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世界で一番幸せな呪い  作者: 流水
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独りぼっち

 クロウは先ほどまで自分が見ていた夢は何だったのだろうかと疑問に思いながらも、体を起こそうとした。しかし、クロウの体が起き上がることはなかった。体に何か冷たいものが覆いかぶさっているようだった。


 暗闇の中で懸命に体を動かしているうちに、その空間の匂いや触感でクロウは自身が土の中に埋められているということに気が付いた。どうやら、トゥーリたちはクロウを殺した後、ご丁寧に土の中に彼を埋葬したようであった。


「でも残念だったな、こんな柔い埋め方じゃ俺は止めらんねぇよ」


 クロウはそう独り言ちると、歯を食いしばり両腕に力を入れた。そして、自分の上に覆いかぶさっている土を全力で押し始めた。すると、かぶさっていた土が少し持ち上がり、わずかばかりの空間が生まれた。


 クロウはにんまりと笑い、そして体制を整えるとモグラのように両手で覆いかぶさる土を掘り始めた。そして、少しずつ少しずつ土を掘り進め、1分ほどでその両腕は地上へと到達した。


 そしてクロウは地上に土にまみれた顔を出したが、日は完全に落ちていたこともあり、今いる場所がどこだかクロウには判断できなかった。ただ、周辺には鬱蒼とした森林が広がっており、何となくではあるがこの場所は迷いの森の内部であることをクロウは直感した。


 そしてあたりを注意深く見まわすと、クロウの愛刀がご丁寧に彼の埋められた穴の近くに転がっているのを見つけた。なぜ、ご丁寧にクロウの刀までここに運ばれているかとクロウが頭を悩ませていると、少し離れた場所から体の軸がぶれるほどの地鳴りが伝わってきた。


 クロウはもしかすると屋敷で何かあったのかもしれないと思い、その音がした方へ向かって一身に走った。結論を言うと、地鳴りのあった場所は屋敷などではなく森林の少し開けた部分だった。


 そこでまず始めにクロウの目に留まったのは、真っ二つに引裂かれた2m以上の魔物と、地面に横たわる巨大な木であった。その横たわる巨木を見てクロウは、先ほどの地鳴りはこの巨木が倒れた時ものだったのかと納得した。そしてふと広場の中央部分に目を向けたクロウは、そこに鎮座する物体を見て目を見開いた。


 その物体は漆黒の半径2m程度の球状の物体であり、この広場において突出した異物感を放っていた。その球体のそばに転がっていたいくらかの魔物の死骸を見て、クロウはその球体に関する危険度を跳ね上げた。なぜならその魔物の死骸はきれいに真っ二つにされており、その断面は面と面を合わせると再びくっつきそうなほどに綺麗だったためである。剣術に優れたクロウの技であっても不可能な程に——。


 クロウは刀を抜き、じりじりとその漆黒の球体に近づいた。そして8mほどの距離まで近づいたときに、クロウはその球体から音が漏れ出ているのに気が付いた。それは、女のすすり泣く声だった。さらにクロウは、その声に聞き覚えがあった。


「スキア……なのか?」


「来ないで!」


 夜空にスキアの叫び声が響く。それは、この世のすべてに絶望したようなそんな声音だった。クロウは若干警戒を解くと、先ほどよりは無造作に漆黒の球体へと近づいた。だが、それがいけなかった。唐突に球体はから帯状の影のような物体が伸び、クロウへと迫ってきた。その速度は尋常でないくらい速く、気を緩めていたクロウに回避することは不可能だった。


「がぁぁぁぁぁぁ」


 広場にクロウの絶叫が響き渡る。それと同時にクロウの左腕がポトリと地面に落ちた。


「いま魔法の制御ができないの、死にたくなかったら近づかないで!あなたには関係のないことなの!」


 おそらくずっとここで泣いていたのだろう、スキアの叫び声は少しかすれ声であった。クロウは痛みのあまり飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止め、歯を食いしばって叫び返した。


「関係ないなんてことはねぇ!俺はお前をアンネさんのもとへ、お前の母親のもとへ連れていくと約束したんだ!」


「私はティアじゃない!ティアの姿をしたニセモノなの!ニセモノはホンモノにはなれない、お母さんが待っているのはニセモノの私なんかじゃない!望まれているのは私じゃない!もういいの、この世界に私の居場所なんてもうないの、だからもうお願いだから放っておいて。一人にして!」


 その思いを、その絶望をクロウは知っていた。この世の中に自身が生きることが望まれておらず、今すぐ消えてしまいたいという感情を。だからこそクロウは二の足を踏んだ。一度完全に折れてしまった自分にあの絶望していた自分を救ってくれた女性と同じことが出来るのか、と。少なくとも彼の頭には彼女を救うための冴えたやり方は浮かんでいなかった。


——そんな時、クロウの脳裏に闇夜を照らす朝日のように暖かな声が響いた。


『この先あなたがそんな悲しい思いをしている人に会ったら、助けてあげて、幸せにしてあげて』


 ああ、そうだったとクロウは再生した左手のこぶしを握った。目の前に生きることに絶望し、自分の存在を否定している、そんな悲しみを背負った人が目の前にいるのだ。それならばクロウのやるべき、いや、やりたいことなんてたった1つしかないのである。


「お前がどんなに救いを拒み、拒絶したとしても、必ず俺がお前を笑顔でアンネさんと会えるようにして見せる。大丈夫だ、お前を一人ぼっちになんかしないからさ」


 黒い球体のスキアからは見えていないだろうが、それでもクロウは彼女を安心させるように、にへらと笑って言い放った。


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