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世界で一番幸せな呪い  作者: 流水
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リュカの後を追い、クロウ達が家の中へと入ると、そこには金髪に少し白髪が混じった、老婆というにはまだ若い女性が寝ていた。クロウはその寝ている女性が先ほどの話に出てきたアンネであることを察した。そして、その女性の周りにはリュカとリュカを呼びに来た老人の二人がおり、心なしか二人とも焦っているように見える。


「アンネさん、どこが苦しいんだい?」


リュカがアンネの枕元に跪き尋ねたが、アンネは苦しそうに何かを話そうとしたが、うまく呼吸ができていないのか、言葉にならない。


「医術士はまだ来ないのか?」


リュカが後ろにたたずむ老人にそう声をかけた。


「いつも通りですと、往診に来る時間までまだ1,2時間はあります」


その答えを聞いたリュカはくそっ、と悪態をつき歯噛みした。


「この村に医術に明るい方はいないんですか?」


とクロウは質問してから、この質問の愚かさに気が付いた。この老人たちはこの村に医術に詳しい者がいないからこんなにも焦っているのだろう。案の定、リュカは無言で首を振った。


クロウは目の前で苦しんでいる人に何もできないことに憤り、こぶしを痛いほど握りしめた。マリーに目の前のすべてを救うと誓ったのにこの様か、と。痛々しい静寂が、室内を支配していたが、その静寂を破ったのはクロウの隣に立っている少女——アリスだった。


「……どこまでできるか分からないが、少し彼女の体を触診してもいいかい?」


「君は医術を学んだことがあるのか?」


 若干期待の混じった声音で、リュカは尋ねた。


「……学んだというほどじゃないさ。ただ、たくさんの医術書を読んだだけだよ」


そう言うが否や、アリスはアンネの横へと座り、腹部から胸部までを触診や聴診した。そして、アンネの方を向き、


「一つ聞くが、胸あたりが痛んだりするかい?」


そう聞いた。アンネは苦しそうに、だがはっきりと首を横に振った。


「となると……、首までのどこかか——」


アリスは誰に言うともなく、一人小声でぶつぶつとつぶやきながら、アンネの首部分を押さえた。すると、首の一部を押さえたとたん、アンネが少し悲鳴を上げ、体がビクンとはねた。


「あぁ、すまない!少し強めに押さえてしまった」


アリスはアンネにそう謝ると、クロウ達の方を向き直り言った。


「クロウ!さっき私たちが話していた場所の近くに生えていた楕円型で赤い実の付いた植物があったはずだ!その木の実だけをできるだけ多くとってきてくれ、大至急だ!」


その声を聴くや否や、クロウは身をひるがえし、迷わず家を飛び出した。先ほど話していた場所まで戻ると、確かに赤い木の実が付いた植物が自生している場所があった。クロウは急いで駆け寄ると、できるだけ早く木の実を集めて、家へと戻った。


「とってきたぞ!こんくらいの量で十分か?」


「十分だ、それじゃあその木の実を洗って、そこのすり鉢で潰してくれ」


クロウの手のひらいっぱいにある実を見てアリスはそう答えた。クロウはすぐさま実を洗い、すり鉢でつぶした。力仕事はクロウの得意分野であったためか、一瞬で木の実をペースト状にすることが出来た。


 クロウの潰した実をアリスは確認すると、沸いたばかりのお湯にそのペースト状となった木の実を入れた。そして、一分ほど待つと、アンネのもとへ近づいて、彼女の体を起こし、その液体を飲ませ始めた。


「ゆっくりでいいから、これを飲むんだ。熱いから気を付けるんだ」


その液体をすべてアンネが飲み終わるころには、彼女は先ほどよりもはるかに落ち着いたようであった。アリスは再び彼女を横たわらせ、声をかけた。


「もうすぐ医術士が来るようだから、それまではできるだけ意識的に呼吸をするようにするといいよ」


そう声をかけられたアンネはうなずくと、まだうまくしゃべることが出来ないのか、少しかすれた声でありがとうと言った。その様子を見ていたリュカは一安心と言った様子で、胸をなでおろしていた。


「アリスちゃん、本当にありがとう。君がいなかったらと思うとぞっとするよ。それにしても、あんな雑草がどうして効いたのか聞いてもいいかね?」


「あぁ、あの植物はドロールと言ってだね、抗炎症作用があるんだよ。彼女の容態を見て、十中八九のどの腫れのせいで呼吸があまりできなくなっていることがあの苦しみ様の原因だとわかったからね。あの木の実を摂取させることで一時的に腫れをひかせたというわけさ。ただ、あくまで一時的な応急手当だ、ちゃんとした医術士に見せたほうがいい」


アリスはリュカの問いにそう答えたあと、ふーっと息を吐きだした。見ると、おでこに玉のような汗が数滴ついている。冷静そうに見えたが、その実かなり緊張していたようであった。


 その2,30分後、村に医術士が訪れ、誰かに事態を聞いたのか、小走りでアンネの家へ入ってきた。そして、アンネの様子を見て


「あぁ、良かった。どうやら大丈夫だったようですね。……おや、なるほど。ドロールを摂取させたんですね」


そう言った。流石、医術士というべきか、その場に転がっていたドロールのみを見ただけでおおよその状況を察したらしい。アリスが対処したことを聞くと


「素晴らしいですね!帝国でもドロールの正式な使用用途を知っているものは多くないというのに。どこかで医術を学ばれていたんですか?」


「……ただ、本でたまたま読んだことがあっただけだよ。それよりも、彼女の様子を見てやってくれ、できたのは炎症の応急処置だけだ。本原因の方は私じゃ対処できない」


それを聞いた医術士は、真剣そうな表情でうなずくと、アンネの診療を始めた。


「クロウ、私たちはここまでだ。こんな人数がこの部屋にいたんじゃ、彼女もゆっくり診療してもらうこともできないさ」


アリスはそういうと、クロウの手を引きアンネの家を出た。家から少し離れた木陰に座ると、クロウはアリスに笑顔で言った。


「アリス、お前ほんとうにすごいな!人ひとり救っちまうなんてさ。でもほんと良かったな、医術士の人も来てくれたし、アンネさんもこれで一安心だな」


クロウの賞賛に対しても、あまりうれしそうではなく、その表情は憂いを含んでいた。そして、少し言うべきか迷っているようであったが、意を決したのか口を開いた。


「一安心なんかじゃないさ。おそらく、アンネはこのままいくとおそらく1週間程度で命を落とす」

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