1-4.織部ハル洗礼を受ける
そして午前の授業が終わった。
「何もわからなかった…」
頭から火が出そうで机に突っ伏す。
「私、執行会に用事あるから先にテラスに向かってて。」
手を振りお嬢を見送る。
「あー腹減った腹減った腹減った…」
お嬢が去った瞬間、教室に活気が戻る。
私は確信した。お嬢、いじめられてるんだな。
「あー何つってたっけお嬢。ま、昼だから飯食うところだろ。」
スマホを燕尾服のポケットに詰め込み、ノロノロと立ち上がる。
生徒たちを追ってエレベータ前につくと、教室では感じなかった好奇の視線にさらされているのがわかった。
「チッ」
おもむろにイアフォンを付け、目を閉じる。
「おい、飯食うとこはどこだ?」
エレベーター前にいた生徒に尋ねる。
「ヒッ…、30階でふ!」
「ふーん、ドウモ。」
「いや、デカ!」
いやほんとにここビルの中か?
どこかの城のダンスホールのようだった。
あ、でも食券なんだな。ってか列やばすぎないか。
そこに並んでいるのは私と同じタキシードかメイド服を着た生徒たちだ。
「まあとりあえず席席。」
長いテーブルが4列。お、そこそこ空いてるな。
「ここでいいか。」
適当に空いていた角の席に座る。やっぱ出入口が近い方が何かと便利だし。
あ、スマホの充電切れてやがる。
机に付いているコンセントを探そうと机の下を覗き込んだその時だった。
「ゲホッ!」
息を吸った瞬間鼻に水が入りむせる。
「あなた、使用人の分際でどういうつもりかしら。」
濡れた髪をかきあげると女が空のコップを手にしているのに気がつく。
はーなるほどな。こいつ私に水ぶっかけやがったな。
「あなたのご主人様は誰かしら?まああなたのようなルールも守らない蛮族を手元に置くなんてたかが知れてるのでしょうけど。」
「ええ、ええ。その通りですわ、桜小路様!こんな常識知らずが現れるなんて!」
「主人もなしに先に席をとるなんてなんてはしたないわ。」
周りの視線がこちらに向いている事に気がついた。
スマホを開く。めちゃめちゃに濡れてしまったが壊れてはいなそうだ。
「ちょっと、あなた何なのその態度は!!」
突然肩を掴まれる。
なんだてめえ、今私は機嫌が悪いんだ。
舌打ちとともにうっかりにらみつけてしまった。
「ちょ、ちょっと、佐々木!」
ヒスを起こしたのか声が上ずっている。
「はい。」
そこには垂れ目がちで高身長ないかにも女にモテそうな、なんというかチャラチャラとした軟弱な印象の男がいた。
同じ服を着ているということはこいつも私と同じか。
このいかにもモテそうな男と、金はあるようだが、センスがズレたパッとしない女…
「これが金の力か…」
散々私を糾弾していた声が止む。
縦ロール女が顔を真っ赤にし肩を震わせている後ろでチャラ男は笑いを堪えているような…
もしかして、声に出てた?
「ふ、ふざけっ!!!」
女は大きく手を振りかぶる。
「そこまで。」
声が響く。艶があるハスキーな性別を感じさせない声…
その声が聞こえた瞬間女の顔は一気に青褪める。
「あ、ああ、蘇芳様…」
一気に静まり返り緊張が走る。どいつもこいつも私たちから目を逸らす。おいおい、さっきの威勢はどうしたよ。
コツコツと足音が止む。
女の後ろには…
「あ、お嬢、私カツ丼ね。」
呆れた顔のお嬢だ。
「私テラスにって言ったはずだけど。」
あの騒動の後、お嬢に連れ出され植物園のような階に来た。
「あー、そうだっけ?」
「まあ、私から話しておいたから大丈夫だとは思うけど。」
「話ねえ…」
というか金持ち共は小鳥の餌しか食べないのか。腹に溜まんねえ。
仕方なく食堂から持ってきた妙に小難しい横文字の味気ない、皿のわりに量が少ない肉料理をつまむ。
お嬢は朝用意したスムージーにサラダをつまんでいる。
ダイエットする必要ないだろうに。
固形物食ったら死ぬのだろうか。
教室に戻ると周りの態度は相変わらずだ。
こんなあからさまなのにお嬢は何も感じないのかのように席に着き、次の授業の準備を始める。
「す、蘇芳様………」
その声が聞こえた瞬間、張り詰めた空気が漂う。
決してこちらを見ない生徒たちもこちらの様子をうかがっているのがわかる。
振り向くとそこには、さっきの女子生徒がいた。
先ほどの傲慢な態度はどこへやら。今にも処刑されるのかといった表情でうつむいている。
「桜小路さん。どうしましたか?」
「先ほどは申し訳ありませんでした!」
そういうといきなり土下座をしたのだ。
プライドエベレスト級の女の土下座に驚きを隠せない。
「え、ちょ、なに…」
超展開に思わず声が出てしまった。
「顔を上げてください。きちんと説明しなかった私の責任でもありますから。」
「いえ!いえ、そんなことはありません…」
今にも泣きそうな声色だ。
「ですから、私の家は…」
家?
「あくまでここは学校ですから、家の話はやめてください。」
ふと目線を上げると女子生徒の使用人?であろう優男がいる。
こちらをじっと見ていたようで目が合うと小さくこちらに笑いかけてくる。
なんなんだこいつ。
「もう、この話はやめましょう。私は誓ってあなたの家をどうこうするつもりはありませんから。授業も始まりますし早く教室に戻られたらいかがでしょう。」
お嬢の声に苛立ちが滲む。
本当に、申し訳ありませんと言い残し女子生徒は教室を出て行った。
連れ立っていた優男は教室を出る直前、私を見て小さく手を振る。
「うっわ。」
「どうしたの?」
「いや、何でもない。」
鳥肌立った。