達成感の裏の失敗
しかし冷静になって考えたら今のはギリギリの戦いだった。
子鹿たちならともかく仮にもエリアボスの親鹿を、しかも相性の悪い火属性の武器で倒せるとは。逃げる前に多少は削っていたとは言えそれでも3、4割は残っていたはずだ。
テンションが上がったからってなんて無茶なことをしたものだと。まぁ勝てば官軍。素材が手に入った以上反省こそすれ後悔は一切無いが。
さて、これでここでの目的は果たせた訳だが必要な素材は3つ。残りの2つが残っている。
しかし気づけば時刻は深夜。ハイテンションになった反動とでも言うのか眠気が急に襲いかかってきた。
このまま続けてほかの素材を探しに行くのは難しいのでどこかでログアウトしなくてはいけない。
この場所でいきなりログアウトも出来るがその場合ニカをここに置き去りにしてしまう。
戦闘職でもないニカが一人で大丈夫なワケもないし、俺はまだセーブポイントの更新もしていないのでまたカンタドルからスタートになってしまい彼女とはぐれてしまう。
なのでどこかの街か村まで送ってからそこでログアウトする必要がある。
となるとここから一番近いのは大森林の中にある緑の国の中心都市である「ヴィクタワ」となる。道中で変にエネミーに絡まれなければサクッとたどり着けるはずだ。
眠気がヤバいことを強敵と戦って疲れたからと言い換えて、いやあながち嘘では無いが、俺はニカにヴィクタワに行こうと伝えた。
すると。
「済まない。私は祭り当日までヴィクタワには行かないことにした」
と言う返答が帰ってきた。へ、何で?
「街で緑の国の者に襲われていたのが理由だと言えば理解して貰えるかな」
あーそう言えば、なんでか最初に会った時に襲われてましたね。そう言えば忘れてたけどアレは何でなんだ。
一応あの時は理由は知らないって言っていたような?
何か言えない事情が……んなもん知らんのでさっさと教えろというこちらの思いをオブラートに包んで彼女に伝えた。
「あまり言いふらすなと言われてるんだけど君は……まぁ長い付き合いになりそうだから教えておくよ。アイツらはこれを欲しがっていたみたいなんだ」
そう言うと彼女はこちらにそのアイテムを見せてくれた。
それは何枚かのボロボロの紙切れだった。ただその紙に書かれているものは意味こそ分からないがどういうものかは俺でもわかった。
「楽譜?」
「うん。父さんから受け継いだ秘伝の歌なんだ」
秘伝の歌ねぇ……これ吟遊詩人クエストか何かだったの?
少なくとも自分のキャラには必要無さそうなアイテムだなと軽い失望を感じる。いや、別に必要だったとしても無理に取ろうとするなんてことはしない……はず。
「入った人の望みが夢幻となって見える霧を歌った美しい歌さ」
「ふーん1回くらいは聞いてみたいな」
FLRでは演出のBGMは存在しない。自然音のみで世界観を作っている。
あったら確かにエネミーの近づく音なんか聞き取りづらくなってプレイヤーの不利に働くこともあるだろうが。無いなら無いで寂しいものだ。
そういう意味じゃ吟遊詩人の存在は好きだ。やはり音楽があるとムードが出て盛り上がるからな。
「いいけど流石にこの場所じゃあ……」
「んーまぁ取り敢えず移動するか。……そうだなグラサスでいいか」
「村に?」
「緑の国には行きたくないんだろ? だったら近いし、グラサスでいいだろ。お前の知り合いも多いだろうし安全だろ?」
他にも近いセーブポイントはあるが、ここはこいつの村でいいだろう。安全目的よりイベント発生的な意味で。
「そうだね……分かった、じゃあ歌は村で聞かせてあげるよ」
「おっそれは楽しみだな」
意図せぬ楽しみとイベント的な意味での薄暗い楽しみを胸に秘めながら俺たちはグラサス村へと向かうことにした。
〜~〜~
道中エネミーや初心者らしきPL集団と遭遇したりしたが特に問題も起きずグラサス村へと辿り着くことが出来た。
初心者オススメスポットその一であるここには深夜にも関わらず、いや深夜だからこそか、それなり数のPL達が歩いていた
その多くが見るからに初心者であろうと分かる装備をしていて何だか慈しみの思いを持って後輩達を眺めてしまった。ホッホッホ頑張りたまえよ……。
さてセーブポイントとは一般的には宿屋の存在であるが、クエスト中だったりするも彼らの寝床なんかも限定的にセーブポイントとしての機能を持つことがある。
ですのでら村に着いて直ぐにすることが女の子の家の場所を最初に聞くことだったのも、決してそういう趣味があるからではなく、単純に疲れているからであり、ちゃんと正当な理由ありきであることをニカさん理解してくださるとありがたいのですが……ちょっと距離を取らないで傷つくから!
とにかく村外れにあったニカの家に行き、歌やら素材集めやらはまた休んでからということにして二人は寝ることにした。わざわざ動かして寝床離されたの普通に辛い。
そして奇妙な浮遊感と共に俺は現実世界へと帰ってきた。
いやー久しぶりにやったのに色々ありやがったなー。
クソっここまで楽しいと1回離れたの後悔したくなってくるじゃないか。
興奮で思考を持っていかれそうになっている時に携帯にメッセが来ているのに気づく。
誰だろ……あっ……!?
思わず誰もいるはずのない自室にも関わらず周りを見渡してから端末の画面を切ってしまう。
やべぇ!やべぇ!やらかした!
チラッと見た画面には待ち合わせしていたはずの郁音からのメッセージが数十件届いていた。
あーあーあー忘れてたーッ!!!
この世界のゲームはFLRのようにBGMを環境音のみにしているものが多いです。最もその最たる理由はVR業界ではリアリティの追求を重視する風潮が生まれているためで、主人公が推測したような理由では無いですが。