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【完結】終末の花と猫と百合  作者: くもくも
1章 終末の始まり
1/47

1-1


『……先月アメリカで発表されたばかりのオレンジ色の花、フラウアは、すでにこの新宿にも広がっています。ご覧下さい、道路のアスファルトの隙間すらも、オレンジ色で埋めつくされています』


 テレビに映る映像は、これから終わる世界の姿を示しているみたいだった。



 我が家の縁側では、飼い猫のハチが、近所から遊びにきた野良猫と一緒にのんびりと毛繕いしている。

 メス同士でゆりゆりしており、実に尊い。


 世界に急速に広がっているオレンジ色の花、フラウアは、この田舎にもだいぶ増えてしまい、鼻につく匂いを発していた。



『このフラウアは、アメリカでの発表当初、生物の願いを叶える花として注目を浴びましたが、あまりにも強い繁殖力で急速に世界に広がり、問題となっています。その匂いで体調を崩す人も多いですが、特に深刻な問題となっているのは農業への影響で……』


 リモコンを操作し、気がめいるようなニュースが続くテレビを消す。


 縁側に横になった僕を気遣うように、飼い猫のハチがとなりにぴったりひっついてくる。

 ハチは去年亡くなった祖母が拾ってきたメス猫で、今では身寄りのない僕の唯一の家族だ。

 

 頭を撫でてやると、喉をゴロゴロと鳴らし、首の下のマフラーみたいにふわふわな毛を僕にすりつけ、もっと、もっと撫でろと甘えてくる。

 赤い首輪がざりざりと僕の手にあたる。



 ハチは元野良猫にしては気品がある、長毛のハチワレ猫だ。

 その圧倒的なかわいさだけが取り柄ではなく、よく僕を気遣うそぶりも見せてくれる、賢く優しい猫でもある。


 フラウアの匂いで体調を崩し気味になっていた僕を心配してか、ここ数日はほとんど僕に付きっきりになってくれていた。


「ふふ、ハチは優しいなあ。お友達はもう帰っちゃったのかな?」


 僕の言葉に、ハチはそのビー玉みたいに透き通った瞳をぱっちり開き、そして大きくあくびをした。

 太く長いふわふわのしっぽが、ピンと上を向いて伸びている。


「ふふ、ハチは今日もかわいいねえ。僕も猫になって、ハチをお嫁さんにしたいなあ」



 うちのハチのかわいさは、人間だけでなく、他の猫たちにも伝わっているようで、雨の日以外は夕方頃から近所の野良猫たちが集まり、うちの庭で集会を開いている。

 しかしどうやら今日はもう早めのお開きのようだ。


 ほとんどみんな、いつの間にやらいなくなっていて、うちの軒下をこっそり住みかにしている黒猫のクロ以外は姿を消していた。

 クロはこのあたりのボス猫だが、半分はうちの飼い猫のような存在でもある。


 うちの庭に集まってくる近所の猫たちは僕にもよく懐いてくれていて、特にお気に入りのクロ、シロ、ミケと勝手に名付けた三匹がいるのだが、今日はそのうち、黒猫のクロ以外は姿を見せなかった。


 猫も急に繁殖したフラウアに困っているのかもしれない。

 特に、まだ小さい白猫のシロが心配だ。

 ミケはどこかの飼い猫のようだから大丈夫だとは思うけど。



 昨日、大学の友人二人が、うちの庭に咲いてしまったフラウアをあらかた除草してくれたおかげで、今日はだいぶ体調も楽になった。


 目に付くだけでも不快な、禍々しいほど鮮やかなオレンジ色の花の匂いは、僕も含め多くの人の体調に悪影響を出しているらしい。

 僕もここ数日は微熱が続いていたが、今日はだいぶ落ち着いている。


 匂いをなんとも感じていないらしい親友二人の頑張りで、うちの庭だけはきれいさっぱり掃除され、かつて祖母が大切にしていた、縁側からののどかな風景が戻っていた。



 大学に入学してから、もう二年ほどの付き合いになるこの友人たちは、僕のかけがえの無い宝物だ。

 小学生のときに両親を失くし、祖母に育てられてきた僕は、時間もお金もなく、あまり友人付き合いを大事にしてくることができなかった。

 

 しかも僕は顔つきがとても女っぽく、恋人も作ってこなかったので、そっちの気があるのではないか、みたいなイジメを受けることすらあった。


 だけど今の親友二人は、僕をそういう色眼鏡で見ることはない。

 僕が祖母から受け継いだこの一軒家をたまり場にして、いつも僕に家族のように接してくれる。


 たまに僕を、自分たちと同じ女の子のようにおかしな距離感で扱ってくるときはあるけれど、そんなことは些末な問題だ。



「おーいユウ。言われた通り食材買ってきたよ。……おお? だいぶ顔色良くなってるじゃん。頑張って掃除した甲斐があったねえ」


 庭に車が止まる音がして、その親友のうち一人が帰ってきた。

 大きなワゴン車から、金髪のおしゃれな女の子が降りてくる。


「買い物ありがとう奏。たくさん買わせて悪かったね」


 荷物を運びにサンダルを履いて、縁側から外に出た僕の感謝の言葉に、彼女は照れたように笑った。


 昨日からこきつかっているせいか、少し疲れているような表情を見せるときがあり申し訳ないのだが、今は甘えさせてもらうしかない。


「気にしないで。わたしも食べさせてもらうんだしさ。……あれ? もうネコちゃんたち帰っちゃったかあ。せっかくネコのおやつも買ってきたのに。じゃあハチとクロさんで山分けだね」


 僕の感謝の言葉を、なんでもないことのように軽く流す奏。

 明るく染めた髪がいかにもギャルっぽい見た目だが、誰より優しい心の持ち主だ。


 大学に入ってすぐ知り合ったときから、早速女っぽいと言われて周りに溶け込めていなかった僕にも、分け隔てなくとても良くしてくれている。



 よくおやつをくれる奏の姿を見て、どこかに隠れていた黒猫のクロさんが近づいてきていた。


「あ、そういえば今日、大会が終わったら凛も合流するってさ。お好み焼きが食べたいって言ってたから、その材料とお酒もユウから預かったお金で勝手に買ってきちゃった。ふへへ、ごめんね?」


 凛というのは、僕のもう一人の親友で、同じく大学の同級生だ。

 異常に運動神経が良い女の子で、いろいろな体育会系のサークルに引っ張りだこ。今日はたしか、ソフトボールの大会に助っ人で参加しているとか。


 天は二物を与えず、という言葉に反して凄まじく見た目も良く、先日は陸上競技のユニフォーム姿で地方のテレビ局にも取材されていた。



「僕はお酒飲めないんだし、奏と凛にお金払って欲しいところだけど、今回は許してあげるよ。二人とも昨日はフラウアの片付けを頑張ってくれたしね」


「へへ、ありがと。ユウはかわいい顔しといて、私達をこきつかうから仕方ないよね。……はあ、でもほんとかわいいね。ユウが本当に女の子だったら、わたしの彼女にしてあげても良かったのになあ」


 早速クロとハチの二匹に囲まれておやつをあげている奏は、生粋の百合っ子だ。

 僕との出会いも、僕を女の子だと勘違いして彼女の方からホイホイ近づいてきたのが始まりである。


 とはいえ、スポーツ美少女の凛と出逢って以来は完全にそちらにお熱を上げているようで、百合の尊さを知る僕としても、頻繁に協力を行っていた。



 僕もいっそ、顔だけじゃなく、本当に女の子だったら良かったのに。

 そうすれば、奏たちと一緒に、百合の花咲く生活ができたかもしれないのになあ。


 今のままじゃあ、一生猫と戯れて暮らす独り身の未来しか見えない。まあ、それはそれで幸せかもしれないけれど。



 奏に買ってきてもらったたくさんの食料品を、冷蔵庫や、保存がきくものは棚にも詰め込んでいると、猫たちと遊び終わったらしい奏が、洗い場に手を洗いにやってきた。


「そういえばユウ、また食材減ってきたら、ちゃんと声かけてね。……外のフラウア、けっこうひどいんだ。ユウが外を出歩くのはかなり厳しいと思う」


 ギャルっぽい見た目に反し、天使のような気遣いをみせる奏の言葉に、感謝の気持ちでいっぱいになる。


「……本当にありがとう。フラウアの騒動が落ち着いたら、いっぱい恩返しさせてもらうからね」


「気にしないでいいって。私と凛だって、この家をたまり場にさせてもらってるんだし、おあいこでしょ」



 優しく笑う奏の胸元で、ちょっと時代遅れな十字架のネックレスが揺れた。


 奏は小さいころ、両親が開いた怪しいキリスト教系統の新興宗教施設で育ったらしい。

 その宗教は色々と悪いことに手を染めていて、奏の両親は今も刑務所に送られてしまっている。


 奏はその宗教を未だに信じているわけではないのだが、両親から教わった、その宗教の教義や考え方のいいところだけを切り取って大切にしていて、その優しさやものの考え方は、もはや聖人の域である。


 僕も、奏が教祖様の新興宗教があるのであれば、ぜひどっぷりそれに浸からせて欲しいくらいだ。


「ユウは友達だもん、当たり前だよ。……友達は大事にすること。だって大好きな友達だから。以上!」


 適当すぎる奏の教義に、少し笑ってしまう。


「でもフラウアのせいで本当に、せっかくの春休みがめちゃくちゃだね。ユウも具合悪くしちゃうし。神様なんていないって、本当によくわかるよ」


 奏はそもそも神様の存在自体を否定している、現代的な教祖様なのだ。



 夕飯まではまだいくらか時間があるので、二人で縁側が近い茶の間に戻ると、縁側ではハチが、庭の奥からクロが、それぞれこちらを見ながら、にゃあにゃあと鳴き出した。


「んん? ハチとクロがなんか変だ。どうしたんだろ」


 普段はちっとも鳴き声を聞かないクロまで、なぜか鳴くのを止める気配がない。

 ハチは僕の足元にすり寄ってにゃあにゃあ言い続けているが、撫でようとしたら嫌がって甘噛みしてくるほどだった。

 

「発情期じゃないの? 最近暖かいしさ。……あ、ちょっとテレビ付けるよ」


 二匹の猫たちの様子に、僕はどうにも嫌な予感が消えないのだが、奏はふわっと笑うだけで、特に気にせず畳に寝転び、テレビのリモコンを操作した。


『……緊急速報です! 各地のフラウアの花に異常が起きています! こちらお台場でも、その様子が見てとれます!』


 背筋が凍るような気分になって、外に目をやると、すでに庭からクロは姿を消していた。

 ハチは僕の足元から、未だににゃあにゃあと叫ぶのをやめない。


『……ご覧下さい! オレンジ色だったフラウアの花が急速に色を変えています! 黒ずんだ朱色に花びらの色が変わって、禍々しい色合いに……うわ、道路を埋め尽くすように、とてつもない速度で成長しているようです! 一体何が起きているのでしょうか!?』


 青ざめた表情の奏と目が合う。


 風が強く吹いた。

 フラウアの嫌な匂いが、近所から強く漂ってきた。


「ねえユウ、なんかおかしいよこれ。とりあえずそこの扉を閉めて……」



 そのとき、僕と奏のスマホから、ほとんど同時に、けたたましいアラームが鳴った。

 何度か聞き覚えがあるそのアラームに、心臓がドクリと音を立てた。



 緊急地震速報。



「奏! 早くテーブルの下に隠れて! 早く!」


 僕はほとんど本能的に、足元で鳴くハチを守ろうと覆い被さる。


 固まったままの奏と目が合う。




 その瞬間、世界が揺れた。

 フラウアの花びらが舞う中で。

 この作品を通じて、パニックジャンルでも百合を布教します! どうかブクマと評価でご支援をよろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[一言] フラウアだけでなく、百合もたくさんの世界
[一言] 終末TS百合!!まだ一話ですが好きですね!
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