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油壺  ~悪夢夜話シリーズ①~  作者: 犬神まみや
7/11

「7」

化け物の作り方を稲荷の小僧と軍人が知ること

「オイ住職、本当にあの二人をここまで連れてこられるのだろうな!?」

壺の隙間から見えたその人は桃井だった。

「体の大きい軍人の方は既に下の部屋にぶち込んである」

「もう1人の生っ白いのは?」

「今“陀権(だごん)”に探させてる。見つかるのも時間の問題よ」


ひしゃげ住職と桃井は向き合って話す。


陀権とはなんの事なのか。

あの少女のこと?

一瞬彼女にまんまとはめられたのかと不安がよぎった。

「おお、すず、ここにいたのか?」

住職の声に小さな足音と鈴の音が響く。

「騒がしくて出てきてしまったのかい?ん?お前も1つの鈴はどうした?」


そういえばさっきまたすずに渡されて私が持っているのだ。胃の底がヒヤリとした。

しばしの沈黙。

うん、うんと住職の頷く声が聞こえて

「そうか、外で落としてしまったのか。仕方の無い子だ、後で陀権に探させような」すずを慰める言葉になった。

そのやりとりを「オイ」と阻む声。

「住職、そろそろ始めろ」

「やれやれ…せっかちな人だなアンタも」

「早くあの陀権とかいうベラボウどもを呼べ!そしてとっとと術式を施させろ!」

住職は手前の壺の蓋を開けた。

「で?どっちを漬けてどっちに呑ませるんだい」

訳の分からない言葉の連打に私と赤樫は目線を合わす。

それにしても良かった。すずは我々を騙してはいない。安堵した。

それよりも桃井。

裏切り者はこいつの方であったか。

それこそ印籘先生があんなに私を心配したのはこのことを聞き及んでいたからなのかもしれない。

やはりただの遣いという訳じゃなかったようだ。

全く漆田様も人が悪い。

まぁ私の役目はこれで解ったようなものだが。

そんなひとりごちる私の気持ちをよそに、桃井は叫ぶ。

「どっちでも変わらん!どれでも同じよ!結果さえこの目で見られればな!」

桃井は下品な笑い声を立てながら歩いていくと、入口あたりで怯えていたらしき幽霊人間二人の首根っこを捕まえて無理矢理に引き摺ってきてその内の1人を蹴り飛ばした。


幽霊人間の1人がよろめいて壺に激突し頽れた。住職が

「陀権!やれ!!」と命令すると、のそりと仏壇の脇の扉から件の大男が入ってきた。立ち竦む幽霊人間を分厚く大きな手でムンズと掴み、着物を剥ぎ取るとそのまま壺の中へ無理矢理押し込んでしまった。幽霊人間は丸で抵抗出来なかった様だ。

ゴボリゴボリと暫く音がしていたがやがてそれが止み静かになる。

大男は今度はもうひとつの壺から柄杓で油を掬い、へたり込む幽霊人間を片手で持ち上げ器用にその幽霊人間の口をこじ開けると、油を流し込んだ。

「どうだ?!どうなるんだ!?」桃井は楽しそうに笑いながら言った。

そんな桃井を無視して陀権は油壺から油を掬いとって、幽霊人間の口の中に何度も流し込んでいく。そうこうしているうちに、油を注がれるその幽霊人間が体をぶるりぶるりと震わせ始めた。しかし私赤樫もこの時また目を疑った。油を飲まされた幽霊人間が飲まされる事にみるみる膨らんでいく。


そうこうしているうちに、油を大量に飲まされた幽霊人間は陀権と同じ大きさ、同じ体型に変化した。顔つきも同じようになった。

「これで無敵になったのか?ん?不死身なのか?どうなんだ?」桃井がニヤニヤ笑いながら住職に訊ねる。

「イヤ、そんな訳があるか」住職が答えた。

「無敵の兵士にしたいなら、やり方はもうワシには解っておるわ」

私と赤樫は息を呑む。我々も気付いてしまったのだ。

住職の言い方だと条件が揃った状態であの灰とそこの油を使えば、完全無欠の兵士が出来上がるということに。

しかし我々などより喉から手が出るほどその技術が欲しいのは桃井だ。

「住職、教えろ!あの小僧が持ってきた遣いの書物、その部分だけマルっと抜けていやがった!恐らく漆田の差し金だろう!あのごうつくばりめ!だがお前はこの実験の中で見出してるのは知っておる!さぁ、教えてもらおうじゃないか!」

それに対して住職はキンキンと喚いた。

「誰がそう簡単に教えるものか。こちらはそれなりに大きな犠牲を払っとるんだ。貴様はその代償を払えるのか?」

桃井はぐうと喉を鳴らして押し黙る。それを見て愉快そうにゲゲゲと笑いながら住職はいった。

「故、交渉なら応じるという事よ。ここからは金銭の話としよう」

「解った」桃井が低い声で答える。

「あそこの黄金像の買取に加えて更に指南料で三億円(現在の貨幣価値に換算すると十億に相当)だ」

「無茶言うな!」桃井が悲鳴を上げる。法外なんてもんじゃない。

「どうやってそんな大金を」

桃井がハッとした。

「そうか!ツイてる!俺はツイてるぞ!出せる!その金出せるぞ!金塊の買取も、三億も出せる!」

「アテがあるのか」

「ある!あの赤樫とここに来た柏木という男だ!彼奴の背後には漆田と印籘が着いとる!」

赤樫がそれを聞いて唸った。

「どこまで汚い連中よ。アンタを人質扱いだぜ」

「愚かな。漆田が金を出す訳がない。私は赤樫さんがさきに言った通り恐らく人身御供でしょうから」

赤樫が複雑な表情をした。

「そうでなきゃあの抜け目無い漆田が内偵を入れていた筈のここに私をわざわざ寄越すと思います?怪異を鎮める為の人柱ですよ私は」


漆田は言った。遣いに行けと。

帰って来いとは言っていない。最後にひとつ聞かせろ、とも。つまりこの件を承知の上で片付けろと暗に言っていたのだ。もう何年も見てきたあの人のやり口だ。


それにしてもどう片付けるか。

ちょっと怪異が想像を遥かに超越している。

思考を巡らせていたら金切り声で断ち切られた。


声の主は住職であった。

「蓋が開いている!ここも!ここも!」

しまった、と赤樫。さっき幾つか開けた壺の蓋をそのままにしていたのに気付かれたのだ。

「誰かいる!あいつらか!クソォオ!知られたかァ!」住職が見悶える。「陀権!探せ!探せ!この中にいるかもしれん!」


大男二体がズドンズドンと節操のない地響きを立てて両脇からこちらへ向かってくる。これは思ったより絶体絶命じゃないか。さて、どんな手を…


その時。


赤樫が私の肩に手を置いて言った。


「ここは任せて、あのすずって娘を連れて逃げろ」


私は驚いて目を見開いた。赤樫がニッと笑って言う。


「大丈夫だ、俺は死なん。信じろ。だから俺の言うことを聞いてすぐに逃げろ!行け!」


そう言って私を引き立たせると赤樫はサーベルを抜いてウオオ!と雄叫びを上げながら右手から突っ込んでくる陀権に向かって飛び蹴りを食らわせた。


私は勢いに任せてその横を走り抜けて、すずに手を伸ばす。

チリン!と私の持つ銀の鈴が鳴って、すずはこちらを振り向くと咄嗟に手を伸ばしてきた。私はその手を取り、彼女を抱き抱えると一目散に住職達が入ってきた扉へ走る。鍵は掛かっていなかった。


「柏木貴様!」


桃井の怒号が響く。


私はその戸を閉める。

扉の鍵穴は赤銅だ。私はポケットから鍵を取り出し鍵を締める。住職が持っているかもしれないが、少しは時間稼ぎになるだろう。

振り向くとそこはあかりの入る細い渡り廊下だった。すずを抱えたままその廊下を走る。


少し行くと、上りの階段があった。





「8」へ続きます。

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