ハローアゲイン
その後ケイゴと別れて家に帰ったら、すぐに俺は慣れ親しんだVR機器の起動準備を始めた。
FLRを引退してからはソロプレイのやつばかりをやっていた。
名作から迷作、そしてクソゲーまで。様々なやつを1年間やり込んだが……やはりFLRは別格だ。
今は一度は嫌になって辞めたゲームだと言うのにワクワクが止まらない。
引退中にケイゴから聞かされていた新要素が気になって仕方ない。新モンスターや新クエストに勢力戦の状況。様々なプレイヤー達の活躍や珍騒動。
これらにもう一度最前線で関われる喜びで一杯だ。
いや、今度も最前線でやるかと言われれば微妙か。今回はリアルの関係で動くから勢力戦にもそこまで関わらないだろうし。
何にせよ踊りだしそうなくらいにワクワクしている。てか踊ってる。新作ゲーム買った時並にテンションが高くなってつい踊ってしまっていた。
中々激しい騒音を出してしまったが今は両親は二人とも仕事で出ているし、妹は俺より先に入った春休みで友人と遊びに行っているだろうから文句一つも飛んでこない。
ああ今日はいい日だ。この原動力が告白を振られたことでなければ最高だったな……あれ、涙がまだ残ってるや。
いかんいかん。これを忘れるためにまた始めると決めたのだ。
とにかく脳みそに直接情報を送り込むためのヘッドギアを頭に装着し、背もたれ式の椅子に倒れ込む。
さぁさぁさぁ、あの素晴らしい世界へと帰ろうか!
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脳みそに情報が送られ別の世界へと順応していくあのVR特有の感覚を味わってから俺は懐かしき街へと降り立った。
最初の街カンタドル。その名の通り初心者が最初に降り立つ街である。シンボルは中央の大きな聖堂だ。
自身の名前の表示を確認すれば通常の名前表示で「ユラギ」と書かれている。俺がゲームで使う名前だ。本名のもじりだが安直すぎるとは我ながら思う。中学の時に考えた名前だから多少はね。まぁ「夕良木」なんて苗字そうそうないからバレないだろとは思う。
FLRの世界での俺のアバターは魔族だ。
FLRでは、六つの国が存在しそれぞれ、人間族、蜥蜴人、魚人族、長耳族、獣人族、魔族が支配している。
PLはその中から一つを選ぶことになる。見た目と初期ステータスさらには種族専用装備やスキルがあったりと大きな差が存在するためキャラメイクの際にはとても悩むものが多い。
俺が魔族を選んだ理由? 種族特徴のオッドアイ。
周りを見渡せば如何にも初心者らしい装備をした多種多様な連中がカラフルな髪を揺らしながら歩いている。このゲームいきなり放りだされて、どこそこに行けって指示もゲーム中に表示されないもんだから最初何すればいいか分かんないんだよなぁ。ちなみに正解はギルド会館って建物までいってチュートリアルクエストを受けることである。チュートリアルまでの流れくらい案内しろって話だ。
しかし最後にログアウトしたのがこの街で良かった。確か昔の仲間に腹いせの辻斬りPK敢行してから中立都市のここに逃げ込んだんだっけか。余裕のレッドネームだったから他に逃げれるところも無かったしな。
初心者のアイツと合流するのに苦労しなくて済んだのはラッキーだったな。下手したら大陸横断しなくちゃいけなかった。徒歩にせよ金払っての移動にせよ面倒くさいことこの上ない。
さてその目的の郁音と会うまでどうしてようか。
帰ってすぐに郁音に携帯でのメッセージで手伝うことを連絡したらこの街にいるから合流しようとなった。
ただ今は待ち合わせの時間までまだまだ時間がある。アイツと合流するまでにこのゲームのことを色々把握しておきかたかったからだ。
一年間のブランクで忘れたこのゲームの感覚もそうだが、色々仕様そのものが変わっているのを把握しておきたかったからだ。
何せ俺がこのゲームをやっていた期間がリリースからの三か月間だけだ。そこから一年も経ってる今なら流石に色々とアップデートもされるというもの。
ケイゴからの話で少しは知っているが、細かいところは流石に自分で確かめてみないと何とも言えない。実際メニュー画面なんか微妙に変わってるし。
さてそうなると行くところは一つだな。
というわけで行きましょうガンゼン工房。どこだよって? 武器屋だよ。
このガンゼン工房はNPCの経営する店だ。よってそこそこ進んだPLからしたら全く役に立たない性能の武器が並んでいる。
当然かつてはそこそこ……いや、かなりやりこんでいた俺一切行く意味が無いように思える。
しかしそれでも行くのは新しい武器が増えていないか確認したいからだ。
コレクター魂といえばいいいのだろうか。かつての俺は武器を弱いのから強いまで一通り集めたくて仕方が無かった。そしてそれは今でも変わっていない。
性能はともかく品ぞろえは結構変わるNPCの店には意外とエネミーがドロップしないような見たことのない武器が売られてたりする。
それを見逃す俺では無かったので、前やっていた時も暇さえあれば足繁く武器屋に通っていた。
ちなみに防具にはあまり興味が無かった。だって死ななきゃ問題ないし。
とにかく武器屋だ。何よりも確認すべきは新しい武器だ。
一年間の空白を得てどんな品ぞろえになっているか気になって仕方がない俺は、やたらと軽いステップを踏みながら工房へと足を進めていた。
できるだけ早く着きたかった俺はかつての記憶頼りに路地裏を利用した近道を進んでおり、気づけば周りにはPC、NPC問わず殆どいなくなっていた。
その時だった。声が聞こえてきた、何人かの声だ。それもかなり剣呑とした雰囲気を纏った。
一瞬PL同士のもめ事の可能性を考えげんなりしたが、NPC同士ならワンチャンクエストの可能性があることを思い出す。
エンカウントクエストと言って通常のクエストのようにNPCと話して受けられるクエストとは違い、突発的に街中やフィールドで発生するものだ。
これの魅力的な点は報酬がランダムだということ。そこら辺で手に入るありきたりなものもあれば固有のレアなアイテムが手に入る場合があったりする。
延々とクソ強いボスエネミーを周回してようやく手に入るレアアイテムがあっさり手に入ったなんて話もあり、一部ではゲームバランスが崩壊してないかと言われることもある。
最もこれを発生させる条件が大体謎なため。出会ったらラッキー程度のものとして扱われている。
まぁ何にせよ取り合えず様子を見る価値は有るだろう。
そう考えた俺は声のした方向の角をこっそり覗いた。
果たしてそこにいたのは。一人の獣人族の少女とそれを取り囲む3人の長耳族達だった。
彼ら上に表示されているものを見ればどちらもNPCのようだった。エンカウントクエストか?
いやそれにしたってこの剣呑な雰囲気は何だ?
エルフ側の装備は見たことのないものだったが装備はそれぞれ似たようなものをしていた。あれは国に所属しているNPCの特徴だ。陣営のメインクエスト……この街で?
意味が分からなくなった俺は取り合えず彼らの会話に耳を傾けることにした。
「いいからさっさとそれを渡せ」
「嫌だと言ったら?」
「……その時は実力行使しかないだろうな」
そう言ってエルフは腰の細剣を抜き放ち緑髪の獣人の少女の喉元へと切っ先を突き付けた。
……会話から推測するとあの獣人族の奴が持ってるアイテムをよこせとエルフ側が恐喝してる形なのだろう。
うん、どう見てもあの獣人族の子を助ける形だな?
色々と違和感を感じる部分もあるが一旦無視して助けて差し上げようではないか。
俺は角から身を出すとイベントリから取り出した槍を剣を抜いていないエルフの片方に向かって投げた。
見事胴体にヒットした槍はそのエルフを思いっきり吹き飛ばした。奴のHPバーは半分を割る辺りで止まった。市販品の槍とはいえ結構硬いなアイツ。
投げた槍は耐久度を超えたため砕け散り、代わりに俺は無手装備となる。すぐさまイベントリから別の武器を装備する。
取り出したのは風属性の双剣「エスペランザ」。そこそこ堅そうだから真面目に殴ってやるよ。
エルフ達は後方からの奇襲でいきなり仲間が一人吹っ飛ばされ動揺してしまっている。隙だらけもいいところだ。
まず剣を取り出していない方のエルフに切りつける。こちらも半分辺りまでHPを持っていく。
次に空いていたもう片方の刃で剣を突き付けていた方を切りつける。が、こっちはその細剣で受け止められる。
そして返す刀で突きが飛んでくるがどうやらLV差が結構あるようなのとこっちがAGI特化の装備なこともあり簡単に避けることが出来た。
そして隙を見てその細剣を持つ手を切りつけて武装解除させ首に剣を突き付ける。
「ここまでだよ」
「冒険者か……!」
「事情は知らんが彼女は見逃せ。さもなくば緑の国の兵隊さんが中立都市でいざこざ起こしたらどうなるのか試しちゃうぞ」
この言葉に目の前のエルフは苦虫を噛み潰したような表情をする。分かりやすいというべきか、NPCの表情の処理に驚嘆すべきか。何にせよここまでだと悟ったようだ。
「そいつを助けたことを後悔するなよ……」
そんな三下のテンプレセリフを吐き捨てながらエルフ三人組は立ち去って行った。
後ろを向けば呆然としている緑髪の少女がいた。
「大丈夫だったか」
「貴方は?」
「ん~、通りすがりの冒険者」
いかんな。俺も言うに事欠いてテンプレセリフを吐くとは。
アイツらと俺も大差ないことである。
VRものお約束の主人公のステータス公開
ユラギ(LV50)《盗賊LV6》
HP :1465
MP :124
VIT:23
STR:42
DEX:37
AGI:68
INT:17
LUK:3