水心あれば魚心
もう諦めて不定期投稿にしようかと考える今日この頃
暗い暗い奈落に底は無く、死ぬその時まで永遠に落ち続けた……。
なんて事は無く。ものの十数秒程で水面へと落着した。
痛みは当然ゲームなので無いが、代わりに視界端に水中での活動時間を示すゲージが出現していた。
複数の武器を扱う関係で現在のオレの総重量はかなり重くなっている。それを暗に教えるかのようにゲージが見る見るうちに減っていった。
急いで水面へと顔を出すと。そこは変わらず岩だらけで未だ洞窟の中ではあるようだった。
沈まないように両手足をフル動員で動かして白鳥の如く見た目上だけは優雅に浮きながら周りを見渡すと陸地があるのが見えた。
更にオレと陸地との丁度真ん中辺りの場所では何やら水しぶきが上がっており、その隙間からは緑色をした獣耳がチラチラと見えた。
ニカだ。どうやら無事だったみたいだ。
いや、でも水しぶきがあんなに派手に上がっているのは普通じゃ無いのでは?
と気づいた次の瞬間。ニカのいる場所が小山のように盛り上がり、そして中から巨大な何かが飛び上がってきた。
デカい、今まで色んなゲームで見てきたモンスター達の中にもここまでの奴はいないんじゃないかと思うほどデカかった。
丁度それの飛び上がりの頂点に達して落ちようとしているところで、聞き覚えのある声、無い声、二つの声というか悲鳴が重なって聴こえてきた。
「ニカ……いや待てもう一人!?」
突然の巨体と第三者の出現にフリーズしている内に、巨大魚は水面に着水し、これまた大きな波を発生させた。
ニッチな部類である水中関連のスキルなんか持っているはずもなく。為す術もなく波に飲みこまれながら地面とは反対方向へと流されてしまう。
咄嗟にいつもの双剣エスペランザを装備しながら、ゲーム補正で視覚的にクリアになった水中世界で優雅に泳ぐそれを睨む。
表示された名前は"スクァーマデルフィス"。
見た目は三日月状の尾びれや胸びれ、それと前に突き出したような口から形状だけならイルカのように見えなくもない。ただあのつるっとした皮膚は見当たらず、代わりに鱗がびっしりと生えていた。
LVは8……85!?
ダメだダメだ一気に勝てる気がしなくなった。
ただでさえ水中戦なんて久しぶりなのにこんなLV差があったら勝ち目0だ。
となればやることは一つ。名策三十六計しかない。
が、それすらも簡単じゃなさそうだ。
何せアイツの瞳はガッツリこちらをロックオンしていらっしゃるので。すいません生理的に無理なので止めてくれません?
そんな思いが通じたのか、怒りを示すかのような大きな咆哮を上げてこちらへと突っ込んでくる。
回避を……ヤッベ!?
気づけば眼前まで迫るその猛スピードを見て、咄嗟に回避スキル"スライドキック"を使い一瞬視界がぶれる速度で横方向へとスライドして何とか回避に成功する。
てか、スライドキックって水中を踏みしめられるのか。知らなかったあっぶねぇ。
その巨体もさることながらあの遊泳速度は非常にマズイ。速すぎてエスペランザのAGI強化込みでもスキル無しでは回避が間に合わない。
しかし回避スキルは一律リキャストが共有されるているため、使った回避スキルのリキャストタイムが全ての回避スキルに適用され連発出来ないようになっている。
よって次同じのが来たら為すすべもなくやられるしかないのだが、ヤツの方を見ればまだ突進の勢いを殺しきれずまだ明後日の方向に向かって突き進んでいた。
あんだけ猛スピードなら当然隙も大きくなる。規格外の大きさを除けば最近やりあった猪やら鹿と同じ要領でやれば問題ないはずだ。
で、そうだとして何がやれるかと言えば。さっき気づいていた。
「ごぼぼぼぼーごぼぼー(三十六計逃げるに如かず!!!)」
全力で両手足を使いイルカとは反対の方向へと全力遊泳。
隙を見たら試しに殴りかかってしまいそうになるゲーマー的本能は今回ばかりは理性で抑え込む。
そもそも今回の目的は勝ち目を探す云々じゃないからな。
後ろを見る隙にぶち飛ばされるのがこわいので一心不乱に前だけを見て泳ぎ続ける。
すると影が見えているのに気づく。少し影の形がいびつだ。
いやよく見ると影が別の影を脇に抱え込んで地面に向かって泳いでいるようだ。
ニカともう一人の謎の存在だろう。
見た感じニカの方が脇に抱えられている状態のようで、手足が流されるままになっている。どうやら気絶してしまっているようだ。
そしてもう一人がそんなニカを抱えながら必死に泳いでいる。だが体格がそこまで大きくない上に二人分の体重がかかっている以上全く速度は出ず、俺との距離はみるみる内に縮まっていった。
ここで距離が縮まったことでようやく謎の影の正体が分かった。
その小さな体躯と水中でも分かる白とも黒とも肌色とも違う黄緑色の肌色。小鬼族だ。
基本的にゲーム最序盤に登場して最初の経験値をくれる雑魚キャラとして有名な亜人。このゲームにおいてはPLがなれる六種族とはまた別のNPC専用の人型種族である。
しかし連中は基本的に緑の国か黒の国近くでしか遭遇しない種族だったと記憶しているのだが何故青の国のダンジョンに?
そんな疑問を抱いたのと同時に後ろからついさっき聞いたばかりの大音量の咆哮が飛んできた。
さっき突進する前にも叫んでいたけど、まさか突進攻撃の予兆動作だったりするのか!?
陸までもう少しだ。このまま泳げばいくら早かろうとこっちの方が先に着くはず。
そして更に泳ぎのペースを上げて追い越したタイミングで気づく。
(二人、あの速度だと不味くね?)
二人が回避できるわけがない、防御も抱えているため両手がふさがっており出来ない。そもそもそんな防御スキルを持っているとも思えない。
つまりダメだ。このままだと。
それに気づいた俺は静止し二人の元まで戻る。その時後方を確認すれば案の定巨体が猛スピードで迫っていた。
ゴブリンは突然引き返してきた俺に驚いたのか目を見開いていたが反応する余裕もないのでニカの身体に腕を巻き付け二人で抱える状態に持っていく。
ギリギリ? いや待てマズイ。上陸に一人は水中に残らないといけないじゃないか。
どうする。のんびり相談する暇なんかちゃんちゃら無いぞ。
その間にも俺たちと陸と鱗イルカは急激にその距離を狭めていく。
クッソ何か考えろ。何か手を。
或いはニカが起きていれば魔法の衝撃を利用して上に飛べるのだが……。
いや、そうか。要するに陸地に上がる推進力を得られればいいのか。
この手段だとHPもMPも吹っ飛ぶが他に手段は思いつかない!
俺は大骨剣を取り出し水中であることを利用して右足を絡ませ片手と足の力で無理やりその切っ先を水面方向に向ける。
そして左手でニカの手をしっかり掴み大骨剣のスキルを発動する。
大量のMPとHPを消費する代わり大剣からジェット噴射のように炎が噴き出し推進力を得て突撃する攻撃スキル"イクシードバーン"。
まさしく捨て身の一撃。いざという時でも使用をためらいかねないハイリスクハイリターンなスキルだ。
HPとMPゲージがガリガリ削られながらも強力な推進力を得たことで一瞬のうちに俺たちは水面を大きく飛び出し、そしてきれいな弧を描きながら陸地に向かって落ちていく。
そしてドチャっと陸に上がってしまった魚の如く地面に辿りついたのと同時に、鱗イルカが陸地に激突したのか派手な衝突音が洞窟内に響き渡った。