奏を見ないように背を向けて座っていると、もう女同士なんだから気にするな、と凛に笑われた。

 まだ心だけはこれでも男のままのつもりなんだけどな。


「ユウが心配してくれてる、フラウアのことはなんとなくわかるよ。ネットが復旧したからさ、少し調べてたんだけど、フラウアの影響で体が変化しちゃってる人がいっぱいいるみたいだね」


 奏が近くで着替える衣擦れの音に、少しドキドキしてしまう。

 ほら、まだ僕の感性はちゃんと健全な男子のものだ。


「ユウみたいに、女の子の体になっちゃった人もいるみたいだよ。あと、猫はまだ他には聞かないけど、ワンちゃんみたいになった人とか、ウサギの耳が生えた人なんかもいるみたい」


 僕はまあ、ハチの影響でこうなったんだろうけど、確かに女性になりたい、という強い願望を持っていた人は、世界にはそれなりにいたはずだ。

 猫耳やら犬耳だって、まあ割りとメジャーな性癖?だろうし。



「ウサ耳になったのは、元々大人気だった、ウサギさんのVtuberやってた人みたい。Vtuberの3Dの姿のまんま、見た目全部かわいくなったって、本人が写真をアップしてるみたいだよ」


 人の願望って、よくわからないものだな。かわいくなりたいっていうのは、なんとなくわかるけど。

 でもそれが、フラウアの影響を受けるほどの強い願いに至るのだろうか? ウサ耳姿になりたいなんて、そんなのぼんやり妄想するくらいのレベルの話でしかなさそうなのに。

 奏の怪我が急に治ったことにしてもそうだ。何かひっかかる。


 フラウアからの影響の受けやすさが、もしかしたら人によってかなり差があるのかも知れない。

 僕なんて女の子になりたいだとか、猫になりたいなんて、思ってもない……いや、少しぼんやり思ったことがある、ってくらいのレベルだしなあ。



「私ももう少しこのキツい感じの目が、奏みたいに優しい感じになればいいな、と思ってはいるんだがな。フラウアが咲いても一向に変わらんぞ」


 凛はベッドに腰を下ろし、背伸びをしながら本気かどうかもわからないような表情をしている。


「えー? 凛はこの目がいいんじゃん。そのままでいいと思うけどなー」


 奏はその凛の目尻を指でぐにゃりと下げながら、幸せそうに笑った。

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