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油壺  ~悪夢夜話シリーズ①~  作者: 犬神まみや
5/11

「5」

銀の鈴と鍵

気付けば最初の物置部屋に逃げ込んで居た。

どん詰まりでは逃げ場がない。年貢の納め時かと溜息を吐く。

と、突然小さな子供のやわらかくあたたかい手らしきが私の手の甲に触れ、きゅと握って来た。


「誰だい?」と訊ねても返事はない。

その代わりちりりと鈴が鳴った。そしてその手は何故か私の人差し指を握り、ぐい、と引く。

私はその手に従って、立ち上がった。


その手は暗闇の中、迷いもなく私を導く。

少し歩くとその手は私の手を離し、チリリと音を立てながら本堂を動き回る。

と、突然灯りが点った。


そこはふりだしの本堂だった。それと同時にチリリと鈴の音が仏像裏の暗闇に向かっていく。ちらりと見えたその姿は目隠し猿轡の少女だった。


少女はそのまま姿を消した。

彼女が消えた辺りには私がぎりぎり潜り込めそうな隙間があった。身を屈めてみると壁にその姿勢のままなら入れそうな大きさの黒い扉らしきを見つけた。小さなドアノブがあったので回してみるがガチリと音がして回転が阻まれる。鍵が掛かっていた。


そういえば。

私はポケットに手を入れる。さっき玄関で拾った銅の鍵は合わないだろうか。取り出して鍵穴に入れてまわそうとするがこれまたガチリと回転を阻まれた。

…合わない。

他に鍵があるらしかった。私は立ち上がり少女が灯してくれた蝋燭を台ごと手にする。


鍵を探そう。


冷静に考えてこの寺の中で赤樫を除いて私に対して協力的であるのはあの不可思議な少女だけだ。

あの扉を開け少女と接触した方が打つ手が見つかる気がする。


私は一歩踏み出した。

と、何かが足の爪先に当たり転がる気配がする。チリリンと音がした。気配の方へ手を伸ばし拾うと鈴であった


どうやら彼女が身に着けていたものらしい。銀製で美しい音色である。音がする物を持ち歩くのは危険かも知れぬが手掛りになるやもしれぬのと少女に返してやりたい気持ちが沸いてハンカチに鈴を包んでポケットへ仕舞った。そうして私は意を決して恐る恐る廊下へ乗り出す事にした。


その間、私は鍵のある場所を色々思案する。

一つ目の仏具の物置、二つ目の茶箪笥の客間、三つ目の仏壇の部屋。初見では寺の中の部屋はそれ位だった。仏具の部屋は散々物色し終えたし、二つ目の客間も茶箪笥以外何も無かった。と、すれば何かあるならば三つ目のあの仏壇のある部屋か。


それにしても多少の戦力になるであろう赤樫が居ないのはかなりの痛手であった。あの鍛錬を積んでいそうな赤樫ですらあの有様だ。私などが襲われたらひとたまりもない。そう思って進む方向へ目をやると、目的の三つ目の部屋の前に件の大男が一体立ち尽くしているのに気付いた。


大男はあの黒い目玉でこちらを見据えて、身体を少し屈める。

突進して来るつもりか?私はどう避けたものか考える。気付けば二つ目の部屋の前にいた。ここに逃げ込むか。障子に手をかけそっと開ける。

息を呑んだ。

隙間から見えたのは三つ目の部屋を向いて立ち尽くす別の大男だった。


二体目の大男もゆっくり体をこちらへ傾ける。見つかったかもしれない。私は後ずさった。その時、ポケットの中で銀の鈴がチリンと幽かな音を立てる。

しまった!私の胃のあたりがギュッと縮む。

……だが、大男達はその音を聞いた途端、体勢を戻した。

「?」

もしかして。

私はポケットから鈴を取り出す。


…チリン…


予想が的中した。

大男達はまた宙空をぼぉっと眺めている。

これは行けるかもしれない。

私は意を決して歩き出した。チリンチリンと鈴の音を鳴らしながら。3つ目の部屋の前、大男の眼前に立つが、襲ってくる気配はない。やはりそうか、あの大男どもはこの鈴の音でくだんの少女か侵入者を判断しているのだ。


私は大男を無視し、堂々と三つ目の部屋へ入った。

仏壇の方を向く大男も襲ってこない。

私は仏壇の前に立つ。

さっき住職を殴りつけた片割れの蝋燭がまだ点っており金箔の張られた仏壇の中は明るかった。

純金に朱と蒼を塗った小さいが美しい荼枳尼天の像がある。


その仏像をマジマジと眺める。

荼枳尼天は必ず天狐に乗る。その天狐の口にはあの赤銅の鍵とそっくりの銀製の鍵が咥えられていた。

やはりあった!

私は手を伸ばし、銀の鍵を入手した。と、荼枳尼天の左手に宝珠の代わりに水晶の玉があるのに気づいてそう言えばと思い出した。


最初に拾った水晶らしき大きめの欠片は何処にも見当たらない。住職かあの大男が回収したのだろうか。何となく気にはなるが取り敢えず本堂へ向かった。

本堂へ着くとすぐさま仏像の裏へ回り扉の前へ。鍵穴に鍵を差し込みぐっと回そうとした。

……まわらない。


しくじった。


私は悔し紛れにとびらをドン!と拳で叩く。と、頭のうえでチチッと小さな鳴き声。

…鼠だ。上を見あげると、荼枳尼天像の左手の宝珠の上で、鼠が鼻をヒクヒクさせてこちらを見下ろしていたが、私と目があった途端逃げ出した。

宝珠はギリギリ手の届く高さにある。なんとなく手を伸ばした


宝珠に触れると手触りがゴツリとしている。固定されているのかと思ったらそうではないらしい。ゴトリと音を立てて宝珠が動く。驚いて宝珠を握り締め手に取り、マジマジと見た。

それは宝珠ではなく、水晶の欠片であった。どうやら断面を見ると先にみつけた水晶の割れらしい。


もしかして。私は考えた。この水晶、断面を見ると意図的に割られている。これはパズルになっているのか?私は仏壇の荼枳尼天像を思い出していた。大きさ以外は2つの像は色も形もそっくりそのままである。金色で、朱と蒼の彩がされている。右手に宝剣、左手に水晶で出来た宝珠。仏像を観察して回る


私は巨大な荼枳尼天の乗る天狐の前に来た。天狐は顎をあげて少し口を開けていた。仏壇の天狐は口に鍵を咥えていたがこの天狐の口にはそれがない。

…鍵がない!?

私は慌てて像の方へ駆け寄り台の上に足をかけて立つと天狐の口の中を覗き込んだ。

あった!!そこには銀色の鍵が輝いていた。


私は台から飛び降りると扉へすっ飛んでいく。鍵を穴に差し込み一気に回す。ガチリッと金属式の回転音が響き力を入れなくとも扉がギッと音を立てて開く。

そこは人が一人通れる程度の下り階段が奈落の底に続くように長く黒く続いていた。私は頼りない灯り一つで一段目を踏み出す。


階段は思ったより段数があり、108段降った。煩悩の数なのは作った者の意図なのか。

階段を降りきったところでまた扉が現れた鍵がかかっている。

銀色だ。

もしかすると上の扉も元は銀色で、酸化か煤まみれになったかで黒くなったのかなと考えながら鍵を開けた。


扉を開けるとそこは物置小屋の様だった。幅2畳程でやたら長い。格子窓があったので光は射し込んでいる。ここにはあの真っ暗の怪異はないようだった。

それにしても。改めて部屋を見回すと中は異常な雰囲気だ。所狭しと大きな壺が整然と並べられている。どの壺も人が入れる程だ。


木蓋を取って壺を幾つか覗いてみる。取り敢えず中には何も入って居ないようだった。窓側の壁を背にして歩いて行く。その時、左手側の奥でガタリと物音がしたり私は弾かれたようにそちらを見て目を凝らす。

壁一面に張り付いた棚と、壺の合間から軍用ブーツが2足横たわる。


あれは!


そこへ慌てて駆け寄って、姿を確認しようと隙間を覗いて仰天した。仰向けで倒れる赤樫の頭の脇にあの目隠しに猿轡の少女が正座していたのだ。私の気配にビクッと体を震わせたが、私が何者か解ったらしくすぐに落ち着いた。

「驚かせて済まないね」

私は小さな声で囁く。少女は頷いた。


そうだ、と私は倒れ伏す彼に向かって声を掛けた。

「赤樫さん!」

ウ、と小さく呻いて目を開ける。

「…か、柏木さんか」

答えが返った。生きてる、良かった。安堵でその場にへたりこんだ。正直数時間前に出くわした時は気に食わない相手であったが今頼れる者はやはりどうしてもこの人なのだ


「ここは?」

赤樫は体を起こしながら頭を擦りながら辺りを見回す。

「本堂の奥から通ずる寺の下層です。赤樫さんが連れ去られてそちらの少女に助けて貰ったのですよ」

「そんな所があったのか…」

そこでハッとして赤樫が私の肩を掴んだ。

「怪我は!?」

「ありません」



「良かった」赤樫は深く溜息をつくと「で?その少女は?」と正座のままの彼女へ目を向けた。

「良く解りません。しかしこの寺の事を良く知っている様です」そこで私はふと思い出し彼女の方へ歩み寄る。彼女の前に跪くと彼女の手を取ってポケットから銀の鈴を出して掌に乗せる。


「君のだね?」

少女はコクリと頷いた。先程物音に身を震わせたし言葉に反応できる所を見ると耳は聴こえているのだろう。

「君、名は?」

少女はそれを聴いて掌の上の鈴をコロリと転がす。リリと胸に沁みる様な音色。鈴を持たぬ方の手を彼女は伸ばしてきて、私の手を掴む。


そして私の掌にあの鈴を乗せてそれを人差し指でずらしながら“すず”と平仮名で書いた。

「…君は“すず”というのか」

少女は大きく頷くと突然立ち上がり、今度は私の手を引く。

「どうした?」と赤樫。

「解りません…でも…ついて来いと言ってる様です」

すずはまた頷いた。


「6」に続きます。

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