魔霧の夢
「で? どう言い訳するつもりなの?」
「ウサギが……いや犬耳なんやけど遅刻しそうなウサギがいたんや……ッ!」
「言い訳がワンダーランド過ぎない?」
文芸部であるお前に合わせた言い訳だぞ。それにVRの原理もざっくり言うと夢みたいなものだし実質ワンダーランドだからセーフじゃない?
ここは昨日ケイゴと話していた行きつけの喫茶店。客がワイワイ騒いでいても特に注意しない無口なマスターが経営してる店だ。いや、これは単純に今は客が俺たちしかいないからかもしれないが。
とにかく昨日の夜、待ち合わせの約束を忘れた俺は謝罪も兼ねてこうして喫茶店で会うことにした。
目の前には特盛パフェ。これも謝罪の一環。勿論俺の奢りだ。貯めたのに使わなくなったからいいけどさ。
……を、美味しそうにパクついている見た目だけはザお淑やかと言える女性は圭吾と同じく小学校から付き合いのある同級生の「千藤郁音」だ。
容姿端麗、文武両道を地で行き、どこの豪邸にお住みになられているお嬢様ですかとナンパされた時にガチで言われたこともある伝説を持つ女だ。
が、そんな存在を身近に持っているからと言って、なんの誇りも感慨も青少年たる俺たちには湧かない。
何故なら中身が腐っているから。ナチュナルにBLでグフフする頭腐海女だ。
彼女は一昨日からFLRを始めた初心者で、始めた理由もイケメンがいたからであってMMO自体にはそこまで興味があるわけではない。
だがそのイケメンに会うにはある程度レベルが必要になるので、少しでも早く会いたい彼女は先にやっていた俺やケイゴの助けを求めたわけだ。
俺個人としては一人でこの世界を彷徨って欲しいという先達特有の感情も湧かないでもないが、それでこのゲームを嫌いになられるのも考えものなので素直に助けることにしていた。
が、まぁ先に言ったようにその手伝いの約束を忘れるという大ボケをやらかしたので説教を食らっているわけなのだが。
「で、俺が来なくてどうしてたんだ?」
「ログアウトしてから何回かメッセ送ったけど反応無かったから一人でレベル上げしてたわよ」
「今レベルどんくらい?」
「確か13くらいだったかな」
13かー、実に初心者なレベルだ。大体それくらいで緑の国目指してボコられる。ソロだと20近くないと死ねるからねあの森。
「例のイケ騎士様に会うのに必要なレベルっていくつなのかしら?」
「会うだけなら30、お近づきになりたいなら50越えかな?」
「遠い……」
机に突っ伏して嘆く郁音。初MMOとは言え昨日今日のレベル上げでその行為のおおよその工程の長さを察したのだろう。1日で1レベル上がらなくなってからが本番だぞ。
まぁかく言う俺も当時のレベルキャップである50……あっ、51に上がってる。エリアボスを2人で倒したからかな。ともかく現在のレベル上限が90であることを考えるとそこまで高い部類では無いのだが。
……確かニカが30いかないくらいだったかな。これから鹿みたいな奴を何体か倒すことを考えるとレベルが足りない気がするな。毎回毎回あんなギリギリになってたら楽しいけど疲れるし。
そうなると郁音のレベル上げと合わせてやれると良さそうだな。どっか効率の良い稼ぎ場所ないかな。
「今日こそは手伝ってくれるのよね?」
「そりゃ勿論。カンタドルの教会前で集合ということで。あーあと郁音のキャラネームって何だっけ?」
「忘れたの? クラウスよ、“千華乱世ラプソディ”の主人公……」
「あーそれ以上はいいよ。思い出したから」
語らせたら長いのでその前に止めておく。クラウス、クラウスね。ありきたり過ぎて忘れそう。てかその名前だと男キャラなのだろうか? 性別詐称テク使ってそうだな。
VR系のゲームではリアルに近い環境下にプレイヤーが置かれるために色々と影響が出かねないだとかで性別変更が出来ないものが多い。FLRもご多分に漏れず実際の性別と同じ性別のキャラが出来るようにしてある。が、それを誤魔化す手段が実は存在する。所謂裏技だ。
判別の手段に応じて幾つか方法はあるらしいが、分かりやすいので男女の判定の際に中に着込むことで輪郭を誤魔化すというのがあるらしい。
小さい少女からヤクザものみたいな低い声が聴こえてきたり、逆に強面のおっさんからアニメチックな高い声が聴こえてきた時は、まぁ、うん、怖いよね。
「ログインは家の用事あるから大体10時くらいでいい?」
「いいよ夜の10時ね。それくらいになったら仲間と一緒に待ち合わせ場所にいってるよ」
「今度はちゃんと来てよ……というか仲間?」
「言ったろ、犬耳のウサギを追いかけたって。嘘をついてない証明としてちゃんと会わせてやるよ」
〜〜〜〜
時刻は午後8時。
村でやることとカンタドルに戻る時間も考慮して約束の時間より二時間ほど早く俺はこの世界に帰ってきた。
ベッドから立ち上がると部屋の中央に置いてある机の椅子にニカが座っていた。
「目覚めたね。さて、今日はどうするんだい?」
「友人と合流するからカンタドルに行くぞ」
「へぇキミの友人か。どんな人なんだい?」
「女なら無害」
「キミの友人なのにボクには無害でキミには有害と考えると面白いね」
俺に有害の発想は無かったな。……いや流石にアイツ、俺には矛先向けてないだろう……あっ、ちょっと不安になってきた。
さて、行くには行くがその前に色々とやらなきゃいけなさそうなことはやっておかないとな。
「で、タイミングが無くなりそうだから行く前に例の歌を聴かせて欲しい」
「そんなに聴きたかったとは驚きだ。詩人としては嬉しい限りだ」
実際ニカの歌を聴いてみたいという想いもあるが、それ以上にその歌はこのクエストにおける何かのフラグのような気がしてならないという理由がある。
彼女自ら聴かせてもいいと言ったのも何かフラグの誘導染みたものに感じたしね。
まぁ最悪間違ってても別に不利益がある訳でもないのめ、気楽な考えのもとに頼んでいるのだが。
「それでは“魔霧の夢”を聴かせてあげるよ」
「ここで歌うのか」
「1回言ったけど、父からはあまり言いふらすなと言われているんだよ。君だけには特別に聞かせるのさ」
特別ね……悪い気はしない。しかしその言葉を深読みするとこのクエストを受けたものには聞かせるという意味にも捉えられる。つまり必要なイベントだということか。……歌詞をちゃんと聴いた方が良さそうだな。
「さてそれでは改めて“魔霧の夢”を聴かせてあげるよ」
琴を1回ポロンと鳴らし、少し間を空けてからニカは琴の音に合わせて歌い始めた。
〜〜〜〜
それは昨日彼女が言っていたように、様々な人物が深い霧の中で夢幻の光景を見るという内容だった。
ある者は比類なき化け物を倒して世界に平和をもたらす夢を。
ある者は偉大な功績を成し多くの者達に慕われる夢を。
ある者は若くして亡くなった恋人と再び出会う夢を。
それぞれがそれぞれの恐らく望みであろう光景を見ていく。
しかし彼らは全員結局は霧の外へと出てしまう。当然、夢幻もそこで消えてしまう。
そして最後には彼らのもとに残されるのはその望みが叶わぬ暗い世界だけだった。
〜〜〜〜
「ふぅ……どうだったかな?」
「良かったけど……内容暗くない?」
幻の中で夢が叶う話なんて大体そうだが後味がひたすらに悪い。胸の内でスッキリしない何かが延々と渦巻いている。
ただニカの歌い方は緩急のついた飽きさせないものとなっていて。気づけば歌い終わっていたほどには歌の世界に飲み込まれていた。
「確かに明るいものじゃないね。僕も正直この内容は好きじゃないよ」
「好きじゃないのかよ」
「バッドエンドだからね。ただ歌としては素晴らしいと思うよ。生々しくすら感じる力がある」
バッドエンドね。一時期、救いのない結末の作品こそ素晴らしいみたいに思ってたな。今は救いが無さすぎるのもどうかと思うようになったけど。
しかし歌の内容に関しては色々考えてはみたが特に引っかからなかった。何かのキーワードと繋げられると思ったのだが。
三人か……六人だったら国ごとにって繋げられたんだけど、半分だしなぁ……。
まぁ伏線何て明かされるまで分からない方が面白いんだけどさ。
「さて、歌は聴いてもらったしカンタドルに戻るかい?」
「そうだな」
回復も済んでるし、別にこの村自体に用があった訳でも無い。カンタドルへ戻ることにしよう。
最初、歌の歌詞を考えようとしたけど流石に手間だったのでダイジェストになりました