酢橘うどん
新年初なのに何だ、このタイトル……
姐さんのお仲間との協力をなし崩し的に取り付けられた後、俺たちのLV上げの件もあるので三日後にまた会おうという話になった。
たった三日で目標のLVまでたどり着けるのか正直怪しかったのだが、先方のダンジョンに行けるタイミングがそこしか無いとのことだった。
あっちの都合に合わせさせられるのも考え物だが。ダンジョンの情報をあちらが握っている以上、悲しいかな、諸々の主導権はあちら側にある。
まさか、目的の場所がそんなホットな場所とは思わなかった。てっきり、既に踏破され今更行く価値なんて殆どないダンジョンだと思っていた。
知ってたら姐さん……というか他のPLになんか聞かなかった。こうなることは目に見えている。
仮に俺が同じような状況だったら、当たり前のように何らかの対価を要求するからだ。何せ、同じ陣営に所属しているわけでもない赤の他人なのだから。
陣営同士での争いもこのゲームの要素の一つである以上、他陣営に無償で情報提供するほうがおかしい。
とは言いつつも、今回は別に無理に搾取されているわけではない。そこは根がお人好しの姐さん、そこまでヤクザなことはしないでくれた。
むしろこっちのこと、つまりは戦力不足も織り込んでの今回の頼み事である。散々言っといてアレだが今回の件に関しては感謝こそすれ、恨む道理は実のところさっぱりだったりする。
ということは実は今回のことは「アンタ、気を抜きすぎよ」という姐さんからの優しい忠告だったのかもしれない。
やべぇ、姐さんに頭向けて寝られない。どっちに向けないようにすればいいんだろうか……東かな?
などと一人反省会をしているうちに、俺たちはとある場所に着いた。
「アレが海……」
「どうよ感想は?」
「広い、そして大きい……」
ここは、シェンランという異形の建造物の中ほどから海側に突き出るように存在する、FLR一の絶景スポットと名高い展望台だ。
どこのデートスポットだよ、と思ってしまうような場所なのだが。ここがこのゲーム中でも数少ない、エネミーに襲われる心配をせずに海を見渡せるスポットなのだから仕方ない。
ニカは一瞬で目の前の壮大な光景に心を奪われようで、フラフラと欄干のほうに歩いていった。
三日月状の入り江の内側にシェンランは立てられているため、ここから海の方向を見るとその三日月の先っぽに当たる岬が、海を挟み込むように存在しているのが見える。
それはまるで海と大地の境目を示しているようにも見え、より一層海という存在を際立たせていた。
楽器の音色と共に歌が聴こえてきた。静かで、どこか不安を感じさせる声。歌詞はまぁ海そのものを歌ったものだ。しかしそんな素直な歌詞が、不安げな音色と妙に噛み合って心地いいものとなっていた。
実に不思議な歌だ。
音の聴こえる方向には勿論ニカがいた。
いつの間にやら楽器を取りだして、歌い始めていたようだ。
周りを見渡すと、他のPL達もニカの方を見たり、或いは歌に耳を澄ませたりしていた。
多分イベントか何かかと勘違いしてんだろうなと思いながら、俺も静かに歌を聴くことにした。
そして歌が終わると何人かが拍手してくれていた。
当の本人は軽く礼をすると、少し俯きながらこちらにトテトテと戻ってきた。
「まさか恥ずかしいのか?」
「歌ってた時は平気だったんだけど……」
ちょっと吟遊詩人らしいことをしたと思ったら、随分可愛らしい反応をするもんだ。
何だか面白くなって、恥じらいの為か伏せているニカの獣耳を指で突っついたら、無言で脇腹に鋭い拳が飛んできた。ちょっ、思ったより重い。
運がいいことにシステムは今のを戦闘行為とは認識しなかったのか、お仕置きNPCがすっ飛んで来ることは無かった。
というか、街中でPLがNPC殴るのは当然アウトとしても、NPCがPLを殴ってきたらどういう裁定になるのだろう。もしかしてお仕置きされないのだろうか。
そうだったらやりたい放題出来そうだな。
~~~〜
この後はここでやることはやってしまい、尚且つ、三日後までにレベル上げを済ませなくてはいけなくなったため、ニカを連れてまたカエル狩りの為に沼地へと向かった。
そして回復系のアイテムが無くなりかけるまでひたすら狩り続け、その日は終わった。
次の日、またその次の日もそのレベリングに郁音ことクラウスも追加してまたひたすらレベリングすることとなる。
途中無くなった回復類の補充のために街に戻ったり、多分ユニークであろうカエルの亜種のエネミーが出てきて死にかけたりしたが、基本は恙無くレベリングすることが出来た。
延々と単純作業を繰り返し、殆ど強行軍のように進めたため。途中途中でクラウスやニカに文句を言われたりしたが、どうにか約束までにレベルを目標まで上げることが出来た。
ついでに二人のレベルも気づけば40 を超えるレベルとなっていた。
追いつかれそうと思ったが、まぁレベル差による必要経験値の差が大きいからどうしようもない。
ただ急激なレベリングの関係で二人の装備がレベルに見合わないものとなってしまった。クラウスは自分でどうにかすると言っていたので問題無さそうだった。ニカも同様に問題は無い。
レベルが上がったことで俺の倉庫に無駄に眠っている高レベルな後衛用の装備が装備出来るようになったからだ。
倉庫から引っ張り出して実際に装備させてみたら中々威厳のある見た目になった。デザインより性能重視で選んだのだが、ニカは存外気に入ってくれたようだ。獣娘にネコミミフードというのもどうかとは思ったが。
ただ問題が無いのは今回だけだ。50以降になると、俺がそのレベルの装備を持っているわけが無いので、何処かで調達しなくちゃいけなくない。当然、俺の装備と並行してだ。
これからは素材用に余分にエネミーを狩った方がいいかもしれないな。
さて、目標のレベルに達したことで、クラウスとはこれで別れることになった。
「大変だったけど、三日でこのレベルまで上げられるものなのね」
「ここの効率がかなり良かったんだよ。普通は流石にここまで簡単には上がらん」
おかげで多装士のレベルもほぼMAXまで上がってしまった。スキルも中々めんど……面白いものが揃った。
二つの異なる武器を装備した時にステータスにボーナスが入ったり。同じ武器を使い続けると寧ろ火力が下がるが、代わりに適宜切り替えれば火力が上がるものだったり。
あともう一つ、この職で覚えられる唯一の攻撃スキルも覚えた。ただコイツはなんと言うか、弱くはない……が、強くもない中途半端なスキルだ。
1回試しに使ったが、物凄くコントロールが難しかったし。
正直あってないような代物だ。多分今後は使わないんじゃないかな。何らかの形で強化されるとかない限りは。
この職業、色んな武器を使えるのは最高だが、性能はお世辞にも良くないのはちょっと悲しい。
クラウスを見てみろ。テンプレ回復職だから、俺なんかよりずっと戦闘に役立ちそうだぞ。パーティーへの勧誘で引っ張りだこになりそうだぞ。
まぁそれはそれで、コイツのお守りが終わったと安心出来なくもないのだが。
というか結局ケイゴに丸投げされた形だな、コレ。何か今度奢らせてやる。
そんな決意を胸に刻みながら、その日は俺達は別れることになった。
クラウスは、元々の目的であるイケメンNPCに会いに行くために白の国へ。
俺達は姐さんとの約束を果たすために手伝い相手と合流するために青の国へと向かった。
今後はそれぞれで動くことになる。今度このゲームで会うのは何時になるのか分からない。
ただクラウス、というか郁音にはぜひこのゲームを楽しんで貰うことを祈りたい。