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「河野さぁん、またやったんですかぁ?」


 昼前の横須賀近辺。

金沢八景を過ぎたあたりでまた事故を起こした。

今度は男子高校生か。


「毎度毎度、あなた本当に大丈夫なんですか?」


 幹線道路での事故のため、数名の警察官が交通整理と実況見分の為に事故現場に駆けつけた。

昼前だがここは交通量が多い。


 救急車も既にやってきており、救急隊員が淡々と作業を続けている。


「飯田さん、今回ばかしは許してもらえないですかねぇ」


「ダメです。被害者は男子高校生ですからしっかりと実況見分とか諸々の手続きしないと訴えられてしまいますからね」


 背の高い三十代半ばの飯田、小柄で二十代後半の桜木。

この人たちに何度もお世話になっている。


「飯田せんぱぁい、そろそろ終わらせて戻りましょうよ」


 桜木はのんびりとした口調だが、飯田はきっちりとやるべきことをこなすタイプの人間だ。


 これほどまでに対照的な二人が、よく一年半も一緒に仕事をしていられるのかと思うと不思議だ。


「今回もまた飛び出しですか。災難ですね」


「災難というか、もういつものことなんですけど」


 少しの心づかいが心にダメージを負わせてくる。

不快ではないが、いつもの事のように人を轢いているのかと思うと自己嫌悪の衝動に駆られてしまう。


「まったく、なんでこうも自殺者が多いんでしょうね」


「ストレス社会だかなんだか騒いでるけども、自分にとっては全く関係ないですから」


 最近、国内での自殺の件数が増えていると世間では話題になっている。

特に若い層が自殺未遂や身体を傷つける行為などにハマり、精神を病んでしまうものが後を絶たないという。


 その一端に、やはり『アニメや漫画』も含まれているのかもしれない。

そうはいえども、あくまでも仮定の話だ。アニメや漫画に没頭するのは悪い事ではない。


 自分が思うのは『アニメや漫画などにハマって日常生活が台無しになる』という事。

ゲームや動画に集中する事によって、学校生活や日常生活に悪影響を及ぼしていないかと心配になっている。


「全く関係ないっていっても、こっちの業界ではあなたは疫病神というか死神ドライバーですから。あ、今の話は内緒でね」


「人を疫病神扱いしないでくださいよ」


 あなたもあなたで考えてることがおかしいんじゃないかと心に引っかかった。

まるで蒲田署の川崎みたいだ。


「この前も蒲田で二回やったんでしょう? あれはどうも警視庁もおかしいと思ってるみたいですけどねぇ」


 警察には、自分が何度も自殺者を轢き殺しているという情報が広まっているらしい。


 この前の事だが、パトカーが後ろから来ていたので道を譲ったら『また事故ですか』と何もしていないのに警察官が出てきたことがある。


「警視庁に目をつけられたって事は、まさかそろそろ逮捕されるんでは」


「いやいや、ただ単に『不幸な運転手』としか言われてませんよ。違法性も何もないんですから」


 それならよかったが。

もし逮捕されるなら猫の引き取り先を探さないといけない。


 いや、猫が優先なんて馬鹿かっ!


「遺品というか、所持物から出てきましたよぉ」


 桜木が男子高校生の潰れたバッグから何かを取り出して、こちらにやってきた。

広い額に汗がにじみ、やはり外は暑いのだなと思わせてくる。


「暑いねぇ、水筒持ってくるんだったな」


「お疲れ様です。お茶ならありますよ」


「いや、こっちはあくまでも仕事なんで」


 車内は涼しいが、この人たちは暑い中仕事をしているのだ。

このような人たちがいてこそ、社会が成り立つのだと再度実感する。


「で、その所持物は?」


「なんだか、アニメみたいな絵の描かれた本だねぇ。マンガかなぁ?」


 桜木が持ってきたのは、べったりと血のついたラノベ本だった。

それと同時に、自分が一番見たくないものでもある。


「んー? はて、なんでしょう」


 二人はその本を何度かめくって内容を確認している。

もしかしてラノベを知らないのか?


「······なんだこれ?」


 やっぱりそうだ。


 ラノベを最初に読んだ一般の人間には、このラノベの面白さがわからないだろう。

今も自分は面白いと思える作品には出会っていないが。


「それ、ラノベっていうんですよ」


「ラノベ?」


 初めて聞いた言葉なのか、二人は首をかしげて聞き返してきた。

やはりそうだったか。


「なんです? その、ラノベってのは」


「同僚から聞いた話なんですが、どうも『ライトノベル』」っていう小説の類いらしいんですよ」


 それでもピンとこないのか、再度本を読む桜木と飯田。

だが、その顔も読み続けていくと、次第に酷いものを見ているような顔になる。


「なんですか、こりゃ一体。これが文学なんですか?」


「文学というか『挿し絵のある小説』らしいです。アニメ調の絵が目立つ、青少年向きの本だとか」


 自分の説明を聞いて、飯田がまた口を開く。


「この、なんですか。異世界転生? 馬鹿馬鹿しい話ですねぇ、これが今の流行と?」


「どうやらそうみたいですがね」


 一方の桜木はなぜか無言。

なんだ?


「桜木さん、どうしました?」


 声をかけると何か考え事をしていたようで、ハッと顔を上げたかと思えば慌てて言葉を返してきた。


「あ、いや。ちょーっと気になりましてねぇ」


「気になった?」


 隣にいた飯田が怪訝な顔をする。

自分も疑問に思って聞き返す。


「いや、なんかこの本が関係しているんじゃないかって思ってねぇ」


「事故にですか?」


「うん、そうだけど」


 え? まさか気がついていなかったのか?

これまで何度も自分が事故を起こしたのに?


「何言ってんだ、そんなわけないだろう」


 1報、相方の飯田はそこまで考えていなかった様子。

すぐに桜木の考えに呆れたような返事をした。


 間違ってないんだよな、これが。


「自分がよく人を轢く理由、どうやらラノベらしいんですよね」


「は?」


 不思議そうに自分を見上げた二人。

一体何を言うのかと驚いているようだ。


「それが、同僚の話だと『異世界転生』の流行で自殺者が増えているらしい、という話があるんですよ。ご存じないですか?」


 この前の佐藤の話を覚えていてよかった。

だが、それだけで分かるだろうか?


「いや、まったく」


 それもその筈、警察官に暇などない。

そのうえラノベなんてめったに読まないだろう。


「そもそも、このラノベだけで人が死ぬもんですか?」


「それもそうかもしれませんが、自分が見た人間は大抵そうなんですよね」


 飯田も口を開く。


「ラノベで、自殺と?」


「そうなります」


 大抵はそんな人間だらけだ。

ラノベ本を抱いて死ぬ者、ぬいぐるみを引っ提げて死ぬ奴、全身を関連のファッションでそろえた者。


 一概に異世界転生したい奴といっても、多種多様。

この光景を見慣れているわけでもないが、大抵はバカな奴だと思っているのは事実だ。


「その本の冒頭あたりに、そういう場面があると思いますよ」


「冒頭?」


 自分の言葉を確かめるべく、桜木が本を開いて数ページめくったところで手を止めた。


「え、これですか?」


 とあるページを開いて渡してきたので、それを受け取ってそのページを読んでみる。


「あぁ、そうそう。やっぱりね」


 そのページには、いつもの如く主人公がトラックに轢かれて死ぬシーンがあった。

しかも、さっき飛び込んできた高校生と類似するような表現もある。


「えーと、なになに。学校の昼休みに弁当を買いに行ったらトラックにはねられて死んだ? え、これ?」


「確かにすぐそこに高校がありますねぇ」


 桜木は呑気に事故現場を写真に撮る高校生を見ながら笑うが、生真面目な飯田はそうともいかないらしい。


「これ、いつか問題にならないですかねぇ」


 なんとなく彼の気持ちは理解できる。

ラノベに没頭した挙句に死ぬなんておかしい話だ。


 いつか誰かがそれに気がつくとどうなる事やら。

マスコミがうるさく騒ぐだろう。


「表現の自由、とはいえどもトラックに何で突っ込んでくるんでしょうね」


「毎度毎度辛いですねぇ、そっちも」


 人ごとのように話す桜木だが、この人ならまだ言われてもいい。

同情してくれる人がいるだけでもいい。


 自分だって精神的にも苦痛なのだ。

未来ある若者を殺してしまうこの罪が、たとえ違法ではなく『あちら』の意思だとしても未来を奪う事は変わらない。


 どうにか助けてやりたい。だが、できない。


 自分が誰かを苦痛から解放する手助けになっていることも含め、自分はなぜ助けてやれないのか、と無力さに落ち込むこともしばしばある。


「ラノベって面白いんですかねぇ」


 桜木は表紙を見ながらそう口にした。

面白いとは言い難いが、まぁ迷惑にならないストーリーがこの後流行する事を願うしかない。


「じゃあ、そろそろ行っても構いませんよ」


「え、いいんですか」


「いやぁ、こっちもこの後鑑識とか色々来るんでね。結局お咎めなしで終わるから」


 どこで事故を起こしても『お咎めなし』で終わる。

これでいいのか日本の警察よ。


「じゃあ、また······お世話にならないことを祈るしかないですが」


 やっぱり申し訳ない。

暑い中、こんなにも時間をかけて書類の不備や記入漏れを確認してくれる飯田と桜木には頭が上がらない。


「いやいや、絶対またすぐに会いますよ」


 うん。やっぱりお世話になるしかないか。


「書類のチェックをするので少し待ってもらえますか?」


 トラックのエンジンをかけた。

荷物は無いし、あとは帰るだけだ。


 家に帰ったら何をしようか。


「野次馬も多少少なくなってきたか······ん?」


 ふと歩道を見た。

トラックから少し離れた場所に、四十代くらいの女が救急車の脇で立ち尽くしている。


 あの高校生の親か?


「飯田さん、あれ」


 下で書類のチェックをしていた飯田に聞いた。

あの女は誰だ?


「なんです、早く行って······あれ?」


 飯田もその女に気がついたのか、自分に少し待っていろと指示して駆け寄っていった。

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