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油壺  ~悪夢夜話シリーズ①~  作者: 犬神まみや
3/11

「3」

幽霊患者

「桃井さん、赤樫です」

赤樫は扉をノックした。


「遣いが来たか!」

扉向こうから太い声が響き、白髪交じりの髭面の白衣が飛び出してきた。桃井氏である。桃井氏は私を見ると悲鳴を上げた。


「柏木!?」

「はい、漆田先生に言われてこれをお持ちしました」

私が風呂敷を差し出すと震える手でそれを受け取り、

「赤樫ィッ」と叫ぶ。

「貴様どうして柏木をココに入れたァ!」


私は動きを止めて二人の様子を見守る。

桃井が怒っている理由がさっぱり理解出来ない。

説明を求めようとした所で赤樫が無表情で桃井に吐き捨てた。

「先生俺はココを出るぞ」

「!!」

桃井氏は息を飲む。


「柏木君には申し訳ないがこれでここを出る口実が出来た、先生は一刻も早く事態を収拾せねばならんという事だ」

「この策士め」

桃井氏が歯軋りをする。


私は完全に置いてけ堀を食らって二人の男を見比べる。二人の表情を読み取れば飛んでもない事に巻き込まれた事だけは理解できた。と、そこに全くその場の空気は関係ないといった調子で患者の1人があのぉと声をかけてきた。

「先生、外に出てもいいでしょうか」

改めて私はその時患者の異様な状態に気付く。


男の体は殆ど骨と皮なのだ。

それどころか皮膚は土気色でところどころ青紫だったり緑である。髪はざんばらでぱさぱさで油がまるでない。歯も何本も抜け落ちている。更に観察すると息がかかる程近いのに呼吸が伝わってこない。胸の辺りを見ると肺が動いている気配がなかった。


こんな患者は初めて見た。よく見ればどの患者も似た様な風体である。

私が驚きを隠せないでいると悟ったのか桃井氏が患者に向かって早口で語りかけた。

「いいよ、外へ出給え。ただし沖へは行くんじゃないよ」

患者達は笑顔になり、引戸を開けてぞろぞろと連れ立って外へ出て行った。


患者の殆どが外へ出て行き岩場の波に体を濡らして遊んでいる。

「桃井先生あれは」

なんの病気なのか、と身を乗り出した所で、桃井氏は引戸の傍へ寄って外を眺める。

「印籐先生にも漆田先生にもどうやって詫びたものか」

深い溜息を吐いた。

「それともハナッから君に全てを任せるつもりだったのか」


「桃井先生、それでは答えになっておりません。もし何新種のヴィールスなどであんな病気になっているなら印藤先生に頼んで…」

そう言いながら桃井氏に私が近寄ろうとすると赤樫が私の肩を掴んだ。

「なにをするんです」

そうやって見上げた赤樫の顔は鬼神の如くであった。

「俺が話してやる。あいつらは実験の失敗なのだ。失敗してあんなザマになってしまったのだ」

「実験!?」

「お前も知ってるだろ。ここは軍事施設。しかも孤島。あの連中はみんな軍人だ」


「赤樫、もう良い。後は俺が話す」

桃井氏が重い口を開いた。

「死なない軍隊を作る、と言う話を知っているか」

「噂では耳にしています。確かどんな毒も攻撃もモノともしない不死身の身体を作る話ですね…」

私はそこでハッとする。

「彼等はその実験の!?」

桃井氏は無言で頷いた


「今のところだがどんな毒も薬も病原菌にも耐性があるのだ……おそらく現段階ではほぼ不死身……までは良かったがまさか幽霊みたいになっちまうとは」

桃井氏は左手で顔を覆う。

「無理難題が過ぎたのだ。そもそも無敵で不死身の体など出来っこない。悩みに悩んで苦し紛れに南洋から死体を蘇らせると言う灰とか言う眉唾な物を取寄せて研究してしまったのだ」


「この先生、それを生きた人間に使っちまったのさ。そしたらな、みんな心臓は止まる、肺も動かない、食事も必要としないあんな生きた幽霊みたいになっちまったんだ」

赤樫は吐き捨てる様に言う。

「折角、漆田財閥にも印籐教授にも秘密にしてきたのにな。悪い事ァできませんね。まぁ先方が解っていない事もないんですよ、だからこの人が送られて来たんだから」


赤樫は桃井氏を責めているが私には解っていた。

責められるべきは本来この人ではない筈なのだ。実際それを支持して見て見ぬ振りをしているのは何を隠そう私の雇主である印籐先生と漆田なのだろう。

ここの資金を出して居るのは漆田だ。

それ故に前線に立たされて手を汚さねばならぬ桃井氏に深く同情した。


 ふと窓の外に目をやると半幽霊の男達は海の中でただ佇んでいる。

首だけ出している者、腰まで使って上半身出している者、膝や足だけつけている者。

桃井氏が不思議だろうと私を見て言う。

「何故か実験の日が浅い者は余り深く潜らんのだ。古い時期の者ほど奥へ行く」

「逃げ出さんのですか?」

「彼等は泳がない。そもそも逃げる気もない。単に海の中が心地良いだけかもしれん。理由は分からん。聞いても入りたいと言うだけだ」

「ああやっていると生まれ変われる気にでもなるんでしょうかね。そう言えば食事も取らんのですか?とすると経口摂取の代替的な行為なのかな?」

「その仮説は初めて出た、研究の資料になるかもしれん」

桃井氏は興奮気味に踵を返し自室へ駆け込もうとしたのを、赤樫が彼の二の腕を掴んで引き止めた。

「それより風呂敷の中身を確認してくれ!俺と柏木さんの命がかかっとるんだ!」

私はギョッとして赤樫を見た。命が懸かっているとは大袈裟な気もしたが、どうやら赤樫の顔をみていると冗談とは思えない。


そうだった、と桃井氏は風呂敷を広げる。

中は古書であった。手書きらしく旧字体で書かれた文がビッシリ記されている。桃井氏はそれをまじまじと読むと言った。

「あんた方2人が助かるにはやはりあの寺へ行くしかないかも知らんな」


桃井氏の話をざっと纏めるとこうであった。

本土へ向かう方向とは別の島への汽車に乗ると(行きの車窓から見たあの鉄橋だ)寺がある。その寺には大昔に隠された病をたちどころに治す中国から伝わった秘術があると言うものだった。

「外法の類かな?」と呟くと

「柏木さん」と赤樫。


なんでしょうと赤樫をみると神妙な顔つきだ。

「もしやしてあんた人身御供でここに来させられたんじゃあるまいな」

私はキョトンとした。

「なぜそう思ったのです」

「いや。なんとなくだ」

私は暫く考えてから答えた。

「まぁ…お役に立てるかもしれないので遣いに出されたのかも」

赤樫は一瞬不安そうな顔をしたが、口出しせず私の言葉を待つ。

「印籐先生はさておき私の大元の主の漆田は神秘学に凝っておりましてね。なんの取り柄もなさそうな私がなんで漆田の傍に置かれてるか奇妙に思われがちですが実際はその手の事が理由なんですよ。ま、何はともあれ行ってみましょうよその寺とやらへ」

私は立ち上がり赤樫と目線を合わせた。


果たして私と赤樫は寺のある島へ行く汽車に乗り込んだ。車両は1両しかなく、乗客は私と彼だけ。赤樫は窓枠に肘を着き黙りを決め込んで外を眺めている。島へ来た時は快晴だった空はどんよりと曇っていた。


駅に降りると汽車はそこに停泊した。

「戻らないのですね」

「大方燃料が勿体ないんだろうさ。それより寺へ行こう、雲行きが怪しくなってきた」

赤樫は先だって歩き出す。私もあとに続いた。

丸太を埋め込んだような階段があったお陰で山道はさほど険しくは無かったが、やはり坂は堪える。

寺の門前へ着いた時は足がガクガク震えていた。

「あんた運動が足りてないのじゃないか?」

膝に手を当てて苦しい息を吐く私を情けないといった風に見下ろす赤樫に

「すみませ…余り心臓が強くないもので…」と言うと赤樫は急に肩を貸してきた。


「いやあの、大丈夫ですよ」

面食らってへどもどしていると

「気にするな」とつっけんどんに返された。



「4」へ続きます。

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