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油壺  ~悪夢夜話シリーズ①~  作者: 犬神まみや
4/11

「4」

捻れ住職

寺は正面から見てもなかなか大きい様子である。

玄関口に着くと、

「おい!誰かおらんのか」と大声をあげて、

赤樫はズカズカと進んでいく。

辺りを見回すが人の気配はひとつも無い。

その代わりに冷気が臭った。

鼻の奥にツンっと痛みの様な冷たさがまとわりつく。

にわかにゾッとして私は赤樫の後を追った。

赤樫はブーツを脱ぎ捨てると寺の建物の中へ。私は赤樫のブーツを直そうとその場に膝を抱えるようにして座り込んだ。


と、上がり(かまち)の下で何かがキラリと光った。

手を伸ばし取ってみると、それは銅製のしっかりした作りの鍵である。試しに玄関の外へ周り鍵が合うか試したが違う所の物らしい。

私はそれを何気なくポケットにしまう。

そこで、

「おい、三鈴さん、これをみてみろ」と赤樫の声が響いた。


そこには孤島らしからぬ八尺以上はありそうな巨大な仏像があった。

「なんだか奇妙な仏像だな」

赤樫が怪訝な顔をする。

「こんな…艶めかしい仏像みたことない」

わたしもよくよく仏像をみてすぐ気がついた。釈迦や大日如来を模した仏像ではない。これは

「荼枳尼天だ」

「なんだと?!」

赤樫が心底驚いた声をあげた。

「荼枳尼天と言えばどうも立川流の妙な噂の印象が強いな。この仏像…艶めかしすぎるし」

「そうですね。豊川稲荷に祀られた荼枳尼天と立川なら、あっちの方を想像する人も多いでしょうねえ」

私も豊川稲荷のお守りなら持ってるんですけどね、と根付を見せた。

偶然にしちゃあ随分用意がいいなと赤樫は笑う。

「まぁ根源は同じなんですが…でも明らかに宗派というか、成立ちが違い過ぎるし信奉の形態も違い過ぎる……大体妙じゃありません?」

「何が妙だ?」

「いえね、そんな外法扱いの密教寺があるような孤島でしょう?軍部はなんでこの島にわざわざ橋をかけてまで汽車を通したのです?」

「それは」

赤樫の顔が一気に曇った。

「資源だ。石炭が取れる」

「炭鉱だったのですか」

どうりでと私は納得した


しかし赤樫の表情から察するに、どうもそれだけではない気がした。

「赤樫さん、隠し事してないでしょうね」

赤樫がハッとする。

「暫くの間あんたは私の相棒です。隠し事しないで話しちゃくれませんか」

赤樫は暫くむっつり考え込んでいたが、重そうに口を開いた。

「搾取だ」

「搾取…」

私が復唱すると、赤樫の双眸が暗くなる。

「ここは資源が豊富だ。この島に居る者は数少ない。軍にとっては格好の餌食だろう」

私は息を呑む。

「まさか」

「ご名答だ」赤樫は情けない顔をする。「島人は良くて拘束だ。施設にいた時に話したが生きたまま軍人を実験台にしても成果が得られなかったので島民を施設で働かせるという名目で騙し、幾ばくかの金で実験台に使ったのだ。数は俺は把握していない。後は」

「…こ、ころしたのですか」

「俺の赴任前の話なので見てはおらんがな…」

ふーと深い溜息をついて疲れた顔をした。

「だがな、俺がその実験に加担したかどうかは世間にとって関係はないのだ。それは恐らく実験台になった連中も葬られた連中も等しくだ。十把一絡げの軍部のやった事として捉えるだろうよ」

赤樫が言い終えたその時、突然外の気配が変わった。


本堂の雨戸を強い風が壊さんばかりに叩き付ける。


本堂はほんの少しの隙間の、外からの明かりで照らされていたので、風に運ばれた雲で殆ど見えない有様になったようだ。

「しまった三鈴さん、俺から離れるな。急いで灯りをつけ」

私は赤樫の言葉が終わるか終わらないかの所で叫んだ。

「玄関のブーツをとって参ります!灯りを頼みます!」


玄関へ行くと硝子戸の向こうは嵐の如くになっていた。私は慌てて二人分のブーツを抱える。顔を上げた刹那、思わずうわあ、と悲鳴が上がった。

「どうした!三鈴!」

本堂に残されていたであろう蝋燭と蝋燭台を持って赤樫がすっ飛んできた。

そして玄関の外を見てウッと呻く。


外は周囲が確認出来ないほど真っ暗だった。

「馬鹿な。いくら曇りだったとはいえ、まだ昼の日中だぞ!? こんなに暗くなるなど有り得るか!」

赤樫は怒鳴り、何かの間違いではないか確認しようとしたのか扉を開けようとする。

私は間髪入れず彼の腕にしがみつき行くな!と叫んだ。


「外へ出ちゃあいけません!あんたもう気付いてなさるんだろ!」

赤樫はハッとした。

「そうですよ!この寺から出るには目的の物を探さにゃならんのです!後戻りはできないんです!」


その時、玄関の硝子窓にべたりべたりと次々に何かが張り付く気配がした。

玄関の黒い闇は、真っ黒な無数の人の手だと気付くのに時間はかからなかった。二人とも息が止まる。と、掴んでいた赤樫の腕の抵抗がなくなり、彼は自分の重さに負けたかのようにストンと尻もちをついた。

「見られてる。ずっと見られてんだ」

赤樫は手で顔を覆う。

「軍人はみんな呪われてる。俺たちはとんでもねえことしちまったんだ。呪いは…俺たち軍人を皆殺しにするつもりだよ…!」

「だったら」

私は赤樫の手首を掴む。赤樫はハッとして顔を覆っていた手をずらした。

「実験台にされたり拘束されてる島人を助けるのが貴方の責務じゃないのですか?呪いがあるのであればひとつでも解かにゃならんのではないですか!?」

赤樫はハッとして私をしっかり見据えた。


そうこうしている内に風はどんどん強くなり外壁を叩く音も一層大きくなる。

「人が叩いてんのとまるで同じだな」

「赤樫さんブーツを履いてください、この先何があるか解らないから」

「なんでそんな」

「具体的なこたぁいえませんが、勘ですよ。あの玄関の真黒い手たちは本堂には入ってこなさそうだし、そこは安心していいでしょう。それより、この寺には誰か本来いるのですか?」

「他の班の奴らに聞いた事があるのだが、1人住職が居るらしい。隠者の様な男だそうで、どこにも出ておらんて話だった」

「成程。じゃあまずは住職を探しましょう。気配はないけど息を潜めてるだけかもしれないし」

私たちは頷きあうと立ち上がりその暗い闇の廊下を進むことにした。


「そも、住職とはどんな男なのです」

「いわゆる生臭だ」

赤樫は汚いものでも見た様な顔をする。

「この島自体住職の持ち物らしい。三度の飯より金が好きと言った類いだ。島人を上手いこと言って売り飛ばしたのも住職だと聞いた」

そうこうしてる内に左手に障子が現れた。


障子を開けると中は真っ暗で6畳ほどの部屋であった。木魚やけいす(※大きなお鈴のこと)、肘掛と言った仏具が幾つも置かれている。どうやら物置らしい。赤樫が「値打ちものだな」と金色に輝く天蓋の欠片らしきものを拾う。

「座布団も綺麗な布ですね」言いながら私は座布団の端を持ち上げる。


座布団の間に何かがきらりと光った。

不思議に思って手に取ると不思議と温かみがあり少し重い。無色透明で石の様だ。その断面はつるりと磨かれてあるが、様子を見る限り意図的に割られたらしい。

「…水晶かしら」

「おい、こっちにもあるぞ」

私は赤樫の声のする方へ移動した。


赤樫は襖で仕切られていた奥の部屋に居り、似た様な欠片を差し出して来た。

「やはり同じ材質ですね」

「この茶箪笥の中に入ってた」

「おかしいです」

「なにがだ」

「これ…どうも水晶の欠片のようです。魔除の水晶が割れたのなら始末するだろうに。何故あちこちに隠す様にしてあるんだろう?」

「言われてみれば…」

「住職探しながらちょっとこいつも気にしてみましょうか」

そうだなと赤樫は頷く。


更に奥の部屋へ移動すると、そこは蝋燭の灯に照らされていた。

が、瞬間で異常に気付いた私と赤樫も身構えた。


大きな仏壇と向かい合わせに僧侶が座っていたのだが…


僧侶の顔はこちらを向いているのである。目は見開かれて口から舌がだらりと垂れ下がっていた。

「死んでやがる」

「この人ですか。件の住職は」

「間違いねえ、こいつだと思う。写真しか見た事ないが」

私はそっと傍へ近寄ってみた。

座禅の足の上の手に例の水晶の欠片が乗っている。

私はその水晶を取ろうと手を伸ばす。

瞬間赤樫がうおお!と怒号を放った。驚いてその声の方を向くと赤樫が住職めがけてサーベルを振り下ろす所である。余程膂力があるのかサーベルは目にも止まらぬ速さだったのに、住職の頭を割ることは叶わなかった。

「しゃらくせえ!」赤樫が叫ぶ。

サーベルは住職がガッチリと噛んでいた。

良く見ればさっきまで見開かれていた目の窪に目玉がない。目玉は、目から出る紐でぶらりとぶら下がっていた。住職はサーベルを咥えたままニタニタ笑いながらぐにゃりと立ち上がりフシュ、フシュと笑いながらいった。


「ォオぉお前らにはぁあっ渡さぬぞォ軍人どもぉおっ」

ズザザッと畳をずる音。

赤樫が隣の部屋まで押されていく。住職の足元を見ると踵側が赤樫に向いている。だとしたらなんて力だ。なにか赤樫を援護出来るものはないかと周囲を見回しぱっと目に付いたものを手にして走り出した。


住職の背中めがけてそれを思い切りぶつける。ぶつけたのは蝋燭と蝋燭台だった。住職の体がビクンと跳ねる。その隙を突いて赤樫は住職を蹴飛ばし、間髪入れずサーベルを持ち直すと、ウオオ!と吠えながら体重をかけ、住職の心臓部を貫いた。


赤樫はそのまま畳にサーベルごと住職を磔にした。

「手間ァかけさせんじゃねえっ!この因業坊主ッ」

住職はギリと歯軋りをしながらこちらを威嚇するように睨んだ。

その時だ、住職に投げ付けた蝋燭の火が突然復活し、コロリと住職の方へ転がって行った。

その時住職が悲鳴を上げる。

「いかん!いかん!火はいかん!」

必死に蝋燭を払い除けようと手足をばたつかせて騒いだのも虚しく、蝋燭の炎がチラと住職の手を舐める。

その途端、住職の手を渡ってあっという間に炎が住職の身体を包んだ。

「なんだ!どういうことだ!」

赤樫の声を無視して住職が絶叫する。


「灰をかけてくれえ!灰をッ!」

私は仏壇へ走ると、香炉を取ってひっかえし住職へぶちまけた。

火が灰に呑まれてあっさり消える。

「…なんだこの灰は」

「まさか」

赤樫の顔色が悪くなる。

「あの南洋から取り寄せた灰じゃねえだろうな」

それを聞いてゲゲゲと住職が笑いだした。

「貴様らにわかるような場所に誰が置くか。まぁ南洋から来たのだけは正解だがな」

「それで貴様も化物になってりゃ世話ねえぜ」

赤樫がフンと鼻を鳴らす。住職はその言葉に灰だらけの顔を向けてニタリと笑った。

「不死身に近い肉体を手に入れたの間違いだ。さっきの様な事がなきゃな」


私はそこで蝋燭を手に取り住職に言った。

「そうですね。先の件でばれちゃいましたもんね。不死身に近い肉体を手に入れられるけれど不死身ではない。弱点がおありだ」

私は蝋燭の炎を住職の方へ近づけた。

「あなたの体は火にあっという間に巻かれましたものね」

住職は明らかに火を嫌悪している。

身をよじってなんとか避けようとするのを追いながら静かに言った。

「取引しましょうよ住職。あんたがなんでそんな体になっちまったのか、そして半幽霊みたいな病人を治す手立てを知ってる事だけ話しましょう?そうすりゃ我々は大人しくあんたに火をつけずにこの場を去りますよ」


住職は糞!と吐き捨てると、島人を返せと叫んだ。

赤樫はそれを聞いて、貴様が島人を軍に売り飛ばしたのだろうが!と怒鳴る。住職は冗談じゃないと震え出した。


住職の話はこうだった。

ある日、島に軍人が押し寄せてきて、男は軍人にしたて、女子供は皆施設で働かせると汽車の貨物に無理矢理詰め込んで施設へ連れ去ったと言うのだ。


島人を返せと住職が追い掛けると軍人の1人に首を捻られ、住職はその場で絶命したと言うのだ。


「まるで話が逆だ」

赤樫の顔が青ざめた。

「嘘じゃないぞ。奴等は儂を殺した上で蘇らせた。例の怪しげな灰でだ。しかしお前らも知っての通りあの灰だけでは日に日に全てが緩慢になるそこで軍が欲しがったのが儂の寺に伝わる秘術よ」

ニタリと住職が笑う。


フ、と蝋燭の炎が揺れた。


私はその不気味な気配を察知して叫ぶ。

「赤樫さん!後ろ!」

「う…おっ!」

ゴッと鈍い音がして、赤樫がもんどり打って倒れた。

そこには真っ黒に濡れた様な目をして、ぬるりとした肌をした不格好な大男が立っていた。


「捕まえろ!」

住職の声を聞いて大男が大きな口を開け突進してくる。私はその場から一目散に逃げ出した。

目眩しのつもりで暗闇の中へ身体を滑り込ませるが、大男は暗闇を自在に動き回り的確に私の位置を把握してくる。

あの目のおかげかもしれぬ。来た方を見ると別の大男が赤樫を引き摺って行くところであった。



「5」へ続きます。

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