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短編集・散文集

魅せられて

作者: Berthe

 あえなく人と輪になって座る羽目に陥った折に、その場から我先にふらりと退散する、あるいはどうしてもその席に着くべき道理が見えているはずなのに、独り飄然と傍らの席に腰を下ろしておのれの世界に没頭、場の連中に訝りの目を向けさせない、不審の念を起こさせない。もしくは端からそれを気にもしない。


 これほど誰もが往々夢に見ながら、容易に達成されないものもない。


 心中一刻も早くこの窮屈な漫談の場を切り抜け、華やかな通りにわが身を開放したい。お定まりに天気や仕事、世間の流行、政治経済、学校の話、銘々の趣味嗜好、時折恋愛の話に花が咲くといえども毎度つつくべき話題であるはずもなく、幾度もチラチラ盗み見て秒針のリズムまで把握している掛け時計へそれでも今一度決心のまなこを向け、勇を鼓して立ちかける前に胸中で発すべき台詞を反芻整理し、折よく手元の携帯電話に緊急の通知がはいった振りを装って手先を軽やかに動かしたのちしばし止まって沈思黙考の風情、再び指を動かし仕上げに指頭で画面をタップしたのを潮にみずから奮い立たせ、用事のため先に失礼したい旨を、ただし決して失礼にならぬよう不快を与えぬよう周りとの身分、関係性に十分配慮した上でいよいよ述べ始める。


 伝え終え、未だ場に未練があるような素振りを見せる一方、すでに身浮き立ち心軽く、ひと仕事終えたばかりの頭はかえって爽快至極、疲労は忽ち吹っ飛び、その勢いのまま立ち上がると、面上晴れやかになるのを最早抑えきれぬままに隠匿出来るはずもなく、すぐに自分でそれと心づいて微かに決まり悪くなる折から血流活性の足元、今すぐにも小気味よく駆け出してはや牢獄を抜け出したい様子。


 辞去の挨拶を重ねに重ねてようようアスファルトに降り立ち、その日は頗る麗らかに過ごせたところで、幾度も使用するべき手立てでもない。気兼ねする。確かめようもない自己の評判陰口にひとり思い煩う。しかし悪いもので一度それに手を染めると、いつか再び近い折にもその手段を講じたくてたまらない。


 もとよりしばらくは実行不能な事。


 が、日々の鬱憤も溜まりに溜まった頃、次第次第に気兼ねの糸が緩んだ末、最後はぷつんとみずから鋏で以て断ち切ってしまう。その痛快温和な日が明けると、またぞろ不快忍苦の日々が延々と続く。


 そんな世間一般の暗黙の法令を我関せず物ともせずの風情で、飄々と打ち破り颯爽と切り抜ける雄姿をわが目わが心に焼き付けてくれたからこそ、私は彼女への希求憧憬の情を抑え難くなったような心持ちがする。


 勿論見目も好みだった。間もなく近づいて付き合うようになると、至極幼気で優しかった。恋人にだけ見せる情愛というものがはっきりと感じられ見て取れた。


 しかしそれは無論のこと付き合ったのちの事情である。それへと突き進む真の引き金は別にあったのだ。

読んでいただきありがとうございました。

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