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科学の国と魔法の国  作者: ひとみ
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2-3

 彼が店を出たのは夕方だった。かなり話し込んでしまった。お気に入りのパンは売り切れてしまったらしく、後日用意しておいてくれるらしい。王城の方角からは未だに声が聞こえる。相変わらず人影はなく、だだっ広い道を一人で歩く。そのとき、前からロボットが来た。円柱の胴の上にドーム型の頭。滑るように前進するそれは、一番オーソドックスかつ、よく出回っているロボットだ。登録さえしておけば洗濯や掃除、料理や買い物に至るまで全てをこなしてくれるらしい。しかし、実際にはロボットの視界に写るものはリアルタイムで王城近くの研究所に集められ、反社会派を淘汰する目的がある。盗撮、盗聴などなどの犯罪であるが、そもそもこのことは知られていない。知られていないものは存在してないも同然だ。今ここで彼がロボットの視界に入るということは、彼の家族のいる研究室へ映像が送られるということ。それを見た母親はきっと、

『何をしているのかしら。』

連絡をしてくる。彼はそれを待っていた。頭の中に直接響く声。声を電波に変換し、相手の脳内へ電気として送り込む。最新技術によって作られた一方的な通信機。作ったのは彼の母親だった。

『どこまで使えないの。早く王城に来なさい。』

ニヤリと歪む口元を隠しもせず、秋雨は小さな機械を取り出し耳に当てた。これも無線通信機だ。しかしこれは相手の許可がいる、かつ相手が自分を登録していなければならない。暫くの呼び出し音のあと、声が聞こえる。

『何しているの、ノロマ。』

「こんにちは。そちらの様子はどうですか?」

おおよそ、親子とは思えない冷たい会話。まるで親子であることを否定しようとしているように。

『偉大な信者たちが魔法族を排除しようとしているわ。早く貴方も来なさい。』

普段なら絶対に連絡をしないのに、今はしている。つまり、

「魔法族に圧されているんですか?」

『っ…』

ヒュッと息を飲む気配がした。素直な人だ。だから、付け込まれる。

「まさか、そんなはずないですよね?王城の守りと民衆の力があって。こちらは音から察するに一万人以上。魔法族はたった3から4人、いや長と言うなら護衛もいるのかな。それでも10人程度でしょう。こちらの圧勝ではありませんか。」

『なっ…』

怒りからか、声を荒げようとした母。それを阻むように誰かが通信機を取り上げる音がした。

夏海(なつみ)、あまり母さんを苛めてはいけないよ。』

爽やかな優しい声。全てを包み込むようなその声の主は、兄であった。

「これはこれは、申し訳ありません。」

『最近はどうだい?』

「問題ありません、体調も万全です。」

『こっちには今日の朝、少し変わったデータが来ていたけれど。』

「数字上はあるかもしれませんね。」

『…少し、話がしたいな。』

ニコリ、笑みを深くした。それを視ていたのは無機質なロボットの瞳だけだったが、その瞳には彼が僅かに口角を上げただけに見えただろう。それもよく見ればの話で、全く変わっていないようにも見えたかもしれない。

「お断りします。」

言った瞬間、母親の叫び声と父親の怒鳴り声が聞こえた気がした。兄に対して過保護な2人は息子が馬鹿にされるのが許せないらしい。しかし、当の本人はけろりとした様子で話を続けた。

『そっか。残念だな。』

「明日も行きませんので。」

『ここ数年、全く来ていないでしょ。そろそろおいで。』

「いえ、行きません。」

そういえば、最後に研究所に行ったのは何時だったろうか。声を聞いたのも随分久しぶりな気がする。顔だけは毎日のように研究報告のニュースで見るが、写った瞬間には消すのであまり見たとは言えない。

『そう…また何時でも来ていいからね。』

「ところで、本題は?」

敢えて肯定も否定もせず切り出す。一瞬の間の後、幾分か声を潜めて言った。

『実は魔法人が王城に籠ってしまってね。夏海の力がいるんだよ。』

「つまり、」

わざとらしく少し間を置く。

「僕に、魔法人を殺せと、言いたいのですね。」

『まぁ、端的に言ってしまえばそうだね。』

隠さず、素直に同意する。大嫌いな兄の唯一好感を持てるところ。

「僕に、あの大人数の民の前で姿を晒せと?死ねとでも言っているんでしょうか。」

『いや、そんなこ』

ガッ、ゴソッとノイズの後に

『えぇそうよ!あんたなんか死ねばいい!』

母の叫び声がした。取り繕うとした兄は今頃、溜め息でもついていることだろう。耳がキーンと痛む。ただでさえ甲高い声なのに叫ばないで欲しい。耳はまだ痛んでいるが、この時を待っていた。

「では、許可を。」

『は?』

「昔、言いましたよね。許可がなければならない、と。許可を。」

『分かった、許可するわ!』

よほど頭に血が登っているのだろう。特に何も考えていないように素早く大声で叫んだ。兄の声が聞こえるような気がするが、もう遅い。

「向かいます。」

プツッと一方的に通話を切り、足に力を込める。コンクリートで出来た道に亀裂が入り、割れる。その下の沢山の回線が音をたてて千切れていった。空を見上げる。暗くなり始め、一番星が輝く空はこんなに無機質だっただろうか。もっと、美しかったような気がする。

「はぁ。」

大きな溜め息をついて、彼は…秋雨は飛び立った。

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