勇者として召喚されたけど扱いが社畜以下だった件〜そして勇者はMに目覚めた〜
ラノベ好きなら一度は憧れる勇者召喚。
幸運にも俺は、そのあり得ないミラクルをゲットした!と思ったのは、ほんの一瞬だった。
俺を呼び出した相手は、俺をこき使うつもり満々だった。もちろん、高待遇なんてあるわけない。
低待遇、無給の人権なしだ。
おまけに常に命の危険あり。
俺が喚ばれた世界では、一般の人々には伝承で、勇者とは、過去に罪を犯して封印されていた罪人であり、魔物や魔王を倒すことでその贖罪をするのは当然の義務だと伝わっていた。
逃げ出したくても、召喚時に額に魔力で勇者の証を大きく刻まれた。その印は布や金属も透過するので、誤魔化しようがなかった。
こうして俺の、危険度大、報われ度ほぼ0の異世界ライフが始まった。
「あー、たまには休みてぇな…」
思わず呟いた俺をキッと睨んだのは、エルフのルシアだった。
ファンタジーでおなじみ金髪スレンダーの美人さんだ。彼女は俺が無理やり組まされたパーティーメンバーの一人だ。
ただし、
「ごちゃごちゃうるさい、この罪人が!生かしておいてもらえるだけありがたいと思え!」
このように、俺に対する態度はちょーキツい。
まあ、それは彼女に限ったことじゃないんだけど。
「そうだよ、おまえは魔物を殺して殺しまくって、罪なき人々に奉仕してればいいんだよ!到底償いきれるもんじゃないけどね!」
な。
憧れのケモミミ美少女だってこの態度なんだ。彼女もパーティーメンバーの一人で、キーリという名だ。
言っておくが、俺は別に悪いことなんてしてないぞ。ただ、この世界の王たちが、歴代の勇者をいいように利用するために、長年嘘を撒き散らして、善良な市民とやらは、それを丸っと信じてるってだけだ。
おかげで俺は過去に人類の半数を、残虐にいたぶって殺した大悪人扱いだ。
まったく嫌になっちまう。
もちろん、そんなことしてないって訴えたさ。でもな。この世界の奴らは、小さな頃からお伽話として残虐極悪な勇者の話を聞いて育つんだ。
教会の説教でだって、定番の話の一つなんだそうだ。
曰く。過去、非道な真似をした勇者はその身を封じられ、以降、魔王が蘇るたびにその封印を解かれ、贖罪の機会を与えられる。
何度魔王を倒しても、その罪は贖いきれず、再び魔王が蘇るまで封印される。ってな。
どうやら魂レベルでその作り話を信じてる奴らばかりのようで、俺の言葉に耳を貸す奴はいなかった。
俺は現代の日本から強制召喚された、人畜無害な一般人だったってのにな。
ああ。勇者の話の中に『勇者は呼吸をするように嘘をつき、自らの運命から逃げようとするゴミクズだ。決して勇者の言葉に耳を傾けてはならない』ってのがあるから、それのせいもあるかもな。
それでも一度は逃げようとしたんだぞ?
でもな、この世界の勇者伝説()は末端まで行き渡っていた。王都から遠く遠く離れた、小さな村のガキでさえ、俺を見ると「悪者勇者め!」と敵意を剥き出しにしてきたんだ。
勇者伝説は作り話なんだといくら訴えても、信じてくれる人はいなかった。ただの一人もだ。
皆、初めて会う俺に、憎悪の視線を向けてきた。どこに行ってもそんな調子だった。
そんなわけで、俺はすっかりあきらめた。
こんな国の端っこにまで勇者伝説()が染み渡っているんじゃもう無理だ。俺の味方になってくれる人なんかどこにもいるわけないってね。
この世界に馴染むことも、正当な扱いを受けることも、誰かと真っ当な会話を交わすことも。
その全部を、俺はあきらめた。
つらいとかつらくないとか、そんなことは考えなかった。だってこんなの、つらいに決まってるだろ?
それでも、何をやったって現状からは抜け出せないんだ。
だったら、考えない方がいい。
ちなみにこの世界の魔王っていうのは、めちゃくちゃ強い魔物のことらしい。で、魔物には会話をするような知能はない。
つまり流行りの、魔王側についてやんぜヒャッハー!!っていう選択肢もなかった。
そうなると、サバイバル能力皆無の俺に残されているのは、おとなしくいうことを聞く。これだけだった。
今、俺を責めようとした奴は、無人島で今から死ぬまで一人っきりでサバイバルできるか、考えてからにしてほしい。
もちろん、助けなんて死んでも来ないぞ。
しかし、毎日毎日毎日罵倒され続けていたら、俺の自己防衛本能が仕事をしたのか、ある変化が現れた。
身体的なものではない。精神的なものだ。
わかるだろうか?
そう、罵倒されるのが気持ちよくなってきたのだ。
現に今、二人に罵倒された俺の口の端はだらしなく緩んでいる。
「二人とも止めなよ。変態勇者が喜ぶだけだから」
そう口を挟んだ、背の低い魔術師のフードの奥からのぞく蔑んだ瞳もご褒美です。本当にありがとうございます。フードの下は、ロリ系美少女だ。マジテンプレ。略してマジテン。
ちなみに彼女もパーティーメンバーだ。
さらににやけた俺に気づいて、魔術師が嫌そうな顔をしたが、当然それもご褒美です。
にやにやと喜ぶ俺に、魔術師はくるりと背を向けたが、その彼女と向き合うかたちになったエルフとケモミミは、俺を引き続き嫌そうに見ている。
「あ、勃っちまった」
思わずそう呟いたら、ケモミミ少女が唸り声を上げた。
「…そんなモノ、付いてなくても魔王退治には支障ないよね?」
俺の息子は、あっという間におとなしくなった。
まだ、それを喜べるレベルには達してなかったようだ。残念だ。
ケモミミ少女はその獣的な直感で俺の思考を感じ取ったのか、これ以上妙な方向に目覚められたら困る、とばかりに殺気を収めた。
…残念だ。
ところで、M嗜好に目覚めてから、大分生きやすくなった。
罵倒されて傷つくことはなくなったし、むしろ彼女達がつい、癖で罵ろうものなら「もっと罵ってくれ!」と喜ぶ自分がいる。
それに対して嫌な顔をされても先ほどのように俺にとっては快感なだけだ。
最近はそのせいであまり罵ってもらえなくなったけど、そんな時は出会って間もない頃のパンチの効いた罵倒を思い出しては、うっとりとしている。
たまに立ち寄る町や村では、皆、額の勇者の印を見るなり罵ってくれる。
どうやら、旦那の浮気も、義理の子どもが自分に懐かないのも、カードでイカサマがバレたのも、女に振られ続けるのも、仕事の面接に落ちたのも、彼氏が結婚してくれないのも、旦那のうだつが上がらないのも、全部全部俺のせいらしい。
活躍しすぎだろう、俺。
そうして初対面の人達に罵られるのも悪くはないが、やはり、この世界に召喚された当初から付き合いのあるパーティーメンバー達に罵られる方が、ずっと気持ちがいい。日々俺を罵倒しているせいか、キレが違う。語彙力もそこらの村人とは大違いだ。
この勇者パーティー()は、俺を勇者としてキリキリ働かせるために、国が組ませたものだ。
無論、俺に拒否権なんてなかった。
他のメンバー達も、高い報酬と引き換えに、魔王討伐まで解散できない、という制約魔法をかけられているらしく、今さらどれだけ嫌だろうと、途中でパーティーを抜けることはできない。
つまり、彼女達に罵られる機会は、これからいくらでもある。そして彼女達の罵倒はこれからも磨かれていく、ということなのだ。
魔王討伐まで、まだまだ先は長いのだから。
どれだけ彼女達が我慢しようと、今さら俺に友好的になるわけがないし嫌悪感は隠せないのだから、今ちょっと罵倒が止んでいても問題はない。放置プレイだって嫌いじゃないのだ。その後にご褒美が待っているとなれば尚更だ。
そのうちまた、気持ちよく俺を罵ってくれることだろう。
その日が待ち遠しい、と俺は口を歪めた。