人喰い黒箱
「人喰い黒箱」 作:パン粉
○斉木 手虎 男 18歳
○錦山 真流 男 22歳
明転。上手に大きな箱があり、中にテトラが入っている。
真流は椅子に座ってテレビのリモコンを操作する。
チャンネル8
明るいSE。
テトラ「あなたのお悩みを解決! ムカッとジャポン~~~~!」
真流「おっ、そういや今日は金曜日だったか」
テトラ「今日のムカッとジャポンは新ドラマ勢総出演のショートストーリー、三本立てでお送りします!」
真流「なんだ、今日はあの人出ないのかよ。んじゃいいや」
チャンネル4
テトラ「こんにちは、5月21日、金曜日のニュースをお伝えします。まずは最近話題となっている神隠しについての速報です」
真流「神隠し……?」
テトラ「本日未明、越前町のショッピングセンターにて一人の女子高校生がテレビの液晶画面に吸い込まれるという事件が発生しました。これまでに6人が同様の被害に遭っていますが、この事件の原因は未だ不明です」
チャンネル7
悲しい感じのピアノ曲。
テトラ「ああロメオ、あなたはどうしてロメオなの?」
切。
真流「はぁ。最近は面白いのがやってねーなぁ。もっと他の奴とは違う、変な奴いねーのか?」
テトラ「……どうせ僕は面白くないですよ」
真流「こんなんじゃ特集書く気も起きねぇ。もうこの仕事やめようかなー」
テトラ「そんなんで仕事やめられるなんて、気楽で羨ましいです」
真流「まーな。貯金はあるし、仕事なんて探せばいくらでもあるからな」
テトラ「好きで始めたんじゃないんですか」
真流「小さい頃に憧れてたからやってただけで、今はそうでも……って、俺誰と話してるんだ?」
テトラ「僕ですよ」
真流「……おかしいな、テレビ消したはずなのに」
チャンネル7
悲しい感じのピアノ曲。
テトラ「ああ、ジュリエッタ! どうしてこんなことに……。私は、君がいないと生きて行けない……」
切。
テトラ「ちょっと」
真流「あーもしかしてこのテレビ不良品か? 最近買ったばっかりだっつーのに。はぁ、ついてねぇなぁ」
テトラ「人を怨霊か何かのように言わないで貰えますか?」
真流「怨霊? ……ああ! そっか幽霊か。このテレビ幽霊が憑いてるんだな?」
テトラ「違います! 僕は幽霊なんかじゃ」
真流「マジもんの不良品じゃん。はぁ、だから五千円で買えたのか」
テトラ「安っ。テレビがそんな値段で買えるわけないでしょう!」
真流「そうだよな……はぁ」
真流、テレビの前に来る。
真流「で、何でお前はそんなとこに居んの? 新しい遊び?」
テトラ「遊びじゃありません! その、気づいたらこんなことになっていて」
真流「成る程。皆で遊んでたんだけどお前だけ置いてけぼりにされたのか。可哀想に」
テトラ「だから違いますよ!」
真流「大丈夫。いくら影薄くてもいつか皆気づいてくれるよ。いつか」
テトラ「人の話を聞けぇ!」
真流「はい何ですか?」
テトラ「……人が深刻に話してんのに、調子狂うなぁ」
真流「いやぁ、照れるなー」
テトラ「褒めてない!」
真流「で、何で置いてけぼりにされたんだ? 嫌われてんのか?」
テトラ「嫌われてません! ……よ。たぶん。うん」
真流「なんだ自信なさげに」
テトラ「……だって。実際嫌がらせ受けてましたし」
真流「思いっきり嫌われてんじゃねーか。何したん?」
テトラ「なにもしてません。してないはず、です」
真流「どっちだよ」
テトラ「だって。僕は何もしてません。なのにあいつら、勝手に僕のこと妬んで」
真流「あーそういう系? 俺苦手だからパス」
テトラ「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 自分で聞いといてそれですか!」
真流「お前が勝手に話し始めたんだろ」
テトラ「え、僕から話し始めたんでしたっけ?」
真流「そうだよ。あー時間のムダ。幽霊見えるくらいだし、俺もう寝るわ」
テトラ「もう!? まだ5時だよ!」
真流「やることないんだからいいだろ別に」
テトラ「やることないって……フリーターなんですか?」
真流「違ぇよ。記者だ。雑誌のライターっつーか」
テトラ「へー。仕事しなくていいんですか?」
真流「今は休職中。だって書くことないんだよ」
テトラ「前はどんな記事かいてたんです?」
真流「芸能関係だな。将来有望な新人とか取材してた。全く人気でなかったけどな」
テトラ「あ、じゃあ僕のことは知ってますか?」
真流「は? お前みたいな幽霊知るか」
テトラ「これでもCMとか、ドラマとかに出たことあるんですよ」
真流「ふーん。そういやそっかで見たことある顔だな」
テトラ「僕は斉木テトラって言います。知ってますか?」
真流「テトラ……あーまあ一応」
テトラ「ありがとうございます! ちなみにあなたのお名前は?」
真流「錦山真流。よろしく」
テトラ「よろしくお願いします、錦山さん」
真流「幽霊によろしくされてもなぁ」
テトラ「だから幽霊じゃないです! いつまで引っ張るんですか!」
真流「んで、マジでなんでお前そんなとこにいんの? さっさと出てってくれない?」
テトラ「それができたら苦労しませんよ」
真流「テレビ買い直すの面倒なんだよ。だから何とかして出てけ。今すぐに」
テトラ「だから無理なんです! そこまで言うなら手伝ってくださいよ」
真流「……わかったよ。で、何をすれば良いんだ?」
テトラ「わかりません」
真流「……あのなぁ。何でもかんでもわかりませんで通用するわけないだろ? なめてんのか?」
テトラ「わからないものはわからないんです! ここから出ようとしてもなにか壁のようなものにぶつかって出れませんし」
真流「そんな壁蹴破れ」
テトラ「えー……」
真流「えーってなんだよ? お前はそこから出たくないのか?」
テトラ「出たいですよ! 正面以外は真っ暗ですし、もう気が狂いそうです」
真流「よし。ならばやるんだ。やればできる! お前はYDKだろ!?」
テトラ「はい、先生! 僕はYDKです!」
テトラ、壁に向かって蹴る。足を押さえて悶絶する。
テトラ「~~~~っ!」
真流「貧弱だなぁ……」
テトラ「悪かったですね! 貧弱で!」
真流「んーじゃあ体当たり。それなら行けんだろ」
テトラ「えぇ~? もう痛いの嫌です」
真流「俺のターン! テトラ! 体当たりだ!」
テトラ「了解です!」
テトラ、壁に体当たり。うずくまって悶絶する。
真流「弱ぇなぁ。お前の攻撃力はいくつだ?」
テトラ「知りませんそんなの!」
真流「キックも体当たりも無理か。後は……壁抜け、だな」
テトラ「は?」
真流「ほら、壁抜けだよ、壁抜け。知ってるだろ? 体を透過させて壁をすり抜けるんだ」
テトラ「出来るかぁ! 幽霊じゃないんですよ僕!」
真流「え、違うのか?」
テトラ「さっきから散々違うって言ってるじゃないですか!」
真流「マジか……。まあ、出来るって思えば行ける」
テトラ「無理です!」
真流「なんだよ。さっきから無理ムリむりって。そういうならお前も何か案出してみろよ」
テトラ「え、僕が? うーーん、どこか抜け道を探す、とか?」
真流「そんなのあんのか? 探してみろ」
テトラ「……ないです。じゃあ、助けを呼ぶ、とか?」
真流「…………」
テトラ「じゃ、じゃあワープする、とか!」
真流「……やってみれば」
テトラ「……無理です。ごめんなさい」
真流「はっ、お前も人のこと言えねぇじゃねーか」
テトラ「仰る通りです、はい」
真流「よし、では貴様に許しをこうチャンスをやろう。さあ、跪け」
テトラ「ああ、親愛なる錦山様。どうか私めに慈悲を……って何をやらせるんですか!」
真流「勝手に乗ってきたのはお前だろ」
テトラ「そうですけどっ……」
真流「やーいやーい、ばーかばーか」
テトラ「果てしなくうざい!」
真流「……あ」
テトラ「次は何ですか?」
真流「いやさ、そこに入れたんなら同じ方法で出れないか?」
テトラ「確かにそうですけど。でも、思い出せないんです」
真流「は?」
テトラ「気づいたらこうなってたって言いましたよね?」
真流「言ってたっけ?」
テトラ「言いました。だから、自分が何でこんなとこにいるのか見当もつきません」
真流「役に立たねぇなぁ」
テトラ「すみませんでしたね!」
真流「仕方ねーか。わかんないんじゃどうしようもないしな。放っておいても害がある訳じゃねーし、諦めっか」
テトラ「えぇぇ!? 僕はどうなるんですか!」
真流「知らん。自力で頑張れ。ただしうるさくするなよ? じゃ、おやすみ~」
テトラ「ちょ、ちょっと待ってください! 錦山さん! 助けてくださいよ! おーい!」
真流、下手にはける。
テトラ「……うそん」
暗転。
明転。テトラは箱の隅でうずくまっている。真流が下手から出てくる。
真流「っあ~よく寝たぁ。今日のニュースはっと」
チャンネル4。
テトラ「今日のニュースをお伝えします。平年より早く梅雨前線が北上し、九州南部では早くも梅雨入りを迎えました。鹿児島県にいる田中さんと中継が繋がっております。田中さーん?」
沈黙。
真流「……繋がんねーじゃん」
テトラ「どうやら電波の調子が悪いようです。申し訳ありません。では次のニュースです。越前町の居酒屋の店主が、テレビに吸い込まれるという事件が発生しました。今回の事件を合わせると、合計8人もの男女が同様の被害に遭っています。被害者はいずれも若い世代で、この8人の共通点はいずれも事件直前に落ち込むようなことがあった、ということが警察の調べで判明しております。しかし、テレビの中に取り込まれるという現象について未だ解決の目処はたっていないとのことです」
真流「は……? この事件って」
テトラ「では次のニュースです」
切。
真流「おい、テトラ! お前もこの事件の被害者なのか?」
テトラ「この事件? なんの事件ですか?」
真流「神隠しだよ! さっき自分で言ってただろ!」
テトラ「ああ……そういやそうでした」
真流「お前、自分のことなんだからもっと関心もてよ」
テトラ「そうですね。……これは昨日気づいたことなんですが、テレビがついてる時、僕の記憶って曖昧になってしまうんですよ」
真流「マジかよ。心配したのに」
テトラ「あれ、なんで心配なんかするんです? 昨日僕のこと追い出すの諦めたんじゃないんですか?」
真流「それは昨日だ。今日は違う」
テトラ「えー……錦山さん、気分屋なんですか?」
真流「だいぶな」
テトラ「まあいいです。また手伝ってくれるなら助かります」
真流「おう、感謝しろ」
テトラ「で、神隠しってなんですか」
真流「感謝しろよ。……俺も詳しくは知らない。さっきのニュースで見た程度だ」
テトラ「そうですか。それで?」
真流「神隠し……人がテレビの画面に吸い込まれる事件だ。今までの被害者は8人。多分お前を含めての数だと思う。原因は不明。ただ、被害者の共通点として事件前に気分が落ち込むことがあったらしい。俺が知ってるのはこれくらいだ」
テトラ「少ないですね」
真流「……さて、仕事に行くか」
テトラ「ああごめんなさい待ってくださいほんの心の声だったんです!」
真流「その前に朝ごはんだな」
テトラ「ひどい! 僕なんてもう何日断食しているか……!」
真流「知るか」
テトラ「そ、そそそそれで共通点ですよね!? 気分が落ち込むこと……落ち込む、こと」
真流「思いつかないのか?」
テトラ「い、いえ? 逆に可能性が思いつきすぎて」
真流「そういやお前嫌がらせされてたって言ってたもんな」
テトラ「そうなんです。……いやいや違います! いや、そうです」
真流「どっちだよ」
テトラ「されてました。嫌がらせ。でもそれは、迷惑でしたけど落ち込むようなことじゃないです」
真流「へー。つまりどゆこと?」
テトラ「ちょっとした事です。私物壊されたり、休憩室荒らされたり。でも、そんな事いちいち気にしてられませんから。それにくだらない事ですし、気にするだけ無駄です」
真流「ふーん」
テトラ「あの、こんなこと知ってなにか解決するんですか?」
真流「しないな」
テトラ「なら、もうこの話は終わりです。あまり気分がいいものでもありませんし」
真流「そうだな。つまらないな」
テトラ「自分で言うのはいいけど、人にそう言われると腹が立つ……!」
真流「なぁそもそもさ、なんでテレビに吸い込まれるなんてことが起きるんだ? お前、そもそも人間だったのか?」
テトラ「どういうことですか」
真流「吸い込まれたんじゃなく、元々そこにいたんじゃないかってこと。そういった記憶を植え付けられて、さ」
テトラ「つまり、AIってことですか?」
真流「そうだ」
テトラ「仮にそうだとしても、リアル過ぎませんか? 僕、小さい頃の記憶まではっきり覚えてますよ。記憶力良いので」
真流「そうだよな。まだそこまでの科学技術があるとは思えないし。これじゃあ辻褄が合わないか」
テトラ「何が原因なんでしょう。……どうしてこうなったんでしょうか」
真流「……よし、俺もお前も暇だし、原因探ってみるか!」
テトラ「僕たちでですか? ……そうですね、やる事もないですし」
真流「俺はそのテレビ買った店行ってくる。お前は……もう一度、その中探してみろ。何かあるかもしれない」
テトラ「わかりました」
真流、下手に退場。テトラ、箱の中を探し回る。
テトラ「何かあるかもしれないって、言っても……あるわけないじゃん」
声「ムダなことを」
テトラ「っ! ……空耳かな? 錦山さん忘れ物しました?」
声「目をそらすな。自分だってわかってるくせに」
テトラ「……誰だよ、お前。どこにいるんだよ?」
声「俺の姿が見たいんだったら鏡でも見ると良い。……ああ、ここにはそんなもの無いんだったな」
テトラ「質問に答えろよ。お前は誰だ」
声「俺はお前だ。そして、お前は、俺だ」
テトラ「どういうことだ?」
声「自分でよーく考えてみろ。どうしてこうなったのか? お前は忘れたフリをしているが、そんなのは嘘だ」
テトラ「ち、違う。本当に思い出せないんだよ」
声「知りたいなら思い出せ。お前に何があったのかを。お前が何をしたのかを」
テトラ「だから忘れたって言って__」
声「嘘だな。本当は忘れたくても忘れられない程、憎くて憎くて仕方ない奴がいるはずだ」
テトラ「お前に僕の何がわかる!」
声「わかるさ、全部な」
テトラ「……知ってるなら、教えてくれよ」
沈黙。
テトラ「おい、なにか言えよ!」
沈黙。
テトラ「何なんだよ……」
テトラ、箱の真ん中でうずくまる。
一瞬暗転。真流、下手から入ってくる。
真流「おーいテトラー! 悪い、何も手がかり見つかんなかったわ」
テトラ「…………」
真流「うわ暗っ。何してんのお前」
テトラ「…………」
真流「何か嫌なものでも見たのか?」
テトラ「……僕のことなんて放っておいてください」
真流「どうしたんだよ、いきなりそんなこと言って。そこから出たいんじゃなかったのか?」
テトラ「出たいですよ。でも……」
真流「おい、そこで黙るな」
テトラ「……悪魔がいるんです」
真流「は?」
テトラ「さっき、その、悪魔と話をしました」
真流「何言ってんのお前。悪魔なんているわけないだろ。疲れてるんじゃないのか?」
テトラ「本当なんです! 僕がこんなところで過ごすはめになったのも悪魔のせいなんです!」
真流「悪魔、ねぇ。でもそれが実際にいたとして、どうしてお前にそんなことをしたんだ?」
テトラ「わかりません。でも、悪魔は人の弱い心にとりついて悪事を働くんです」
真流「それはつまり、お前の心は弱ってるってことだな?」
テトラ「そう……そうです。そういうことになります。でもそれはおかしいです。僕は嫌がらせされたからって落ち込むような弱い人間じゃないです!」
真流「ふーん。でも、実際にお前その中入ってるじゃないか」
テトラ「それは……何か別の原因があって」
真流「別の原因? なんだよそれ」
テトラ「それは……」
真流「どうした。お前、さっきから言ってることが支離滅裂だぞ? 休んだ方がいいんじゃないか」
テトラ「……そうですね」
真流「じゃ、俺はまた外出てくるから。大人しくしとけよ」
テトラ「……はい」
真流、下手に退場。
暗転。
明転。翌日。真流、下手から入ってくる。
真流「ふぁぁぁぁぁ……よく寝たぁ」
チャンネル4。
テトラ「今日のニュースをお伝えします。連日発生している神隠し事件に急展開がありました。一人目の被害者である17歳の女子高校生が一ヶ月ぶりに発見されました。事件前は穏やかな性格をしていた彼女は、現在暴言を繰り返し、終始何かに怯えているような様子だそうです。この一ヶ月の間に何があったのか。警察は原因の究明に全力を注ぐと語っています」
真流「は?」
テトラ「次のニュースで」
切。
テトラ「あの、喋ってる途中に電源切るの止めてもらって良いですか?」
真流「なあテトラ。お前、そこに入って何日経ったか覚えてるか?」
テトラ「覚えてません」
真流「少しは考えろ」
テトラ「覚えてないものは覚えてないんですー。知ってますか、ここ真っ暗なんですよ。僕の気持ちも少しはわかってください」
真流「じゃあ、いつそこに入ったんだ?」
テトラ「言い方気をつけてください。それも覚えてません」
真流「お前が最後に見た日付くらい覚えてるだろ」
テトラ「最後? 何時でしたっけ?」
真流「バカか」
テトラ「バカじゃないです! ちょっと人より日付感覚に疎いだけで」
真流「それをバカ、もしくはアホと言うんだ」
テトラ「アホでもないです!」
真流「なら俺の質問に答えてみろ」
テトラ「いいですよ? えーと、うーんと、あー、うー……」
真流「ほら」
テトラ「5月! 5月の始めごろでした!」
真流「……本当か? 適当なことを」
テトラ「いいえ! 確かに覚えてます! 欲しかったラノベの発売日で、店頭になくてガッカリしたことを覚えてます!」
真流「そうか。じゃあ5月1日と仮定して、今日が5月23日。お前は23日はそこに入ったままということだ」
テトラ「つまり、僕の断食も23日目ということですね」
真流「そんなことはどうでもいい」
テトラ「よくないです!」
真流「お前、ちょっとヤバいかもしれないぞ」
テトラ「無視しないでください。……どういうことですか?」
真流「さっきのニュースでやってた。一ヶ月前にお前と同じ目に遭った人が見つかったって」
テトラ「えっ!? ということは、僕はそろそろここから出れるということですか?」
真流「必ずしも出れるとは限らないがな。でも、見つかったその人、事件前と性格が豹変していたらしい」
テトラ「……どういうことですか?」
真流「お前もそうなるかもしれないということだ」
テトラ「いやいやまさか、僕が? なるわけないじゃないですか」
真流「どうだかな。万が一そんなことになったら俺に被害が及ぶ。そうなる前に、お前をそこから出してやる」
テトラ「おお、期待してます」
真流「おう。じゃ、俺はお前の事件前の足取りを追ってみる」
テトラ「え、そんなことできるんですか?」
真流「おい、お前、俺の職業忘れたのか?」
テトラ「フリーターでしたっけ?」
真流「違う」
テトラ「でも、今仕事してないじゃないですか」
真流「休職中って言っただろ。記者だよ、記者」
テトラ「あの頭から蒸気を放出して動くという……」
真流「それは蒸気機関車な。ライターだ」
テトラ「そっちですかぁ。残念です」
真流「勝手に残念がってろ、バーカ」
テトラ「ひどい、またバカって言われた!」
真流、下手に退場。
テトラ「はぁ、暇だなぁ。……やること無さすぎて若年性アルツハイマーになりそう。……はぁ」
テトラ、箱の真ん中で体育座り。
テトラ「……今日は、出てこないよな」
声「思い出したか?」
テトラ「うわぁぁぁぁぁ!」
声「……そんなに驚くことないだろ」
テトラ「ご、ごめん」
声「悪い、いきなり話しかけて」
テトラ「いや、僕もオーバーリアクションだった。……って! なんで僕は得体の知れない奴と親しげに話してるんだ!?」
声「それは、ほら。一心同体だから」
テトラ「気持ち悪いこと言うな!」
声「まだわかんねーのかぁ? 俺はお前。そして、お前は俺だ」
テトラ「気持ち悪いことをさも名言のように……! そんなこと言って恥ずかしくないのか!?」
声「実は言う前に少し躊躇う」
テトラ「なら言うなよ!」
声「そんなこと言わずによー、暇なんだよ。構え」
テトラ「うざい……!」
声「ほら、誰かの悪口でも楽しく言い合おうぜ?」
テトラ「趣味が悪すぎる!」
声「そうだなー同期の山田とかどうだ? あいつまだギターやってんのかな。たいして上手くもないくせに」
テトラ「おい、そういうことは」
声「良いじゃねーか。口に出さないだけでお前もそう思ってんだろ?」
テトラ「ちが」
声「違わない。お前はそういう奴だ」
テトラ「……」
声「例えば先輩の坂下さん。あの人は俺に世話を焼いてくれてたけど、自分は全く売れなかったよなぁ。それで俺は優越感を抱いた。あと一緒に撮影した雲然さん。人気投票で負けたのを理由に嫌がらせを受けたけど、格下だと蔑んでいた」
テトラ「僕はそんなこと一度も思ったことない!」
声「そりゃ認めたくないよな。必死に隠してきた本心なんだから。どうだ? 少しは俺のこと、思い出してきたか?」
テトラ「思い出せ、ない」
声「いい加減認めろ。それがここから出る為の唯一の方法だ」
沈黙。テトラ箱の隅に縮こまる。
テトラ「ここから出る為、か……」
真流「なあなあ聞いてくれよテトラ! この前応募したヤマモトパンの景品が当たったんだ! 抽選で10名様限定の、パン一ヶ月分と、巨大麺棒! ほら!」
テトラ「人が真面目に考え事してるときにどうでもいいこと言わないでもらえますか」
真流「どうでもよくない! 人生、こういった楽しみがあるからこそ充実した毎日が送れるんだ」
テトラ「そうですか」
真流「つまり、なんの楽しみもないお前の人生はつまらないということだ」
テトラ「悪かったですね! つまらなくて!」
真流「悪いとはいってない。価値観は人それぞれだ」
テトラ「もういいです……」
真流「そうだ。お前の事件前の足取り、わかったぞ」
テトラ「本当ですか! ってか、早くないですか!?」
真流「警察に捜索願が出てたみたいでな。担当の奴から全部話聞いた」
テトラ「自分で調べた訳じゃないんですね……」
真流「大事なドラマの撮影日、お前リテイクばっかりだして調子が悪かったそうだな。それで休憩の時に先輩の……えーっと坂下さん? に滅茶苦茶心配されたんだと。で、何があったのかはわからないんだが、その後大怪我を負った坂下さんが発見された」
テトラ「坂下さんが!? そ、それで今坂下さんは」
真流「意識不明の重体だそうだ。まだ意識は戻ってない」
テトラ「そんな……」
真流「この状況を考えるに、坂下さんを怪我させたのはお前、と考えるのが自然だろうな」
テトラ「僕は、やってません!」
真流「そうか? 思い出せないんだろ?」
テトラ「でも……だって、そんなことしたって、僕に何の利益も生まないじゃないですか。損害しか出ないのに、他に何の意味があるんですか」
真流「ま、単純に考えて、恨んでいた、とか」
テトラ「僕が坂下さんを恨むはずありません! 僕が新人の時からお世話になってる人なのに」
真流「へー、そうなんだ?」
テトラ「そうです。だから恩義を感じていることはあっても、恨むなんてことは」
真流「その人のお節介をうざいと思っていた、とかはあり得るけどな」
テトラ「それもありません! 何なんですか、一体! そんなに僕を犯人にしたいんですか!?」
真流「いや? ただ、事実を教えた上で可能性の話をすれば、お前が何思い出すんじゃないかなって」
テトラ「錦山さん……。でも」
真流「でもとか、だってとか言う前に、少しは考えてみろ。実際にお前のせいで被害を受けてる人がいるかもしれないんだぞ」
テトラ「っ! ……思い出せ。僕は、あの時、どうしていたんだ……? ……そう、そうだ。僕はあの時」
回想。真流は坂下役。
坂下「テトラ!」
テトラ「……何ですか、坂下さん」
坂下「どうしたの。何か嫌なことでもあった?」
テトラ「っ別に、何もないです」
坂下「何もないならどうして調子が悪かったの?」
テトラ「……少し、お腹が痛いだけです」
坂下「ええ!? 何で言わなかったの! は、早く救急車を」
テトラ「あああ嘘です! 冗談ですから止めてください!」
坂下「あ、そうなんだ。よかったー、てっきり腸管出血性大腸菌に感染してるのかと思ったよ」
テトラ「何でそんな突拍子のないこと言うんですか。というか腸管出血性大腸菌に感染してたら、僕下手すると死んでますよ」
坂下「そういえばそうだ」
テトラ「はぁ……」
坂下「ため息ばっかり吐いてると幸せが逃げていくよ」
テトラ「知りません」
坂下「あー、だからテトラはつまんない人なのか」
テトラ「放っといてください」
坂下「で、何かあった?」
テトラ「……何も」
坂下「何もなかったらそんな暗い顔してないよ」
テトラ「坂下さんには関係ないです」
坂下「関係あるよ。先輩と後輩っていう関係が」
テトラ「随分と浅い関係ですね」
坂下「ほら、いいから話してみない? なにか解決するかも知れないし」
テトラ「いいですって」
坂下「自分、こう見えていろんな人に頼られるのだよ」
テトラ「そうですか。僕は頼りませんけど」
坂下「ひどいなー。話すだけ話してみようよ。吐き出せばスッキリするよ?」
テトラ「別にいいです」
坂下「(テトラの腕をつかむ)でも」
テトラ「うるさいです!(振り払う)」
坂下、反動で体勢を崩し、机の角に頭をぶつける。気絶する。
テトラ「……え? ……坂下さん? あの、大丈夫ですか? (坂下を確認する)……うわぁっ! え? ……っ!」
暗転。
明転。回想前の状態。
真流「なるほど。要はお前の過失だったわけだ」
テトラ「……はい」
真流「でも、その後逃げ出したんだろ? 何で救急車呼ばなかった。そこら辺にいる人に助けを求めてもよかっただろ?」
テトラ「あの時は……頭が真っ白になってて、とにかくその場から離れたくて、それで」
真流「はぁ……冷静じゃなかったとはいえ、判断を間違ったな。ここは警察にいけとか、真実話してこいとか言うべきなんだろうけど」
テトラ「…………」
真流「まずはそこから出ないとな。なあ、その後のことは思い出したか?」
テトラ「その後は……家に帰りました」
真流「それで?」
テトラ「それだけです」
真流「なら、家でこのテレビに入ったんだな」
テトラ「そういうことになりますね。でも入ったんじゃないです、気づいたらここに居たんです」
真流「うーん、どうやって入ったかがわからないんじゃぁなー。どうしようもないな」
テトラ「だから自分で入ったんじゃないです」
真流「あ、そういやお前、昨日悪魔だとか何か言ってたよな。あれは?」
テトラ「ああ、それは……なんと説明したらいいか」
真流「言え」
テトラ「えぇっと、僕が一人になった時に、とある声が聞こえてくるんです」
真流「幻聴か? 何か薬でもやったか」
テトラ「違います。その声は僕に関係する人の声みたいで、わかったような発言を繰り返すんです」
真流「まるで分身だな」
テトラ「その人も言ってました。俺はお前だ。そして、お前は俺だって」
真流「きもっ」
テトラ「僕もそう思いましたけど、どうもそれが本当っぽくて」
真流「じゃあ、何か? 本当のことを知りたければそいつに聞けばいいんじゃねーの?」
テトラ「でも、教えてくれないんです」
真流「ケチだな」
テトラ「そうですね」
声「おい、俺のいないところで俺の悪口を言うな」
テトラ「うわっ!」
真流「おぉ、お前がテトラの分身かー?」
声「分身じゃない。俺はコイツそのものだ」
真流「どゆこと?」
声「他人に話す気はない」
真流「いいじゃん、話してくれたって。そういや、テトラはお前のこと悪魔って言ってたけど」
声「なんだと?」
テトラ「ほ、本当のことだろ」
声「俺が悪魔なら、お前も悪魔ってことになるな」
真流「へー。テトラの言ってた通りのこと言うんだな。なあ、俺にも話してくれよ」
声「嫌だ」
真流「なんで」
声「面倒くさい」
真流「ケーチー」
テトラ「ちょっと黙っててください。なあ、錦山さんには聞こえないようにして、どうやって僕がここに入ってしまったか教えてくれないかな?」
真流「おい、俺をのけ者にするな」
声「いいぞ」
テトラ「あっさり! 今まで散々引っ張ってきたくせに!」
声「それはお前をからかうためだ」
真流「お前に似て趣味が悪いな」
テトラ「あの、僕のどこが趣味悪いっていうんですか」
真流「全部だな」
声「全部だ」
テトラ「ひ、酷い……。これはさすがに傷つきました」
真流「なあ、こいつ放っといて、教えてくれよ」
声「ああ。どうやって入ったかというと、簡潔に言って俺がお前を引きずりこんだんだ」
テトラ「お前のせいか!」
真流「詳しく言うと?」
声「こことそっちは物体で阻まれているため空間を捻じ曲げ、人が通れるくらいの大きさにこじ空ける。それからお前をここに入れるために無意識にかかる催眠を施し、中に入ったら空間を元どおりにする。それだけだ。簡単だろ?」
真流「うん、意味がわからない」
テトラ「おい、お前が僕をここに入れたんだっていうなら、ここから出すこともできるだろ? 出してくれよ!」
声「嫌だ」
テトラ「どうして!」
真流「そりゃそうだろ。こいつはお前をそこに入れたって自白してんだぞ? 入れた奴が、わざわざ出してやるなんてそんなことするはずがない」
テトラ「でも、お前は僕だって言ってたじゃないか。ならなんで僕の言うとおりにしないんだよ?」
声「…………」
真流「うーん、なんとなく見当はつくな」
テトラ「錦山さん? なんですか」
真流「これ、言っていいのか?」
声「ダメだ。自分で気がつかないと、意味がない」
真流「だってよ。悪い」
テトラ「そんな……」
真流「ま、いつか気づけるだろ。それよりも入った方法がわかったんだ。出る方法もわかったな」
テトラ「へ?」
真流「だから、さっきあいつが言ってたことと同じことをやれば、そこから出れるってことだよ」
テトラ「……あの、意味わかって言ってます?」
真流「当然だ。空間を捻じ曲げ__」
テトラ「無理に決まってるでしょ!」
真流「そうか? あいつはお前なんだろ。あいつにできたならお前にもできる」
テトラ「だから無理だって言ってますよね!? なら錦山さんはできるんですか!?」
真流「無理」
テトラ「ほらぁ! 自分にできないことを人に押し付けないでください!」
真流「そうは言っても、この方法以外に何がある? 他に出る方法があるのか?」
テトラ「それは……ないですけど」
真流「ならやってみろ。できないって決めつけるより、やってできないってわかった方がずっといいだろ」
テトラ「……わかりましたよ」
真流「よし。まずは空間を捻じ曲げろ」
テトラ「…………どうやるんですか」
真流「……壁でも殴ってみれば」
テトラ「ねぇそれ最初の頃にやりましたよね! また同じ過ちを繰り返す気ですか!?」
真流「それは、ほら。思いを込めて、殴るんだ」
テトラ「どこの少年漫画だ! 嫌です、絶対に嫌です!」
真流「ほらやる前から__」
テトラ「そういうなら錦山さんがやってくださいよ! 内側からできるなら、外側からでもできるでしょ!」
真流「む、そこに気づいたか。やるな」
テトラ「のんきなこと言ってないで。お手本、見せてくださいよ」
真流「いいだろう。(机を持ち上げる)」
テトラ「え? ちょ、ま、あなた何する気ですか? 待った! 待ってください! ギャーーーー!」
真流、机を振り下ろす。箱に弾かれる。
テトラ「え?」
真流「チッ。どんな合金テレビだよ。物理的には不可能っぽいな。諦めよう」
テトラ「そうですね。って物理以外に何の方法があるんですか」
真流「そんなこともわからないのか? 小学校の理科で習っただろ?」
テトラ「何かすごいバカにされてる……」
真流「化学的、生物的な方法がまだ残っている」
テトラ「なるほど。……いやいやいや化学的はともかく、生物的って何ですか! 何する気ですか!?」
真流「んー、例えば、そのテレビをナメクジの大群にまとわりつかせる、とか」
テトラ「気持ち悪っ」
真流「あとは、象に踏ませて壊してもらうとか」
テトラ「結局は物理じゃないですか! それに僕死んじゃうし!」
真流「大丈夫だ。象に踏まれたからって死にはしない」
テトラ「その前にどこから象を連れてくるんですか」
真流「そうだな、上島動物園に電話して、ちょっとだけ借りてくる」
テトラ「やめてください本当に!」
真流「なんだよ文句ばっかり。燃やすぞ」
テトラ「怖っ! どうして燃やすなんてことになったんですか!」
真流「ああ、化学的な方法の一つな。じゃあ、ガソリン持ってくる」
テトラ「そんなことしたらテレビだけじゃなくこの家も燃えますよ!?」
真流「その時はその時だ」
テトラ「待ってください。その方法でも僕死にますから!」
真流「多少燃やされたくらいじゃ」
テトラ「死にますから!」
真流「貧弱だな。なら他に案だせよ」
テトラ「わかりました。そうですね……。あ、錦山さん言ってましたよね? テレビに吸い込まれたけど、出た人がいるって。その人から話聞けませんか?」
真流「お前は人の話を聞いてたのか? そいつ、やばい性格になっちゃったんだって。俺に被害が出る方法はやだ」
テトラ「あ、そうでした。でも、もう他に方法なんてないですよ」
真流「はぁ。結局壊すしか方法はないな」
テトラ「そうなりますね」
真流「俺武器とってくるから、ちょっと待ってろ」
テトラ「はい。……って武器? この家そんなものあるんですか?」
真流、下手に退場。
沈黙。テトラ、箱の真ん中で体育座り。
十数秒後。真流が下手から戻ってくる。
真流「おーい、持ってきたぞ、必殺の武器! これがあれば……ってあれ。テトラ? このちょっとの間で寝ちまったのか?」
テトラ「……ああ、すみません」
真流「あのな、人に助けてもらってんのに当人が寝てんじゃねーよ」
テトラ「いやぁ、誰かさんのせいでさっきまで叫びまくってて、疲れちゃったんですよ」
真流「誰かさんって誰のことだ?」
テトラ「あなたに決まってるでしょ」
真流「それはそれはどういたしまして」
テトラ「感謝は一切してないです。錦山さん、その手に持ってるのなんですか?」
真流「ああ、これか? 話しただろ。ヤマモトパンの景品で当たった、抽選で10名さま限定の巨大麺棒」
テトラ「麺棒っていうか、それただの丸太じゃないですか」
真流「丸太じゃない、麺棒だ。ただ、麺棒という名前をつけられた、丸太とも言える」
テトラ「そんなのもう丸太でいいでしょう。で? それで殴るんですか? そこにある机でも壊れなかったのに」
真流「机なんかよりこいつの方がずっと強い」
テトラ「俺には机の方が強い気がするんですが……」
真流「よし、行くぞ!」
真流、丸太を振り上げ、箱に叩きつける。
真流「お? ヒビが入ったぞ? ほらみろ、丸太の方が強い!」
テトラ「うそん」
真流「このままどんどん行くぞ。危ないから離れてろよ」
テトラ「……わかりました」
真流、何度も箱を殴る。箱が壊れる。
真流「よっしゃぁ! どうだ、テトラ?」
テトラ「……まさか、本当に壊せるとは思いませんでした」
真流「ふ、これが思いを込めて殴るというものさ」
テトラ「ただ日ごろのストレスをぶつけてるようにしか見えませんでした」
真流「ストレスだって思いの内だ。ほら、捕まれ」
テトラ「はい」
真流、テトラの手を掴み、箱から引っ張り出す。
真流「よっと」
テトラ「ありがとうございます」
真流「はぁ、こんな手段で解決できるなら、最初からやればよかったな」
テトラ「そうですね。もっと早くやればよかった。……でも、もう遅いです」
真流「は?」
テトラ、真流を箱の中に突き飛ばす。
真流「うわっ! 何すんだよテトラ!(箱を叩く)」
テトラ「俺をそこから出してくれてありがとうございます。でも、あなたのやったことは無意味だったんですよ」
真流「無意味? 何がだ。実際お前はテレビの中から出れただろ」
テトラ「そうですね。でも俺は元の斉木テトラじゃありません」
真流「……まさか」
テトラ「そうです。限りなく真実に近づいたあなたには教えてあげましょう。この箱は、人喰い黒箱。人間は誰しもが矛盾を抱えている。例えるなら、光と闇。普段は光の部分が勝っている。でも、精神が不安定になると闇の部分が顔を出す。いずれは闇が光に勝る。この箱は、不安定な精神を持った人間を飲み込み、人格を交代させる装置です」
真流「つまり、お前はテトラのもう一つの人格だってことか?」
テトラ「そうです。もっとも、僕は最後まで認めていなかったようですけど」
真流「そうか。そこまでは理解できたが、なんで俺をここに入れた?」
テトラ「あなたも、その箱に魅入られていたからですよ」
真流「は? 魅入られる?」
テトラ「このテレビ、五千円で買ったって言ってましたよね? 普通電化製品はそんな値段じゃ買えませんよ。ならどうして買おうと思ったんですか?」
真流「それは……安かったから」
テトラ「他は?」
真流「……なんとなく、買いたくなった」
テトラ「そうですか。その時点でもう、あなたは人喰い黒箱の餌食だったんですよ」
真流「まさか」
テトラ「もし、俺がそこに入っていなければ、あなたはとっくにその箱の住人でしたよ」
真流「ふざけんな。ここは精神が不安定な奴が取り込まれるんだろ? 俺はそんな弱々しい奴じゃない」
テトラ「そうでしょうか? 自分が忘れているふりをしているだけで、本当はわかってるんじゃないですか?」
真流「俺は俺だ。他の人格なんて、あるはずがない」
テトラ「そうですか。でも、そこに入ってれば、いずれあなたも別の人格と交代しますよ。では」
真流「待てよ! もし。もし俺にそんなものがあるとして、だ。何の理由もなく人格が変わるわけない。そんなことが起こるには何か大きな理由があるんだろう。テトラ、お前の場合は何だったんだ?」
テトラ「……俺は、俺に親切にしてくれた坂下さんを傷つけた、俺自身がどうしても許せなかった。それだけですよ。では、これで失礼します」
真流「おい待て! テトラ! ここから出せ! おい!」
テトラ、下手に退場。暗転。
明転。
チャンネル4
真流「今日のニュースをお伝えします。連日世間を騒がせている神隠し事件、これまでに16人もの若者が被害に遭っています。また、新たに2人の被害者の方が発見されました。一人は警察で保護されていますが、もう一人は逃走しているようです。人が突然テレビに吸い込まれるというこの不可解な事件、未だ原因は不明です」
切。
終わり