序章
ページを開いて頂き、ありがとうございます。
私は、これを見て下さる皆さんに聞きたいことや聞いてほしいことがたくさんあります。しかしそれは突拍子もない話であり、まるでマンガやアニメのようなお話にも聞こえかねません。万が一真剣に聞いて下さったとしても、それは十人十色な考え方になってしまうと思います。なので、いっそ読み手の見方で色んな意見が生まれるライトノベルという形にしてみました。
もしZEROとレイジの新世界に興味を持っていただけたときは、どんなことでも構いません。作品への意見や、アドバイス、評価をぜひお聞かせください。
これは、あらすじの全体的な構成に目を通して頂いたあとに読んでいただけると幸いです。
最初は専門用語などが多々出てきますし、説明不足と感じられるかもしれませんが、まずはぜひこのまま受け止めて下さい。ここから続きを出すたびに、登場人物である彼らの立場に立っていただけるように進めて参ります。
序 章 ゼロの世界と「捲土重来」
彼が目を覚ましたのは数千の棺が等間隔に置いてある部屋だった。棺の形は、本や映像で良く見るような真っ黒で、蓋には定規を使えば誰でも簡単に書けそうな十字架が白で描かれているだけの簡素なものだ。彼がその場所を瞬時に把握できたのは、蓋は最初から箱の横に斜めにたてかけられていたからで、起き上がってすぐにその光景が目に入ってきたからである。
「ここは一体…」
当然の疑問。しかし彼には、この棺の中から起き上がるまでの経緯が思い出せなかった。わかるのはこの世界で暮らしていくための基本知識だけだった。
彼は気だるい気分とモヤつく頭にどっと疲れを感じ片手で顔面を覆うと、ガシャンッと機械音が鳴った。よくよく覆った手で頬や、頭、口元を触れてみるが、肌には直接触れることが出来ない。そこで彼はハッとした。
「あぁ…、ホルスメット【神】を装備しているんだっけか…、これを外したらHPとVIT、DEF、DEXが三分の一にさがる上に、ホルスの英知眼の特殊スキルがきれてしまうな…」
そういうと彼はおもむろに顎元まであるアウターの襟を右手でよけながら、右首元に振れる。と、同時にティンという高い音と共にA四横サイズのウインドウが彼の目の前に現れる。そして、それを何の疑問も持たず見つめる彼は考え込むようにホルスメット【神】の顎部分に右手を添える。
「装備はヘッドがホルスメット【神】アウターが戦慄者の黒衣【極】、インナーが戦慄者の盾衣【極】、ボトムスが戦慄者の竜兵装【極】、シューズがイダテンブーツ【神】、グローブが黒鉄の拳装【極】…ふむ…全て一級品どころか、世界に一つしかないレベルの装備だな…」
装備欄の隣には現在の装備の自分がどんな姿をしているかがわかりやすいように、ゆっくりと回る自分の姿が映し出されている。彼の姿は、ブラックとワインレッドのカラーリングをベースに骸骨か、細身のロボットのような姿をしている。中でも特徴的なのは首元から足首あたりまでを隠す長めのマントと言っても差し支えないような真っ黒で、デザインなのだろうか、襟や裾はそこから無理矢理破ったのかと思わせるぐらいにボロボロに千切れたコートと、顔面から後頭部までを隠す機械的なマスクで顔面を覆っており、特にマスクは、光沢のある黒い見た目で、左右から中心線にかけて五つの切れ込みがあり、上から四つ目の切れ込みには赤黒い眼光が怪しく光っている。そう、見た目は満場一致の悪その物だった。
その禍々しい見た目をみた彼は、少し考えてからポツリと一言、
「かっこいいな」
どうやら彼の趣味嗜好にはぴったりの装備だったらしく、マスクで表情が見えなくとも、わかりやすくワクワクしているようだった。見た目とのギャップもあり、周りに人がいればドン引き待ったなしだろう。しかし周りには人の気配は全くない。彼は幾度がウインドウを横にスワイプした後、もう一度手で首元に触れてそれを消すと周りを再度見渡す。
「起きたばかりの時はただのだだっ広い空間だと思ったけど、ここは教会か?」
周りを良く見てみると、立派な石造りの柱や、壁に等間隔でステンドグラスがはめ込まれ、彼の後ろには木製の大きな十字架もかけられている。しかし、なぜ自分がこの棺で寝ていたのかはまだわからずにいた。そこで彼は一つの可能性へたどり着いた。
「ふむ、さっきのウインドウを見た限り、食べ物も飲み物もお金もなかった。もしかすると何日も飲まず食わずでお金もないから宿にも泊まれずに、雨風を凌ぐために仕方なく教会に入ったが、ついに限界を迎えた俺は暖かそうな木箱の中で眠りについた。しかし、あまりに極限の状態だったため、無理がたたって、記憶喪失に…」
状況の推理を口にするも、縦にも横にも大きく、無数の棺と木製の十字架しかないこの部屋にむなしく響き渡るだけだった。その反響に少しずつ寂しさを感じた彼は一度大きく深呼吸をすると、
「過ぎたことを考えても仕方がないし、誰もいないとはいえ、いつまでも神聖な場所にお世話になるのも気が引ける!」
フンスと鼻を鳴らすと、グンッと一気に立ち上がり、右手で拳をつくりながら、
「食料も金もないなら手に入れる!物はないけど力はあるみたいだし、装備も十二分に揃っているなら、あとは狩るのみ!」
バインと、石造りの壁に響く声も気にせずに彼は棺から一歩大きく踏み出すと、無数に並ぶ棺には目もくれず教会を後にした。
そう、彼は見逃していた。彼の棺の蓋に付けられた小さい鉄板に刻まれた文字を。それは記憶喪失の彼が真っ先に考えなければならなかったものだ。しかし、もう遅い。彼が教会から出たころにはその鉄板はひとりでに錆びついていった「R:」これが最後に消えた文字である。
「おぉ!!」
教会の外に出た彼は驚いていた。それは初めて見た街だからというわけではない。なぜなら彼はこの街を知っている。
ここはミズガルズの唯一の王都ギャランホルン。
ミズガルズは人と獣が存在する世界。どれくらい昔から存在するかは不明で、また広さもわかっておらず、まだ世界の端を見たものはいないらしい。
そして、王都ギャランホルンはそのミズガルズで最も広く、栄えた街で、他にも転々と街はあるが、その全ての市場はここに集まる。王都は半径数万キロの円状に広がっており、それを十二等分に分けて円錐状に管理している。王都の秩序はその中心にいる王が管理しており、誰もがそれを絶対として疑わずに生活している。
そして、彼が見たのは王都ギャランホルンの第一区の教会からみた眺め。教会は小高い位置に建てられていた。
王都は高く、頑丈な鉱石で出来た壁で囲まれているものの、ここからなら壁の向こうに広がる大自然も軽く見渡せた。鉱石の壁の向こうは弱き獣から猛き獣まで様々な種類の獣が巣くうデッドゾーンでもあるが、弱肉強食のこの世界だからこそ、ありのままそこに広がる自然に感動を覚えられるのだろう。自分たちの身を守る為とはいえ、人の手で造られた鉱石の壁が異質な存在に見えてしまう程に…。
「さぁ、まずは換金できる素材を取りに狩りに行くか!」
この世界でお金を稼ぐ手段は限られている。
王都の衛兵になって王と城の安全、民の安全と安心を守るか、産業に就くか、直接獣を狩って産業に必要な換金素材を集めるか。衛兵は安定して裕福に暮らせるが自由は効かず、産業や民の生活の手助けをする職についてもある一定の金額以上には稼げないので、余裕とは言えないがある程度自由のある生活をおくれる。狩人は自分の足で食料や、鉱石、換金素材を集められる分、産業に就いたものから報酬がもらえたり、強獣を討伐できれば王都からボーナスももらえるので、強ささえあれば衛兵以上に稼げて、自由も効く生活をおくれる。しかし、いつも死と隣り合わせの緊張感のある職だ。
なぜ彼が狩人をやっているのかはわからないが、しかし魂が本能に語りかけているのがわかる。やるべきことがあるからやるのだ。彼はそれだけで動く。胸がざわつく理由を知る為に。
彼は小高い教会を下り、正門を出るとすぐ先に見える森に入っていた。
「この森、なんだか久しぶりだ」
辛うじて整備されている道の真ん中で空を見上げて、木々の隙間から差す零れ日を感じながら懐かしさに浸っていると、ガサガサと、四方八方から茂みを何かがかき分ける音が聞こえた。
「二十は固いか…」
そういうと足首まで隠すボロボロのコートをバッとたなびかせ左右の腰に付いた真っ黒で少し大きめのポーチに手をやる。
ガシャンと。大きな機械音と共に黒のポーチから取り出された。この大自然とはかけ離れた純銀の大きな塊。それはL字で形作られた先端に丸い穴が空いた塊で、そのL字の短い部分を握り、人差し指だけをフリーの状態に保ち、両手をそれぞれ左右に向けて構えると、
「さぁ!体の穴の数を増やしたい奴からかかって来いよ!」
そう宣言した瞬間、左右の茂みから四頭の真っ赤な狼が彼に飛びかかる。立てば成人男性と同じくらいになるだろう巨体をもった狼が四頭。爪の一本一本が刃物のような鋭さと大きさをもっている。
それを見た彼は驚くどころか、マスクに浮かぶ赤黒い眼光を細くし、まるでニタリと笑っているようにも見える。
狼の鋭い爪が彼に届く寸前、彼は一気に真上に飛び上がり、体を縦に百八十度翻す。四頭の狼はそれぞれ顔を見渡す形になると真上に飛んだ彼は二頭の狼の頭にその純銀の塊にポッカリと空いた穴を向けて、
「まず、二匹!」
ガキンっと、硬いもの同士が勢いよくぶつかり合う音が聞こえた瞬間、純銀の塊に空いた穴から少々の煙が上がると、左右前方から飛び出してきた二頭の狼の頭上に穴が空き、その真下の地面が覗けた。その地面にも大きな穴が空いている。穴の周りには蜘蛛の巣のような亀裂が入っている。
その後、足を地面に近付けるように空中で態勢を立て直してから、足が地面に付くのを待ちながら純銀の塊の射線に左右後方からとびかかってきた残り二頭の狼のこめかみが入るのを待って、人差し指をグッと押し込む。
ガキン、ガキンと再びの轟音ののち、2頭の狼のこめかみに向こう側の風景が見える程の風穴が空く。
ズシャァ!と。四頭の真っ赤な狼はそれぞれ顔を見合わせるような形で地に突っ伏し、再び動く気配は微塵も感じられない。
その後、すぐに四頭のそれぞれの頭上にA四横サイズの赤いウインドウが表示される。そこにはDead、ブラッティ・ウルフ、獲得、刃狼の爪と表記されている。
「ふむ。まぁ、この辺ではレアな換金素材だろ」
ウインドウ確認後、四頭の狼は、燃えた後の紙が風で流されるように、黒い塵となって空気中に消える。狼が倒れていた場所には何も残っていない。
彼は再度、純銀の塊を前方へ突き出す。この純銀の塊は銃と呼ばれる武器だ。銃は世界でも最強クラスの遠距離武器として開発され、今では狩人から兵まで一人一丁所持するのが当たり前で、その銃を中心に装備を整える程メジャーな装備だ。中でも彼が両手に持っているタイプは小型な方だが、大口径といって、小柄ながら大きな弾を弾き飛ばすことで一発の威力を極めたモデルで、一秒で何十発と連射は出来ないが、一撃必殺の武器である。
本来は屈強な成人男性でも両手で支えきれない反動を受けてしまうモデルだが、彼のSTGとVITであれば片手で水鉄砲でも扱うようにこれを操れる。そして実際は一発当たればその部分が割れた風船のように飛散してしまうが、過剰な部位破壊が換金素材の出現に悪影響を与えてしまう為、槍のように鋭い銃弾を使用し、貫通力を高めた仕様に改良している。
彼の愛銃の名は、
「シルバー・グングニール【神】。神獣クラスでも膝を折るレベルだ。通常の獣じゃ耐えることは出来ない」
「まあ、神獣と戦ったことはないけど」と付け足してから、残りのブラッティ・ウルフの狩りを始める。残り十六頭ほどのブラッティ・ウルフが次々と襲い来る中、彼はその場で大きく砂埃をあげながらアクロバティックな射撃を繰り返す。ブレイクダンスのような動きに格闘技と射撃を融合させたオリジナルの技術で確実に頭を打ち抜いていく。
砂埃が風に流される頃には、彼の周りに赤いウインドウが大量に出現しており、まるで真っ赤な花弁の上に立っているようにも見えるし、ブラックとワインレッドがメインカラーの装備で禍々しい見た目も相まって、血と殺戮を欲する悪魔にも見える。
ひとしきり戦闘が終わった後、シルバー・グングニール【神】を腰の銃をしまうホルスターという真っ黒なポーチにしまって一息つこうとすると、前方から誰かが小走りでこちらに近付いてくるのに気が付いた。
「あれは…女の子?」
前方から左足を庇うような格好で、ぎこちない走り方をしながらこちらに近付く人影は、ところどころ体の細かいところが欠如し、その箇所からは先程倒したブラッティ・ウルフが消えるときにも見えた黒い塵を漂わせている。
どうも様子がおかしいと感じた彼はホルスメット【神】の特殊効果、ホルスの英知眼を発動させる。これを使用すると、本来は本人が首に触れて出さなければいけないステータスウインドウ内の情報の一部を除いてこちらで確認することが出来る。
「はぁ?」
彼女を確認した彼は驚いた。彼女は彼と変わらいくらいの装備とステータスを持ちながら、通常の獣しか出ない森でHPがほぼゼロと言っていいほどに削れていた。装備によって内容は少し変わるが大概は何秒かに数千のHP、いわゆる寿命を自動回復する為、彼と同じような装備やステータスがあれば、何日ここに寝ていたとしても、ここにいる獣が与えてくるダメージ以上に自分たちが回復する為、一気に何万体もの獣に同時攻撃を受けない限り無敵と言っていい。それがHPがほぼゼロの状態になるとすれば、それは…
「まさかホントに神獣と戦うことになるとはな…」
そう、彼女の後ろから迫る大きな影。強い日差しで作り出される陽炎の中を、ゆっくりと身体を揺らしながら姿を現せた。それはブラッティ・ウルフの数十倍の大きさをした狼型の神獣。
「神獣・フェンリル…」
神獣とはミズガルズに存在する獣の王。獣には位があり、獣、魔獣、幻獣、神獣の順に強さが変わる。獣と魔獣の差でさえ天と地の差なのだが、神獣ともなると、石ころと天体という想像もつかないくらいの大きな差がある。
神獣は歩く災厄とも呼ばれ、存在するだけで何かしらの天災を起こし、それぞれが何かを生み出す神技を使用する。
通常、何もない場所に何かを生み出すことは出来ないが、それが出来てしまうのが神獣である。
今回のフェンリルの場合は火災。フェンリルの足跡からは発火材が無いにも関わらず、真っ赤な炎が発火し、徐々に消えていくどころか、その勢いを増しているようにも見える。
必死に逃げる彼女を追うように歩いているようだが、そこには神獣としての余裕があるのか、そこらの犬っころのように、獲物で遊ぶような真似はせず、ゆっくりその歩を進めてプレッシャーを与えている。
彼女はボロボロの身体を引きずりながら、こちらに必死に手を伸ばした。声にならない声をもらし、ついにその場に崩れ落ちる。
そんな彼女の姿を見た彼は、ほっておけるわけもなく、いそいで彼女に駆け寄ると、倒れそうな彼女の肩を支える。
「わたし…か、彼と会わないと…もう一度…」
そういうとガクッと彼女の身体から力が抜けた。
(Deadが出ないってことはHPが全損したわけじゃないな)
彼は女の子を傍の木影にゆっくりと寝かせ、周りの葉や木の枝で隠した後、ゆっくりとこちらに近付く神獣へと向き直る。
「どのみち、このままじゃこの森ごと焼け野原になってしまうしな…」
そういうと、彼は両手にシルバー・グングニール【神】を構えて、神獣に銃口を向ける。
神獣を前に、考えることも、ためらうことも許されない。
フェンリルが射程圏内に入った瞬間、即座に銃弾を打ち込んだ。
ガキンッ!ガキンッ!ガキンッ!ガキンッ!と連続した金属がぶつかり合う轟音。この銃は連射は出来ないが、片方を打った後にもう片方を打つことで疑似的な連射を実現している。これは彼だからこそできる芸当であり、こんな事をされれば、その銃の暴力的な威力を前に成す術もないはずだ。
四発の貫通力のある弾はマッハの速度で風を切り、フェンリルに向かう。しかし、銃弾は相手の額に当たる手前に、まるで油を染み込ませた紙に火をつけた時のように、一瞬で発火し、煙となって虚しく風に流されてしまった。当然、フェンリルには傷一つ付ける事は出来ず、撃たれた神獣も平然としている。
熱気の壁。それが弾丸の届かない正体。
「くッ!そんなのアリか…」
やはり神獣、そう簡単に膝を折ってはくれないらしい。しかし、彼は慌ててはいない。むしろこの状況に彼は楽しさを感じていた。
自分が神獣にどこまで通用するか。
神と名の付く存在に対し、自分がどこまで抗えるか。そんな思考が脳内にじんわり広がっていく。
「俺の魂に刻まれた記憶が、抗えと言っている!!」
相変わらず禍々しいマスクで表情が見えないが、確実に彼は、ほくそ笑んでいる。
次の瞬間には、フェンリルに向かって走り出していた。フェンリルも急に動き出した敵に少し動揺し、走る敵に巨大な前足を振り下ろす。
フェンリル自身も驚ていた。何故なら、今まで自分に立ち向かってきたものがいなかったからだ。自分から遠ざかろうとする者はいても、こちらに向かって走ってくる者は初めてだった。しかも、やみくもな突撃ではなく、明確な殺気を持った突撃、戦略的行動、その意外性に判断を誤った。もっと引き付けるべきだった。ただ、敵のプレッシャーがそれを許さなかった。
振り下ろした前足が敵に当たる瞬間、敵は走った勢いを一気に殺す。
ズザザザザッ!と、急激な停止のあと、後ろに大きく飛んだ。
振り下ろされた前足をギリギリでかわし、彼は左手のシルバー・グングニール【神】をフェンリルの額に向かって放った。
ガキンッ!と再びの轟音。
しかし、ジュッと。額に打ち込んだ弾丸は一瞬にして消滅した。が、打ち込んだのは左手のシルバー・グングニール【神】だけではない。ほぼ同時、彼は右手のシルバー・グングニール【神】を、もう片方の前足に打ち込んでいた。
同時に違う場所へ打ち込むことで、額への弾丸を囮にして、別の箇所に向けて打ち込んだ弾丸からフェンリルの意識を削いだのだ。そうしてフェンリルの左足の関節部分に風穴を空けることに成功した。
「ガアアァァァァッ!!」
フェンリルは、その痛みにたまらずバランスを崩し、体を地面に伏せてしまう。
神獣は無敵ではない。むしろ、その反則級の存在が故に、今まで痛みを感じるような傷を受けた事が無い。だからこそ、この一撃はフェンリルにとって、生涯感じた事もない激痛に思えたのだろう。
シルバー・グングニール【神】は、神獣でさえ膝を付いてしまう。
宣言通り、その威力は神獣に生命の危険を感じさせるのには十分だった。
そして彼は、その大きな隙を見逃すまいと、着地後すぐに次弾を、再び、それぞれの銃口を別の箇所に向けて発射する。
しかし、長きに渡ってその存在を歩く災厄とまで言わしめた神獣。そう簡単に幾度も同じ手を喰らう程、甘くはいかない。いかせるわけにはいかない。
フェンリルは鼻息で、まるでため息でもするように息をもらす。ただそれだけだった。だが、それはあまりに軽すぎる終焉の合図。
バコォォォォォン!!と。
灼熱風。数百度はある熱が突風となって前方を扇状に吹き飛ばす。フェンリルの前方に生い茂っていた木々は、ハリケーン級の風にその幹を大きく反らせた後、葉はその場で燃えカスとなって吹き飛ばされ、反った幹も瞬時に炭と化してボロボロに崩れ、突風に流されてしまった。
先まで一面緑色だった森が、フェンリルのため息のような一息で、灰色と黒の地獄の世界へと変貌してしまった。
「ぐっがああああああああッ!!」
彼は突然起きた災害に防御も回避も出来ず、もろに息を受けて、先程いた場所から数百メートルも後方に吹っ飛ばされていた。思考がままならないほどの激痛と、体中から漂う黒い塵。彼は、まだ辛うじて存在できていた。幸いだったのが自分の装備がかなり高スペックだったことだけだ。当たり所が良かったとか、運が良かったとかで片付くレベルの攻撃ではなかった。単純なDEFとHPの高さが生死を分けた。HPはギリギリ。目視ではあるのかないのかわからないほどのバーの短さ。火傷や毒にかかっていれば、すでに死んでいただろう。装備にステータス異常無効効果があって助かった。
「くっそ…。金もなかったし、アイテムも持ってないからHPは自動回復にすがるしかないけど、そんなんじゃ、次のフェンリルの攻撃を喰らえば即死だぞ…」
これぞ神獣。どんなに良い装備をしていても、災害級の攻撃を無傷で乗り越えられる訳がない。
「まぁ、本当に幸いだったのは、あの女の子だ。フェンリルが倒れこんだ場所のすぐ近くだったから、多分さっきの攻撃の影響は受けてないはずだ…」
そう、彼は万が一に備えて、自分が着地する場所を射撃範囲ギリギリまで後ろにすることで、彼女が範囲攻撃の影響を受けないように意識しながら戦っていた。そして案の定、彼女は鼻息の範囲外に出ていた。
あとは彼女が見つかる前に、この戦いに終止符を打つこと。
「ここで切り札を出すしかないか…」
そういうと、渾身の力で立ち上がり、右手で自らの右首筋に触れる。同時に現れたウインドウを何度かタッチして、右手を首筋から離すと、右手に一本の黒く、先端が二俣に分かれた長槍が現れる。
その全長は二メートルを少し超えるくらいで、全身は黒で統一されているが、光の反射によっては深い紫に見えるくらいに光沢のある特殊な金属素材で出来ている。先端はそれぞれ長さが違う長細い角のようなものがついており、根元には赤黒い年季の入った旗が巻かれている。その旗には黒い髑髏のエンブレムが施されている。
ブォン!ブォン!と。右手を上に伸ばし、その掌の上で起用に槍を何度も回したあと、ガンッと槍を握りこむと、投擲の態勢に入る。両足で大ダメージを受けてふらつく身体を支え、左手を前方向けてに添え、右手で槍をグンと引いて構える。
その姿は、さながら大きな弓そのもの。自らの身体全身を使って、大きな槍を引き絞る。
「死皇槍 バイデント【神】。この槍は神をも穿ち、生を呪う。もろに当たれば億万の寿命でさえ一撃で風前の灯にでき、また、かすっただけでも寿命の半分は持ってく…」
グッと、両足に力を込めて、足の指で必死に地面に縋りつくと、腹を中心にみぞおちから上を精一杯に後方へ捻ると、まるで、ピンと伸ばしたゴムを一気に離すように、すべての力を活かしながら、右手の槍を真正面に投げつける。
ほんの一瞬、彼の右手から放たれた黒い槍は、その場に留まったかのように見えたがしかし、直後に戦闘機のジェットエンジンから放出される波動の如き空気の輪をまとって、消えるように前方へ射出された。
遅れて、轟ッ!!と。雷が落ちたかと言わんばかりの轟音がその辺り一帯に鳴り響く。
「かわせるもんなら、かわしてみやがれ…。俺の渾身の一撃を!」
彼はその場に片膝を付く。それは諦めからの行動ではない。純粋なダメージによる限界もあるが、見事戦いに終止符を打てた安堵もある。
放たれた槍は、数百メートル先の目標に真っ直ぐ進む。槍が通過した場所には、雷ような轟音と共に、左右に空気の高波をつくる。
そして、数百メートルという決して短くはない距離を、黒い槍はたった三秒で一気に詰めた。
先ほど銃弾で左足を貫かれたフェンリルは、自らの身を守る為、数百メートルを灰と黒の世界へと変えた。
命を危ぶむほどのダメージではないが、それに匹敵するほどの隙は作ってしまった。
フェンリルはすぐにその場に立つ。敵は生きてはいないだろう。今まで何度もこの一撃で、何万という敵を一度に灰にしてきた。今回の敵はたった一人で、その何万の敵の数倍の戦力とプレッシャーがあったと感じたが、さすがにこの一撃は防御も回避も出来ていなかった。故に生きているはずがない。
が、しかし。それはすぐに間違いだったとすぐ気付かされる。
一瞬の出来事だった。そう思っていた時、ずっと向こうから時間が進む速度すらも越えられそうな勢いで黒い槍が吹っ飛んできた。
ドゴォォォォォッ!!
槍は寸ででフェンリルの喉元の手前で動きを止める。
危なかった。気を抜いていたら確実に貫かれていた。
カタカタカタと黒い槍はその勢いを止められながらも、まだ前に進もうと、自らの動きを阻害する壁を貫こうとしている。だが、それを許さないのはフェンリルの熱波の障壁。槍は、超高温の熱の壁にその切っ先をねじ込もうと力んでいる。
「ガルルルルルルルルルッ!」
フェンリルは唸りながら、その槍が自らの喉を貫かれぬよう全力で熱波の障壁を展開する。あわよくばこのまま燃えカスにしてやりたいとも思うが、この槍の切っ先は焦げるどころか熱によって鉄が赤く変色する高温発光の反応もない。このままでは力尽きて障壁を貫かれるのも時間の問題だった。ならばとフェンリルは徐々に自らの身体を横にずらし始める。
この槍は止まらずとも、あくまでも力は正面に向いている。ならば障壁の角度を少し変えて力を逃がし、反射させればよい。これがフェンリルに出来る対応法だった。
障壁への意識を集中させたまま、大きな体をゆっくりと移動させる。そして、これが終わった後は、このような屈辱を味合わせてくれた敵にとどめを刺しに行くと決意を固める。
しかし、フェンリルはここにきて一つの不安要素が頭をよぎる。
「最初に追っていた女はどこだ…」
そういえば最初から女を庇った敵に全ての意識を向けていた。でなければ、敗北もありえる程の力量を奴は持っていた。そして今は、奴の渾身の一投を退ける為、全神経を障壁に回している。得意の視覚も聴覚も嗅覚も削いで全力に。だが、この行為が逆にフェンリルを敗北に近付けている。
もう少しで槍の威力を反らせるというその一瞬。視界の端に映った影が、神獣で、歩く災害と言われた存在に身震いをさせた。
それは黒い影。しかし奴ではない。もっと細身の。そう…女だ。
彼女は高く跳んでいた。フェンリルの喉を貫こうとする黒い槍の持ち手側、喉元から槍をつなぐ直線状まで。
彼女が手にしているのは、土管のような筒状の武器。それを右肩に担ぐ形で、大きく空いた穴を槍に向けて、先程までとは違う鋭い目でフェンリルを見つめる。
「ガァァァッ!!」
渾身の威嚇だった。しかし、それも虚しく、その瞬間は訪れた。
彼女が担いでいた筒状の武器からカシャと音を立てて、その武器の数分の一ほどの大きさの小さい筒が彼女の右目を隠すと、
「デストロイ・キャリアー【神】…発動ッ!」
刹那、バコォンッ!という爆発音と共に筒状の武器から爆炎がほとばしると、直径数十センチの鉛筆のような形の弾丸が槍の後方に直撃する。槍の勢いを大きな弾丸で後押しした。
そして、その時は訪れる。先程まで貫けずにいた障壁に無数のヒビが入ると、熱波が溶けるように爆ぜて、槍の切っ先がフェンリルの喉を切り裂いた。
「ウガァァァァァッ!!」
耐え難い激痛がフェンリルを襲う。
少しずらしていた分、貫かれずには済んだが、喉は三分の一程裂けた。それを後押しした彼女は、華麗に地上へ着地すると、力が抜けたのか、その場に座り込む。
「ウガガガガ」
フェンリルは死皇槍バイデントに触れてしまったことで、そのHPを半分以上持っていかれ、痛みと屈辱で、たまらず逃亡を図る。
ドゴォォォォォッと。フェンリルの足元から巨大な炎柱が伸び、フェンリルを包むと、次に風が吹いた時には、そこに神獣の姿はなかった。先程までの状況が嘘のように、辺りは急に静寂に包まれ、再び風に揺れる木々の音が聞こえるようになった。
彼女は歩いていた。時間を置くことで、装備の自動回復によって少しずつHPを回復し、普通に歩ける状態になった。
彼女が探しているのは、さっき助けてくれた仮面の人。あの人がいなければ今頃自分は死んでいた。
「それにあの人は…」
五〇〇メートル程、森の中を街に向かって北上した頃、禍々しい仮面を装備した人を見つけた。彼は木に頭と背を預けてグッタリしている様子だった。
「いけないッ!もしかしたらさっきの鼻息で大火傷を負ったのかも!」
彼女は急いで彼に近付くとMAXポーションを彼の頭上から浴びせ、続けてTECポーションを頭上から浴びせた。MAXポーションは毒、麻痺、火傷、出血などの状態異常を完治させ、HPを全快する効果があり、TECポーションは戦闘で消耗した装備の耐久値を全快させる効果がある。しかし、二つともここら辺では手に入らないレアなアイテムで、一つで一週間は食べて暮らせるほど高価なものだ。それを躊躇なく使えるぐらい死は避けなければならないものなのである。誰であろうと、たった一つの命をアイテムを使えば助けられるなら、レアだろうが何だろうが迷うことなく使用して助けるだろう。
「冷たいだろ…。こんな高価なもん使っちまって、もったいないな」
さっきまでグッタリしていた彼が、むくっと体を起こす。HPは全快、状態異常も完治、装備の耐久値もMAX。しかし、精神的な部分はどんなポーションでも回復できないのがこの世界の欠点だろうか。彼はまるで病み上がりのように、力ない返答をした。神獣と初めて戦った緊張と、疲れがまだ体に残っているのだ。何故なら彼は、目覚めてまだ二時間程しか経っていないし、記憶もない。だが、装備やステータスは神獣に遅れをとらないレベルで、その強さは自信にもつながるが、どう足掻いても経験値だけは、そこらである程度の幸せを感じながら生きている農民となんら変わらない。
そんな弱り切った彼をすぐ横で見つめる彼女は、何故か頬に熱いものを感じていた。
「あ…あれ?……なんで?」
「お、おい!何で泣いてんだ?」
真横で急に泣かれてしまった彼は、さすがに黙っているわけにはいかず、疲れた体などお構いなしにあわあわと慌ただしく動かしながら、言葉にならない言葉をもらしてしまう。
「え、えと、あの、うんと、その…」
「うっ……う…っ」
何が言いたいのか自分でもわからないが、とりあえずこの状況をなんとかせねばと、言葉を振り絞った。
「す、すまん!助かった!HPも自動で回復していくとはいえ、すぐに全快してくれたおかげで、もうホント!見てもらえればわかるだろ?ホラっ!もうこんなに元気!」
と、その場でいろいろなマッスルポーズをやって見せながら、何とか安心させようと努力してみた。すると、泣いていた彼女に反応があった。
「ぐすっ。……よかった。ご、ごめんなさい。急に泣いちゃって…。あなたのせいとかじゃなくて、なんだかあなたが無事だったのがすごく嬉しくて…つい」
そういって、彼女は着ていた装備の袖で涙をぬぐいながら、必死に慌てる彼を落ち着かせる。それを聞いて安心した彼は、ふぅ。と小さく息を吐いて会話を続ける。
「そうか。でも、何で神獣に追いかけられてたんだよ」
彼が一番気になっていた謎。神獣は会おうと思って会えるものでもなく、そうそう目にすることもない。頻繁に見れるような存在ならこの世界はとっくに破滅しているし、神獣は他の獣よりも知能も高く、無駄な戦闘をするほど血気盛んでもないと、どこかで聞いたことがあった。
彼女は少し調子が悪そうに、険しい表情を見せてから答える。
「えっと…。それが、なんで追われてたのか…忘れちゃって……」
「はい?」
彼は予想もしていなかった返答に拍子抜けした返答をしてしまった。それも仕方だ無いことだ。彼女は何かを必死に求めながら神獣から必死に逃げていたように見えた。そして彼は、彼女が倒れる寸前の事を思い出す。
「そういえば君が倒れる寸前に、「彼に会わないと」とか言ってた気がしたが…」
だが、彼女の反応は変わらず、
「そう…何だろうけど…。あたしは一体誰を探していたんだろう」
「いや、俺に言われても……」
「「………………………………………」」
しばしの沈黙の後、最初に口を開いたのは彼だった。
「もしかして、君も記憶喪失とか?」
我ながら唐突な質問だとも思ったが、あったばかりの人故、接点がない分、この会話を広げる他なかった。しかし、彼女はすぐにこれを否定した。
「ううん。あたしはAyakaって名前だって理解しているし、つい二日前にこの先の王都ギャランホルンから…旅に…出たのも覚えているんだけど……昨日から今までの記憶が全く思い出せないのと、覚えている記憶も断片的で…なんだか特定の部分だけ虫食いにでもあったような…って…」
自らをAyakaと名乗る彼女は急に自分の話をやめたと思ったら、彼を見直して、
「…っていうか、君「も」ってことは、あなたは正真正銘の記憶喪失さんなの?」
Ayakaは興味津々な表情で彼を見つめる。自分の話はどうでもよくなってしまったのか、はたまた気になったことは解決しないと気が済まない性分なのだろうか。
そんな彼女の事情を離すまで帰しませんオーラをひしひしと受けてしまっては、話さなければいけないだろう。と、若干自分から話を振ったこと後悔しながら彼は事情を話し始めた。
「…………と、言うわけで今に至るわけだ」
彼はここまでの短い人生を彼女に話した。するとAyakaは真剣な表情をして
「う~ん。それは大変だよね。この世を生きるための知識を覚えていたのは不幸中の幸いだけど、これまでの自分も、生まれも、名前すら覚えてないなんて…」
彼女は良くも悪くも、いつも真剣なんだろうと思った。出なければ出会ったばかりの人の話を疑いもせずに受け入れたり、助けられたからといって、他人に超レアなアイテムを消費したり、神獣に追いかけられながらも誰かを探したり出来ない。そんなことを思っていると、彼女から提案を持ちかけられる。
「じゃあさ!まずは君の名前を決めようよ!いつまでも君ってのはなんかコミュニケーションとりづらいしっ!」
「な、名前!?」
「そう!何をするにもまずは名前が無いとだし、名前がないと、自覚することも出来ないよ?」
追加。良くも悪くも真剣で、お人好しでマイペース。それと…。
「自分が何者かってのがわからないと、何も決められないよ?前の自分を思い出すのか、それとも新しい自分として生きていくのか。どっちにしても何かを決めたり、覚悟したりするときに自分が誰かをわかっていないと全部他人事な人になっちゃうよ」
……いいやつだ。
彼はいつの間にか、Ayakaに心を開いてしまっていた。別に閉じていた訳でもないのだが、誰しも初対面の人間にはそこまで心を全開でコミュニケーションをとったりしないだろう。しかし、彼女の場合はそんなこと気にしたりする前に彼女の手によって大きく開けられてしまっているような、そんな感覚だった。
「それじゃ、名前は君がつけてくれないか?」
そんなことを彼女に頼んでいた。彼女も少し驚いた顔をしていたが、すぐに了承した。
「あたしがあなたの名付け親なんて何だか変な感じだね……。でも、ちょうど今いい名前が浮かんできちゃったんだ!」
そう、この日から彼と彼女の時間はそれぞれ動き始める。
「あなたの名前は、今日からZERO!!何もかも最初からだから、ZEROね!」
「ああ、そりゃピッタリでいい名前だな」
これが、ZEROとAyakaの「最初」の出会い。
そして、彼らの現実を見つけ出す物語の再スタートである。
目を通して頂き、ありがとうございました。
まだ、序章できっかけでしかありませんが、皆さんの率直な意見はどんなものでしょうか。
よくある異世界ファンタジーものだった。とかゲームの中のお話。とかでしょうか。
あらすじにも書きましたが、このお話はそういったものとは別物になっていくと思います。
見て下さった皆さんは、もうすでに神様です。もし第一章も見て頂けるようでしたら、このまま登場人物たちを見守ってあげて下さい。
そして最後に、この序章に対して何でもいいのでコメントをして頂けると、どんなものでも私にとって書き続ける励みと理由になります。見てくれる人がいることが重要です。よろしくお願い致します。