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油壺  ~悪夢夜話シリーズ①~  作者: 犬神まみや
2/11

「2」

柏木と赤樫

駅は建物に面しているが下はすぐ海である。

隙間の空いたホームに身震いしながら硬い地面に降りた所で、車掌がピーッと笛を鳴らし、それに続いて汽車独特のあのボォーウ!と言う汽笛が鳴り、大きな車輪がドゴンドゴンと回転し出す。


 駅員らしき男に「この後の汽車は何時に来るのですか?」と訊ねると

「知らんのか、二日は来ない」とつっけんどんに返された。


しくじった。

まさか二日も来ないとは。私は項垂れてさてどうしたものかと額に手を当てて思い悩んでいると、スッと長い影が足元に伸びた。


「やあ、印籐先生からのお遣いの方ですね」

声の主は軍服の似合う長身痩躯の武人である。


「ええ、柏木三鈴と申します」

 私は帽子を脱いで会釈した。


「みすずさん、とおっしゃる。私は赤樫伊三郎です、どうぞお見知りおきを」

赤樫は軍人らしく胸を張る。


 当の私は“柏木”とは呼ばれず、わざわざ“みすず”と言われたのを少々不満に感じたが、まぁどうせ長く続く間柄でもないさ、と気持ちを切り替えて言葉を呑んだ。


「所で赤樫さん、汽車がもう無いと今そこで駅員に聞きました。私はこれをお渡ししてすぐひっ返すつもりだったのです」

 私の困り顔をみて赤樫が長い腕を私の肩にまわす。そして糸のように目を細めて笑った。

「大丈夫ですよ、あなたのお部屋とお着替え一式はご用意してありますから」


 建物の中を赤樫に案内されて進むと軍事施設だと言うのに軍人らしき人影がチラ、ホラいるばかりである。

 あまりに奇妙だったので

「ここは軍事施設ですよね?」と赤樫に声をかける。

「軍事施設ですよ。れっきとしたね」

 にまりと微笑んだその笑顔が不気味で私は黙り込んだ。


 案内された部屋は清潔で片付いてはいたがどことなく病院施設を思わせるものだった。病院に良い思い出のない私は一瞬でげんなりした。

赤樫はそんな私の気持ちにはお構い無しで

「5分たったら迎えに参ります、着替えておくように」と部屋を出る。

白いシーツのベッドの上に何故か軍服が用意されていて戸惑ったが仕方なく袖を通す。

「俺は軍服など着たくないのだがなぁ…」


 着替えた所で戸をノックする音が響く。赤樫が入ってきて「お似合いですよ」と皮肉の色を見せて笑った。

「あなたもね」

言い返してやると赤樫は顔を歪めた。

「?」

怪訝そうに私が彼の顔色を窺うと、彼は鼻にシワを寄せ、ボソリと言った。

「軍人だからって全ての人間が軍服が好きとは限らないって事ですよ…」

じろりと私を見おろす。

一瞬たじろいだ私に

「ふたりのヒミツということで」

と作り笑いをした。


「ではどうぞこちらへ」

部屋を出てくれとジェスチャーされるが、私は部屋から踏み出さないまま言った。

「仕方なくこの服を着ましたが出来ればこの部屋から出たくないのです。赤樫さん桃井さんにこれを」


 赤樫の前に風呂敷を突き出すと赤樫は明らかに困った顔をして右の掌でそれを押し返し、答えた。

「ダメですダメですこれは貴方が直接桃井さんに渡さねば。これから彼の所へ連れて参りますからそう怖がりなさるな」


 私が最初に案内されたのは三階であったが、私の目的とする桃井氏は一階にいると赤樫は言った。一階の大きなホールに面する広々とした幅で段の浅い絨毯敷きの階段を降りて、左手側の廊下へ進んでいく。

 それにしてもこの施設やたらと海に近い。時折窓ガラスに波が叩きつけるほどだ。


「何故この建物はこんなに海の際なのです?津波が来ればひとたまりもないと思うのですが」

 私の前を歩く赤樫は振り向かないが答えは返ってきた。

「下手な詮索はしないが宜しい、どうせ桃井さんに会えば解る」

私はムッとして口をつぐむ。


波がまた窓をバタンと打ちつけた。


 少し歩くと窓を波が叩きつける回数が減り、変わりに外側に少しだけ岩場がみえそれが少しずつ広がっているのが見えた。私が通って来た本土をつなぐ陸橋と、別の島へ続く陸橋が視得る。しかし数歩も行くと木造の朽ちたような建物で視界がさえぎられる。と、赤樫が急に立ち止まった。


 それが余りに唐突だったので私は赤樫に追突する。「どうしたのです突然」と言う私の問いに答えず「ココから先に見た物は他言無用にできますか」と質問を投げてきた。

「別段誰にも話す気はありません」

「それはあなたに依頼をしてきた人物にもですか」

「?」


「それは」私は戸惑いを隠せない。「依頼人は私の雇い主です。漆田源三です」

「知っています。だから敢えて訊くんです。漆田様には”使いはした、だが特別何も見なかった”とだけ答える。それだけでいいんです」

「……」

 私は眉をひそめて下唇を噛み赤樫を睨む。


「みすずさん、そんな怖いお顔はやめてくださいよ」

「赤樫さん、貴方も私をみすずと呼ぶのを止めて頂けますか。柏木と呼んじゃいただけませんかね」

「軍人にそんなクチをきくんだから改めて漆田さんの御威光が強いんだナァ」

 赤樫は鼻でフンとせせら笑う。


「柏木さん、いいですか」

 赤樫は振り向いて真白い手袋を嵌めた人差し指を私の鼻先に向けて言う。

「それなら貴方はここで待っていて下さい。桃井さんにあなたの御遣いものを渡しますから」

 私はそんな風に言われて少し意地になってしまった。

「いわなきゃあいいんでしょう」



 赤樫がそれを聞いてニヤッと笑った。

「約束しましたよ」

 言うが早いか間髪いれず目の前の青い扉を開けた。


 目の前に広がっていたのは異様な光景だった。


 白い着物を着た病床者らしきが狭い廊下を何人もウロついているのである。

「…これは…」

 桃井氏は確か軍医であった記憶が呼び起こされ、ハッとした。


「ついてらっしゃい」

 赤樫は何故かサーベルに手をかけてわざとらしくブーツの音を立てて歩き出した。

すると廊下の男達は皆一様にスウッと音も立てずに廊下の端や部屋へと移動していく。赤樫はなんともいえない表情を浮かべて呟いた。

「こいつらはねえ、軍人も軍服も怖いんですよ」


 桃井氏の部屋は入院施設らしき患者の部屋を5つばかり行った廊下の真ん中辺りにあった。その奥にも更に入院部屋らしきが続いている。桃井氏の部屋の前の壁には大きな引き戸があり外へ続いている。扉は自由に開閉できるようであった。


「3」へ続きます。

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