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世界で一番幸せな呪い  作者: 流水
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お人よし

 蒼龍の全長は10メートル近くの巨体で、4本の巨大な蒼くきらめく足にはそれぞれ4本の鋭い爪が輝いている。見ると蒼龍は口を大きく開け、その口内から水色のきれいな色を放ち始めていた。


「くるぞ!」


 アリスはそう叫んだ。その叫び声と同時に蒼龍の腹が少し膨らんだと思うと、口から水色に輝く光線を吐き出した。その光線が一直線にクロウたちのほうへ向かってくる。その光線が通った周辺の平原はまるで時が止まったと錯覚するくらいに完璧に凍結し、その一帯を肌寒さがおおった。あれを食らったらまずいとクロウの本能がそうささやいた。クロウは刀を振りかぶると歯を万力の力で嚙み締め、振りぬいた……はずだった。


刀の勢いは光線に当たると同時に殺され、光線と力比べする形となった。その瞬間、クロウは一瞬でも力を抜いたら光線に吹き飛ばされると理解した。そして、蒼龍の光線は一時たりとて緩むことはなかった。クロウの能力で今のところ蒼龍の光線は相殺できているが、地面を踏みしめる足の力を一瞬でも抜いたら、あるいは刀が負荷に堪え切れず折れたら彼自身だけじゃなく、後ろにいるアリスにまで当たってしまう。


だが、彼の手はその意志に反して力が抜けていった。その光線の冷気が彼の腕の感覚を次第に奪っていっていた。このままではじり貧だと思った刹那、アリスがクロウに抱き着き、片方の手を虚空に向かって突き出し、叫んだ。


「”イグヌス”!」


 その瞬間、巨大な爆発がおこり、その反動はアリスだけでなくクロウの体ごと光線の範囲内から吹き飛ばした。そしてそのまま、宙に浮き草原に叩きつけられた。クロウはとっさにアリスの頭に手を回し、着地の衝撃から彼女を守った。彼女は目をぎゅっとつぶっていた。クロウたちが先ほどまでいた場所は一瞬で氷ついていた。彼女の機転がなければ今頃は、あの凍りついた花のようになっていただろう。


「無茶するなぁ」


 思わずクロウはそう言った。クロウの腕の中でアリスはパチッと目を開けた。


「あの状況で、助かるにはあれしかなかっただろうさ」


 そう言いながら、クロウの手をほどき、立ち上がった。


「まぁ、とりあえず急場は凌いだわけだ。絶体絶命な状況には変わりないけどな」


 クロウも苦笑いをしつつ立ち上がった。アリスは長い漆黒の艶めく髪に絡んだ雑草を取りながら言った。


「あぁどうにかしてあの龍を倒さなければ二人ともただでは済まないだろうね。君も例外なくね。おそらくあの龍に食べられると胃の中で延々と消化と再生を繰り返すだろうさ、死ぬまでね」


 その話を聞いてクロウは思わず身震いした。


「食欲が減りそうになるイメージは出来ればさせないでほしいところなんですけどねぇ」


 クロウはそう軽口を返した。昔ならきっとこれも罰だと思えただろうが、この命が彼自身だけの命ではないとわかった今、何もなさずに死ぬわけにはいかない。この命を使うのは少なくとも今ではない。


「アリス、何か方法は思いつかないか?」


 蒼龍から目を離さず、アリスに話しかける。


「龍のうろこは魔法を拡散させる力があって、そのせいで私の魔法では威力が足りず、決定打にはならない。となると、君の能力頼りなんだが、君の能力は魔力を帯びたものなら何でも切れるのかい?」


「そのはずだ。ただ昔一度龍と闘ったときは一番柔らかいと言われる腹部さえほとんど傷つけることはできなかったよ。ってか、お前のあのでかい爆炎魔法ですらあの龍に効果ないのかよ……」


「私の魔法は、範囲こそ広いが、あまり密な魔法ではないんだ。あの龍を魔法で倒すためにはもっと密度の高く、威力の高い魔法をぶつける必要があるんだよ」


 いよいよ打つ手がない。だが、こちらに何の策がないからといって、蒼龍は“じゃあまた明日”と待ってくれるわけではない。苦虫をつぶす思いで蒼龍を見て、ふとクロウはあることに気が付いた。


「なぁ、あのアリス、あいつお前のほうをずっと見てないか?」


 そう聞くと、アリスはびくっとして、目を見開いた。そして、下唇を噛み、バツの悪そうな顔をした。


「……龍の主食は基本的に魔力のある物質を中心としている。蒼龍にとって魔獣だけでなく魔人族も食料の1つなんだよ。そして、私の魔力量は他者のそれよりも圧倒的に多いんだ。だからあの龍の最大の目的は私なのだよ——」


 そう告げた。なるほど、だからアリスのほうを凝視しているわけだ、得心がいった。それならばクロウのやることは一つである。


「そうか、ならお前は俺から離れるなよ。離れちまったら守り切れない」


 そうアリスに言い、彼女を自分の後ろへ隠した。彼女は翠色の大きい二重瞼をぱちくりとさせ、理解ができないといった表情で不思議そうに聞いてきた。


「……どうしてそんなことが言えるんだ?」


「あっ? そりゃあ流石に離れたお前を守りながら、龍を撃退するっていうのは無理だからに決まってるだろ」


 クロウにとって当たり前のことを告げただけのはずなのに彼女は、珍しいものでも見るような目で見た。


「私を囮にすれば君は生き延びることができる確率は跳ね上がるんだぞ。それに私と君は昨日であったばかりで、君には私を守る理由なんてないはずだ」


 彼女の問いを聞き、クロウは何だそんなことかという表情で言った。


「出会ってからの時間が短いからって、それは別に助けない理由にならないだろ。それにさ、お前だってさっき俺を魔法で助けてくれたじゃねーか。目の前にほっといたら死にそうなやつがいて、しかもそいつはいいやつなんだぜ。助けない、守らない理由がないだろう?」


 彼女はほんの一瞬だけ目を見開き、こちらを見返して、なぜだかほんの少しだけ瞳を潤ませ、笑いながら言った。


「君はとんだお人よしだなぁ」


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