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世界で一番幸せな呪い  作者: 流水
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爆発し、そして物語は動き出す

 カコン、カコンという音があばら家に響いていた。その音と、窓から差し込む朝日でクロウは目を覚ました、いつもよりも幾分か気分の良い目覚めだった。彼が寝ぼけ眼で物音がした方を見るとアリスが調理台に立ち、包丁を振り上げているのが見えた。昨日彼女に貸した服は床に投げ置かれ、彼女はすっかりと乾いた漆黒の豪奢なドレスに身を包んでいた。そして、やにわに包丁を振り下ろした。ガコーンという音と共にまな板の上に載っていた食材が躍った。


「……何してんだ?」


 クロウは彼女が何がしたいのか分からなかった。


「あぁ、起きたのかい。昨日はごちそうになったから、今日の朝ご飯は私が作ろうと思ってね。こう見えても料理には自信があるんだ」


 そう彼女は得意げに笑った。自信とは何ぞや? とクロウは頭上には疑問符が浮かべつつも、あきれた顔でアリスに話しかけた。


「いや、そんな切り方してるとケガするぞ。それに、包丁の刃が欠けるし、ちょっと貸してみろよ」


 そう言って彼女の横まで行き、手を出した。そうすると、彼女は口をとがらせて意固地に言った。

 

「私が作るって言っただろう」


 クロウは頭をポリポリと搔き少し逡巡したが、やがて根負けしたように言った。


「分かったよ、じゃあ一緒に作ろうぜ。それならお前も料理できるし、良いだろう?」

 

「お前じゃない、私にはアリスという名前があるんだ。だが……まぁいいだろう。ここは君の家だしね、君のルールに従おうじゃないか。まず、私は何をしたらいい?」


 不遜な態度で、だがどこかほっとしたような様子でそう聞いてきた。じゃあ、とクロウは続けた。


「アリス、まずはその手の包丁を渡してもらおうか」


 彼女はしぶしぶといった様子で包丁を手渡した。


「包丁っていうのは、片手で使うんじゃなくて、もう片方の手を食材にそえて使うんだよ。そん時、そえる方の手の指先はちゃんと丸めるんだぞ、ケガするから」


 クロウはそういって、テーブルに置かれた野菜の一つをゆっくりとアリスから見えるように切った。そうして、やってみなと言って彼女に包丁を渡した。アリスは驚いた様子で、いいのか? と聞いた。クロウは質問の意図が分からずキョトンとしていると


「だって、私はあまりこういう作業が得意じゃなくて……。役立たずになるかも——」


 先ほどまで自信満々だったのがウソだったかのようにそう言った。クロウはその様子を見て、


「だって、さっきアリス自身が言ったんだろ? 自分が作るってさ。あんま料理したことないんだったら、最初はできなくて当たり前だろ、それより大事なのはやろうって気持ちだろ。それともやっぱり見とくか?」


 そう茶化すように、だが優しく微笑んで言った。彼女は驚いたような顔でクロウを見て、ほっとしたように笑った。


「ふん、食材を切るくらい、できるさ」


 そして、おっかなびっくりといった様子で作業を始めた。そして、数刻経った頃、ついに食材を切り終わると得意げにアリスは言った。


「見ろ、クロウ! 終わったぞ!」


「ご苦労さん、んじゃあ次はかまどに火をつけてくれ」


 クロウは微笑みながら次の指示を出した。


「ふむ、任せておけ!」


 先ほどまでの不安げな表情とは打って変わって、自信を取り戻したように竈の前にしゃがみこんだ。そして、かまどの横に置いてあった火打石をかんかんと打ち始めた。しかし、慣れていないのか一向に火が付く気配はない。静かな部屋に火打石の音だけが鳴り響く。クロウはその様子を見て、ふと疑問を口にした。


「魔法は使わないのか?」


 そのセリフを聞いて、アリスはむぐっと口をつぐんだ。クロウは彼女の反応から何気なく思ったことを言った。後々、クロウはこの時の軽率な発言を心から悔やむことになるとはつゆ知らずに。


「……もしかして、魔法苦手だったりする?」


 そのセリフに、アリスは眉をきりりと上げ、ムキになって言った。


「使える……使えるとも。見ておけ!」


 アリスは両手を竈にかざすと、唱えた。


「”イグヌス”」


 するとアリスの掌が黄昏時の夕日のように輝きだし、そしてズンと体の芯を揺らすような音とものすごい熱量が空気中を伝ってきた。そして確かに、かまどには火が付いた。より正確に言うと先ほどまでかまどのあった場所に火がついていた。先ほどまでかまどや壁があったところには何もなくなっていた。アリスは反動で尻餅をついている。


「おぃぃぃぃ、なにしてくれてんだよ!? 家の半分吹き飛んでんじゃねーか!」


「……ちょっと、火力が強かったぐらいで大げさだな。夜なんか星空がきっときれいだぞ?」


 そういって空を指さした。なるほど、確かに半壊した家からは澄んだ青空がのぞいていた。夜になればきっと星が瞬きさぞ綺麗だろう……。


「いや、そうじゃねぇだろう! 人様の家を半壊させておいて何か言うこと——」


 クロウが文句を言いかけたところで、彼は数秒前まで家があった奥の平原から殺気が向けられていることに気が付いた。アリスも気が付いたようで、鋭い目つきでその方向を見ている。後手に回る前に、相手の姿だけでも捕捉しようとすると、30メートルほど先に2人の人影が見えた。


 顔まではよく見えないが掌をこちらにかざしている。掌がほんのりとオレンジがかったと思った刹那、巨大な火の玉ががこちらめがけてものすごいスピードで飛んできた。クロウ達に直撃するまで目算であと2秒弱といったところであろう。だが、クロウは自身の能力と愛刀があればあの程度の魔法どうとでもなる、そう考え彼は、腰の刀を引き抜こうとした。だがその手は空を切った。見ると彼の刀は家の外、壊れた壁から6メートルほど離れたところに転がっている。どこぞの阿呆が吹き飛ばしたせいか。


 火球は目前まで迫ってきており、もうこの火球を破壊するのは不可能、ということは残された手段は回避しかない。クロウは座り込んでいたアリスの首根っこを摑まえると、一線跳躍し、ぎりぎりで火球から逃れることに成功した。


「あっ……」


 アリスのどこか切なげな声がクロウの耳に入った。アリスは跳躍している最中にも関わらず、火球のほうを見つめていた。より正確に言うならば火球の先にあるものを見つめていた。その先には、クロウが10年近く暮らした小屋があった。火球は彼のベッドに当たると爆発し、クロウの家があった場所は一瞬で焼け野原になってしまった。呆然としているクロウを見てさすがにいたたまれなくなったのか、アリスはとても気まずそうな顔をしていた。


「ええと、なんというかすっかり綺麗になったね。まぁもともと家具がほとんどなかったのが不幸中の幸いというべきか、それに君の剣は無事だよ。だから……まぁ……どんまい」


 アリスは慰めにならないことを言い、刀を拾って持ってきた。クロウは無言で彼女に近づいて行った。彼女はびくっとして少し身構えたが、クロウは構わず近づきその手に握られている刀を抜き取った。彼の目の端で先ほどの二人組が再び魔法を仕掛けているのが見えた。

一瞬の間があった後、先ほどより1回り大きい火球がこちらへ飛んできた。アリスは避けられないと判断したのか、火球のほうへ手をかざし魔法を唱え迎え撃とうとしていた。そのかざしていた彼女の手をクロウはそっと下げた。


「あれくらいの奴らなら俺1人で十分だ。……それに家ぶっ壊されたお礼をしたいしな」


 ビキビキと青筋を立てながらそう言って、前に、2人組の居るほうへ一直線に走り出した。


「おい待——」


 クロウが走り出すとほぼ同時に二人組が再び魔法を撃ってきた。球状の火が眼前に迫り、クロウを飲み込まんとうなりを上げていた。その刹那、クロウは刀を振り上げそして、その巨大な火球を文字通り真っ二つに斬った。斬られた火球は、その断面から揺らぎ、そして霧散した。

クロウは刀をたじろく二人組に向け眉をひくつかせ、まるでチンピラのようなセリフを言い放った。


「人ん家吹き飛ばしたんだ、ただで帰れるとは思ってねぇよなぁ?」


 そしてクロウは再び敵めがけて走り出した。ようやく顔を視認できる距離まで近づいてきた。フードを被った二人組はどちらも取り立て述べるような特徴のない男達だった。近づいてくるクロウを見て、焦ったのか先ほどよりも小さい火の玉をいくつか撃ってきた。しかし、クロウは意に返さず、それをすべて切り裂き、一気に二人組との距離を詰めた。


 あと4メートルほどというところまで近づいたところで彼らはクロウに歯が立たないと悟ったのか、背を向けて走り出した。往々にしてだが、魔族は魔法という便利なものがある故に体をあまり鍛えない傾向がある。その例に漏れず逃げる2人組の走る速度はとても速いとは言えず、容易に追いつくことができた。クロウは二人組の片方の首筋に手刀を叩き込み、残ったほうは刀の峰で腹をうって昏倒させた。ドサッと二人組が倒れる音と共に、後ろの方からトタトタと走る音が近づいてきた。


 振り返るとアリスがこちらへ向かって走ってきていた。彼女も例にもれず体力がないようで、30メートル程度の距離を走っただけにもかかわらず、息が切れていた。ぜぇぜぇと息を乱しながら倒れている二人組を見て、ほんの少し険しい顔をした。


「殺したのかい?」


「殺しちゃいない、峰打ちだよ。」


 彼女は無表情で、「そうか」と言ったが、どこか安堵の表情を浮かべているようにも見えた。


「昨日から思っていたんだが、君の剣は普通の剣とは違うんだな。その剣は諸刃じゃないし、形状も刀身が直線じゃなく、反った形状をしている。」


彼女は話題を変えるようにクロウにそう尋ねてきた。


「あぁ、俺の一族はもともとこの国の人間じゃなくてな、海を渡った島国から来たっぽいぜ。ついでに言うとこれは剣じゃなくて刀っていうらしーぜ」


「だから君はそんなに珍しい瞳の色をしているのだね。漆黒の瞳なんて魔族でも見かけないよ。というか、来たっぽいって自分の出自くらい……」


 アリスはそう言いかけて口をつぐんだ。不思議に思ったクロウはアリスにどうかしたのか尋ねようとした。その時にようやく気が付いたのだ、背後で気絶している男の一人がいつの間にか意識を取り戻していたことに。

十数年ぶりの対人戦で勘が鈍っていた上、あの二人組があまりにも歯ごたえがなさ過ぎたため、クロウは完全に油断してしまっていた。気が付いた時にはもう、二人組の片割れが蒼色の笛を吹き始めていた。

周囲に、笛の音が響く。その音色は澄んでおりとても綺麗だったが、なぜだかとても背筋に悪寒が走り、クロウは直感でその笛がとても危険なものだと解った。アリスも同様の感想を持っているようで、蒼白な顔で、恐怖に満ちた目でその笛を見ていた。


「その笛を斬るんだ!」


 アリスがそう叫ぶのと、クロウの刀がその笛を斬るのはほぼ同時だった。その笛は真っ二つに両断されると、一瞬淡い蒼色に光り、そして次の瞬間消えてしまった。クロウは二人組を警戒しつつ、アリスのほうを向き、尋ねた。


「何なんだこの笛は?気のせいならいいんだが、すごい嫌な予感がするんだが……」


 彼女はとても動揺し、焦っているように見えた。


「あぁ、正解だ、正解だとも。紛れもなく最悪の事態だよ。クロウ、今すぐここを離れるぞ!」


 続けて彼女はこう言った。


「蒼龍が来る」


 クロウとアリスは風下に向かって平原をひたすらに走っていた。昨日雨が降ったせいだろう呼吸するたび花や草のにおいが肺に入り込み、むせそうになる。少し先を見ると崖になっていて行き止まりのようだ。


「おい、本当に蒼龍なんて来るのか?」


 そうアリスに聞くと、彼女は髪を振り乱し、死にそうな顔をしていた。


「あ、あの笛はだね……グラキウェスの笛と言って蒼龍を呼び出す笛なんだ。吹いた側も襲われるリスクがある上に、そもそもそんなに数があるはずが——」


 しゃべっている途中でアリスは小石につまずき、へぶっという音とともに原っぱにヘッドスライディングをかました。


「お・・おい、大丈夫か?」


 もしかするとアリスは運動能力が低い魔族の中でも飛び切りの運動音痴なのかもしれない。彼女はむくりと顔を上げクロウたちが走ってきたほうの青く澄み切った空を見上げ、嘆くようにつぶやいた。


「どうやら、逃げ切れなかったようだね。」


 空を見上げるが、一面青空で龍の姿は……いや、空に一点だけ青空より深い蒼い部分があった。その点は次第に大きくなり、こちらへ向かって一直線に向かってきていた。このまま逃げてもじり貧だと判断し、二人はその場に立ち止まった。先ほどまでの動揺っぷりとは打って変わり、アリスの表情はとても落ち着いているように見えた。


「……クロウ、君は龍との戦闘経験はあるかい?」


「——あるっちゃあるが、全然全く敵わなかったよ」


 きっぱりと言い放つクロウにアリスは苦笑いを浮かべた。


「……いや、だって君は勇者だろう、全く敵わないってことはないんじゃないか?なにか特殊な力を持っているんだろ?」


「ドラゴンとは魔王討伐の旅で一度だけ出会ったさ。だけど倒すなんてとてもとても、命からがら逃げ延びるだけで精いっぱいだったよ。俺の力は対魔族に関して限定で力を発揮するんだよ。単純にフィジカルの差が圧倒的にあるとどうしようもねぇさ」


「しかし、君はさっき魔法を斬っていただろう。あれみたいになんでも斬れるんじゃないのか?」


「俺の能力は刀で魔法を切り裂いて、魔法を霧散させる能力だ。単純に硬いものはきれやしねぇさ」


 使えない能力だなぁとアリスはぼやいた。


「お前こそ何かドラゴンを撃退する魔法を使えないのかよ?」


「私の使える魔法は君にさっき見せたあれだけだが、何か?」


 なにか問題でも? といった表情でアリスは答えた。問題しかねぇとクロウは思ったが、口には出さなかった。実際、泣き言を言ってもしょうがないのである、この蒼龍は待ってくれと言って待ってくれる相手ではないのだから。そうこうしているうちに蒼い龍は目前まで迫ってきていた。中途半端な勇者と魔人は目前へと迫る蒼龍の方へと向き直り、覚悟を決めた。


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